4話
「おかえり」
クスノキがユラを慰めている。
「死ぬかと思ったぁ」
死んだんだけどね。
カメムシ達を映していた画面は暗転したままで、もう一画面では、早川たちの陽気な姿が映る。
【最高のスピードだったぞ早川!】
【うす!上原さん誕生日おめでとうございます】
【何回やっても良いな、誕生日は!】
早川は小一時間バイクをかっ飛ばし、コンビニの駐車場に帰還した。
早川たちはかれこれ四時間近くコンビニにいる。
もうすぐ深夜三時。
彼らがコンビニに集まるのは三日連続で、上原の誕生日会も三日連続で行われていた。誕生日とは。
「なんで早川さんたちは家で遊ばないんだろうね」
「深夜に騒げないからだろ。こいつら実家暮らしだし」
「それはそうだけど、ずっとコンビニの駐車場にいない?ほかにどこか……」
「見てみろクスノキ。この景色を」
コンビニ以外は漆黒の景色が広がる田舎町。
街灯とコンビニ以外は光がない。そりゃまあ深夜三時だから。
「寂しいから明るいところにきてるんだろ」
「虫が光に向かうのと一緒ってことだね」
「一緒ではない」
彼らが昼間どのように暮らしているのか判然としない。わからなくても別にいい。
「それに、上原は家に帰ったら現実が」
「あぁ……」
上原は気持ち心ここに在らずに見えた。
時折俯いて黙り込む姿が散見される。
母親の【働いて】という言葉が響いているのかと思ったが、
【あれだな。これからカラオケ行くか!カラオケオールでパチンコ屋特攻するべ!】
と叫ぶ上原。打てども響かぬ四十九歳。
三日連続でラーメンだったから胃もたれして俯いていただけだった。
三日間深夜から朝まで繰り返されるデジャブのような光景。
クラタは早川と一心同体といった感じで、今日も【誕生日サイコー】と謎の叫び声を挙げて公道を突っ走っていた。だから、誕生日の意味とは。
「楽しそうだね」
「楽しそうなの男連中だけみたいだけどな」
上原の舎弟たち五人が連れてきた高校の同級生の女三名は、
【このおっさんだれ?】
【虫ヤバいじゃん。帰りたぁ】
【どっか行こーよ】
と言った感じで誰も祝う気がない。
「あ、前園さんが佐々木さんを自分の車の中に誘ったよ!ラブロマンスだ!」
「誰と誰だよ」
早川の同級生の輩前園は、同じく同級生の派手な女佐々木を愛車の助手席へ誘う。
無駄に腕まくりをする前園。
前園は、最近入れた【eternal love】と書かれた刺青を佐々木に見せびらかしている。
「なんで?」
「永遠の愛が欲しいんだよ。聞いてやるな」
刺青に全く興味を示さない佐々木をみかねて、前園は車のヘッドライトを点灯した。
コンビニ前にある高等学校が前園のヘッドライトで照らされ、さながらイルミネーションのように。
「だから、なんで?」
「もう考えちゃダメだクスノキ」
前園はドヤ顔で、
【あれ、俺の出身高校なんだ】
と言った。
佐々木からの反応がなく、
【……あれ、俺の高校】
と繰り返す前園。
前園は話下手だった。
佐々木は、
【まあ、私もそこだし】
と同級生なんだから当たり前じゃん?といった顔で爪をいじっていた。
まあ、当たり前じゃんね。
「世界一意味のないイルミネーションだな」
「ラブロマンス始まらなそうだね……」
落胆するクスノキのよそに、
【俺明日から無職なんで!】
と早川が叫ぶと、上原が【最高!】と早川の肩を抱く。そちらは地獄だぞ早川。
上原以外の連中は、【早川、マジか】といった顔で早川を伺う。
女の一人は、【やば。ひくんだけど】と早川に軽蔑の眼差しを向けている。
ヘッドライト前園はまだ高校を照らしていた。
佐々木は欠伸を堪えている。
深夜三時の校舎が暗闇に映えていた。
【欠勤続きでクビになりました!うす!】
明日から毎日遊べます!と呑気に語る早川。
「どうしようもないな」
「クラタさん、早川さんの人生破壊してる」
「いや、クラタが介入したのは関係ないだろ。時間の問題だった」
一方、虫を映し出していた画面が再開する。
「一年が経ちました」
「一年?何がですマミヤさん」
「早川さんたちが馬鹿騒ぎをしている画面から一年がたった世界がもう一画面です。一年後、早川さんに転機が訪れます」
それがこの映像です、とマミヤは画面を指差す。
蔵田麻里奈が誰かと向かい合っていた。
「なんか見覚えのあるやつが……」
蔵田の前に井上真一の姿が映った。
かつて青春をめぐる惨劇に巻き込まれた井上は、あの青春世界より穏やかな表情を蔵田に向けている。
「え?井上さんもいるの?虫は?もう終わり?」
「あれはかつての井上真一さんではありません。ちなみに虫の世界は一旦小休止です。見たいですか?」
「見た目は井上ですよマミヤさん。小休止ってことはまだあるんですね。見たくはないです」
虫の転生が続くかもしれない絶望感よりも、いまは井上真一の存在が気になる。
「あの方は、田宮真一さんです。ある世界線では奥様の名字『井上』を名乗ってらした田宮さん」
「タミヤって……もしかして、あのタミヤくん?」
クスノキが恐る恐る聞くが、マミヤはアッサリと、
「はい。仕事で蔵田さんの地元に赴任した田宮さん。彼は、ここにいたタミヤさんです」
「なんであいつが」
「生まれ変わりをしました」
唐突なマミヤの発言に、俺とクスノキは戸惑うことしかできない。
「一体どういうことなんですか……」
「ご説明はこの映像を見たあとにゆっくりしますので」
「いや、マミヤさん……」
【田宮くん】
蔵田が田宮の目を見て語り出す。
【いろいろと支えてくれてありがとう】
【全然いいんだ麻里奈ちゃん。僕がやりたくてやってただけだから】
「この世界の蔵田さんは現状二十二歳。田宮さんは三十五歳。田宮さんは蔵田さんの大学の学費や生活面をサポートしています」
「二人は付き合ってる、ってことですか?」
「いえ」
マミヤは一呼吸おいて、
「田宮さんは別の方と結婚されています」
「また不倫かよ」
「はい」
「でもなんで蔵田さんに資金援助なんか」
「蔵田さんはこちらのコンビニで働く前、少しいかがわしいお店で働いていました。
そこにお客さんとして訪れたのが単身赴任となった田宮さんでした」
【麻里奈ちゃんにはちゃんとした暮らしをしてもらいたくて。お金のことは気にしないで】
【……ありがとう。でも、今日は伝えないといけないことがあって】
【あっ、そうだったね……で、何かな?】
蔵田が言いづらそうに身体をよじる。
【……できちゃったの】
【できちゃって……もしかして、僕の】
【違うの】
田宮のささやかな希望を打ち砕くように、蔵田が続ける。
【早川くん、って見たことあるでしょ?】
【あぁ、麻里奈さんの職場の近くでたむろしてる、あの】
【彼の子なの】
田宮がわかりやすくフリーズした。
【最初はどうしようもない人だと思ってたけど、何回か遊びに行くたびに優しさに気づいて。
この人と一緒にいられたらいいな、って思い始めたときに……】
蔵田はお腹を優しくさする。
【そんな……ダメだよ】
蔵田を説得しようとしたのか、田宮が椅子から腰を浮かす。
【早川くんと一緒になる。ごめんね。お金、時間かかっても必ず返すから】
【そんなことはいい。でも、それで麻里奈さんは幸せになれるの?】
【私、馬鹿だからさ。わかんないけど……うん、大丈夫な気がする】
再びお腹をさすり、微笑む蔵田。
「大変なことになってんな。クラタ!早く帰ってこい」
一年前を生きる早川が【社会からの解放!サイコー】と蔵田麻里奈の気分も知らずに馬鹿騒ぎを続ける。
社会は早川を逃さない。
クラタからの返答がない。
「クラタ?」
「早川さんの中にもうクラタさんはいません」
「は?じゃあどこに?」
「蔵田麻里奈さんのお腹の中に」
「蔵田麻里奈の子どもに介入してるのか?」
「はい」
「クラタさんがそう望んで介入したの?」
「いえ。これは必然が生み出した介入です。強制的に、とも言えます」
明らかに今までとは違う行為が進行している。
「あーーぐーー、引っ張られる!!助けて!!」
今度はなんだ?
「ユラちゃん!」
ユラが忽然と姿を消した。
「は?何が起きてんだよ……」
「これから始まる映像へ、ユラさんを強制介入させました」
マミヤは業務的に淡々と告げる。
「彼女たちの感情を、実感を刺激するための介入が、始まります」
マミヤがモニターを見つめる。
「早川さんと蔵田さんからの因果。
それに付随するクラタさんの『幸福ではない運命』、ジャクソンさんやほうじ茶さんに転生し続けるユラさんの『呪われた運命』を少しでも幸福にできれば……」
マミヤはぶつぶつと呟く。
「クラタとユラは、このモニターに映る世界に関係している、ってマミヤさんは言ってるんですか?」
「はい」
「わけがわからん」
「わかるはずです。これから見ていただく一生、そして繰り返す運命から『救いたい』と感情が動くはずです」
いつになく真剣な眼差しで俺とクスノキを見るマミヤ。
「あなた達のリテイクです。誰のものでもなく、あなたたち自身が実感し、幸福を掴み取るための『やり直し』」
マミヤが微かに微笑む。
「幸福な赦しを……」
両画面が同時に切り替わる。
早川と蔵田が向かい合い、真剣な話し合いが行われている様子が映る。
一方、もう一画面には、薄暗い座敷牢が映り込む。
早川が、【こども、できたの?まじ?】と焦りを見せる。
座敷牢の中では、小さな塊がゴソゴソと動いていた。




