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第8話〜《影》、動揺する

 遮蔽の陰、死角に潜みながら、シエラは冷ややかな瞳で戦場を見下ろしていた。

 風上、尾根の斜面。ここなら気配は流れ、視界も確保できる。撤退路もある。

 この距離で見つかることは、まずない。そう自負できる位置取りだった。


 ――それよりも。

 目の前で繰り広げられる彼の戦いぶりが、あまりにも異様だった。


 血を浴びることを、まるで悦んでいるかのような剣の振るい方。

 大剣は重さを感じさせず、殺しに一片の躊躇もない。

 恐怖も怒りもない。無感情……いや、違う。


 これは愉悦だ。

 殺すことそのものに、心の底から喜びを感じている。


(……本当に、皇子なの?)


 記録で読んだ人物像とはまるで別人だった。

 冷酷というより、空虚な熱狂。

 その剣筋には、相手を人間と見ていないような冷たい断絶があった。


(まるで……死そのものを玩具にしているみたい)


 胸の奥が微かに冷える。

 だが、その一方で、シエラの任務意識は崩れなかった。


 この男が、呪われた魔道具を所持しているか。

 正気か否か。精神に破綻の兆候がないか――

 その確認のため、観察を丹念に続けていくつもりだった。


 ……はずだった。


 ふと、ルカイヤの動きが止まった。


(……?)


 斬撃の流れの中、わずかな間。

 何かに気を取られたような挙動。

 剣は止まらないが、意識の一部が、別の方角へ向いている――そんな感覚。


(まさか……いや、気のせい)


 だが。


 斬撃の合間。

 殺し続けながら、ふと――彼の視線が、こちらに滑ってきた。


 あまりにも自然で、あまりにも鋭かった。


(……!)


 喉の奥がひゅっと鳴り、心臓が跳ね上がった。

 “視られた”感覚に、呼吸が一瞬止まる。


 百メートル以上の距離。

 熱気と粉塵、血煙に包まれた戦場の向こう側。

 本来、視線など交わるはずがない。


 だが、それでも――“目が合った”と確信できた。


 いや、錯覚ではない。

 あの目は、確かに自分を貫いていた。


(うそ、嘘でしょ……!?)


 皮膚が粟立つ。呼吸が乱れ、気配の制御も一瞬だけ乱れた。


(気づかれた……!?)


 あれだけ訓練を積んだはずの自分が、まさか。


 慌てて気配を抑え直す。空気を沈め、視線も逸らす。

 逃げるわけにはいかない。この距離で動けば、かえって標的になる。


 シエラは、震える心を必死で抑えた。


(落ち着け。距離はある。すぐには追ってこない)


 自分に言い聞かせながら、再び彼の様子を観察しようとした――そのとき。


 ルカイヤが、“見せる”ように戦い始めた。


 斬る、斬る、斬る。

 わざとらしいほど、流麗で、かつ残虐な剣筋。

 首を跳ね、胴を割り、血飛沫を浴びながらも、彼は口元に微笑のようなものを浮かべていた。


(……え、なにこれ……なに、これ……?)


 シエラの内心がざわつく。


 彼は自分に“見せている”――そうとしか思えない。

 戦場の只中で、まるで舞うように。

 それが優雅だとすら思わせる分、恐怖がぞわりと肌を這った。


(ドン引きって、こういう感覚……)


 いかなる訓練を経た身体も、今は本能的に戦慄していた。

 これはただの監視対象ではない。

 “異質”――“人ではない”。


 直感が、警告のように告げていた。


 あの男の名は――ルカイヤ・カーナ。

 “血濡れの白狼”。


 そして、その眼は確かにこちらを――見ていた。


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