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その展開はご容赦ください  作者:
3章『畜生道にご留意ください』
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2話

二画面の右半分に動きがあった。


対象者が鏡に映る。


「カマキリ?」


またぁ、とクラタが嘆息するが、


「よく見ろ。人間だから」


浅黒い顔の痩身猫背の男。


ヒョロりと伸びた手足には肉があまりついておらず、見るからに貧弱そうな男。


年は二十歳そこそこといった感じだ。


男のモノローグが聞こえる。


【今日は仕事のあと上原うえはらさんの誕生会か……面倒なんだよなあのおっさん。

車自慢うるせぇし。

あー女欲しい。

あー働きたくねぇ】


あくびを堪える男。


見るからに自堕落そうな風体と、足の踏み場もない部屋。


早川翔馬はやかわしょうまさん二十一歳。

職業は先輩のコネで入社した自動車部品工場でボタンを押す仕事です」


「そんな仕事あるんすか?」


「下界は広いのですクラタさん。考えられないレベルで楽な仕事も存在します」


そんなことはないと思うが、早川の言動を見るからに、楽な仕事してそうと浅はかな感想が浮かぶ。


ババババババババババンア、バパパン!パン!


早川が早朝から愛車を軽快にふかし始める。


早川は気持ちキメ顔で何度もエンジンを入れたり切ったり。


クスノキは耳を塞ぎながら、


「不快」


と端的に不満をもらす。


「この儀式なんか意味あるんすか?」


「俺らにはわからんルーティンがあるんだろ」


「近所のおばあが見てるっすよ」


近隣に住むばあさんが目をぱちくりさせて早川カーを眺めつつ、手を合わせ拝んでいる。

ばあさん何が見えてるんだ。


早川はオーディオの音量を最大にして軽く頭を揺らす。


「ばあさんもびっくりだよな。朝五時だし……出勤時間早いな」


「早川さんの自宅から職場までは2時間半かかりますので」


「遠すぎないっすか?何考えてそこで働いてるんすか?」


「何も考えてないんじゃないか?」


早川のモノローグが聞こえる。


【だりぃ。2時間しか寝てねー。だりぃー】


「寝てないアピールうざいっすね」


「遊び歩いてたんだろ」


早川は爆音と共に公道を突っ走る。


明らかに法定速度オーバーの車内にスマートフォンの着信音が響く。


【うわ、上原さん】


「朝五時に電話してくるとかダルいっすね」 


「上原さんは早川さんの属するグループのリーダー的存在なのです。四十八歳です」


「朝から何してんだよおっさん」


「仕事の関係者とかじゃないっすかね?」


早川がオーディオを操作すると車内に上原の声が響いた。


【早川!はしゃくこいよ!ひまひんなではつまってんだよ!】


何語?


「外国人すか?」


「いえ。上原さんは生まれも育ちも日本の田舎です」


【へ、ひごと?ほんなんやしゅめはいいたろ!】


「上原さんは滑舌が絶望的なだけです。歯が十本ほどないので」


「入れろよ歯。しかし、なんて言ってんだよこれ」


「早く来いよ?仕事休めばいいだろ?って言ってるの……かな?」


「すげぇなクスノキ。誰もわからんぞ」


「でも早川さん頷いてるよ」


【はい!はい!休みます!大丈夫です!いつものとこっすね!はい!有給使うので】


解読出来ている早川は素直にすごいと思うが、出勤当日に有給を使おうとするイカれた社員をもつ会社が気の毒になる。


【はい!では、また】


電話を切った早川のテンションが見る見る下がっていく。


画面は切り替わる。


カラオケボックスで上原の滑舌の悪い歌を聞かされる早川。


集められた早川と四名の若者は朝七時からカラオケボックスで作り笑いを浮かべている。


早川のモノローグが聞こえる。


【断ると地元でハブられる……ああ、職場の人めっちゃ怒ってたなぁ。

明日から会社行きづれぇ】


「上原さんは無職で暇してるので、こうやって地元の若い衆を集めてパーティを開くのです」


「なんちゅう迷惑な奴だ」


「なんでこんな腹の出たおじさんにみんな従うんだろ?」


「地元の権力者の息子とかじゃないっすか?」


「いえ、上原さんは一般的なサラリーマン家庭です。お母様は週五日パートで働いてらっしゃいます」


「働け上原」


「ほんとそれっす」


「何か働けない事情があるのかもしれないよ?」


「クスノキ、あれを見てもそんなことが言えるか?」


マミヤの配慮で倍速再生され始めた片側のモニター。


カラオケで三時間、パチンコ屋で八時間、ラーメン屋で夕食。


だらだらと上原に付き合わされる早川たち。


そして、すっかり日の暮れたころ、彼らは計五台の車を爆音でふかし、近所のコンビニ駐車場にたどり着く。


上原の黒い車のフロントに青黒いシミが見える。


ジャクソン……。


駐車場でタバコをふかしながら上原が、


【ひごとなんかやっへたらあほになるぞお前ら】


と笑う。


「この人、ただ自堕落なおじさんだね」


「だろ?というかマミヤさん」


「何でしょう?アカシさん」


「このモニター翻訳機能とかないんですか?」


「ありますよ。上原さんに使うのですね」


「助かります。上原が何言ってるかわからなすぎてクラタが限界みたいです」


ちゃんと喋れよ無職!と叫び散らしたクラタがモニターを破壊しようとしている。


俺はさっきからずっとクラタを羽交い締めにして止めている。


翻訳機能のおかげでクリアな音声になった上原が、


【正直、楽して生きるのが一番!】


と笑う。


朝から連れ回されてる五名は青ざめながら作り笑い(全員仕事を休んだ)。


「今すぐ介入してこのおっさんをぶん殴ってくるっす」


「やめとけ。早川もそうだが、ほかのやつもヒョロすぎて殴れそうにない」


「たしかに、ウエイトで負けるっすね」


上原は恰幅がいい。

包み隠さず言えばデブである。


早川を含めた五人はちゃんと飯食ってるか?と聞きたくなるような体躯だ。


「上原さんは毎日若者を取っ替え引っ替えしながらコンビニにたむろするのが好きなのです」


「なんで……人望なさそうなのに、よく集まるよね」


「人望とかではないのですクスノキさん。

田舎では噂や上下関係がすべてです。

上原さんはかつて地元で敵なしのヤンキーだったのでその噂が若い世代にも伝わり恐れられているのです」


ほんとかなぁ、と皆が首をかしげる。


上原はゲップとオナラを同時にしている。


「で、マミヤさん。これも畜生道です、ってやつですか?」


「ええ。怠惰を極め、人の道を外れていく畜生の姿です」


酷い言われようだが、悩みのなさそうな上原の汚い笑みを見るとそれも仕方なしと思える。


マミヤが改まって言う。


「皆様にやっていただきたいのはこの二つの世界に生きるものを救うことです」


「虫と虫ケラ人間を、っすか?」


「ク、ラ、タ、さん、ひひどい言い方っ」


マミヤが腹を抱えて笑う。

あんたの方がだいぶ酷い。


ややあって、コホン、と咳払いをするマミヤ。


「ジャクソンさんと早川さんのルートはこれから何度も巡ります。

その繰り返しのどこかで介入し、幸福なルートを探っていただきたいと思います」


また提示された『幸福』とやら。


それがなんであるかわからないから苦労しているのだ。


上原たちのいる駐車場では、彼らの車のヘッドライトが眩しく住宅街を照らしている。


低く響くエンジン音と、光源。


騒がしい話し声と奇声。


近隣住宅の人間は間違いなく幸福ではない、ということだけはわかる。


上原が高らかに笑い、


【青春って感じだなぁ!】


と叫ぶ。


早川たちは【……そうっすね】と仕方なくといった感じで同意している。


やっぱり、流行ってるのかもしれない青春。


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