5話
【四苦八苦って知ってるかい?】
幽螺の世界で、下元気に介入したシン。
下元気の中からシンは語る。
【生まれ、生きること。
老いること。
病にかかること。
そして死ぬこと】
シンは続ける。
【加えてね、愛する人と別れる、嫌いな人と会わなければならない、求めるものが手に入らない、心身がうまくいかない。
そんな四苦八苦】
ままならないものだね下界の暮らしは、とシンが苦笑する。
【百八輪転区の名は煩悩からきているらしいよ。
一説には四苦八苦が煩悩の数の由来だという話もあって……】
「シン」
【なんだい?アカシくん】
「めちゃくちゃ格好良く豆知識披露してるけど」
【けど?なんだい?】
「お前の目の前めちゃくちゃだからな」
正確には下元気の目前で、惨劇が起こっていた。
下元気は幽螺を座敷牢から解放し、数日間逃げ回った。
しかし、村人からの追跡で二人は捕まってしまう。
そんな時、若草が不自然に暴れ出す。
眩しくモニターが光ったあと、再び映った光景は、幽螺が下元気以外の村人を惨殺しているショッキングなものだった。
【いやぁ、参った】
「参ったってお前」
【予想以上に極悪な呪いだった。
幽螺さんが下さんに導かれ村を出ようとしたのが間違いだった。
もはや神に近い力だ、若草】
「おいコラ、くそ人形」
「え?なんですかアカシさん」
呪いのジャクソンが寝転がって鼻くそをほじっていた。鼻くそとかはない。
「呪い、抑えられたんじゃなかったのかよ」
「いやぁ、あの頃の自分、幽螺の積年の恨みつらみをインストールしちゃったもんで」
「呪いってインストール機能とかあるのか」
「人間の憎悪で進化する生き物です呪いって」
生き物ではない。
【ジャクソンくんの言う通り、これが幽螺さんの抱える因果ってわけだね……十数年祭り上げられた結果、恨みを蓄積していた、と】
下元気は腰を抜かし、
「元気は優しくしてくれたから許すね」
と血まみれで笑う幽螺を見て震えていた。
【神に等しい処理を覚えてしまった呪い。
なるほど、だからユラさんとジャクソンくんは畜生道に】
ジャクソンは「その結果がこの様ですわ」と手を広げた。
うるせぇ。
【これは、地獄で管理するしかないね。こんなもの下界に置いてはおけない】
マミヤさん、構いませんか?と訊ねるシンに、マミヤが無言で頷く。
「ユラちゃんは救われないってこと?」
クスノキがマミヤに縋りつき懇願するように訊ねる。
「大丈夫ですクスノキさん。
呪いは使いよう。
地獄には呪いで痛めつけなければならない霊魂がたくさんいます」
大丈夫とは?
「それに、シンさんがユラさんのことを守ってくださいます。ね、シンさん」
【放っておけないですから】
優しいお方なのです、とマミヤが目を細める。
「優しい方が怒ったときほど恐ろしいものはないので、これからの地獄の霊魂は覚悟が必要でしょうが」
サラっと恐ろしいことを言うマミヤ。
まだ見ぬ地獄の霊魂たち、ガンバ。
【では、今後の方針も決まったようですし……】
そう言って、シンは俺たちの前に帰ってきた。
「おかえりなさい。シンさん」
「やだなクスノキさん。
今までのようにシンくんと気軽に呼んでくれていいんですよ」
「でも……」
クスノキの躊躇いは分かる。
俺も俺で、シンに、地獄の次期主になんと声をかければいいか迷っていた。
「アカシくん」
シンに呼びかけられ、
「は、はい?」
と情けない声が出た。それを見て笑うシン。
「どうしたんだ、君らしくもない」
「俺らしい、ってなんだよ」
「君はいつも俯瞰から満遍なくものを見て、冷静さと激情がないまぜになったような霊魂だったでしょ」
「褒めてるのか?それ」
「もちろん。全てのものを救おうとする君の意志は尊重したい」
君は、とシンは続ける。
「魔女っ子ルミちゃん、観たことあるかい?」
唐突な質問に困惑する。
「観たことはないけど……」
「あれは、いいよ。
主様がハマってしまうのも納得だ。
何よりルミちゃんがいい」
地獄の主にまで届くルミちゃんの名。
「作者の憤りが作品に昇華されていて、僕は好きだなぁ……アイドル崩れを救おうと奮闘するルミちゃんを描く第三話」
シンは聞き覚えのあるワードを続ける。
「虫たちの世界でルミちゃんがてんやわんや、なんて回もあったし、ヤンキーたちと交流して苛立つルミちゃんなんて滑稽で笑っちゃったよ」
聞き覚えがある、というレベルじゃない。
先ほどまで『ここから』見ていた出来事が、物語として語られている。
「真柴くん」
シンの双眸が俺を捉えた。
「真柴重蔵。魔女っ子ルミちゃんの作者」
「それがなんだよ」
「真柴重蔵はペンネームだ。
色々と思うところがあって、名前を変えたらしい」
シンの目は穏やかに光を反射している。
本名は、とシンが一呼吸置く。
「真柴証」
君の物語を見ていこう。
シンは簡潔に告げた。
マミヤの操作でモニターが切り替わる。
「さあ、介入するんだよ」
君の前世へ。
言われた直後、身体が引っ張られる感覚が襲う。
強制的な介入。
次の瞬間、俺は『真柴証』からの世界を見ていた。
自分の人生と対峙していた。




