3話
高原の中心では、様々な霊魂が楽しそうに遊んでいる。暇人どもめ。
きゃっきゃっ、と愉快な笑い声の中にたまに混じる地の底から響くような叫び声。
大体叫んでいるのはクラタだし、それに巻き込まれて泣いているのはユラだ。
「ぐぉーーストレス発散しないとやってらんねーっす」
と、クラタはパンチングマシーンを殴り散らしている。
ユラは「クラタっち〜やめよーよ……みんな見てるよぉ〜恥ずかしー」と泣きべそをかく。
クラタとユラの周りには、ほかの百八部隊所属の霊魂たちが半笑いで立っていた。
俺とクスノキはそれを遠くから眺め、ほぼ同時に溜息をつく。
「あの子たち、またポイント乱用してる……アカシくんからちゃんと言ってくれないと」
「でもなクスノキ、あの獣を諭す自信が俺にはない」
ぶっ殺してやるっす!とおよそ天界に似つかわしくない発言とともに拳を振り下ろすクラタが見える。
具体化ポイントと呼ばれるものが、この高原の暮らしを支えている。
ポイントはリテイク作業の報酬として主様から受け取る。つまり、給料みたいなものだ。
俺たちがいま座っているカフェテラスや、クラタが親の仇のように殴り散らしているパンチングマシンゲームは、かつて輪転区にいた霊魂たちが残したもの。
具体化ポイントを使えば、様々なものを生み出し、残すことができる。
かつていた霊魂たちの残したインフラで高原は埋め尽くされている。
元来具体化ポイントは生まれ変わるために使用されるものらしい。
ある一定貯まると転生儀式に使用され、霊魂を望んだ世界に導くため使われるそうだ。
しかし、ここ最近はポイント自分勝手に乱用し、輪転区を永住地にしようとする霊魂も多いと聞く。
「浮かない顔だね。お二人さん」
唐突に話しかけられ、振り返ると、爽やかな笑みを浮かべて立つ男と目が合う。
「シン……今話しかけるなよ」
「いつもつれないね、アカシくんは」
「ポイント荒稼ぎのお前らと違って俺らは大変なんだよ」
シンは百八部隊の中でもトップクラスの成績を収めるチームのリーダーだ。
空前絶後の的確なリテイク、その立ち振る舞いを見て、シンは何度か生まれ変わりを経験していてここの仕組みを理解しきっているのだ、と噂するやつもいる。
「チームの結束力がなせる技だよ。僕が特別なことをしているわけじゃない」
「嫌味だな」
「そんなことはないよ。アカシくんの判断は正解ではなくとも、正しくはあった」
シンは真柴の件をそう評価しているらしい。
「まあ、完全に失敗なのにポイントは加算されてたみたいだしな。主様の考えることはわからん」
数々の失敗事案を重ねた俺たちのチームは、本来なら振り分けられないはずのポイントを毎度僅かながら付与されていた。
お情けか、それともリテイク作業なんて主様達神々が簡単に修正できてしまうものだからか。
「なあ、シン。俺たちの作業に意味はあるのか?」
こいつに聞いたところで解決するわけもない。
ただ、なぜか口をついて出る弱音。
「意味については僕にもよくわからないかな」
だよな、と言いかけた俺を遮るように、ただ、とシンが継ぐ。
「僕たちは知らなければいけないんだと思う」
「なにをだよ」
「人間について」
意味ありげに微笑むシン。
俺たちはかつて人間だった、らしい。
人間だったころの記憶を失い、この夢想のような世界で生きている。生きているのかさえわからない。
「アカシくんはまだ実感してないだけさ」
「実感?」
「命の煌めき、燻り、戦慄き、残酷さ。それを少しでも実感して思い出せたとき、また下の世界で生きる権利を貰えるんじゃないかな」
「随分とわかったようなこと言うな」
「受け売りなんだ」
次の案件厄介だから気をつけてね、と柔らかな笑みをたたえたままシンは去っていった。
「シンくんってさ、もう生まれ変わりの権利は持ってるって噂だよ」
とクスノキが俺に耳打ちする。
「それなのにああやってウロウロしてんのか。ますます嫌味だな」
クスノキは奇妙なものを見るようにシンの後ろ姿を目で追う。
「シンくんの担当したリテイク案件ってよくできた人生ばかりなんだよね。よくできすぎてるというか」
「どういう意味だ?」
「よくできた物語を見てる感じかな。紆余曲折があって、誰もが幸せそうだなぁ、って思うような対象者ばかり」
「いいことじゃないか」
「そうなんだけどね……なんだかちょっと怖さがあって」
「怖さ?」
「うん。人間って、自由じゃないのかなって。自分で選んで生きてるわけじゃなくて、決められて変えられて生きてるのかなって」
「今更だな」
断言した俺にむくれた表情を向けるクスノキ。
「散々人の人生触ってる俺らが言えた義理じゃない」
そうだけどさぁ、とクスノキはまた項垂れる。
「実感、か」
何もかもがふわふわとしたこの場所で、そんなひりついたものが感じられるときはくるのか。
手繰りようのない考えを振り払うように、
「おい! アホ二人。そろそろ次のリテイク作業発表されるぞ」
クラタとユラを呼び戻す声を挙げたタイミングで、アナウンスが聞こえる。
『アカシチーム様。
次回のリテイク作業のお知らせです。
案件対象者は五名。
この五名が関わる事案のリテイクをお願いします。
この五名は、とあるイベントに関わったことにより人生を破滅させてしまいます。
今回は五名全員のリテイク成功をもってポイント付与となります。
一度でも失敗した場合、ペナルティが科されます。
詳しくは、管理事務所にてお尋ねください。
よきお導きを、お願いします』
と、耳を貫く情報に困惑したのは俺だけではなかったらしく、隣にいたクスノキは目をぱちくりさせている。
一人のリテイクにさえ失敗している俺たちに、五名ものリテイクを同時に行えるのか。
ペナルティとはなんだ?
そんなものは今までなかった。
新たな仕組みなのか、それとも、主様からの最後通告か。
混乱はやまないまま、
「あー、とりあえず管理事務所いくぞ……」
とクスノキに告げると、
「……うん」とか細い声が返ってくる。
「ストレス! 発散!」
クラタのけたたましい叫びが轟き続ける中、足取り重く、管理事務所へ歩き始めた。




