4話
クスノキはシンについてこう言っていた。
シンくんの担当した案件はよくできた人生ばかり。
よくできすぎている、と。
「フォーカスを絞るんだよ、アカシくん。
個人の視点はカメラのようなもので、不用意にカメラを振れば、様々なものが映り込む」
だからさ、とシンは続ける。
「救うべきものを選ぶことだ。贔屓と言ってもいい。リテイクに関して言うなら、対象者だけを救えばいいんだよ」
そう言うと、姫奈の世界に介入を始めたシン。
クラタが姫奈に介入しているため、どうするのか。
「シンくん、何がしたいんだろ?」
クスノキがそう言うのも無理はない。
シンは、姫奈の祖母に介入を始めた。
蔵田麻里奈の両親は他界していたため、早川の両親に引き取られた姫奈。
【ばあちゃん、ただいま!】
【姫ちゃん、晩ごはんできてるよ】
「マミヤさん、これ何をしてるんですか?」
「シンさんは祖父母に引き取られた姫奈さんに好機を生み出そうとされているのですね」
「好機?」
【ああ、ばあちゃんもじいちゃんも、もう少し元気でいられたらねぇ】
「姫奈さんの祖父母は持病により、あと数年で他界されます」
「じゃあ、また姫奈ちゃんは一人になっちゃう……」
「大丈夫ですよ、クスノキさん。生き死にの運命は変わりませんが、姫奈さんは」
【じいちゃん、またこんなに宝くじ買って!】
【だってよ姫ちゃん、今回はばあさんがどうしても、って】
姫奈は祖父母の蓄えでなんとか高校に通うことができた。
しかし、
「姫奈さんの祖父母は決して裕福ではありません。
姫奈さんは今後祖父母の介護のため大学に通えず、様々な職をかけ持つ苦しい暮らしへと進んでいきます」
介入がなければそうなります、とマミヤは辛そうに言う。
【この宝くじが当たったらね、姫ちゃんにあげるのよ】
【ばあさん、それわしの金で買ったわけだから】
【姫ちゃん、好きに使いなさい。色々あったけど、姫ちゃんのことはお天道さまが見ていてくれる】
大丈夫、と祖母は姫奈の頭を撫でる。
【うん。
まあ、当たらないとは思うけど、気持ちは嬉しい。ありがと】
祖母からくじ券を受け取る姫奈。
祖父が【わしが買ったやつ……】と凹んでいる。
「当たらないだろ……」
「そうですね、アカシさん。本来ならば、そうです」
「本来なら?」
「シンさんは具体化ポイントを使い、あたりのくじを姫奈さんへ配分しました」
言ったでしょう、とマミヤが続ける。
「その世界に存在しないものでも、具体化ポイントを使えば生み出せるのです」
「そんな無茶苦茶な」
「主様が力を分配したものが具体化ポイント。
あなたたち霊魂が金銭として利用していた具体化ポイントは、神の施しです。
神の力をお借りして、簡易的な奇跡を生み出す。
人間はそれを『運』と呼んで喜びます」
ポイントで物を生み出す、ポイントで物を与える。
金銭のような、神の配分。
「高原にいる霊魂たちがポイントを乱用し、しふくを肥やす姿に主様は胸を痛めておられました。
『人間も霊魂も金渡すとすぐサボるなぁ』と」
リテイク作業をサボり、高原で遊び呆ける霊魂たち。
物に囲まれ、物に溺れる人間のような霊魂。
「輪転区は永住の地ではありません。
天国と地獄の間。
天国と地獄から修行を終え選ばれた生まれ変わりの霊魂たちなのですから」
安心してはいけません、と言葉を継ぐマミヤ。
「『天国卒』の霊魂がサボり散らかす中、『地獄卒』のあなたたちが人間に目を向け続ける様に、主様はたいへんお喜びでした。
アカシくんたち頑張るね!ポイントあげちゃお!と」
「ちょっと待って」
クスノキが手をあげた。
「私もみんなも地獄から来たの?」
はいそうですが?とマミヤはさも当然のように言う。
「初耳なんだが……」
「初めて言ったので」
にべもなく言い切るマミヤに少し畏怖の念を抱く。
「厄介なリテイクばかりだったでしょう?地獄卒の霊魂には、同じく『地獄行きの人々』の人生リテイクが課されます」
「だから『地獄に行った私たち』の前世だったんだ」
「そうですクスノキさん。
『前世を少しでも良く導き、再びそこに生まれ直す』。
それが地獄卒の霊魂に許された道なのです」
今まで覗き見ていた下界は、俺たちの帰る場所。
かつていた場所でもう一度やり直す。
「百八輪転区にいる奴らは皆地獄から来たってことですか」
俺の問いにマミヤは、
「天国からも来ています。
ただ、とても良い霊魂とは呼べず、いずれも難解なリテイクをお願いしています」
【アカシくん】
シンが介入先から声をかけてくる。
「なんだよ。色々マミヤさんが言うから混乱中なんだよ」
【それはごめんね】
姫奈と祖母は宝くじの当選を知って喜び、祖父は【わしの金だったのに】と少しスネている。
当選金は十万円。
「たった十万で何させる気だ」
【姫奈さんはこのお金で初めて東京に旅行するんだ。そこで、スカウトされる】
「スカウト?」
【大手芸能事務所に】
姫奈にかつてあった世界線の母と同じ道をたどらせようというのか。
【姫奈さんはね、祖父母との交流で変わったよ。
祖父は息子と同じくギャンブル狂いの遊び人だったけど、祖母の愛情は本心からのものだった。
ただ……】
「ただ?」
【祖母は姫奈さんに対して「申し訳ない」という感情を強く持っていた。
「私が悪かった」
「世間に迷惑をかけた」
「姫奈ちゃんの失敗は親の無関心が生んだものだ」と何度も自戒していたよ】
姫奈の祖母と同化しているシンが続ける。
【姫奈さんもそんな祖母に申し訳なさを抱えていた。自分がしてしまった行動の浅はかさを反省してか、彼女は祖母の言いつけを守り、自分の希望さえ言わない子になっていった】
「で、祖父母の介護に身を賭していくわけだな」
【そう。優しさという名の償いだったんだろうね。
謝るべきだった母は突然失踪し、父は牢屋の中。
姫奈さんは目の前にいる祖母に許してほしいと願うしかなかった】
蔵田麻里奈は新興宗教に支払う金がなくなり、自宅であるアパートを追い出されてから音信不通となった。
【そんな姫奈さんが唯一言った「東京、行きたいなぁ」という望みを祖母は覚えていた。
些細な宝くじの当選はその望みを叶えやすくしてやるためさ】
「でも、東京に行ったからってなんでスカウトされるんだ?」
それもまた運というやつだろう。
望んで手に入るものではないはずだ。
【ああ、僕スカウトマンにも介入してるから】
「はあ?介入先は一人しか……」
【そういうルールだったよね。
まあほら、僕は具体化ポイント有り余ってるから】
「って言ってもなぁ。ルールを曲げることとかできるんですか?マミヤさん」
マミヤは今まで見たことのないような柔らかな表情で、「できますよ」と言った。
「彼ならできます。
次期『地獄の主』となる彼なら」
「地獄の主?シンが?」
【マミヤさん、あっさりネタバレしちゃうね】
「失礼しました」
【いえいえ、いいんですよ。いずれ僕から伝える事柄でしたから】
「お前、偉い奴だったんだな」
【まあ、偉くさせられるって感じかな。
僕はアカシくんたちと地獄で遊んでいるほうが楽しかったんだけどね】
まあ、君たちは覚えてないことだけど、とシンは笑う。
【道は作った。
あとは、姫奈さんがどう生きるかだよ】
姫奈がレッスンに励み、ステージデビューしていく様がモニターに流れていく。
祖母は姫奈の出演番組をカレンダーにメモし、放送当日には正座して応援している。
姫奈の収入で祖父母は老人ホームへ入居することが決まった。
姫奈は多忙な仕事の合間を縫って、祖父母の入居するホームへよく訪れていた。
申し訳ない、という気分を彼女はまだ抱えている。
「これで、姫奈の人生は幸福になるのか?」
蔵田麻里奈の暴走が脳裏をよぎる。
たとえ姫奈が成功をおさめても、あの様に他者を顧みない人生になってしまうのではないか、と。
【そればっかりはわからないとしか言えないね。
人間は何度修正しても、予想外の行動をするから。
そうなったら……】
「そうなったら、なんなんだよ?」
【放置するしかない】
地獄の主が冷たく言う。
その絶対的な物言いに、マミヤに感じた畏怖と同種のものを感じる。
【神は満遍なく愛するが、人間はそうじゃない。
愛される準備ができてない人間は、放置するしかないんだ。
ね、マミヤさん】
シンの問いかけに苦い顔をするマミヤ。
【こちらを向いてくれない者を救うことはできないからね。
まあ、姫奈さんが愛され愛することができる人間であることを祈るよ】
では、次だ。
そう言ってシンは幽螺の世界に介入を始めた。




