3話
下界を生きるものと同じ感覚を取り戻す。
実感を得るための、感情を刺激する案件を始める、とマミヤは言った。
そんな思惑に反して、俺たちは感情を失いそうになっている
「クスノキよ」
「何よアカシくん」
「あいつら、いつまで介入してるの?」
二元画面の中に、異なる生活が映り続ける。
カマキリのジャクソンは死後、カメムシに転生した。
カメムシである。
また虫の一生を見ることになった。
「ユラさんが介入したのには驚きましたね。虫嫌いとおっしゃってたのに」
「マミヤさん……しれっと言いますけどね、あなた止めなかったでしょ」
「え?なにがです?アカシさん」
「クラタが早川に介入する、って聞かなくて、介入するなら同時に二つの世界に行かないとダメなんです、ってマミヤさんが言ったから」
「ユラちゃん、悲鳴あげてたよ」
ユラっち虫の方よろしく、とクラタが強引にユラを虫世界に介入させた。
「ユラちゃん、クラタさんの言うことは絶対守る子だけど……もはやいじめだよ……ユラちゃん泣いてるんじゃ」
夜のコンビニの光に誘われて、ガラス窓に張り付くカメムシ(中にユラ)のモノローグが聞こえる。
【あー……あ、あー……なんかすごい落ち着く】
「良かったな泣いてなくて」
「そうだね。私もうあの子わかんない」
「しっくりきている様子ですね。ユラさんには才能があるのですね」
「才能ってなんですかマミヤさん」
「虫になる才能」
「世界一いらない才能ですね」
かれこれ四時間近く窓に張り付くカメムシ(ユラ)。
絵がわりのなさに吐きそうな俺たち。
【そこのあなた】
隣に張り付いていたカメムシに呼びかけられるカメムシ(inユラ)。
【……えー、なにー?】
【お名前は?】
【……名前、わたし……なにもわからない】
【記憶喪失、というやつですかな?では私が名付けてあげましょう】
大変親切なカメムシは、
【ほうじ茶、とかどうでしょう?】
と壊滅的なネーミングセンスを披露した。
【え……嫌】
【ほうじ茶殿は、いつからこのプレイスにいるのですか?】
嫌がるほうじ茶を無視して親切カメムシの話は続く。
【失礼。初対面でずけずけと質問してはいけませんね。
我々の命は短い。
こんな老体に若者の大切な時間を使わせては忍びない。
ですが、どうしてもお声がけしたかった】
「カメムシって老体とか若者とかないだろ」
「いま話しかけている方は少し生まれが早いカメムシのようです」
「カメムシにも上下関係あるんだ……」
【ほうじ茶殿……】
バルンバルンバルン!パンパンパン!
【ほうじ茶殿はその……キュートな体を……】
ぼっぼっぼーぼっ!
【ああ……ほうじ茶殿……美しい】
ボルン、ボボボボボー。
「さっきからうるさいなもう一画面」
早川(inクラタ)がコンビニの駐車場で新しく買ったバイクをふかしている。
早川は天に祈りを捧げるかのような精悍な顔で夜空を見上げていた。なんの儀式だ。
儀式を見守るのは上原の誕生日を祝っていた面々。
早川のバイクを囲って奇声を上げる男五人。
上原は特に上機嫌で、【イカすな!早川!かましてやれ!】と唾をまき散らし笑っている。
この集まりの前に母親から、【もう、支えきれません。家を出て働いて】と最後通告をされていたとは思えないテンションの上原。
しかし、誕生日にまでコンビニにたむろするこいつら。
ほかに行くとこないのか。
「クラタ!うるさい!」
【え?なんすか?アカシさん!】
「え、返事できるのかよ。介入中に」
【具体化ポイント使ったらいける!ってマミヤさんが】
マミヤを睨むと、とぼけた表情で誤魔化している。
「お前なんで上原と仲良くなってんだよ。あんなにキレてたのに」
ボンボ、ボベボボボボボボー。パン!パン!
「あのさ。エンジン音で返事するのやめてくれる?」
【え?なんすか?今から上原さんの四十九歳祝いで公道かっ飛ばしてくるっす!】
「かっ飛ばすな。切れよエンジン。夜中だぞ。近所迷惑だろ」
【上原さんは自由の翼を持った旅人なんすよ!】
わけのわからないテンションでふかし続ける早川。
「むしろ旅立ったほうがいいと思う。上原以外もみんな」
自由の翼は田舎のコンビニ以外で広げて欲しい。無駄遣いである。
「クラタ、とりあえず帰ってこ……」
「アカシくん!ナンパ!ナンパしてる!」
「もう!なんだよ!」
クスノキに言われてカメムシワールドに視線を移す。忙しい。
【私と一緒にドライブでもどうです?ほうじ茶殿。
ここの夜景ではあなたには物足りない】
夜景というか、お前らコンビニ店内しか見えてないけどな。
親切カメムシ改めナンパカメムシは早川の真新しい改造バイクに飛び移った。
座席の後ろが長く伸びた改造バイク。
ロング三段シートというらしい。
別に知らなくてもいい情報まで運命張には載っている。
シートの先で優雅に佇むナンパカメムシ。
もう二元中継の意味はなく、二画面に同じ世界が映る。
「行動範囲狭いなこいつら」
「アカシくん、ユラちゃんどうするかな?」
「どうするって……なんでクスノキそんなテンション高いの?」
目を爛々と輝かせ始めたクスノキ。
「だって、これからラブロマンスが始まるんでしょ?」
「始まらないよ。カメムシだぞ」
クスノキには何が見えているのか。
「だってさ!井上さんが蔵田さんを誘ったときの台詞と一緒!夜景!」
カメムシの求愛と同列に語られる人間たちよ。
ちなみに井上は夜景を見る前に雨が降り嫁に見つかっている。
虫が虫に求愛している中、早川のバイクが走り出そうとしていた。
【ほうじ茶殿!はやく!】
手を伸ばすナンパカメムシ。あくまで比喩表現として。
【えー……だる。めんどくさ】
「ユラちゃんラブロマンスブレイカーだね」
「えらく気に入ったんだなコンビニのガラス窓」
ラブでもロマンスでもないと思うが、ナンパカメムシは走り出したバイクにしがみついて叫ぶ。
【私は!あなたを一目見た時から!】
ボボボボボ、パーーン、うーー。
速度を上げたバイクから、ナンパカメムシは放り出された。
飛行スキルでなんとかコンビニに舞い戻るナンパカメムシ。自由の翼の使いどころである。
【私の名を伝えてませんでしたね!愛しいほうじ茶殿!私の名は……】
名乗りあげようとするナンパカメムシ。
背後に、巨体が迫っていた。
【私の名は!】
【あ、カメムシ踏んだわ】
タバコをふかしていた上原の巨体がナンパカメムシを惨殺した。
「名前、なんだったんだろ」
「緑色だったし、緑茶とかじゃねぇか?」
「アカシくん適当」
「それはあのカメムシに言えよ」
激しい求愛を受けたほうじ茶はというと、
【あー……なんも考えたくなぁい……快適ぃ】
コンビニの壁を永住地にしようとしていた。
緑茶の死骸には目もくれず、落ち着くほうじ茶にもピンチが迫っていた。
「コンビニの店員さん出てきたよ」
「殺虫剤持ってるな」
「ユラちゃん逃げて!」
クスノキがいつになく熱い。
【あー……アッ。ガー、ぐあっ……】
殺虫剤をまかれ、苦しむほうじ茶。
飛び立とうとするが、上手く動けない。
【あー、わたし身体臭い、くっさぁ……】
反撃の一手は店員に【くっさ。えぐ】と一蹴された。
悪臭に包まれ、ほうじ茶は地面に転がる。
ジタバタと悶えるほうじ茶。
転がる茶色の虫を確認して、殺虫剤をまいた男性店員が、コンビニ内にいる女性店員に声をかけた。
【蔵田さん!カメムシ退治したよ】
「は?蔵田?」
「蔵田さんだ。雰囲気だいぶ違うけど」
とある世界では女優として活躍した蔵田麻里奈が、田舎町のコンビニにいる。
「マミヤさん、これって」
「このルートの蔵田さんは地元から上京しなかったようです」
「女優にならなかったルートですか……これ、収集つくんですか?」
「どのルートでも、必ず落ち着くところがあります。それにしても、クスノキさんが感情的になられたようで私は……」
我が子の成長を喜ぶようにマミヤは目頭をおさえる。
カメムシの求愛に感情を揺らしたクスノキの将来が不安だ。
【伊川さん、ありがとうございます。私虫苦手で】
蔵田はしとやかに礼を言っている。
【大丈夫!不安なことあったら言ってね蔵田さん。あ、そうだ蔵田さんの歓迎会もかねて、どう?今度ご飯でも】
こちらもラブロマンスが始まりそう。
【あ、私、そういうのは】
【あ、二人ってのはさすがにあれか!じゃあほかのシフトのやつも集めて……】
【私、彼氏いますので……あんまりそういう集まりには】
【あ、は!彼氏、あーそうか】
ラブロマンス終了のお知らせ。
諦めきれない伊川という男が蔵田に近づいたところで画面が暗転した。
「ほうじ茶さんが絶命されました」
マミヤさんが厳かにそう言った。
カメムシの一生は大きな変化もなく終わった。
深夜の住宅街にバイクの轟音がこだまし、二体の死骸がコンビニの灯に照らされている。
まだ続くのだろうか、これ。
とりあえずさ。早く帰ってこいユラ。




