第13話〜幕間~《白狼》、騎士団長たちと魔女の茶席
野営地の一角。
剣や鎧のぶつかる音が響くカーナ軍の陣営とは異なり、魔法兵団の周囲はどこか静謐だった。
その中を、シーダ・ソアレは両手を振りながらずかずかと入り込んでいった。
「おはよー!」
突然の気さくな声に、魔法兵団の兵士たちはぎこちなく姿勢を正し、「お、おはようございます」と返してくる。
カーナ騎士皇国の騎士団長が突然手を振って歩み寄ってくるなど、彼らにとっては珍事そのものだった。
やがて、シーダの視線は一人の女性に留まった。
灰銀の髪を丁寧に整え、紅の瞳を伏せながら魔法書に目を落とす女――ルシア・ギルシア。
彼女は焚き火の傍に布を広げ、優雅に腰を下ろしていた。小さな茶器と蒸気を上げるポットが置かれており、戦場の野営地には似つかわしくない上品な光景を形づくっている。
「おっす、ルシア!」
弾けるような声で呼びかけながら、シーダは遠慮なく手を振った。
ルシアはわずかに目を見開いたが、すぐに微笑を形づくる。
「……シーダ様。おはようございます。今日もお元気そうですね」
声色にはほんの僅かな皮肉が混じっていた。だが、シーダはお構いなしだ。
「元気ありすぎて困っちゃうよ、あたし」
彼女は腰の剣の柄を軽く叩きながら、飄々と答える。そして断りもなく布に上がり込み、ルシアの隣に腰を下ろした。
その大胆さにルシアは一瞬眉を顰めたが、すぐに微笑を保ち直した。
「シーダ様は確か、カーナの子爵家のご令嬢でしたね?」
「ん? そうだよ。ソアレ子爵家。あたしんち」
ルシアは頷き、わざとらしく柔らかな声で続けた。
「お兄様がいらしたように記憶しておりますが……ご健在ですか?」
「兄貴たちなら国境警備の騎士隊に配属されてるよ」
シーダは気軽に答え、ついでのように肩をすくめる。
そして、ふと思い出したことがあるかのように手を打った。
「そういや、この前ルカイヤ様と一緒に動いてた時に偶然会ったんだよ。
あたしが叙爵されて白狼軍の騎士団長になったって聞いてさ――すっげー驚いてた」
嬉しそうに、子どもが武勇伝を語るように笑うシーダ。
聞かれてもいないことまで矢継ぎ早に口にする彼女に、ルシアは「やっぱり皮肉が通じない人だ」とでも言いたげに、小さくため息をもらした。
そのとき、ルシアの紅の瞳が別方向に動いた。
「……あちらで見ていらっしゃるお二人も、ご一緒にお茶をいかがです?」
シーダの目がぱっと輝いた。小さく跳ねるように喜ぶ。
「お! いいの!? やった! ルシアとお茶会できるなんて!」
興奮冷めやらぬまま、彼女は少し離れた場所で様子を見ていたセオドアとギュンターに向け、大きく腕を振った。
「おーい、二人ともこっちおいでよー! ルシアがお茶会しようって!」
呼ばれた二人は互いに視線を交わす。
セオドアは眉を寄せ、明らかに気乗りしない表情で小さくため息をついた。
「茶席に参加するなど、ルカイヤ殿下に見止められたら何を言われるか……」
対照的に、ギュンターは苦笑し肩をすくめる。
「しかし、断れば角が立つ。仕方あるまい」
セオドアは渋々視線をそらし、小声で呟いた。
「まったく……」
それでも二人は野営地へと歩みを進め、ゆっくりと布の上に腰を下ろす。
シーダは満面の笑みで両手を叩き、喜びを隠さない。
「ほら、来た来たー! これでお茶会だよ!」
ギュンターは肩を揺らして苦笑し、セオドアは渋々ではあるが背筋を伸ばす。
その光景に、ルシアは穏やかに微笑みながら紅茶を注いだ。
茶器に注がれる琥珀色の紅茶。香りが漂い、シーダは嬉々として鼻をひくつかせる。
「戦場でこんな優雅なことしてるなんてさぁ……ルシア、やっぱすげーわ」
「精神の余裕こそ、戦いに不可欠ですからね」
ルシアは柔らかに言いながら、紅茶を一口すする。その仕草は作法通りに美しく、焚き火を前にしてなお上流階級の気品を失わない。
「……一理ある」
「だが、真似はできん」
セオドアが腕を組んで小さく頷くと、ギュンターが低く付け加える。
「我らは剣と鎧に生きてきた。戦場で茶を楽しむ余裕など、どうにも性に合わん」
ルシアは微笑みだけを返し、深くは言及しなかった。
やがて、話題は今朝の出来事へと移る。
ルシアが静かに言葉を落とした。
「今朝の処刑、興味深く拝見しました」
シーダは噴き出すように笑った。
「興味深いって言い方がさぁ、なんか怖いなあ」
セオドアが淡々と応じる。
「処刑は“見せしめ”だ。軍規を守らせるために必要なこと。……それだけの話だ」
「ええ。承知しております」
ルシアの声は落ち着いていた。
「我が国でも、軍規を乱す者は裁かれます。
ただ……女王陛下の御前にて公開の場で諭され、国と人に恥をさらす。それが罰となります」
ギュンターが眉をひそめた。
「命を奪わずに、か」
「ええ。人は死ねば何も学べません。ですが生かされることで、時に死よりも重い罪と恥を背負います。
それをどう生きるか……それが罰の形ですね」
その声色は穏やかだったが、そこに含まれたファティマ女王国の思想は、カーナ騎士皇国の武断的な文化とはまるで違うものだった。
セオドアは黙したまま、わずかに目を細める。
彼にとってその考えは理解し難くもあり、同時に否定しきれぬ理でもあった。
シーダはそんな空気を一蹴するかのように紅茶を呷った。
「まーでもさ、死んだら終わりってのは分かるけど、生かされて恥さらすのもキツいよねぇ。あたしだったらどっちがマシかなー」
呆れたようにセオドアが額に手を当てる。
「……茶席で処刑の話題を広げるな」
ルシアはくすりと微笑み、シーダは気にせず菓子を摘んで口に運んだ。
「んんー! この焼き菓子おいしい! 戦場でこれが食べられるとか、最高じゃん!」
「お前は本当に……」
セオドアは深い息を吐き、ギュンターは苦笑混じりに肩を揺らす。
「まあ、悪くはない。戦の合間にこういう時間も必要だ」
ルシアは湯気の向こうから、三人を眺めて穏やかに微笑んだ。
その瞳は静かで、何かを測るような光を奥底に秘めていた。




