1話
「では、投映していきます」
マミヤがモニターに手を添えると、眩い光が点る。
大型モニター上に対象者の運命帳が現れたと同時に、俺たちそれぞれの目の前にも小型モニターがグラフィックとして現れた。
モニターには運命帳に記された対象者のデータが映し出されている。
「五人もいるとデータ見にくいっすね。どっから手つけるんすか、これ」
クラタはストレスを発散しきれなかったのか、少しご機嫌ななめでグラフィックをいじっている。
運命帳には『人生の分岐点』となったポイントが無数に記されている。
今回のリテイクポイントは『あるイベント』周辺時期を改変すること、と管理事務所で聞いた。
「分岐点だらけ……やばぁ」
とユラが控えめに言う。
イベント当日から前後一年間、対象者五人の人生は改変可能な分岐点が多く点在していた。
手元のグラフィックをくまなくチェックしていたクスノキは、首を傾げる。
「この人たち、このイベントさえなければいい感じの人生ぽいのに」
「まあな。所謂成功者とかいうやつだな」
「それなりに仕事もうまくいってて、暮らしも安定してるみたいだし……ちょい理想からズレてる人もいるけど。なんで、わざわざこんなこと」
対象者は高校時代に知り合った五人。
高校在学中にアイドルとしてデビューし、CMやドラマなどに出演。人気を獲得した蔵田麻里奈三十五歳。
蔵田の同級生で、高校時代に結成したバンド、『バックアップ』のメンバー、宗谷健三十五歳。担当楽器はドラム。
同じく蔵田と宗谷の同級生で、『バックアップ』ギターの窪倉誓。こちらも三十五歳。
高校卒業後、『バックアップ』に加入したベースの井上真一。同じく三十五歳。
そして、
「真柴がいるな」
蔵田、宗谷、窪倉の同級生の真柴。
俺たちがリテイクに失敗した真柴。
「真柴、ちょっと若いですね。前回のデータが役にたちそうです」
嬉々としてカタカタとキーボードを操作するタミヤ。
広場に姿を見せず、一人データを整理していたタミヤ。
その努力が毎度無為になるとは、神はいないのか。
「では、まずこの五人の正史をご覧いただけますか?」
「マミヤさん」
「なんでしょう? クスノキさん」
「参加する感じ?」
「はい。今回は指導役として介添しろと主様が。今回のは相当だから、と」
蔵田麻里奈の発案で同級生の仲間が集められるところから、彼らの破滅が始まる、と運命帳が示している。
蔵田麻里奈の芸能活動二十周年を記念したファンイベントに関わったことで、彼らの人生は傾いていくらしい。
自信満々にデータを整理していたタミヤが分かりやすく狼狽えだした。
「イベントに至るまでのデータが閲覧できません……どどど、どどうしよよよ……」
たしかに、イベント前後一年間の中で不自然に閲覧できないデータがある。
「そのあたりをいじれば幸せになるんじゃないっすか? とにかくそのイベントとやらを中止させればいいんすよ」
過激思想のクラタは拳を突き出しそう宣う。
俺はいきり立つクラタの頭をこずく。
「て、なんすかアカシさん」
「あのな、リテイク五回で五人の人生を修正するんだぞ? 長時間介入できるポイントを探す方が先決だ」
イベントに至るまでの過程が一部閲覧不可能。
こいつら、今までのケースのようにいかないかもしれない。
「皆さん、投影作業が終了しましたのでモニターにご注目を」
「マミヤさん、しご早っすね……ってなんすかこれ?」
クラタの困惑を引き継いで、ユラが呟く。
「……もざいく」
モニター一面に広がるモザイク。
女性の怒声らしきものが聞こえ、男性の悲壮的な声も聞こえる。【許してよ!】と叫ぶ声が聞こえる。
「コンプライアンスです。窪倉誓さんのプライバシーを守るための」
「え?なに? そんなヤバいことしてるの?」
クスノキは動揺を隠せない。モザイク画面の中で二つの影が揺れている。
「マミヤさん」
「なんでしょう?アカシさん」
「モザイク解除」
「ですが……」
「解除!」
躊躇うマミヤだったが、しぶしぶといった感じでモザイクを消していく。
俺たちは現実を閲覧する中で残酷なシーンは何度も見てきた。
死にゆく者や、痛めつけられる者。
人間なら目を覆いたくなるような状況を目の当たりにしてきたのだ。
今更何を見せられようと揺らぐ俺たちではない。
「モザイク解除しました」
モニター全面に窪倉の全裸が映し出された。全裸で正座していた。
窪倉の目の前に置かれたスマートフォンのメッセージアプリには、蔵田麻里奈からのメッセージが表示されている。
そのメッセージを指差して、窪倉の嫁は青筋をたてて怒っていた。
窪倉嫁は叫ぶ。
【誰! この女! 誓くんはこの女のものになるんだ! 許さないから!】
「いきなり修羅場っすね」
ワクワクすんなクラタ。
修羅場がどうとかではなく、この場全員が恐らく思っていること。
なぜ全裸?
全員が呆気に取られている中、マミヤが『ほらね』とでも言いたそうにドヤっている。
「ちなみに、窪倉誓さんの妻の発言はとても聞けたものではない暴言のため所々消しております。コンプライアンスです」
ドヤり続けるマミヤにタミヤは、
「なるほど窪倉は変態趣味を持ち合わせてる、ということですか」
と見当違いの見解を展開する。
窪倉は【これは違う! 青春をやるんだ!】とわけのわからない反論をして嫁に殴られている。
全裸で床に転がる窪倉。
「喜んでるようには見えないっすね」
「窪倉は後回しにして、蔵田を先に見よう。こいつが同級生集めてイベントやった発起人みたいだしな」
「アカシさん冷静っすね」
「成人男性のこんな映像見たら逆に冷静になるわ」
「そういうもんすかね」
蔵田麻里奈は高校卒業後アイドル活動を辞め、女優としての活動にシフトしていった。
数々のドラマに出演し、それなりに人気を獲得していった蔵田だったが、三十歳を迎えたあたりで人気にかげりが見え始める。
二度の離婚、所属事務所マネージャーへのパワハラ疑惑、事務所のごり押しで出演作品は増加したものの、それに反して向上しない演技力への中傷。
三度目の結婚相手との間に生まれた娘の子育てをしながら頑張って働くママのイメージでなんとかファンを繋ぎ止めていた。
モニターは全裸正座男が罵倒されている画面から、蔵田麻里奈の部屋に切り替わる。
「子どもの泣き声しないっすか? 怒鳴ってる人もいるっすね」
クラタの言うように、小さな子どもの泣き叫ぶ声と、男性(恐らく旦那)が低い声で【いい加減にしろよ! 子供の面倒見る俺の身にもなれよ!】と叫んでいる。
その声に反応することもなく、部屋でうずくまり、【もう嫌、ノイローゼになる!】と叫ぶ蔵田麻里奈。
蔵田は部屋にあるクッションを壁に叩きつけ、頭を掻きむしっている。
蔵田のモノローグが聞こえる(このモニターにはモノローグ再生機能もある)。
【仲間。私が忘れかけていたものを取り戻してくれる存在。絆を感じる。この日々は本物じゃない。目に見えない理想を叶えるための絆のチーム。私たちならあの時の熱狂を再現できる。やろう。私たち仲間は無敵なんだから】
突然のポエムに困惑です。
蔵田はスマートフォンで一心不乱にメッセージを打ち込んでいる。
恐らくは窪倉が全裸正座になる原因のメッセージを。
「芸能人って闇深ぁ……怖」
どこから持ってきたのかわからない市松人形を撫でながらユラが笑っている。
お前のほうが怖いよ、という俺の視線を察してか、
「……この子、ジャクソン」
と市松人形改めジャクソンを紹介してくれたユラ。
名付けは国籍に合わせてあげてほしい。
「よし!画面切り替えよう。はやく!」
俺がそう発するとマミヤが手早く作業する。
とにかく、こいつら全員の人となりをなんとなく知ることが最優先だ。
もうだいぶキツい。
【クミちゃ〜ん、大好きぃ〜】
と甘えた男の声がする。
宗谷健はクミ(嫁)と通話中だ。
【クミちゃん今日もクミちゃんのためにドラム叩いてるよぉ〜。クミちゃんは今なにしてるぅ〜?】
と猫撫で声で宗谷は語り続けていた。
嫁は、【は?仕事】と冷淡な返事をしている。
クネクネと身体を揺らして話し続ける宗谷。
「きっつ」
やめてやれクラタ。
愛情表現は人それぞれだから。
宗谷は音楽レッスンスクールでドラムの指導者として働いている。
今は休憩中のようで、宗谷は休憩するたび嫁にラブコールをしている。
電話している宗谷を、中学生くらいの男子生徒が唖然とした表情で見ている。
教育上よろしくない。
「あの子のトラウマにならなきゃいいけど」
クスノキは人の愛情表現をトラウマと言い切った。
「次!」
サクサク行こう。
もうこいつらが俺たちの手に負えるかどうか自信はないけれど。
井上真一は、自宅の扉の前で俯いている。
井上のモノローグが聞こえる。
【扉を開けたらいつもの光景。家族には恵まれている。仕事は順調。五人の子どもに恵まれ、理解のある嫁にも恵まれてる。なんの不満もないはずなのに、この扉を開けるのが億劫だ。俺には刺激が足りないのか? 平穏を求めているわけじゃないことに、三十代半ばで気づくとは】
ため息を吐く井上。
意を決して穏やかな表情を作り、扉を開ける井上。
騒がしい子どもたちの声と、忙しなく家事をこなす嫁の姿に微かに表情を曇らせる井上。
「この人普通。面白くないっすね」
なあ、クラタ。
誰が一番面白いゲームをしてるわけじゃないからね。普通の何が悪い。
とはいえ、井上の暮らしは他の三人と比べると比較的穏やかで、不満がないことが不満といった感じに思える。
刺激を求めているあたりが不安要素だが。
井上はため息を吐き、リビングのソファーに腰掛けた。
時同じくして、井上のスマートフォンが震える。
メッセージを確認すると井上の表情がぱっと明るくなる。
【まりなちゃん……】
と少しねっとりとした井上のモノローグが聞こえる。
ニヤつく旦那を嫁が見ている。
こちらも一波乱ありそうな雰囲気。
「で、次が真柴か。このエキセントリック集団にやつがどう絡むのか」
真柴の破滅ルートにこの四人は絡んでいなかった。
つまり、この世界は真柴の別世界線ということになる。
真柴の暮らしに画面が切り替わる。
既視感しかなかった。
「この光景、懐かしいですね」
と目を細めるマミヤ。
その目には少し涙が滲んでいる。
真柴は一人、八畳の部屋で机に向かっていた。
真柴は仕事にひと段落つけると、スマートフォンでメッセージを確認し始めた。
そこには、【青春やってみませんか⁉ 近々私のファンクラブイベントがあって。そこで昔の仲間でバンドをやりたいなーって思ってさ。私、みんなといつか一緒に〝仕事〟したいな、って思ってたんだ。真柴くんにはイベントの台本書いてほしいな、って思って連絡しました! 一緒に青春しよう! いま、ボーカルとして頑張って練習してます!】と蔵田からの写真付きメッセージ。
添付された写真には、カラオケで陽気にマイクを握る蔵田の姿があった。
スマートフォンの画面が暗くなり、真柴の引きつった笑い顔が映る。
真柴のモノローグが聞こえる。
【せっかく連載が軌道に乗ってきて忙しいときに、こんな連絡してくんなよ。もう十年も会ってないぞ。三十半ばで青春よもう一度、ってか? 第一、俺は何するんだよ。ファンイベントの台本書け? いやいや、俺漫画家だから! 構成作家とかじゃないから! 「みんなと仕事したくて」って、プロなら誘い方ってもんがあるだろ。誘い方が「文化祭でバンドやろうよ」的な軽さがあるんだよ。てかさ、蔵田以外は素人だし、蔵田もボーカルとしては素人だろ? それを金取るステージで客前で一応はプロの蔵田が……まともな考え持った事務所スタッフいないのか】
「真柴、気の毒っすね。モノローグめっちゃ長いっすもん」
「こんな浮かれたメッセージ送ってる女がまさか部屋で発狂しながらネグレクトしてて、現実逃避してるとは思ってないだろうな」
「人間みんなキモいねー、ね、ジャクソン」
「閲覧できないデータ……データがないと……ああ、しかし蔵田さん美しいな……」
皆の後ろ向きな感想を横目で見ていたクスノキは改めて彼らの破滅ルートを確認する。
「蔵田さんのファンイベント後に宗谷さんは離婚、井上さんと窪倉さんはそれぞれ別の事件をおこして逮捕、蔵田さんはネグレクトが原因で離婚。親権奪われたあげくイメージダウンで仕事激減、真柴さんは……」
「真柴はこいつらの破滅には巻き込まれなかったわけだな」
真柴はどの世界線でもイベント前に離脱していた。
因果関係は不明だが、こんなヤバい結末をむかえるイベントから早々に抜けた真柴の勘を褒めたい。
モニターは五分割に表示され、蔵田が皆へメッセージを送り続ける様子が映る。
モニターは切り替わる。




