2話
引越しのトラックを見送り、荷物の整理をしていたところでポケットの中のスマートフォンが震えた。
『証せんせ。無事着きましたか?』
担当編集の新川が心配そうに聞く。
「ああ、渋滞にハマっちゃってさ。今着いたとこ」
『あー、私も近くまで来てるんですけど、渋滞してますね』
平日の夕方はいつもこうなんですよ、と新川が愚痴る。
『でも、良かったんですか?』
「何が?」
『引越し!ですよ。簡単に決めちゃって』
「熟考の結果だよ」
ほんとかなぁー?と新川が言う。
連載漫画の新章へ向け、一ヶ月の長い休みをとった。
映画化の宣伝やらなにやらでそのうち一週間は慣れない仕事に駆り出され、引越し作業が遅くなってしまった。
休み損だ。
「いいとこだな、新川さんの地元」
『郊外のさびれた街ですよ〜。まさかせんせが万宮町に越すとは』
都心から電車で一時間半ほどの静かな街。
新川から聞いていた通り、穏やかな街のようだ。
「荷物整理したら神社、行ってみようと思って」
『ああ、うちの神社ですね。先生、変なものに興味示すから』
「いや、天と地を繋ぐ神社、って気になるだろ」
『名前負けですよ〜。大して儲かってない我が実家なんで』
儲かるとか下世話な、と笑いがこみ上げる。
新人編集として入った新川とはもう二年の付き合いになる。
同い年ということもあってか、気を使わないでいられる彼女には助けられている。
『証せんせ、お腹大丈夫です?』
「ああ、まだちょっと痛みはあるかな」
新川と共に立ち上げた〝異世界奮闘記魔女っ子☆ルミちゃん〟がアニメ映画と実写映画になる。
二六歳にして大金持ちですねせんせ、と下世話新川が持ってきた映画宣伝のためのクイズバラエティへの出演。
漫画家には少し荷が重い仕事だった。
「あのアイドルやべぇだろ」
『完全にみぞおちやられてましたね、せんせ』
早押しクイズに敗れた俺は、バラエティらしく罰ゲームをやらされた。
「普通、本気で殴らないだろ」
大人気アイドルグループのセンターをつとめる〝姫にゃん〟なる少女は、その可愛らしい愛称とは真逆の鉄拳を俺の腹にぶちかました。
『プロデューサー平謝りでしたから。ちょっとパンチして痛ぁ〜ってやる流れだったみたいで』
その罰ゲーム自体もどうかと思うが、バラエティのルールはよくわからないので俺がおかしいのかもしれない。
『アイドルの子、超謝ってましたよね』
「筋トレの成果出しちゃってごめんなさい、は謝ってないんだよ」
『マネージャーも平謝りで笑いましたね』
データにないことをする子なので、私たちも苦労してまして……、とメガネをかけたマネージャーが土下座をしていたな、と思い返す。
そんなマネージャーを見て、満面の笑みを浮かべるそのアイドルに〝大物になるかもな〟と思った苦い思い出だ。
『あ、今日うちの旦那会社に泊まり込みみたいなんで、私も神社向かいますよ』
お姉ちゃんにも会いたいし、と続ける新川。
「じゃあ神社で合流するか」
『迷わないでくださいよ』
「初めましての土地だからなぁ。どうだろ」
『それだけではなく』
「え?」
『ルミちゃんの新章。展開迷ってるんでしょ』
じゃまた後で、と新川が電話を切る。
ヒット作となったルミちゃんを今後どう展開するべきか。
明るくポップで少しブラックユーモア。
そんなルミちゃん旧来の展開を引き継ぐか、完結へ向けシリアスな展開に振るか。
まだ迷っていた。
新川と合流し、鳥居の横にある石碑に目をやる。
「万宮神社」
「街の名前と一緒なんですよ」
神社の中には立派な木が立っている。
「あれはご神木?」
「ですかね。私の旧姓と同じ名前の木です」
一緒に大きくなった気がしてます、と新川。
「そう言えば、天と地を繋ぐ神社って、どんな歴史でそうなったんだ?」
「さあ?」
「さあ?って」
「うちのひいじいちゃんが知り合いから管理を任されただけなんで古い歴史はあんまり。
母かお姉ちゃんなら詳しいと思いますけど」
「管理を任される、って大変なことを」
「ひいじいちゃんは信心深い人だったみたいで。
うちが引き継いでからの歴史は浅いもんですよ」
代々引き継いだわけでもないのに立派だな、と考えていると、
「立花?」
巫女姿をした女性が、新川に声をかけた。
「あ、お姉ちゃん、久しぶり!
こちら、証せんせ」
お世話になってます、と頭を下げた新川の姉。
「お母さんいないの?」
「町内の集まりで行っちゃって。大変だよ、まだ参拝の方来てるのに」
「お母さん、お姉ちゃんに頼りすぎー。嫌だったらちゃんと断りなよ」
「いいの。好きでやってるから」
「変なの」
久々の再会なのか、会話が弾む姉妹。
申し訳ないとは思いつつ、姉妹の再会の間に割り込み訊ねる。
「こちらの神社ってなんで天と地を繋ぐって?」
「ああそれ。万宮様っていう神になられた人間がいて、その方が『天と地』を繋ぐ役目をされている、という伝承です」
この世を見守ってらっしゃるそうです、と新川の姉が神社の本殿を一瞥する。
「万宮家の方は後継者がいなかったらしくて、うちの曽祖父が引き継ぐと言ったそうで」
境内の静まった空気に微かな懐かしさを感じる。
新川が参道を進み、
「証せんせ。おみくじ引きましょ!ね!」
と提案する。
「それなら、こちらで引けますよ」
と言うと、拝殿のそばにある社務所に向かい小走りする新川の姉。
それにならって、走る。
少しみぞおちが痛む。
「どうぞ」
と、御神籤箱を差し出す新川姉。
「ちゃんと祈って引くんですよ、せんせ。早く、早く」
祈らせたいのか急かしたいのか。
新川の催促に従っておみくじを引いた。
「あ……」
「え?大凶って!」
おみくじの結果を見て、新川が笑う。
担当作家が不幸になりそうなのに酷い編集だ。
「こりゃルミちゃん闇落ち展開かなぁ」
と天を見上げた俺に、新川の姉が焦りながら言う。
「それはダメですよ!」
大きな声が境内にこだました。
恥ずかしそうな新川姉。
言わなきゃいいのに、と思う。
「なぜあなたが否定する」
「私、ルミちゃんのファンなので」
「お姉ちゃんに私が担当した作品だよ、って渡したらハマっちゃって。いまやルミちゃんオタクですよ」
恥ずかしげに俯く新川の姉。
「映画も楽しみにしてるので……闇落ちはやめてくださいね」
風が境内を吹き抜ける。
急な風にふかれ、手に持っていたおみくじが空に舞い上がった。
「飛んでった大凶」
「飛んでいったな」
「これ、どうなるんですかね?」
「どうって」
「大凶が飛んでったから、吉?大吉?」
「そんな適当な」
俺と新川のやりとりを正すように、新川姉が言う。
「大凶の方にも道は示されているのでご安心を」
「そうなの?」
「はい。全ての方によき展開を期待されてる神様ですので」
それなら大凶入れなきゃいいのに、と腐しかけて言葉を飲み込む。
新川の姉が遠く飛んでいく大凶くじを愛おしそうに眺めていた。
その様になぜだか胸の奥がざわついた。
「そういえば、お名前聞いてませんでしたね」
ファンだと公言してくれた彼女に訊ねる。
「あ、失礼しました。私は――」
彼女が名乗り、
「続き楽しみにしてますね、証さん」
と続けた。
迷いはまだ消えない。
きっと消えることはないのだろう。
境内を吹き抜ける風が背中を押す、ように感じる。
唐突に思いつく。
「そうだ新川さん!」
「なんですか、藪から棒に」
「こんな展開どうだろう」
「急ですねせんせは……聞きましょうとも!」
お姉ちゃんは耳塞いでて、と言われ、
「はいはい」
と〝愛花〟がどこか懐かしさを覚える表情で微笑んだ。




