5話
タミヤの強引な介入を含め、合計四回のミス。
タミヤは現在行方不明。
今眺めている映像は、五つ目の世界線だ。
「クラタさんの井上さん離脱ルートもダメ、ユラちゃんのそもそもみんな出会わなかったルートも、私の蔵田さんがイベントやらないルートもダメ」
クスノキが指折り失敗を数える。
井上が唯一まともな社会人であると判断したクラタは、この青春お遊びを仕事と語る集団から彼を離脱させた。
さらには、井上にクラタが介入し、他メンバーへの説得を試みた。
まあ、説得というかただ愚痴と悪口をぶちまけただけだったが。
「クラタ、お前ら脳みそ空っぽなのか?は流石に言いすぎだったぞ」
「いやだって、つい言っちゃったんすもん」
「井上、普通に嫌われて疎遠になっちゃったじゃねぇか」
でも、とクスノキが語る。
「井上さん、関わらなくて良かった、って言ってたよね」
井上は無用な刺激を求めず、家族のもとに帰っていった。
井上不参加となった第二ルート。
しかし結果は特に変わらず。
井上以外の人間(宗谷が刺された)が被害を受け、なし崩し的に破滅ルートへ向かう。
井上は通常の暮らしに戻すことができた。
しかし、井上は破滅ルートとは別の過程を経て、家族と離散する。
「話が違いません?マミヤさん」
「何がでしょう?アカシさん」
「イベントに関わらなければ破滅しないんじゃなかったんですか?」
「イベント前後一年間、彼らに苦難が訪れるのです」
「もうどうしようもないだろそれ」
井上はこのルートで蔵田と不倫してしまう。
イベントから離脱した罪悪感を抱えていた井上は、イベントの失敗で落ち込む蔵田からの誘いに乗ってしまった。
秘密の逢瀬を重ねる蔵田と井上。
雨の中、相合傘をした二人を井上の嫁が目撃するまで、彼らは幸せだったのだろう。
「井上さん、楽しそうだったよね……離婚までの流れは地獄だったけど」
「慰謝料?めっちゃもぎ取られてたっすね井上」
「子どもにも会わせてもらえず、職場の女子校じゃ浮気男のレッテルはられて針のむしろだもんな……」
「蔵田さん、このルートで宗谷さんとも不倫してたよね」
「そのエネルギー、もうちょっと仕事に生かしてもらいたいっすねぇ」
井上の人生はイベントが遠因で破綻した。
井上は針のむしろに耐えかね、職を辞した。
そして、あろうことか蔵田への復讐を行おうとしてしまう。
ナイフを持ち、蔵田の事務所に乗り込む井上。
蔵田に襲いかかる井上をマネージャーが止め、被害はなかった。
井上はこのルートで暴行犯として逮捕されてしまった。
こんなことになるならば、と。
第三ルートでユラは、すべてを解消するべきだと提案した。
こいつらは出会うべきではなかった、とそもそもの出会い自体を排除した。
結果は、蔵田の破滅だった。
蔵田は相談相手ややりがい(他者に誉めそやされる)を失い、自暴自棄な暮らしへと向かっていった。
「蔵田、友達作るの下手すぎ。ね、ジャクソン」
「たぶん蔵田もお前には言われたくないと思う」
芸能界は敵ばかり、と蔵田は孤立を深めていった。
私を支えるのは芝居だけ。友情も愛情もいらない、と蔵田は演技に没頭する。
芝居と向き合う時間が長くなった蔵田は国内外で大ヒットした映画、『異世界奮闘記魔女っ子ルミちゃん THE MOVIE』に主演し、大人気女優になった。
第三ルートの蔵田は、凛としていた。
「上手くいきそうだったのに……自殺しちゃうなんて」
クスノキは寂しげに呟く。
蔵田は期待を受ける暮らしの重圧に耐えかね、死を選んでしまった。
このルートでもイベントは行われたが、規模がデカすぎた。
国内最大級のアリーナで一万人を集めたファンイベント。
事務所が今後売り出したい新人タレントのお披露目がステージのほとんどで、蔵田が話したのはわずか。
そうなんだ、いいね、しか喋らなかった蔵田。
先のルートで彼女がしきりに言っていた〝仲間〟の支えがなかったことが影響したのか、蔵田は多忙の中精神を削られていった。
芝居に没頭し、結果を出したにも関わらず、事務所から蔑ろにされる暮らし。
人付き合いも重要なファクターとなる芸能界で、孤立を極めた彼女は、最悪の決断をしてしまった。
クスノキの第四ルートは非常に現実的だった。
事務所社長に介入し、イベント自体をやらないルート。
しかし、これも失敗だった。
ユラが示したルートと同じく、蔵田は孤立していく。
どのルートより傲慢に周囲を振り回すようになった蔵田。
決定的だったのは事務所社長に対し、
【感謝なんかしてない。私の力なの】
と言い放ったことだ。
どのルートでも蔵田のためを思い無茶を叶えようとしていた社長だった。
そんな功労者への無自覚な暴言。
社長との軋轢が深くなり、事務所にいられなくなった蔵田。
自費で開催したファンイベントを最後に、芸能界から去ってしまうのが第四ルートだった。
「最後のイベント物悲しかったよね……三十人くらいしかお客さんいなかったし」
それでも集まったほうだ。
各ルートにいた熱心なオタクファン三十人は、蔵田を見放してはいなかった。
蔵田は、それに気づくのが遅すぎたのだ。
下手くそな演奏の騒がしさが懐かしくなるほど静寂な会場だった。
資金面もあって、より地方の小さな会場しか押さえられず、また虫の大群にも襲われた。
なんなんだ一体。
先のルートでのイベントと違い、誰も刺されたりはせず、特段盛り上がりもせず、蔵田は引退することとなる。
あちらを立てればこちらが立たない。
人間の人生というやつは、どう転がれば正解なのか。
最初のルートで蔵田は一時の幸福を得たのだろう。
イベントに向かうまで、旧友たちと交流する蔵田は幸福そうに見えた。
二つ目のルートでは、井上との仲を深め幸福そうだった。
三つ目、芝居にのめり込む蔵田は幸福そうに見えた。
四つ目、最後まで支えてくれた三十人のファンに泣いて謝る蔵田の姿は悲しげだったが、その内心はファンへの感謝で満たされたものだった。
どれも瞬間的には幸福だった。
モニターには五つ目のルートを生きる蔵田が映っている。
友人に見放され、マネージャーから見放され、孤立を極めた蔵田。
彼女は、なぜこうなってしまった。
最初からこうだったわけではないだろう。
「ちょ!アカシさん?何するんすか」
「介入する」
「アカシくん!もっと考えないと……ペナルティが」
この案件、いやこのリテイクという行為自体がもうペナルティのようなものだと感じていた。
思うように動かない人間を律するなんて無駄だと思い始めていた。
なのに。
何かが突き動かす。
「アカシさん!」
マミヤの声が聞こえた直後、俺の意識はモニターの中へと誘われる。
俺はマネージャーに介入し、
【もう辞める!役者なんて辞める!】
と喚く蔵田を説得に向かう。
しかし、口をついて出たのは説得の言葉ではなく、
【辞めたければ辞めればいい】
という一言だった。
蔵田は呆気にとられていた。
【全てが思い通りになるのが蔵田さんの幸せなら、そんなものはありませんよ】
【そんなこと思ってないよ!わたしはみんなも楽しくハッピーになれば、って……】
蔵田麻里奈は本来悪い人間ではないのだろう。
多くの理想を叶え、それでも満たされない気分をどうにかしたくて。
焦りはやがて諦めに変わり、諦めは慢心に繋がる。
【蔵田さん。自分のことをもっと考えてください。あなたのやりたかったことってこんなことですか?違うでしょ】
ユラが示したルートで、高校時代の蔵田を見た。
彼女は地方から上京し、いずれは女優になると目を輝かせていた。
アイドルオーディションに受かり、学校にもなかなか通えず、しかし女優への道が開けたと孤高に戦う蔵田。
何より、映画やドラマに羨望の眼差しを向ける蔵田の姿は印象的だった。
楽しい。お芝居が楽しい。
こうなりたい、このステージに私も立ちたい、と、懸命に夢を追っていた蔵田の姿はもうどこにもない。
楽しいことを楽しいままでは続けられない。
そういう世界で、彼女は変容してしまった。
【わたしはもっと認められるべきなのに!誰も私を満足させてくれない!】
認められたい、満足したい、と誰かにすがる。
上手くいかない、上手くできない、自分の中の焦りを誰かに慰めてほしい。
蔵田がファンイベントでやりたかったのは、あの頃の気分を取り戻すことだったのかもしれない。
あの時の、憧れが原動力だった日々を。
納得できない今の自分より、輝いていたあの頃の自分に縋りたかったのかもしれない。
【もう、やめましょう】
マネージャーの口を介して、俺は最後通告をする。
【蔵田さんには着いて行けません。自分のやりたいことも見失ったあなたは、ここにいるべきじゃない】
こんな世界にいなくていい。
誰かに評価され、晒される業界で生き残る体力はもう蔵田には残っていないだろう。
そんな生き方をしなくていい。
これは、様々なリテイク案件の中で微かに感じていたことだ。
自分を痛めつけるな、苦しみすぎるな、追い込むな。
もっと自分を大事にしてくれ。
なぜそんなことを思うのか。
こんなどうしようもない人間たちに、かつて人間だった俺がこんな気持ちを抱くのかはわからない。
蔵田が膝をついて泣いている。
マネージャーが蔵田の肩に手を置く。
意識が引き戻され、俺の目の前にいつもの面々が見える。
「アカシさん……」
珍しくクラタがしおらしい顔をして続ける。
「なんであんなこと言ったんすか……?」
「あそこだけが蔵田麻里奈の生きる道じゃないだろ。
誰だって選べるはずだ。
自分の意志を見失ってまで縋らなくていい、そんな世界」
「アカシさんは誰に言ってらっしゃるのですか?」
マミヤが神妙に訊ねる。
「もちろん蔵田に」
「そうですか……それならいいのですが」
何か胸の奥で燻るものがある。
命のない霊魂であるはずの胸の奥に何があるというのか。
「主様は霊魂たちについてこうおっしゃいました。
『すべての霊魂たちの記憶は消したが、感情は消していないよ』と」
マミヤが続ける。
「感情に流される、というのは命あるものの業です。それを思い出されたようですね」
感情に左右され、俺は蔵田を諭したのか。
どうでもいいと小馬鹿にしていたはずの人間に関わろうとしたのか。
「主様は今回、ペナルティありきでこの案件をあなた方に提示されました」
「は?俺たちが失敗する前提ってことですか?」
はい、とマミヤは短く答える。
「ペナルティの内容は、
『下界を生きるものと同じ感覚を取り戻す』
そのための案件を実行する新たな修行フェーズに入ることです。
下界を『実感』していただきたいのです」
安直な傍観者ではなく、当事者感覚になる。
何もかもが叶う天界にいる俺たちにとって、それは確かにペナルティと呼べるものだろう。
「あのー……」
とクスノキが申し訳なさそうに手を上げる。
「私、その感情?みたいなのまだ分かってないんですけど……ペナルティ自体理解できないというか」
「クスノキさん鬼か悪魔すか?この流れでそんなこと言います?」
「じゃあ、クラタさんは分かってるの?」
「情にあついのがうちなんで」
クラタは胸を張って言う。
たぶん分かってない。
ユラに至っては、話も聞いてない。
「構いません。
これからのフェーズで理解していけばいいことです。ユラさん、クラタさん、クスノキさん、そしてアカシさん」
改まってマミヤが俺たちに告げる。
「あなた方の感情を刺激する案件を始めましょう」
マミヤは再びモニターに手を触れた。
モニターは眩く光り、新たな映像が始まった。




