1話
「変な奴、だったなお前」
「改めて言わないでよアカシくん!……恥ずかし」
顔を真っ赤にして俺の肩を叩くクスノキ。
マミヤとシンがそんなクスノキの慌てっぷりを見て微笑む。
クスノキは真っ黒になったモニターを見て呟いた。
「みんなとちゃんとお別れ出来なかったね」
「そうだな」
「いろいろ思い出せたのに」
「ああ」
「みんな今度は幸せになれるかな?」
「どうだろうな」
クスノキが力強く俺を叩く。
「そこは、大丈夫って言わなきゃ!」
「いや、まああやふやなことは言えないから……」
しんみりとした空気を裂くように、マミヤが大声で告げる。
「運命帳、ご開帳!」
次の瞬間、周囲の空間がまるで宇宙空間のように広々としたものに変貌する。
俺とクスノキ、マミヤとシン以外は物質のない空間。
厳密には俺たちも物質じゃないけど。
「マミヤさんがまた変なこと始めた……なんなんこれ?」
「何事もサプライズが重要かと。盛大に運命帳ご開帳いたしました」
だから、それがなんなんだって聞いてんの。
「サプライズもほどほどにしないと、見てくださいクスノキを」
クスノキは完全にフリーズし、突然現れた空間をポカンとした表情で眺めていた。
「ああ……クスノキさん戻ってきて」
「クスノキ!」
「はっ、あ、アカシくん。どこここ?」
「サプライズ空間だってさ」
「明るい星みたいなのが光ってるよ!イルミネーションみたい」
「誕生日会でも始まるんじゃないか?」
「ほんとに?私誕生日いつだっけ?」
そんなわけないけど、という俺の呟きを無視して、クスノキがワクワクしている。
霊魂に誕生日とかはない。
「ここは生きとし生けるものの集合地帯。運命帳本来の姿です」
「もしかして」
とクスノキが物知り顔で言う。
「アカシくんちのレコード!」
「アカシックレコードのことか?」
それ、とクスノキは少し恥ずかしそうにしている。
言わなきゃいいのに。
「人間はそう呼びますね。その理解で正しいかと」
万物の行き交う姿が周囲に映し出される。
比喩ではなく、全てがある空間。
「ある意味、誕生日会をやるみたいなものです。生まれ変わる誕生日」
誕生日会でした。やったね!
「いやいや、マミヤさん」
「冗談半分ですよ」
とマミヤ。あと半分はなんだ。
「アカシさんとクスノキさんのお顔を見ていると、ああ、決めたのだな、と思いまして」
俺はクスノキと顔を見合わせる。
クスノキの真剣な顔を見て吹き出してしまう。
「アカシくん、なんで笑うの!」
「悪い悪い」
お二方は、とマミヤが訊ねる。
「自分の前世に戻る覚悟が出来たようで」
「どのみち戻らないといけないんでしょ?クスノキはどうするか知らないですけど、俺は」
「私も戻るよ!」
でもお前、と止めてやりたくなる。
また、あの人生を味わうのは酷だ、と思う。
クスノキさん大きい声、と笑みを浮かべるマミヤ。
謎空間はどこまでも広がっている。
遠くの方では光が点滅し、上下左右あやふやな空間が続く。
「大丈夫です。あなた方はまだリテイク権利を利用していません」
たしかに、と呆気にとられる。
普通に前世を見ただけだった。
「でも、どこを直すかって言ってもなぁ……」
クスノキは明確にリテイクすべきポイントがある。
だが、俺は。
【アカシさんっていっつも決められないっすよね。安全地帯を行きたい系男子っす】
「クラタ?」
「お久しぶり?っすねアカシさん」
クスノキさんも!と元気な声が空間内に響き渡る。
音声だけしか聞こえず、クラタの姿は見えない。
「お前もう生まれ変わったんじゃ……」
「ああ、なんか引越し作業があるから待っててって言われたっす」
係の人に、と笑うクラタ。係の人って何?
「お前、アイドルになるんだってな」
「そうなんすよ。ビックリっすよね」
「変なイベントやったり、パワハラしたりすんなよ」
「やんないっすよ!あ、いや、たぶん……やんないっす」
語気が弱くなるクラタ。心配だ。
「……ばあちゃん、いなくて大丈夫か?」
クラタこと姫奈の祖父母は近いうちに亡くなってしまうだろう。
「もちろん辛いっすよ」
あっけらかんと言うクラタ。
「ばあちゃんだけが姫ちゃんすごいね、頑張ってね、って応援してくれたんで。じいちゃんはどうでもいいっすけど」
可哀想なじじい。
「でも、ばあちゃんもここに来るんなら、見てくれるはずっす」
「何を?」
「うちがトップスターになって大活躍する姿っすよ」
「大きくでたな」
「夢は大きくっすよ」
それに、とクラタは言葉を継ぐ。
「ばあちゃんにちゃんと伝えられなかったんで」
「何を?」
「愛してる、って」
とほくそ笑むクラタ。
こいつ……。
「俺らの前世見たなお前」
「この空間プライバシー筒抜けなんすよ」
ケラケラと笑うクラタ。クスノキは、
「クラタさん意地が悪い」
とむくれている。
「いやまあ」
とクラタは言い直す。
「冗談じゃなくて、そう言ってやりたいから、うち頑張るっす」
クラタが握り拳をする姿が目に浮かぶ。
「まあ、ほどほどにな」
「ほどほどにやってたらトップになれないっすよー。ほんとアカシさんは……あ」
そろそろ時間みたいっす、とクラタが言う。
「では、皆さんお元気で、っす!」
またどこかで!と告げるクラタの声が遠くなる。
「最後まで騒がしいやつ」
「いいじゃん、賑やかで」
寂しいのはもういいよ、とクスノキが微笑む。
【みんな〜みんな〜】
か細い声が空間に流れている。
「ユラちゃん?」
「いたのかお前」
【クラタっち声デカすぎ〜。わたし、ずっと喋ってたのに〜】
あーーん、とユラの泣き声がこだまする。
「クラタと挨拶できたか?ユラ」
クラタっち……と呟いてまた泣きだすユラ。
「なんかまた余計なこと言ったな、クラタ」
「ユラちゃん何言われたの!?」
【稀代の呪詛師、呪いの王って】
わあ、ひどい暴言。
「クラタさんさぁ……」
【クスノキっち……】
「どうしたのユラちゃん」
【じゅそし、って何ぃ〜わーん、きだいってなにーー?】
意味わかってなかった。
【クラタっちが、これからは守ってやれないけど、頑張れって。さよならいやぁ〜】
稀代の呪詛師と言われたからでなく、クラタと別れるのが辛くて泣いていたユラ。
シンが補足するように言う。
「ユラさんは前世で閉じ込められてたせいもあってか、地獄でも閉じこもりがちだったんだよ。なかなか友人が出来なかった」
君たちが来る前の話さ、とシンは続ける。
「クラタさんは君たちが来るまでユラさんを守っていたよ。地獄は血気盛んな輩も多いから」
クラタが地獄の霊魂に殴りかかる様が容易に想像できた。
「ユラさんを舎弟にし、地獄を闊歩していたクラタさんは立派だったよ。
クラタさんの言うこと何でも聞く立派なユラさん。
飼い主になつく犬みたいで健気だったなぁ、あの頃のユラさん」
なんかこう感動する話になるかと思ったのに残念だよ。
【クラタっち〜地獄怖い〜戻りたくない〜】
「大丈夫です!ユラ!」
ジャクソンが鬼のお面を被り仁王立ちしていた。
「何でコスプレしてんだ、くそ人形」
「アカシさん、これは地獄を戦い抜く覚悟を形にしたものです」
ユラ、と改めてジャクソンが語りかける。
「私がいますよユラ!地獄の輩など、私の呪いで一網打尽に……」
「ジャクソンくん」
シンがジャクソンの首根っこを捕まえて笑みをたたえる。
「あ、シンさん……」
「その呪いがユラさんを苦しめたこと、忘れないでね」
ね、と優しい声音で伝えるシン。ジャクソンはガタガタと震えていた。
「わかる!私にはわかりますよ、アカシさん」
「何がだよ?」
「この男、私より超強力な呪いを内側に抱えています……恐ろしや」
シンは相変わらず表情を変えない。
【ジャクソン……】
「なんです?ユラ」
首根っこを掴まれたままのジャクソンにユラが言う。
【お痛はもうダメ……】
「でもユラ……」
【私、みんなと仲良くしたかった。でもどうしたらいいかわかんなくて】
ユラはボソボソと続ける。
【どうやって伝えたらいいか、どうやって話したらいいか、わかんなかった……だからって、あんな八つ当たり。もう、あんな気持ちはいや】
壊してしまった自分の前世。
思うがまま行動してしまった自分を悔いるようにユラは、
【今度は、みんなと仲良くしたいよ〜。みんなに謝りたいよ〜】
とまた泣く。
伝え方がわからなくて、すべてを壊すことでしか存在を守れなかったユラ。
「ユラちゃん!」
【なに?クスノキっちぃ】
「地獄は反省する場所だって、お母さんが読んでくれた本に書いてあったんだ」
【……反省?】
「そう。やってきたことをダメだったなぁ、って、悪いことしちゃったなぁ、って。そうやって自問自答して、生まれ変わるんだって」
自問自答ってなに〜とユラがまた泣く。
「つまりね、ごめんなさい、ができるってこと」
とクスノキに言われ、スンスンと鼻をすするユラ。
【ごめんなさいはユラしてる。ずっとごめんなさい、思ってる】
「じゃあ、きっと大丈夫。ユラちゃん、優しいから。優しい人しか反省って出来ないもんね、ね、アカシくん」
「ま、そうだな」
「そうですよユラ殿。我らの命は短い。ね、ジャクソンくん」
誰か来た。
「う、うぬは……マイケル殿……?」
シンの肩の上で両腕を上げるマイケル。
カマキリのマイケルがそこにいた。
「美しき世。命の煌めき、儚さ」
なんか語り始めるマイケル。
情報が混線するからやめてほしい。
「私のように畜生道を繰り返したものでも世は美しい、と思うのです。日が差し、僅かな命を謳歌する日々が始まると……」
意気揚々とめっちゃ語るマイケルに、魔の手が迫る。
「うるさいよ、マイケルさん」
シンの手がマイケルを潰した。
「マイケル殿―――!」
キサマーーあぁーー!鬼、悪魔!と叫ぶジャクソン。
「あ、それどっちも僕の部下だね」
「うぅ……地獄の王め……人でなし」
マイケルの亡骸に縋る鬼の面をしたジャクソン。
「ちゃんと働いてもらうよジャクソンくん。ユラさんのためにも」
「ユラのため……なら私はボロ雑巾にされても」
頑張りますよ!と腕を振り上げるジャクソン。
静かに光となっていくマイケル。何しに来たんだろ。
決意を固める市松人形の様子を眺めつつ、シンが俺に耳打ちする。
「お堂の汚れがひどくてね」
「何の話だ?」
「地獄の僕の住まいなんだけど、雑巾を切らしてたから掃除できなくてさ」
ジャクソンを指差し、笑みを浮かべたシン。
ジャクソン、リアルボロ雑巾確定。
「シン」
「何?アカシくん」
「やっぱお前酷いやつだわ」
人の心とか、と言いかけて、あるわけないよな、と渇いた笑いが出る。
「ユラさんとジャクソンくん。そろそろ行こうか」
アカシくんクスノキさんも元気で、と言って、シンはジャクソンと共に消えた。
騒がしさがおさまり、マミヤは消える寸前のユラに語りかける。
「ユラさん」
【なんですかぁ?】
「いつでも輪転区でお待ちしております。
私は神の祝福の庭で、あなたのような霊魂を導くのが役目ですので」
【また生まれ変わっていいんですか?】
「はい。あなたが反省と後悔を全うした先でまたお会いできること、楽しみにしております」
マミヤは深々とお辞儀をする。
【ジャクソンと頑張る!】
みんなまたね、とユラの声が遠くなる。
「そういやマミヤさん」
「はい、アカシさん」
「タミヤは?」
「タミヤさんは藻屑となったのでこちらにはいません」
「もくず……」
クスノキが辛そうに唸る。
【あ、もくずになる前のタミヤっちに会ったっすよ!】
「お前まだいたのかよクラタ」
「引越し係さんがまだ整理できてないよ、って」
引越し係とやら、頑張れよ。
【タミヤっちはもくず、っていうか、迷いなく生まれ変わったんでここにはいないんすよね?】
ね、マミヤさん、と聞くクラタの声にマミヤが応じる。
「タミヤさんは、巻き込まれて罪を重ねただけの霊魂でしたので、わりとすんなり旅立たれました」
【蔵田麻里奈よりいい女と出会ってやる、って意気込んでたっす】
無理そう、と笑うクラタ。
「マミヤ様!魂移送準備完了しました!」
もう、落ち着いたと思ったら、次から次へと来訪者。
「みなさんの魂と肉体を繋ぐ引越し屋さんのお二人です」
いろんな役職があるんだなぁ、と納得するしかない俺とクスノキ。
引越し業者のウカワとサカワが騒ぎだす。
「新人!どこ行った?」
とウカワ。
「ウカワさん、もしかしてあいつクラタさんのほうに」
と後輩っぽいサカワ。
「エスケープしたい世代か……困ったもんだなサカワよ」
「青春、してる感じですねウカワさん」
ただの職務放棄では?
【ぶっ飛ばしていこうぜ!】
やっぱりクラタのほうにいたよ新人。
【最高っす!ウエカワさん!】
クラタが新人ウエカワと良からぬ会話をしてる。
【アカシさん!クスノキさん!
引越しトラック来たんで生まれ変わってきまっす。
最高速で!】
え、トラック?
【しっかり捕まってなお嬢ちゃん】
と新人ウエカワがエンジンをふかす音がする。
ねぇ、トラックとは?
「クラタさん、お元気で」
とマミヤが静かに呟く。
エンジンの音できっと聞こえてない。
「お二方にもトラックご用意してますので」
とウカワが胸を叩く。
トラック。
「なんでもありだな、ここ」
「今に始まったことじゃないよ、アカシくん」
『あなたの魂、安心安全丁寧にお運びします!引越しのウカワ』
と荷台に書かれた引越しトラックが二台、目の前に現れる。
クラタを乗せたトラックのドリフト音が空間に響いていた。
看板に偽りありである。
「きっと速いんでしょうね、マミヤさん」
「牛や馬より迅速にお運びしますよ、アカシさん」
なんかこう、風情とかが足りないんだよなぁ。
「クスノキさんは」
とマミヤがクスノキに訊ねる。
「事故にあわなかった人生、にお送りしてよろしいですか?」
事故にあわず、人生を謳歌できればいいと、心からそう思う。
謳歌できなくとも、生きていろんなものが見られるといい。
クスノキが力強く頷くと、
「神になることもできるのですよ」
とマミヤが突然の提案をする。
いつも唐突なんだよマミヤさん。
「神様って、なれるものなの?」
「全知全能の神は主様お一人ですが、つかえる神々の中には人間だったものもおります」
「マミヤさんも?」
「私もかつてはそうだった、と聞いています。
主様に選ばれ、私は皆さまを見守り手助けする役目を与えられた者です。神はどこにでもいます。
みなが気づかないだけで」
かつて人だったものが神のつかいとなる。
クスノキにはそんな選択肢があるということか。
「主様はクスノキさんならいいよ、とおっしゃってます」
「軽くない?」
クスノキが控えめに笑う。
ややあって、
「やっぱり、私生まれ変わりのほうがいいな」
と声をあげたクスノキ。
「ちゃんと生きてから、ここに来る。
そしたらまた誘ってよ、マミヤさん」
ええ、ええ、とずびずび泣きながら、
「ずっと見守っておりますから」
とマミヤ。
最後までクスノキに甘いよなぁ。
「で、アカシさんは……」
とマミヤがついでのように聞く。
「適当すぎやしませんか」
「冗談半分です」
だから、あと半分の所在。
「まあ、俺は別にいいや」
「え?いいや、というのは?」
「別にどこも変えなくていいって意味です」
しかし、と躊躇うマミヤ。
「どこを変えても、俺自身が自覚しないといけないわけですから」
自分で気づける人生にしたい。
それに、
「どっかを変えたら、ルミちゃん描かなくなるかもしれませんし」
と言うと、
「それはいけません!アカシさん」
と狼狽するマミヤ。
「主様は待っておられます」
「続き描け、ってことですね」
「それだけではなく」
マミヤが姿勢を正して続ける。
「子どもたちと通じ合う日を心待ちに。
子どもたちが健気に語りかけてくれる日を待っておられるのです」
だから、描いてくださいね、とマミヤが微笑んだ。
神様の庭での奇怪な生活が終わる。
明日さえもわからなかった日々に帰っていく。
では、とマミヤが俺たちに手を差し出す。
俺とクスノキの手を強く握って、マミヤは言う。
「ご多幸を」
引越しトラックがエンジンを鳴らす。
ウカワとサカワはそれぞれのトラックで、俺たちを待っている。
ここからは別々の道へ行く。
「じゃあねアカシくん」
「ああ、元気でなクスノキ」
俺たちはそれぞれトラックに乗り込む。
クスノキの乗るトラックがゆっくりと動き出した。
「アカシくん!」
クスノキが窓から身を乗り出して俺を呼ぶ。
「危ないぞ!」
「あのね!私アカシくんの漫画読むから!」
絶対見つけて読むから、とクスノキがこれまでに聞いたことのない声で叫んでいる。
ここでの記憶は持っていけない。
だから、そんなこと無理だと思い言葉に詰まる。
「アカシくん!」
クスノキが、必死に叫ぶ。
「感情は消えないよ!だから……」
絶対見つける!とクスノキは言い切った。
俺を乗せたトラックが動きだす。
クスノキとは別々の道へ走り出す。
どんな展開が待ち受けているかわからない世界へ。
「クスノキ!」
身を乗り出して叫ぶ。
「楽しみにしとけよ!」
笑顔で手を振るクスノキが遠くなり、エンジンが回転数を増していく。
容赦なく進み続けるトラックの中で、これから来るやり直しのきかない世界を思う。
不思議と、胸が高鳴るのを感じていた。
これがきっと、〝期待〟なのかもな、と思った。




