2話
用水路から見る景色は恐ろしい、とタミヤが震えていた。
「介入してからタミヤっちずっとああっすね」
「よっぽど恐ろしかったんだろ用水路」
高橋……怖い……水……コワイ、とタミヤは泣きべそをかいている。
雨川と高橋を再会させないため、俺たちは彼らの過去を変えるべきだと考えた。
雨川が小学五年生のときに転校してきた高橋。
高橋は特異な家柄もあってか、すぐに校内を統べる人物となった。
もともと内向的だった雨川は、高橋のいじめの標的となり、彼らの関係は大学卒業まで続くことになる。
これが、雨川の地獄の一端だった。一端でもう辛い。
「用水路に沈めるとか……小学生がそんなことやっちゃダメだよ」
クスノキよ、小学生じゃなくてもダメだよ。
高橋と交流せずに卒業すればいい、とデータを過信するタミヤが言いだし、言ってすぐ雨川少年に介入を始めた。
雨川に介入し、高橋との接触を極端に拒み続けたタミヤ。
同じクラスにいる日陰者雨川の態度に苛立った高橋は、正史以上に凄惨ないじめを開始する。
タミヤの介入は、雨川を地獄のデスロードに引きずりこむことになる。
用水路息止めデスマッチという趣味の悪い催しを始めた高橋。
デスマッチといいつつ、息止めをさせられるのは雨川一人。ただのデス。
息が苦しくなり顔をあげる雨川を、何度も水に沈める高橋。
【雨川くん、これからもよろしくね】
小学五年生の高橋は取り巻きの女子と大柄の少年とともに校舎へ帰っていく。
用水路には、ずぶ濡れの雨川が一人残される。
タミヤの介入は、雨川が高橋からより狙われるという最悪の結果になった。
「しかしマミヤさん」
「なんでしょうアカシさん」
「なんであんなシリアルキラーみたいな小学生が爆誕してるんですか」
とても小学生とは思えない堂々とした態度で担任教師たちさえも手玉に取る高橋少年。
彼に従わないものは人権をはく奪される教室の中で、雨川は肩身の狭い暮らしをしている。
「修羅の者の息子さんなので」
「修羅の者?悪い人?」
「クスノキさん、とっても悪い人、つまり反社が高橋さんの御父上なのです」
とんでもパンチライン登場。
「反社って、ヤクザですか」
「そうですアカシさん。高橋さんの母親はヤクザの親分の愛人だったのです」
モニターでは教室でお楽しみ会の用意をしている小学生たちが映っている。お楽しめない。
「実子に恵まれなかった親分は愛人の産んだ子供、高橋さんをとても可愛がりました」
可愛がりが別の意味で聞こえる。
「親分は自分が多額の資金を寄付する学校へ高橋さんを通わせることを決め、ゆくゆくは自分の後継者へと育てる気なのです」
高橋少年は平然とクラスの友人をいじめ、誰にもそれを悟られないように脅しをかける。
時には小遣いのようなものを渡して懐柔したり、取り巻きの大柄な少年を使い暴力で黙らせることもあった。
担任教師や他クラスの生徒は我が身可愛さか、見て見ぬふりを決め込んでいる。
「帝王学ならぬ、ヤクザ学をお父様に叩き込まれた高橋さんです」
そんな学問は存在しない。しちゃいけない。
「この大きな男の子はなんで高橋さんに従ってるの?」
「ああ。クスノキさん、饅頭さんは早弁していたところを高橋さんに見つかり、それ以降従っています」
饅頭とかいう名前にも突っ込みたいし、理由のしょぼさにも突っ込みたい。忙しい。
言葉少なな饅頭は、高橋の暴力を肩代わりする役目を担っていた。
「で、高橋の隣にいつもいる女が、佐川由香っすね」
「佐川由香さんのお母様はヤクザの親分から多額の借金をしており、娘である由香さんは動物的本能で高橋さんにすり寄っています」
モニターには帰りの会で今日あった出来事を発表する子供たちが映っている。
今日あった良かったこと、そしてもちろん悪いことも発表する帰りの会。
無邪気さと騒がしさがあるはずの教室は、後列に座る高橋一派の所為で殺伐としていた。
手を挙げ発表する子供たちは皆一様に高橋の姿に怯え、声音を震わせている。
悪かったこと、用水路デスマッチはついぞ発表されることはなく、終業のチャイムと共に教室からゆっくり出ていく高橋一派。
肩で風を切る高橋には貫禄さえ感じる。
高橋くん!お疲れ様です!と叫ぶクラス一同。
「マミヤさん」
「はい、アカシさん」
「何この地獄のキッザニア」
「キッザニア……ああ、無邪気な子供たちの職業体験の」
「反社キッザニアっす」
雨川を茶化していたクラタもさすがに引いている。
タミヤはモニターを直視できていない。
「まあまあ、皆さん。落ち着いて」
落ち着けるかこんなもん。
モニターが切り替わり、雨川が河川敷で饅頭に殴られている様が映る。
饅頭は小声で、【ごめん、ごめん】と呟きながら拳を振り下ろす。
佐川由香は【まんじゅーやりすぎー】と軽口を叩いているが、声がかすかに震えている。
高橋は相変わらずふてぶてしい態度で殴られ続ける雨川を見ていた。
「ひどい……」
クスノキが思わず顔をしかめる。
「俺たちに全く関係ない人間の人生とはいえ、さすがにこれは……」
転売で自己顕示欲を保つ自堕落雨川が懐かしい。
小学生時代から高橋に付きまとわれ、ようやく手にした転売という自由を謳歌していた雨川……ん?
「危ないとこだった」
「どうしたんすかアカシさん」
「凄惨な映像見すぎて、転売行為を肯定しかけてたわ」
「アカシさん、それは大罪ですね。万死に値します」
天界の罪の基準が曖昧。
「ともかく」
俺は、転売行為に憤るマミヤに、
「雨川を救えばいいんですね。高橋から」
と告げると、
「いえ」
あっさりマミヤは否定する。
「はい?」
「雨川さんは高橋さんと出会わずとも、あのような行為をする愚か者に成り下がるのです。雨川さんは簡単には救えません」
「それは、どのルートでもそうってこと?」
クスノキの問いに頷くマミヤ。
「高橋さんと再会しなければ、転売生活を続けだらだら暮らすだけの人生が待っています」
それはそれで地獄。
「じゃあ、お手上げじゃないっすか」
クラタが嘆息する。
「雨川さんと転売は切っても切り離せない絆で結ばれています」
なんて美しくない絆だろうか。
「高橋さんとの再会後、港で処されてしまう雨川さん」
ヤクザに囲まれ、命を奪われそうになっていた雨川。
「その展開を回避していただきたいのです」
「雨川が死ななくていいようにするんすか?」
「はい。罪に対する罰として、高橋さんはやりすぎています」
「高橋にも罰が必要ですけどね」
俺が言うとマミヤは、
「アカシさんのおっしゃる通り、高橋さんにも然るべき罰は与えられます」
それはこのモニターに映りませんが、と意味深な発言をするマミヤ。
モニターが切り替わり、中学生となった雨川が映し出された。




