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第11話〜《白狼》、戦地へ

 秋の冷たい風が、薄く張られた天幕の隙間を音もなく吹き抜けていった。

 松明の火が揺れ、影をゆらゆらと壁に映し出す。

 その中で、ルカイヤは椅子に深く腰を下ろし、いつもの冷徹な表情を崩さずに前方を見据えていた。

 その傍らで、カルマが静かに立ち、彼の意志を待っている。


 対面には膝をつき、首を垂れる第三騎士団長リヒャルト・ヴァルド。

 かつては冷静かつ堅実な指揮で名を馳せた男だが、今は疲弊と焦燥に覆われ、額の汗が頬を伝う。

 彼は震える声で言葉を絞り出していた。


 周囲には第四騎士団長、第五騎士団長、及び第六騎士団長が立ち並び、冷ややかな視線をリヒャルトに注ぎながらも、いずれも自分に跳ね返るかもしれぬ重圧を感じていた。


「殿下……どうかお聞きください。私も、砦を落とすべく全力を尽くしました……」


 声はかすれ、時折言葉に詰まりながらも必死に続ける。


「敵の守備は予想以上に堅く、堅牢な石壁と堅固な防御陣が我々の攻撃を幾度も跳ね返しました。

 特に北側の尾根からの補給路遮断は、敵の反撃と奇襲により数度にわたり後退を余儀なくされ……」


 言葉が続くごとに肩は震え、目は潤んでいく。


「兵の士気も、長引く包囲戦の中で次第に衰え、何人かは疲労と不安に押しつぶされました。

 私は指揮をとり、士気の回復に努めましたが……」


 その言葉を聞き、ルカイヤは苛立たしげに顔をしかめた。


「“努めた”とは、具体的には何をした?」


 リヒャルトは息を呑み、俯いたまま答える。


「隊の再編、鼓舞、食糧の配給調整。兵士の巡回と衛生管理にも気を配り……それでも、兵たちは…不安と恐怖に苛まれていました」


「ほう。それで十日以上もの時間を無駄にしたのか」


 ルカイヤの低い声に怒気が乗る。

 本国から帰還命令が下って一月ほど。もし自分が前線にいれば十日もあれば砦を落とせた——そう思えば苛立ちは増すばかりだった。


「その間、敵は補強を続け、反撃の機会をうかがっていたのだろう」


「私は、より迅速な攻撃を提案しました。ですが、第二騎士団の不在など、兵力は決して十分とは言えず、無理な突入は壊滅の危険がありました。

 また、砦の地形は複雑で、無闇に攻め込めば側面からの反撃に遭う恐れもありました」


「それを言い訳にするか。お前の未熟な判断で、多くの兵を危険に晒したのだ」


 ルカイヤの言葉は刺のように鋭くリヒャルトの心に突き刺さる。


「兵の士気が下がったのは誰のせいだ。指揮官の動揺や不安が伝播しなかったとでも言うのか」


 リヒャルトはうなだれたまま、悔しげに歯噛みをした。


「……私は、わたしは……」


「もうよい」


 ルカイヤが遮る。


「言い訳は聞き飽きた。結果はひとつだ。砦は落ちていない」


 周囲の空気が張り詰め、他の騎士団長たちも厳しい視線をリヒャルトに注ぐ。


「この遅滞は即ち敵に対する敗北であり、味方に対する裏切りだ」


「殿下、どうか――!」


「ヴァルド卿、口答えは許さぬ」


 尚も食い下がろうとしたリヒャルトの言葉へ被せるように、カルマの鋭い制止が飛ぶ。


 ルカイヤが立ち上がり、低い声で宣告する。


「役立たずは、俺の部下に不要だ」


「っ! お願いです、もう一度だけ……時間を、時間をください!」


 しかしその叫びも虚しく、ルカイヤは冷静に命じた。


「連れて行け」


 兵たちが即座に動き、抵抗するリヒャルトを押さえつけて天幕の外へと引きずっていく。

 彼の叫びは秋の冷たい夜気に吸い込まれ、やがて消えた。


 カルマは兄の横で、眉をひそめながらも言葉はなく、ただ厳しい視線を向けていた。


 ルカイヤは椅子に戻ると、目を閉じて深く息を吐いた。

 胸の奥にくすぶる焦燥と苛立ちを押し込めながら、彼は自分自身に言い聞かせるように呟いた。


「砦は、俺が奪い取る……誰にも任せぬ」


 カルマが静かに横に立ち、その瞳で兄を見つめていた。


「兄上」


 その声に、ルカイヤはゆっくりと目を開ける。


「行くぞ。次は我々の手で終わらせる」


 冷たい秋の夜に響く決意の声が、戦場の闇に響いた。


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