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第2話〜《影》、思わぬ真実に驚く

 夕暮れの帳が静かに降り、天幕の中には早くもランプの柔らかな灯がともっていた。


 香り高い紅茶が湯気を立てる机を挟み、シエラはルシアに向かって、ふと尋ねる。


「……ルシア様。どうして今回は、師団長のあなたご自身がカーナ騎士皇国に?」


 問いの意図は明確だった。ファティマ女王国における魔法兵団の最高責任者であり、ギルシア公爵家当主の娘であるルシアが、わざわざ友軍として一部隊を率いて遠征する理由。それは、軍務的にも政治的にも「異例」と言ってよい。


 ルシアは、紅茶の入ったカップを片手に、少し悪戯っぽく微笑んだ。


「ふふ。やっぱり、気になってたのね。……じゃあ、話してあげるわ。少し長くなるけれど、聞いてくれる?」


 シエラは小さく頷く。


 ルシアは一口紅茶を啜り、視線を遠くへ向けながら語り始めた。


「じゃあ、まず質問を返すわ。……シエラ、あなたは、どうしてファティマ女王国とカーナ騎士皇国が友好同盟を結んでるのか、その本当の理由を知ってる?」


 問いかけに一瞬返事に迷ったが、シエラはそっと首を横に振った。


「……歴史講義で習ったのは、百五十年ほど前、ファティマ女王国出身の貴族の娘が、カーナ騎士皇国の皇王に嫁いだ――という話だけです」


「そうね、それ自体は間違ってないわ。しっかり勉強もしていて優秀ね」


 冗談めかした口調だったが、ルシアの声音にはどこか誇らしげな響きがあった。


 一拍置いて、彼女は続ける。


「じゃあ前提として――。シエラ、あなたも知っているわよね。私やお父様が、“普通の人よりずっと長く生きてる”ってこと」


 淡々とした口調に、シエラは再び頷いた。


 ギルシア公爵家は、ファティマ女王国創建の頃から王家に仕える由緒ある名門。その当主であるルー・ギルシアは、まるで時を止めたかのように、創建時から変わらぬ姿で公爵位を預かっている――という、もはや伝説のような存在だ。

 当然、その娘であるルシアも例外ではない。


「それを踏まえて、聞いてちょうだいね?」


 そう言ってカップを持ち上げたルシアは、湯気の向こうで柔らかく笑いながら、話の核心へと踏み込んでいく。


「歴史書に載ってる“ファティマから嫁いだ貴族の娘”……あれは確かに事実。でも、その背後にはもっと深い事情があるの」


 ルシアの視線が、まっすぐにシエラに向けられた。


「カーナ騎士皇国の当時の皇王――リチャード。後に“英雄王”と呼ばれるその人は、人とは少し違う存在と戦っていたの。……戦争じゃないわ。けれど、その戦いは、それこそ世を揺るがすほどのものだった」


「……相手は、人間ではない?」


「ええ。詳しくは今は伏せるけれど、彼はそれに打ち勝って、平和を齎した。そしてその戦いのなかに、彼と並び剣を振るった一人の娘がいた。黒髪の、強くて聡明な女……カルラ」


 ルシアの声は、懐かしさを滲ませる。


「カルラは、ファティマ女王国出身。ギルシア公爵家の養子で、私の“義妹(いもうと)”だった子よ」


 その名が口にされた瞬間、シエラの背筋がわずかに震えた。


「……カルラの本名は、カルラ・ギルシア。彼女を見初めたリチャード皇王は、彼女を皇妃に迎えたわ。それで――皇家とギルシア家は“血縁”で繋がった。表には出ないけれど、親戚同士になったのよ」


 事実だけを淡々と述べながら、ルシアの表情はどこか愉快げだった。

 そして、ようやくシエラは合点がいった。


「……親戚、ですか」


「そうよ。ルカイヤ皇子と、その妹のカルマ皇女。二人の“曽祖母”が、私の義理の妹――カルラ・ギルシア。つまり、私は血の繋がりはないけれど、彼らの“曾祖伯母”になるわ」


 笑みを浮かべるルシアの表情は、変わらずに楽しそうだった。


「だから、今回の使者は私。単なる“魔術師”としてじゃなく、血縁上の“親族”として、ね。礼儀としても、最も適切な人選だったってわけ」


 楽しげに、くすくすと肩を揺らすルシア。

 しかし当のシエラは、カップを手にしたまま、ただ呆然と彼女を見ていた。


「カルラの義妹になるあなたは、ルカイヤ皇子やカルマ皇女にとって“曾祖叔母”にあたるわね」


「……笑えない冗談はやめてください、ルシア様」


 真顔で返すシエラに、ルシアはさらに楽しげに笑い声をあげた。


「うふふ、いいじゃない、そんなの気にしないで。“私の妹としてのあなた”の関係は変わらないんだから」


 冗談めかしながらも、その言葉には確かな温もりがあった。


 しばらく沈黙が落ちる。

 そして、ふとシエラは小さく息をつき、ぽつりと呟いた。


「……やっぱり、ルシア様はずるいです」


 そのぼやきは、立ちのぼる湯気とともに、静かに天幕の空気へと消えていった。


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