1話
真っ直ぐ画面を見据えるマミヤは真剣な表情を崩さない。
薄汚れた座敷牢に、少女の姿が見える。
座敷牢の少女が寝転がり、
【ほんと、やることないね、ね、若草】
と手に持った市松人形に話しかけている。
【しりとりしよっか若草。わたしからね、れんこん】
しりとりが終わった。
「マミヤさんはいつになく真剣だし、急に古臭い座敷牢映るし、なんなんだよこれ」
「わかんない……でも、リテイク作業は続くみたいだし」
「そうです。ユラを救ってやってください。アカシさん」
「救うって言われてもな。まあ、やることは変わらないのか」
「そうだよ。今まで通り」
「はははっ。今まで通りだと失敗しますよ、クスノキさん。アカシさんからも言ってやってください。はっはっは……面白」
「誰だよ」
さっきからしれっと会話に参加してくる陽気な声の主。
「どうも、私はジャクソンです」
市松人形のジャクソンが恭しく礼をした。
「おま、人形、しゃべれて?は?」
「はい。みなさんの作業をユラと共に見ておりました。なかなか愉快でした」
カタカタと身体を震わせるジャクソン。お前のほうが愉快だ。
「ここはなんでもあり、ではあるけどそのパターンは考えてなかったわ」
マミヤが振り返り、
「具体化ポイントでユラさんが製作した市松人形ジャクソン様は、ずっとユラさんと会話されていましたよ?声が小さすぎて皆さんとの会話が叶いませんでしたが、それを授けましたので」
とジャクソンの首元についたピンマイクを指差す。
「ユラがアカシさんに私を紹介したとき、抱腹絶倒な自己紹介をしたんですが、聞こえてませんでしたか……残念!」
市松人形の抱腹絶倒自己紹介気になる。
「改めて自己紹介してくれても……」
「そんなことより!」
綺麗に話を逸らされた。
「ユラの前世を救いましょう!」
ジャクソンが高らかに言った。
「マミヤさん」
「なんでしょうアカシさん」
「この人形がサラッと言ったことなんですが」
「ああ、前世」
「あれはユラの前世?」
「正確には幾つもあるルートのうちの一つですが」
「運命張は変更可能なルートしか示さないってやつですか」
「はい。ユラさんの生涯を辿る上で、この世界は重要になってきます。心して」
「てことは、クラタのほうも」
「はい。あちらはまだ動きがありませんが」
早川翔馬と蔵田麻里奈は結婚し、生まれくる子どものためにベビー用品を揃えている。
早川は改心したのか、何箇所もの工事現場で汗を流す日々。
上原たちとの付き合いもなくなった。
子どもはまだ産まれていないようだ。
「アカシさん、クスノキさん!ユラの生活が動きます。画面に注目ですよ!」
ジャクソンはモニターの前に陣取って叫んでいる。
「なんでお前がしきってんだよ。ふざけんなよ」
座敷牢の少女の下に、食事を運ぶ老人が現れた。
【幽螺さま。お食事をお持ちしました……今日もよいお導きを】
牢の隙間から食事を差し出し、老人は足早に去っていく。
【ご飯食べなきゃね。若草先にどうぞ】
市松人形の小さな口に米をねじり込む幽螺。やめてやれ。
【いつになったらここからでられるんだろ】
「ユラ……」
スンスンと泣き始めたジャクソン。
「幽螺さんは名家の三女として産まれました。しかし、三歳の頃からこの座敷牢に入れられました。この映像はそれから十年後です」
こちらも目元に涙を浮かべるマミヤ。
「なんでこんな……十年って」
「正気じゃないな。やってるのは親か?」
「家族の総意です」
「総意?家族みんながこんなこと認めてるってことですか?」
「この村では子どもの失踪や突然死が頻発しました。村人は厄災だ、と騒ぎ始めました。その原因として」
「幽螺ちゃんが?」
「はい。最初はそうでした」
「最初は?」
日本の江戸時代後期から明治時代の始めごろには、このような座敷牢が使用された、と運命張に記されている。
様々な理由で手に負えない者に蓋をする悪しき風習。
「幽螺さんは言葉を喋るようになってすぐ、お母様から市松人形をプレゼントされました。幽螺さんは、若草と名付けられたその人形としか話さない子どもでした」
「たしかに変な子かもしれないけど。それだけでは」
「はい。この若草に触れ始めたころから幽螺さんに近づいた子どもたちに異変が起こり始めたのです」
「失踪や突然死ってやつですか」
「若草という人形が災厄の原因ではないか、と考えた家族、特にお母様は若草の処分を決めました。何度も」
「何度も?」
「山の中に捨てようと、土の中に埋めようと、若草は幽螺さんの下に戻ってきたそうです」
マミヤがモニターを操作すると、幽螺の三歳時代が映し出される。
【おかえり。若草】
泥だらけの幽螺が若草を抱いて微笑む。
「戻ってきたというか、拾いに行ってるよなこれ」
「はい。幽螺さんは山の中や山を越えた他村に捨てられた若草を探しに夜な夜な……」
「三歳児が?無理じゃないかな?」
「それができてしまったのです。幽螺さんは前世の記憶を引き継ぐ特殊な少女だったため、なんとなく山越えの知識とかあったのです。ボディが幼いため、三日間寝たきりになるほど疲労はしてしまいましたが」
前世の引き継ぎとかいうとんでもない設定がでてきたわけだが。
「幽螺さんが若草を手放さないため、致し方なく座敷牢に隔離した直後から、村での失踪事件や突然死がぱったりとなくなりました」
「やっぱり、幽螺ちゃんが何かしてたってことなの?」
「いえ。普通に若草が呪われた人形だったので村の子どもがばっちり呪いを受けてただけです」
「幽螺とばっちりじゃねぇか」
辟易する俺の肩に手を置いたジャクソン。身体が小さすぎて浮いている。
「いやいや、幽螺もしっかり変な子どもでしたよ?私の呪いが通用しなかった子どもは彼女が初めてでしたし、なにより……」
「おい。おしゃべり人形」
「はい?なんですアカシさん」
「お前なんで若草の気分を代弁してんだ」
「だってあれ、私ですもん」
「はぁ?」
マミヤはさも当然のように、
「ジャクソンさんは幽螺さんと共に何度も転生し、霊魂として天界にいらっしゃいました。モニター世界の若草はジャクソンさんの若かりし頃ですね」
とジャクソンの説明をした。
ジャクソンは、
「皆さんのリテイク作業を見て懐かしさに浸っていました。カマキリとして志半ばで倒れた私、求愛に失敗したカメムシだった私……」
と追懐した。
勇者カマキリとナンパカメムシの正体が目の前にいた。
「なんでジャクソンくんは前世の記憶持ってるの?ここにくるまでにみんな消されるんじゃ」
「クスノキさん。ジャクソンさんは人間として生きていたわけではありません。付喪神的な存在だったため、記憶の抹消が行われなかったのです」
要するにジャクソンはずっと依代を探す霊魂として現世にいたわけだ。
その過程で幽螺と巡り合ったジャクソン。
「迷い人だった私……青春の迷い人」
人じゃないやつがなんか言っている。
「具体的にお前の呪いってなんだったんだよ」
へ?と首を傾げたジャクソン。首は固定されているので比喩表現として。
「私の若かりしころ若草時代はヤンチャでしたからねぇ。触るもの皆傷つけるジャックナイフ、私は私をそう評していました」
時代背景無視すんなジャクソン。なんだジャックナイフて。
「あの当時の呪いは、『近づく子ども皆殺し』でしたね」
「マミヤさん。今すぐ処分しようこいつ」
とんでもねぇジェノサイド人形が現実世界に爆誕していた。
「やだなぁアカシさん。若気のいたりですよぉ」
「若気のいたりで村滅ぼしかけてんだぞお前」
「幽螺のおかげでそうはなりませんでしたよ?」
「幽螺さんは前世の記憶と共に、力を引き継いでいました」
「力?」
「幽螺さんの前世は陰陽師だったのです。故に魔の物を退ける力があったと」
すごいですねぇ、と頷くマミヤ。
すごい展開だぁ、と俯く俺とクスノキ。
「幽螺の力に気づかない愚かな人間共に言ってやったんですよ」
段々と本性を表し始めた呪いの人形が続ける。
「『この娘を傷つけた者には末代まで呪いがかかるであろう』ってな感じで」
ケラケラ、と笑う呪いのジャクソン。
「言ったって、どうやってだよ?」
「あ、若草時代は普通に喋れない人形だったので、幽螺に代弁してもらいました。幽螺には伝わってたので」
晩飯のタイミングでバシッと言ってやりました、と胸を張るジャクソン。
三歳児が突然そんなことを喋り出す地獄の食卓。
「あ、もしかして、座敷牢に幽螺ちゃんを入れたのって、守るため?」
「クスノキさん、惜しい。少し違います」
マミヤは基本クスノキに甘い。
「家族は幽螺さんに不思議な力が宿っていると思い、あがめたてまつるため座敷牢へ入れたのです」
わかるかそんなもん。
「モニターをご覧ください!」
マミヤが話をぶった斬って叫ぶ。
画面には座敷牢を前に老若男女がこうべを垂れる姿が映る。
【幽螺さま、どうか我が家に子宝を】
【俺を金持ちに!】
【うちのどうしようもない旦那を呪ってやってくださいよ】
【農作業しなくても作物できる方法ありますかね?】
この村、滅んでも別にいいのでは?
「十三歳の子どもを座敷牢に閉じ込めて、呑気な奴らだな」
「アカシさん。人間は見えないものを恐れます。未知への恐怖から、時折滑稽な行動をとるのです」
とは言っても、誰一人この状況に意を唱えないのはどうかしている。
「あ」
「なんだよクスノキ」
「祈ってない男の子がいる」
こうべを垂れる大人たちの間で真っ直ぐ幽螺を見つめる少年。
年頃は幽螺と同じくらいだろうか。
少年のモノローグが聞こえる。
【幽螺。必ずそこから出してやる。この村の大人はみんな変になっちまったんだ】
「まともな奴がいた。良かった」
安堵する俺にマミヤが、
「彼こそ幽螺さんを座敷牢から外へ誘うヒーロー、十三歳の健気な少年『下元気』さんです」
「マミヤさんなんて?」
「え?ヒーロー」
「そこではなくて」
コンプライアンス的に問題なワードが一瞬耳を掠めた気がする。
「あの少年の名前って……」
「はい。下元気さんです!」
「コンプライアンス気にしろや!」
なにがです?ととぼけるマミヤの口元は微かに歪んでいた。笑ってるじゃねぇか。
「下くん。勇敢だね」
クスノキはラブロマンスを期待してウキウキし始めた。
親の顔が見てみたい、と俺は純粋に思う。
「下元気さんは幽螺さんに好意をよせていました。しかし……」
マミヤが勿体つけて話し続ける。
クスノキは「ラブ!ロマンス!」と勇み足。
俺はまだ『下元気』のインパクトから進めない。
「アカシさん、アカシさん」
耳貸してくださいよ、とジャクソン。
「……なんだよ」
「元気の父親は『農作業しなくても作物できる方法』を聞いていた男性。元気の横にいます。彼が元気という名をつけました」
ふふふ、と笑うジャクソン。腹立つ。
「自堕落な上に子どもにやべぇ名前つけるとか」
「父親の名前は、『下溌剌』ですよ」
すごい名前ですね、と同意を求めるジャクソン。
こうべを垂れ、祈りを捧げる溌剌。
幽螺を救うため決意を固める元気。
呪われた運命は、彼らのほうなんじゃないか、と俺は一人ため息をついた。




