第18話〜《白狼》、砦に吠える④
砦奥の石畳が轟き、怒号と悲鳴が交錯していた。崩れた城門から侵入した白狼軍は、すでに広場を血に染めている。
だがその中央に、巨体の影が立ちはだかった。
黒鉄の全身鎧に身を包み、両腕で構えるのは大斧。刃渡りは人の背丈ほどもあり、振るうたびに石畳が抉れた。
「――我こそは、サディア連邦砦守将、アロイス・グラフトン!」
巨漢の声が戦場を震わせる。
「カーナ騎士皇国が皇子、ルカイヤ・カーナ殿下! 貴殿を討ち、この砦を守り抜く!」
さらに吠えるように叫んだ。
「この砦は渡さん! サディアの兵の誇りに懸けて、貴様を屠る!」
敵国の皇族の名を呼び、敬意を払いつつも揺るがぬ覚悟を示すその言葉。
だがルカイヤは鼻で笑い、言い捨てた。
「……吠える犬に名など要らん」
ロングソードを片手に下げ、白狼は歩みを止めない。血に濡れた外套が石畳を擦り、鎧の隙間から滴る血が線を引く。
やがて、二つの巨影が広場の中央で対峙した。
次の瞬間、大斧が唸りを上げた。
風を裂き、石を砕き、目に映るものすべてを両断する暴風の一撃――
だが、ルカイヤは真正面から踏み込み、ロングソードで刃を受けた。金属の火花と轟音が戦場を裂いた。
「おおおおっ……!」
アロイスの腕が唸る。巨漢の力と体重が乗った一撃に、普通ならば剣ごと押し潰される。
しかし、ルカイヤは微動だにしなかった。片手の剣で受け止め、左の籠手で斧の柄を掴み、無造作に押し返した。
石畳を踏み割る足が揺るがぬ。人の域を超えた膂力と冷徹な体幹がそこにあった。
「……遅い」
低い呟きと共に、斧を弾き返す。アロイスは後退し、すぐさま斧を横薙ぎに振り抜いた。石の柱が砕け散る一撃。
ルカイヤは身を沈めてかわし、すれ違いざまに敵の脇腹へ剣を叩き込んだ。鋼の鎧に火花が走り、巨体がよろめく。
「まだだッ!」
アロイスは血を吐きながらも、斧を振り上げた。今度は渾身の縦一文字。天井をも裂かんばかりの破壊の一撃。
それをルカイヤは正面から迎え、片手の剣で受けた。甲高い衝突音。斧の刃がわずかに食い込み、剣がしなる。
だが――止まった。巨漢の全力は、白狼の冷たい眼差しの前に凍り付いた。
「二度……三度……同じことを繰り返す。くだらんな」
吐き捨てる声と共に、左足が閃いた。鎧の膝が巨漢の腿を打ち砕き、骨が悲鳴を上げる。
次の瞬間、籠手の拳が兜を叩き割り、アロイスの視界が赤に染まった。
ふらつく巨体。振り上げた大斧が緩む。
その隙を、白狼は逃さない。
ロングソードが弧を描き、頸椎を断ち切った。
巨躯の頭が宙を舞い、血が噴水のように吹き出す。鎧の巨体が石畳に崩れ落ち、轟音と共に沈黙した。
広場の喧騒が一瞬止む。サディア兵たちは絶望に顔を染めていく。
彼らの指揮官――砦を守る柱は、たった数合で粉砕された。
「……次はどいつだ」
血濡れの剣を振り払い、ルカイヤの声が響く。
その眼差しは次の獲物を探す獣。兵士たちは武器を捨て、我先にと逃げ惑った。
だが、逃げ場はなかった。
カルマの第二騎士団が側面から雪崩れ込み、広場の兵を壁際に追い詰める。
背後ではセオドアの槍列が押し進み、シーダの狂笑が敵を追い立て、剣が血を浴びていた。
退路を求めた兵は、すでにギュンターの軍勢に遮られている。外門は死骸と血で塞がれていた。
アロイスの首が石畳を転がった瞬間、砦は決していた。
サディア兵の悲鳴が血煙に掻き消される。
白狼軍の咆哮だけが砦を震わせ、勝者の名を刻んでいった。




