第12話〜幕間~《白狼》、従わせる
秋の朝日が野営地を淡く染める。
処刑場には、湿った土と血の匂いだけが残っていた。
リヒャルトの命乞いは誰の耳にも届かず、首が落ちた後も、風は冷たく静まり返っていた。
ルカイヤは一瞥すらくれず、淡々と刑を終わらせるとカルマを伴って天幕へ戻っていく。
その背には激情も勝ち誇りもなく、ただ“無機質な冷酷”だけがあった。
――処刑が終わった場に残ったのは、重く淀む沈黙だけだった。
第四、第五、第六騎士団長――セオドア・タナー、シーダ・ソアレ、ギュンター・ハイムの三人は、やや離れた場所に寄り合った。
互いに視線を交わしながら、張り詰めた空気を吐き出すように。
「いやー、ルカイヤ様ってば、ほんと容赦ないよね。明日は我が身かと思うと、ちょっと震えるわ」
シーダは大きく伸びをしながら笑う。赤毛が朝風に揺れ、軽やかな仕草は戦場にあっても猫のような柔らかさを漂わせていた。
セオドアは眉をわずかに寄せ、背筋を伸ばす。灰色がかった髪を指で撫でつつ、低く冷静に返した。
「口を慎め、シーダ。リヒャルトはルカイヤ殿下の命令を軽んじた。俺たちの助言も聞かず、自分の判断だけで動いた故の結果だ」
「まーね。あれだけ『さっさとやれ』って言ってやったのにさ。美学だか何だか知らないけど、ルカイヤ様の命令は素直に従うに限るっての」
シーダは両手を腰に当てて肩をすくめる。どこか挑発的な笑みを浮かべながら、軽口を叩くその声音には不思議な余裕が漂っていた。
「でもさ、あたしは面白かったけどね。あの声、鳥肌立っちゃった。リヒャルトの断末魔、最高だった」
赤茶色の瞳が細まり、残酷さと無邪気さが混ざった微笑を浮かべる。
「……だからお前は怖い」
隣で腕を組んでいたギュンターが、口の端をわずかに緩める。白髪の混じった茶髪を後ろで束ねた男の笑みは、苦味を帯びながらもどこか温かかった。
「だが、シーダの言うことは一理ある。“明日は我が身”、慎重になるに越したことはない」
淡々と告げる声には、長年の経験が染み込んでいた。軽口を受け止めつつも、そこに含まれる現実を否定しない。
セオドアは小さく息を吐き、朝日を仰いだ。瞳の奥に影を落としたが、すぐにその光は冷徹な色へと戻った。
「セオドア、あんたはあの時、何か言いたかったんじゃないの?」
シーダがくすくすと笑い、彼の横顔を覗き込むようにして首を傾げる。赤毛が頬にかかり、挑発的に揺れた。
「……黙って見守るしかなかった。指揮官としての役目を果たせなかった悔しさは計り知れない」
セオドアは短く吐き出すように答える。
その声は淡々としていたが、唇を噛んだ一瞬の仕草が胸中を物語っていた。
「だが、殿下がいる限り大丈夫だろう。彼は結果を求める、厳しい男だ。だからこそ私たちはついていける」
ギュンターの言葉に、二人は自然に頷く。談笑のように見えても、そこには緊張と覚悟が確かに含まれていた。
ふと、シーダの視線が野営地の一角へと滑る。
本営から少し離れて設けられた、ファティマ女王国の魔法兵団の陣営。
朝日を浴びた天幕の布が淡く光り、異質な存在感を放っていた。
その片隅に、魔法兵団の師団長ルシアの姿があった。何気なく目に入った瞬間、シーダの瞳は愉快そうに細まる。
「さて、ちょっと退屈してたところだし、あの子に挨拶でもしに行くか」
軽やかな声でそう告げると、彼女は足取りも軽く動き出そうとした。
「シーダ、やめておけ。余計な刺激は控えたほうがいい」
鋭い視線を投げるセオドア。その声音には冷たい制止の響きがある。
「まあ、心配しなくていいって。ちょっと顔出して話すだけだから」
シーダは手をひらひらと振り、軽い調子で受け流した。
「……お前の“心配しなくていい”が一番怖い」
セオドアが額を押さえると、ギュンターが苦笑を漏らす。
「シーダのやることは昔から変わらん。止めても無駄だと私は思うぞ。お前は苦労するがな」
「ほらね、ギュンターもそう言ってるし。行ってきまーす!」
振り返ってにっこり笑うと、シーダは軽快な足取りで歩き出す。
赤毛が朝日に煌めき、風を切るように揺れた。
残された二人はその背を見送り、互いにわずかに肩をすくめる。
「……こまったもんだ」
ギュンターが呟く。
セオドアは何も言わず、静かに息を吸い込んだ。冷たい秋の空気が肺に満ち、わずかな白い吐息が朝の空へと溶けていった。




