3話
蔵田麻里奈ファンイベントに参加するメンバーをおさらいしてみよう。
本業、高校教師のベース井上。
本業、ドラム講師のドラム宗谷。
本業、ツナ缶工場の作業員ギターの窪倉。
そして、本業女優のボーカル蔵田。
彼らの閲覧不能な一週間はとりあえずスルーするとして、イベント当日がやってきてしまう。
「その前に」
マミヤがある場面を映し出す。
「なんですかこれ?」
クスノキが首を傾げる。
「蔵田さんがインド系イギリス人に出演依頼をしている場面です」
どういう状況だ。
手元のグラフィックでインド系イギリス人の詳細を確認する。
「ああ、このインド人」
「アカシさん。インド系イギリス人です」
「ああ、はいはい。
こいつ役者もやってるしピアノが弾けるんだな。蔵田とは以前映画で共演した仲か。
出演依頼って、演奏する曲にピアノが必要になったとか?」
「違いますね」
違うの?
「蔵田さんはインド系イギリス人の友人、役者のサラーさんにイベントMCと蔵田さんが担う演奏パートを代わりにやってもらおうという魂胆でした。
なんなら、イベントの内容とかも決めてもらおうとしてました」
「丸投げかよ」
「蔵田ってなんもしたいことないんじゃないっすか? ノープランすぎなんすけど」
「他力本願の割に自己主張が強いよね。生命力はあるけど、中身が空っぽっていうか」
クスノキの蔵田評が聞いてて辛い。
「さあ、見てください。交渉の様子です」
画面にはサラーと蔵田が向かい合っている様が映る。
【サラー!久しぶりだね!元気だった?】
【……マリエさん? アレ? マニラさん? マキエさん? デシタっけ? ボクにナニヨウデス?】
【マリナ! だよ! もー、サラー相変わらず面白いんだからー】
【ナニヨウデス……】
とても友達とは思えない距離感で、蔵田はイベントの概要を説明していく。
概要などないけども。
【どうかな? サラーも一緒にせいしゅん……】
【ワタシアナタのドウキュウセイチガウ】
【そ、それはそうだけどさー】
【ドウキュウセイとセイシュンする。ドウキュウセイとバンドする。マリエさんソウイイマシタ】
サラーはなんとなくすべてを押し付けられそうな空気を察している。
サラー賢い男。
【コンセプトムチャクチャ、マキエさん。……コンナコトヨリエンギもっとガンバラナイト。ソレニ、マキエさんウタヘタヨ】
へっへっへ、と馬鹿にするようにサラーが笑う。
サラーは以前蔵田の歌を聞いたことがあるようだ。
【ワタシイミワカラナイカラヤラナイヨ】
サヨナラマキエさん、とサラーは反論できない蔵田を置いて去っていく。
最後まで名前すらまともに呼んでもらえなかった蔵田は、一人呟く。
【私がなんとかする】
「主人公がめちゃいいシーンで言いそうなセリフ」
クラタが半笑いで言う。
マミヤは映像をいったん止めて言う。
「これがイベント前最後の映像です。ここから一週間、イベント前日まで映像がありません」
では、皆さん。
とマミヤが真剣な眼差しを俺たちに向ける。
「イベント当日の映像を今から流しますが、心を強く持ってご覧ください。相当です」
見たくなくなってきた。
そもそも素人のお遊戯会をプロが用意したステージで見たい奴なんているのだろうか?
「会場は、キャパ五百人が埋まりました」
結構いたわ。
倍速映像でしっかりと確認できなかったが、事務所のスタッフたちに賛辞を贈りたい。
彼らこそ幸福になるべきなのに、スタッフ達はみな疲労感で死にそうな顔をしている。
「では、イベント再生します」
パチパチパチとまばらな拍手に迎えられ三十代半ばを迎えたメンバーがステージへ。
【マリナちゃーーん】
【きゃーーー】
【本物! やば】
と前列にいるコアなファンは狂喜乱舞。
後列にいるライトなファンは様子を伺うようにステージを注視してる。
【みんな! いらっしゃいませ! 私たち、バニシングポイントのライブへようこそ。ボーカルの蔵田麻里奈です】
「うん、ちょっと待って」
「なんすかアカシさん。いいとこなんすから止めないでくださいよ」
「いや、いつの間にバンド名決まったのかと思って」
「そういや、そうっすね。あれじゃないっすか、空白の一週間に決めたとか」
「ああ」
自らを『バニシングポイント=消失点』と名乗る彼らの消失点たる一週間。
そのまま消えていたほうが客のためだったんじゃないかと思う。
「タオル掲げてる人いるね」
クスノキが指さす方を見ると、なんか一丁前にグッズを製作したらしく、前列にいるコアなファンが『バーニングポイント』とプリントされたタオルを掲げていた。
燃えていた。
「あれ?」
クスノキが不思議そうに呟く。
「窪倉さんいなくない?」
言われてギターを持った恰幅のいい五十代くらいのおじさまの存在に気づく。
「誰っすかあれ?」
「数々の有名バンドでサポートギターとして活躍されたギタリスト関谷稔さんです」
クラタの問いに簡潔な答えを出すマミヤ。
「そうではなくて」
「アカシさん? 何か問題でも?」
「ギターの窪倉どこいった?」
「さあ?」
「さあ? って」
これも空白の一週間に何かが起きたということなのか。
緊張からか、ステージに立つ井上は青ざめた表情で、宗谷は徹夜明けのように目がパキパキでドラムの前に座っている。
演奏が始まる。
演奏というか、なんか楽器が鳴っている。
モニターを見る俺たちの顔はだんだんと青ざめていく。
蔵田はなんとかメロディーを追って歌っていて、所々声が出ていなかったり、声が裏返ったりと散々だ。
井上は小声で【あっ】と言いながらミスを重ねる。
ベースシールドを踏みつけてしまい、スタッフに鬼の形相を向けられる井上。
宗谷は指導者らしく安定したリズムを刻み、関谷稔だけがステージ慣れを見せ超絶ギタープレイを披露する。
【もっとこいよ!!】と関谷が客を煽っている。バラードなのに。
客席の反応はまばらで、異様に盛り上がる前列の蔵田オタク達が【まりなちゃーん、サイコー】と叫び散らしている。
後方の席では、【あのおじさん達だれ?】と困惑の表情で見つめるライトなファン。
つたない演奏が続き、客席のボルテージが緩やかに下降していく中、蔵田のポエム朗読が始まった。
もう一度言う。ポエムの朗読が始まった。
【仲間。私が忘れかけていたものを取り戻してくれる存在。絆を感じる。この日々は本物じゃない。目に見えない理想を叶えるための絆のチーム。私たちならあの時の熱狂を再現できる。やろう。私たち仲間は無敵なんだから】
センシティブなピアノ伴奏と共に、自室で思い描いたポエムを読み上げる蔵田。
作られた架空の思い出、青春をポエムとして客に晒す蔵田。
この演出を考えた奴も、ゴーサインを出した奴もどうかしてる。
前列のコアなオタクでさえ流石に【え……なに?】と困惑している。
さめざめとし始める客席に向けて蔵田が語りかける。
【ほんとうはオリジナル曲をやる予定だったんだけど、中途半端な形で披露したくなくて。だから、ちょっとだけわたしの考えた歌詞をお披露目したいな、って。どうだったかな?】
まばらな拍手が会場を包む。
後列はもはやお通夜のように静まり返っている。
「ちょっと止めて」
「どうされましたクスノキさん?体調優れませんか?」
「うん、まあ優れないよ。こんなの見たら」
クスノキはこう言いたいのだろう。
シンプルにグロい。
どんなスプラッター映画よりグロテスクな青春のいう名の地獄が広がっていた。
「マミヤさん。これ、ファンは金払ってるんだろ?」
「アカシさんさすが鋭い」
バカにされてんのかな俺。
「蔵田麻里奈ファンクラブは月千円の会費で運営されています。このファンクラブイベントはチケット代八千円。ドリンク代五百円がそれにプラスされています」
「そんなしっかり金取るイベントが、これ?」
俺の抱える疑問は全員が共有していたようで、クラタとクスノキがうんうんと頷いていた。
ユラは「ジャクソン空飛べるかなぁ」と市松人形を宙に投げている。狂気。
「あれ? タミヤどこいった?」
画面に集中させられていたせいか、タミヤの不在に誰も気づいてはいなかった。
タミヤが、画面の中の世界に『介入』していたことにも。
「タミヤさんは今井上さんに介入していますね」
マミヤが淡々と言う。
特定の対象人物に同化する介入。
リテイク作業はこの介入による正史と異なる行為行動が必須となる。
意識を奪い、特定の人物の行動を変化させる。
思わず怒声をあげてしまう。
「あいつ! 相談もなしに勝手に!」
介入権利は霊魂一体につき一回あるため、たとえチームであれど相談する必要は原則ない。
ないのだが。
「タミヤっち、ずーっとブツブツ呟いてましたしね。マリナさんを救わなきゃ、って」
「気づいてたなら言えよクラタ」
「マジで行くとは思わないじゃないっすか。ペナルティもあるわけだし」
そうだ。
五人の人生を幸福にしないとペナルティがある。
そういう案件だった。
「あいつ、井上に入って何する気だ?」
マミヤが画面再生を再開した。
後列のほうが何やら騒がしい。
ほどなくして、【きゃぁーーーー】と悲鳴があがる。
後列にいた観客の中に、刃物を持った女が立っていた。
「誰だこれ?」
「窪倉さんの奥様です。名前はエリさん」
「背後で止めてるの窪倉じゃないっすか?」
刃物を持ち激昂した様子のエリ。
それを羽交締めして止めようとする窪倉。
「いつからいたんだこいつら」
「ポエム朗読あたりからですかね。小走りでエリさんが会場に入り、追いかけるように窪倉さんが入ってきた、という」
ステージのあまりの酷さに気を取られていた。
まさか、これも空白の一週間に何かがあったということに繋がるのか。
窪倉の嫁エリは血走った目をして叫ぶ。
【この女が誓くんを奪ってくんだ!許さないから!ゆぅさないからぁ!】
呂律の回らないエリは、窪倉を振り払いステージに近づいていく。
警備員らしき男達がワンテンポ遅れて動き出すが、距離がある。
エリがステージに近づく。
「まさか、蔵田の破滅ってこれか? 窪倉の嫁に刺されるのか?」
「そのパターンもあります」
マミヤが指折り数え始める。
「蔵田さんがエリさんに刺され亡くなるパターン。
エリさんを止めに入った窪倉さんがエリさんを誤って刺してしまうパターン。
たまたまステージ前方に出ていたせいで宗谷さんが刺されるパターン」
宗谷、気の毒。
「そして、関谷さんが刺されてしまうパターンもあります」
「あのおじさん関係あるんすか?」
「ええ。あのギタリスト、関谷稔さんは今回のリテイク対象者です」
「は? 真柴じゃなくてあのおっさんが五人目?」
「はい。真柴さんはこの件からは早々に離脱されていますので影響は特にありません。
強いて言えば、この件のストレス発散で筆が進んだまであります。いい影響ですね」
「ややこしいことするな主様は……たしかに、このおっさん気の毒だもんな」
素人芸に参加させられ、果てはよくわからん女に刺される世界線が存在するおっさんに思いを馳せる。
馳せてる場合じゃなかった。
「井上が蔵田を守ってるっすよ! 井上ってか、タミヤっちが!」
蔵田の前に仁王立ちする井上。
あの中にはタミヤがいる。
【ぼくがマリナさんを救う!】
井上もといタミヤのモノローグが聞こえたのち、無事井上は刺された。
何がしたいんだタミヤ。
「タミヤっち、蔵田の顔面が超好みって呟いてたっす……」
クラタの補足に対して誰も反応しなかった。
「これでペナルティ一回……」
井上が刺され、虫の息となってしまうリテイク。
これでは、対象者を幸福にできているはずがない。
騒然とするファンクラブイベント会場。
エリと窪倉が会場の入り口を開けっぱなしにしたせいか、轟轟とした風が入り込んでいる。
唐突な景色がモニターに映る。
「なんだあれ?」
風に乗って緑色の塊が襲来している。
「虫!」
クラタが「キショい!」と続ける。
「カマキリの大群……ここ都心でしょ? なんで」
クスノキはもう展開についていけなくて疲労困憊だ。
唐突でカオスな現場にも冷静丁寧なマミヤの解説が冴える。
「この会場は正確には都心から少し外れた自然が豊かな場所ですので、なんらかの要因で昆虫が紛れ込むこともあるかもしれません。
ここまでの大群は珍しいですねぇ」
壮観ですねぇ、と全く人の心がないマミヤが感心している。
井上は虫の息、会場空中には虫の大群。
観客は逃げ惑い、スタッフでさえ状況が飲み込めず右往左往。
カマキリの大群の中央あたりに、青い塊が見える。
中央に珍しい青色のカマキリがいるようだ。どうでもいいことを見つけてしまい、ため息がでる。
「スイミーみたいっすねぇー」
あれは魚だから意味があるんだよクラタ、と突っ込む気力もない。
緑色の中にポツンと映える青色を眺め、「青春ってろくでもねぇな」と呟くのが精一杯だった。
至って冷静なマミヤは、俺たちの気も知らないで、
「タミヤさんの独断先行で悲惨な第一リテイクとなってしまいましたが、まだ四回もチャンスはあります」
ガンバ、と言わんばかりに胸の前に腕を構えるマミヤ。
「大丈夫です。あと四回で彼ら五人を救えばいいのです」
まずは、空白の一週間に介入ですね!
とマミヤが一人で話し続けている。
かなりの体力とやる気を削がれた俺たちは、死んだ目で画面を見ることしかできない。
画面には変わらずカオスが広がっていた。




