1話
トラックに乗りこんだ俺は生まれ変わりへの道をひた走っていた。
自分でも何を言ってるのかわからない。
なんかこう、ファンタジックな感じにキラキラっと生まれ変わるのか、と期待していたのに。
この天界にそんな展開を期待するのが間違っていた。
「アカシさん、すみません」
運転手のウカワは、申し訳なさそうに頭を下げる。
「大渋滞してしまって……」
ウカワによるとこの時間帯のこの道は生まれ変わり渋滞が起きるそうだ。
主様、インフラちゃんとして。
「動かない、ですね」
「はい……申し訳ない」
「いや、ウカワさんのせいでは……」
「私は何をしてもこんな感じで……すみません」
「……」
滞る道と滞る会話。とても気まずい。
「あ、そうだ!なにか音楽でも!」
カーステレオ操作するウカワ。
陽気なサンバが車内に響き渡る。選曲のクセが強い。
陽気な音楽が車内を包み、その気分に押されてか、
「あ、あの」
と意を決したように俺に訊ねるウカワ。
「なんです?」
「どうでしたか、輪転区は?」
と俺の顔色を伺うウカワ。
「まあ、変なところでしたね」
今現在含めてね、と言うと、
「あ、ま、まあ変ではあるかもで……オ・レっ!」
語尾でサンバリズムにのっかるウカワ。ふざけてんのかな?
「サンバをBGMに話すことではないのですが」
じゃあなんで流したの?
「私ももうすぐ輪転区に向かうことになっていまして」
「ということは、今は?」
「私も普段は地獄におります」
このトラックで霊魂を運ぶのがウカワの修行らしい。
「お聞きしたいな、と思いまして」
「何をですか?」
「アカシさんたちの輪転区の始まりを」
後学のために、と頭を掻くウカワ。
「でも」
「わかっています。地獄から輪転区に行けば記憶はなくなります。でも……」
「感情はなくならない、ですか?」
ウカワは躊躇いがちに頷く。
彼が俺に何を期待しているのかわからないが、別に隠すような話でもない。
「いいですよ」
「え?」
「結構長い話になりますけど、俺たちが輪転区に来た時の話」
「ええ、是非」
「時間はたっぷりありそうですし……」
先の見えない渋滞に目を向ける俺に、申し訳ないと謝罪しつづけるウカワ。
陽気なBGMは鳴りやまない。
思い出を語るには奇妙な環境だが、ろくでもない思い出だからまあいいか。
「そういえば、あいつらとチームになってから変な事案ばっかでした」
青春案件や真柴重蔵の件の以前から、俺たちには厄介なリテイクがかされていた。
そんな輪転区での始まりを思い出す。
陽気なサンバが『ウ〜〜オレッ!!』と俺の語りに花を添える。
すげぇ邪魔。
大型モニターを前にして、マミヤは意味不明なこと言いだした。
「まず皆さんには、餓鬼道と修羅道をご覧いただきます」
困惑気味の俺たちに構わずマミヤは話を進める。
「リテイク作業のチュートリアルだと思っていただいて構いません」
輪転区で課されるリテイク作業。
その初心者研修を受けた俺たちのチームは、実際に人間の人生をいじることになった。
人の人生をチュートリアルと言ってのけるヤバい管理者マミヤと、良質な物語を作りたい主様。
俺たちはかなり危険な場所に来たのかもしれない。
「では、モニターをご覧ください」
モニターに注目する俺たち五人は、一様に緊張気味だった。
人間の人生を幸せにする、なんて記憶を失った霊魂に可能なのか。
クスノキ、クラタ、タミヤ、ユラ。
百八輪転区で出会ったこの面々は、どうも一癖ありそうな奴らだ。
クスノキはモニターを注視し、クラタは気もそぞろ、タミヤはモニターとパソコンのマルチタスク、ユラは……呆けている。
「では、餓鬼と修羅の人間たちを救う作業の始まりです」
マミヤが叫ぶとモニターに光がともる。
【あー、人生チョロいわ】
自堕落そうな男の部屋がモニターに映し出された。
「対象者は雨川良弥さん二十六歳。フリーターです」
ボサボサの髪にスウェット姿の雨川は、物で溢れた部屋で缶チューハイを開けている。
「主様は非常に憤っておられます」
「どういう意味です?マミヤさん」
「アカシさん。主様は全ての人間たちを我が子として愛しておられる寛大な方」
「はい」
「そんなお方が最近唯一お怒りになったのがこれです」
モニターが切り替わり、雨川はホビーショップの前で笑みを浮かべている。
クラタがそれを見て告げる。
「おもちゃ持っていい大人が喜んでるっす」
辛辣な言葉を受けてマミヤが大声で叫ぶ。
「プレミアム超合金、ジャスティス号です」
なにそれ?
「主様が欲していた『空中要塞ジャスティス』の限定グッズです。数量限定だった超合金ジャスティス号を買い占めているのが雨川さんです」
主様は激おこです、と眉根を寄せるマミヤ。
普通に私怨だった。
雨川は店舗を転々と渡り歩き、次から次へと限定グッズを購入していく。
アニメ空中要塞ジャスティスに登場するジャスティス号。
子供たちがワクワクドキドキで並んでいる列の先頭で雨川は【これ、何個まで買えるんすか? あるだけ欲しいんすけど】とへらへらしている。
クスノキがマミヤに訊ねる。
「転売ヤー、ってのかな?」
「クスノキさん勉強家ですね」
マミヤに褒められ、まんざらではない表情のクスノキ。
初心者研修で下界の事象を学んだ俺たちは、多少なり現実世界の知識を得ている。
転売ヤーなる生き物が下界に蔓延っている、と研修資料にデカデカ注釈付きで載っていた。
主様の私怨が根深い。
「雨川はそれで儲けてるんすか?」
「クラタさん。そんなもんで儲けられるほど現実は甘くありません」
残酷な真実を突きつけるマミヤ。
「とにかく楽して生きたい雨川さんは、些細な儲けであろうとも転売をやめられないのです」
「なんでっすか?」
「楽して人に褒められて、ついでに人の役にたつとか最高じゃん、と思っているからです」
戦利品の限定グッズを両手に抱えた雨川は、誰かと電話し始めた。
【十店舗も回った甲斐あったわー。俺らのおかげで日本の流通は成り立ってるんだよ。俺らが代わりに買ってやってるからみんな楽して買えるんだから。いやぁ、人助けきもちいぃー】
転売ヤー仲間に自信満々の持論を語る雨川にマミヤは、
「主様は雨川さんの所業を見てこうおっしゃいました」
と苦々しい顔をする。
俺は恐る恐る訊ねた。
「主様はなんと?」
「処す、と」
洒落にならん措置。
「もちろん洒落ですが」
主様お茶目、と笑うマミヤ。そうはならんてば。
「転売行為をキッカケに身を滅ぼしていく雨川さん。ここから数年、彼は転売活動に勤しみ、流通の邪魔者になります」
激おこ主様の気持ちはわからんでもない。
本来の流通の間に混じる異分子転売ヤー。
彼らがいてもいなくても流通はまわる。
【ま、宅配業みたいな感じだよな。仲介料は貰わないとさ】
と、さも仕事人のような語り口の雨川。
戦利品(限定グッズ)を両手に抱え、雨川は意気揚々とステップを踏む。
【また儲かっちゃうなー。ちょれー】
本音がダダ漏れの雨川。人の役にたつ人間とは思えない発言。
平日の朝っぱらから帰路につこうとしている雨川は、まさか神様から処されかけてるとは思ってないだろう。
雨川はコンビニで安酒を買いこみ、帰宅するやいなや、パソコンを開いた。
【やっべ!愛されてるわー俺】
オークションサイトで、先ほど買った限定グッズが定価の三倍の価格で取引されていた。
【トレーダー、が俺の転職だな】
自信満々にそう呟いて、缶チューハイに口をつける雨川。
「トレーダー。キリッ。ウケるっす」
心底小馬鹿にしたように笑うクラタ。
「どちらにせよ、雨川さんには悲惨な未来が待っています」
「処されちゃうの?」
「クスノキさん。主様が手を下さずとも、このような輩には然るべき罰がくだるのです」
たぶんだけど、マミヤも激おこである。声のボリュームがでかいままだし。
「こちらをご覧ください」
マミヤがモニターを操作すると、映像が切り替わる。
【残念やわぁ、雨川くん。あんなえらいことしてくれて】
ヤクザに囲まれて子犬のように震える雨川がモニターに映る。
【ま、これから魚の餌になってもらうわけやけど、最後になんか言いたいこととかあるんか?】
寒々とした港の前で跪く雨川に夜なのにサングラスをかけたコワモテヤクザが続ける。
【あ、そやそや。雨川くん天涯孤独やったな。悪い悪い】
ケタケタと笑うコワモテに倣って笑う子分たち。
雨川は手足を縛りつけられてヤクザたちに睨まれている。
【調子乗ってたらあかんで】
ヤクザが雨川を蹴り上げる。
「なんでこうなった」
「アカシさん。これは十年後の雨川さんの姿なのです」
「いや、だから。なんでフリーター転売ヤーがヤクザに囲まれるような事態になるんです?」
雨川はコワモテヤクザから【このまま海に沈むか、臓器売って人の役にたつか選ばしたる】と睨まれている。
人の役にたっていたはずの雨川の転落劇。
「雨川さんはかつて自分をいじめていた男に騙され、転落人生を歩むことになりました」
マミヤがモニターを指差して続ける。
「高橋直哉さんという旧友と再会した雨川さん。高橋さんは雨川さんをさながらおもちゃのように扱い、いたぶりました」
モニターが切り替わり、雨川と高橋の再会シーンが映る。
転売ヤーとして様々な地域へ遠征を重ねる雨川。
夜中から店舗に並ぶ生活をしていた雨川は、アルバイトそっちのけで転売するグッズを集め売りさばく。
バイトは欠勤続きでクビになった。
「なにがしたいんだこいつ」
「アカシさん、アカシさん」
「なんだよクラタ」
「トレーダー。キリッ。なんすよ」
キメ顔で言うクラタ。うるせぇ。
クラタは雨川を馬鹿にすることにハマったらしい。
都内のホビーショップでいつもように並んでいた雨川。
彼に、ホビーショップの店員が声をかけた。
【あれ?雨川くんじゃん】
爽やかな雰囲気の男。
男を見た雨川の表情がみるみる強張っていく。
【た、高橋くん……】
【久しぶり。元気そうじゃん】
残念だよ、と付け加えそうな口調で高橋は微笑む。
マミヤがモニターをすがめつつ、言う。
「餓鬼が修羅と出会いました。正確には、再会ですが」
マミヤは続ける。
「怠惰を重ね、ちんけな顕示欲を誇る餓鬼と、人を人と思わぬ修羅。雨川さんを転落させる高橋さん。この因果を編集する」
これが皆さんの初回リテイク案件です、と語気を強めて告げる。初回からパンチが強い。
マミヤの強い口調に少し空気が張り詰める。
だが、俺たちはどこか楽観的だった。
高橋と雨川が出会わなければいい。
簡単な話だ、と誰もが考えていただろう。
人間の業と因果の深さを知らなかったあの頃の俺たちは、高橋が生み出す修羅の道に振り回されることになってしまう。




