第16話〜《白狼》、砦に吠える②
轟音と血潮の渦が、砦前の谷を呑み込んでいた。
槍列はすでに破られ、第一騎士団が敵兵を蹂躙している。だが、その先に聳える砦の正門は揺るがない。
鉄板で補強された分厚い扉、魔導刻印が走る石壁――サディア連邦国の築いた堅牢な防御。矢狭間からは途切れなく矢と投石が降り注ぎ、油を流して火矢を浴びせれば一瞬で地獄となる。
その前に、カーナ騎士皇国軍の魔術師騎兵部隊が進み出ていた。
馬上の術者たちが一斉に杖を掲げ、詠唱を唱える。
大気が震え、稲光が奔り、炎が渦を巻く。
「撃て――!」
指揮官の号令に合わせ、炎弾と雷槍が轟音を立てて城門へ叩き込まれる。
炎が爆ぜ、雷鳴が轟き、白煙が立ち込めた。
しかし。
「……くそ、焼け焦げただけだ!」
「ひび一つ入っていないぞ!」
白煙が晴れると、城門は黒く煤けただけで屹立していた。鉄と石が重なり、さらに魔術的な障壁が門を覆っているのだ。
その光景を、最前から見据えるルカイヤの瞳が鋭さを増す。
焦りはない。ただ、苛立ちだけが燃え広がる。
「所詮は腰抜けの兵士崩れどもか……」
低い呟きが鉄よりも冷たく響く。
「無駄飯を食らうなら、いっそ首を落としてしまった方がマシだ」
無能を切り捨てる冷酷さ。
兵の死も、魔術師の消耗も、彼にとっては数字の羅列に過ぎなかった。
矢の雨が降り注ぎ、魔術師騎兵たちが次々と馬から崩れ落ちる。
その様を見ても、ルカイヤの顔に怒り以外の色は浮かばない。
「下がれ。邪魔だ」
吐き捨てるような声に、魔術師たちは怯え、混乱しながら後退する。
砦はまだ遠く、正門は健在。血路を開く刃は未だ見えない。
その時だった――
後方に控えていたファティマ女王国の魔法兵団。
静かにその一団の前に、ルシア・ギルシアが馬を進めた。
灰銀の髪が風に靡き、紅の瞳が戦場を射抜く。
「皆さん、私に支援を」
短く落ち着いた声。
その命に応じ、術者たちが息を合わせて杖を掲げる。
各々の魔力が糸のように伸び、やがてルシアの杖へと収束していく。
ルシアは深く息を吸い、己が魔力と兵団の力を編み合わせた。
力は奔流となって彼女の身体を通り抜ける。だが、その制御は揺らがない。
部下の顔が苦悶に歪む前に、彼女は収束を調整し、過負荷を避けた。
「無理をする必要はありません。……ここは、私が撃ちます」
紅の瞳が細められ、杖の先が城門を指した。
瞬間、戦場を圧する力が走る。
幾重もの魔法陣が重なり、雷と炎がひとつに編み込まれる。
大気が鳴動し、地面にひびが走る。
「――砕けなさい」
ルシアの声と同時に、杖の先から奔流が解き放たれた。
紅蓮の炎と蒼白の雷が絡み合い、一条の巨大な槍となって砦を突き破る。
轟音、爆炎――大地が震え、空気が裂けた。
耳をつんざく衝撃波が、砦前の戦場を丸ごと薙ぎ払う。
重ねた鉄と樫の門が爆ぜ飛び、鉄片と石塊が空を裂き、魔導障壁ごと城門は粉砕された。
堅牢を誇った扉は跡形もなく吹き飛び、砦は口を開ける。
「う……うおおおっ!」
「門が……破られたぞ!」
サディア兵の悲鳴が砦内に広がる。
恐慌は一瞬で伝播し、兵たちの顔から戦意が消えた。
その光景を見て、ルカイヤは低く舌打ちした。
「勝手な真似を……」
声には苛立ちしかない。
後方で腐っていろと命じたはずの女が、功を奪った。
だが、怒声は上がらない。咎めもなければ、賞賛もない。
ただ一言。
「――開いたのなら、それでいい」
冷徹な声と共に、ルカイヤは剣を掲げた。
白銀の刃が朝陽を反射し、戦場を照らす。
「突入だ! 砦を蹂躙せよ!」
その号令に、第一騎士団が雄叫びを上げた。
炎と煙に包まれた門の残骸を踏み越え、白狼軍が雪崩れ込む。
その先頭を駆けるのは、真紅の外套を翻した血塗れの白狼――ルカイヤ。
砦内部での白兵戦が、いま始まろうとしていた。




