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第14話〜《白狼》、作戦会議を行う

 夕刻。

 秋の冷たい風が、軍の野営地を吹き抜けていく。

 山あいの砦は、夕陽に照らされながら鋭い影を落としていた。石壁は厚く、門は堅牢。矢狭間には既に弓兵が立ち並び、サディア連邦国軍はルカイヤ率いるカーナ騎士皇国軍の包囲に対抗する覚悟を示している。


 その姿を、偵察から戻った騎士が報告した。


「敵兵数、およそ二千。補給は十分。籠城戦を選択した模様です」


 天幕の中。

 簡素ながら質のいい木机の上には砦の図面が広げられ、油ランプの明かりが赤く照らしていた。地図の端を押さえているのは、無骨な白銀の籠手。


「――上等だ」


 低く響く声が天幕を支配した。

 ルカイヤ・カーナ。血塗れの白狼と呼ばれる男。

 漆黒の髪と眼差しは、炎に照らされるといっそう鋭さを増し、周囲に立つ者を否応なく圧倒する。


「奴らが籠もるなら、殲滅は容易い。首を全て刈り取るまで一日で十分だ」


 その言葉に、室内の空気がわずかに揺れた。

 だが誰も驚かない。むしろ「いつものこと」という空気を含む沈黙が支配した。


 ルカイヤの精鋭、“白狼軍”にとって、それは常識だった。

 総指揮官が先陣に立つなど本来はあり得ない。だがルカイヤはいつもそうだった。誰よりも前に立ち、誰よりも敵を殺し、白銀の鎧を血に染める。だからこそ“血塗れの白狼”と呼ばれるのだ。


 第四騎士団長セオドア・タナーは、僅かに眉を動かしただけで、すぐに冷静な声を返した。


「敵の兵数は我らの半分以下。ですが地形が厄介です。城門は厚く、攻城兵器を使わねば半日はかかるでしょう」


「ならば、我々の出番といったところでしょうね」


 場の空気にそぐわぬ穏やかな声音。

 その視線が、天幕の隅に立つ女に突き刺さる。

 ルシア・ギルシア。ファティマ女王国より派遣された魔法兵団の師団長。


 堅牢な城門や城壁の破壊。本来であれば、破城槌などの攻城兵器を用いる。

 それを一点集中の破壊力を持つ魔法で補う――そういう意図だ。


「不要だ」


 ルカイヤは即答する。


「我が軍にも魔術師の騎兵部隊がいる」


 ルカイヤの言葉に対し、長衣の裾を整えながらルシアは無言で見返した。その紅い瞳は、冷えた湖面のように澄んでいる。


「女王国の犬どもの出る幕は無い」


 言葉は冷たく、棘を含んでいた。


「貴様らは後方で腐っていろ。出るな。砦を落とすのは俺たちだ」


 静寂が走った。

 普通なら反発して当然の物言いだったが、ルシアは涼しげな表情のまま一言も返さなかった。ただ、その瞳の奥に、誰も気づかぬ愉悦を宿していた。この場の空気を彼女は楽しんでいた。


 場を和ませたのは、第五騎士団長シーダ・ソアレの声だった。


「んで、ルカイヤ様。あたしらはどこを押さえりゃいいですか?」


 赤毛を揺らし、にかっと笑う。


「兄貴分のルカイヤ様が突っ込むのは予想通りですし、あたしらが穴埋めすりゃいいんですよね?」


 ルカイヤは地図を指でなぞり始めた。

 砦の正面を、無骨な籠手の指で強く叩く。


「まず俺がここだ。正面を叩く。俺が突っ込み、敵の注意を一手に引きつける」


 次に、地図の左手を指す。


「カルマ。お前はこの丘陵に布陣だ。砦内部の奴らが逃げ出せば、ここで叩き潰せ。一匹たりとも残すな」


 第二騎士団長カルマ・カーナ――妹は静かに一礼した。


「御意に」


 その声音には兄の無謀を案じる気配が滲んでいたが、口にはしない。ただ心の奥には、捕虜を取らぬ無慈悲さへの反発が芽生えていた。だがそれでも、止め役として支えるのが自分の役割だと、彼女は唇を結んだ。


 ルカイヤの指は中腹へと滑る。


「セオドア、シーダは中衛。砦から討って出る者があれば叩け。シーダ、貴様は士気を切らすな」


「了解! お任せください!」


 シーダは拳を握り、笑みを深めた。戦闘を前にした獣のような輝きが宿る。


 その横で、セオドアは小さく嘆息した。


「……前線にルカイヤ殿下が出れば、敵は必ず全兵力を集中させるでしょう。ですが、こちらの中衛が崩れねば勝利は揺るぎません」


 冷静な分析は、誰よりも重く受け止められる。


 ルカイヤは指をさらに地図の背面へ。


「後衛はギュンター。退路を確保しろ。俺が敵を討つ間、背後を固めよ」


 古参の騎士は深々と頷いた。


「殿下が敵を討つ間、退路は必ず確保する。背後はお任せを」


 天幕の中に、再び風の音が忍び込む。秋の冷気が、緊張をいっそう引き締めた。


「明朝、総攻撃だ」


 ルカイヤの言葉は短く、重い。


「この砦を落とすのに、二日は要らぬ。首を並べ、サディア軍に“白狼”の名を思い出させろ」


 その宣言に、誰も異を唱えなかった。

 異様なまでに静かな了承。それは「そうでしょうね」と言外に語る沈黙だった。


 血塗れの白狼が先陣に立ち、砦を蹂躙する――それは常識であり、狂気を孕んだ日常だった。


 夜は更け、東の空の白みと共に、戦の幕が上がろうとしていた。


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