第7話〜《白狼》、観察される
肉が裂ける手応えが、腕を伝って骨まで染みた。
盾ごと叩き割った敵兵が、甲高い音を立てて馬の蹄下に崩れ落ちる。
その死に一瞥もくれず、ルカイヤは次の標的へと馬を駆った。
突撃の号令はとうに過ぎていた。
いまや、誰の声も届かない。
耳に入るのは、血の音と、剣戟と、断末魔――。
鉄の匂い、腸の臭気。
甲冑の隙間を熱風が舐め、視界の端で火球が炸裂する。
だが、そんなものはただの背景にすぎなかった。
目の前の敵を殺す。ただ、それだけに集中する。
その刹那だけ、世界が澄み切っていく。
呼吸は静かに、深く。
大剣の重みは、手の中で羽のように軽い。
一閃。叩き潰す。断つ。裂く。
血が飛ぶたび、心臓が静かに悦びを刻んだ。
斬った。生を終わらせた。
それが心地いい――ただ、それだけのこと。
怒りでもない。復讐でもない。
戦いそのものが、自分を構成する“正しさ”だった。
肉を断った瞬間、ふと、空気の流れが変わる。
わずかに冷えた風。
戦場の熱にそぐわぬ、一筋の気配。
ルカイヤの目が、戦場の外縁をなぞるように動いた。
(……こちらを見ている)
気のせいではない。
訓練された視線。
視線そのものを殺そうとする技術――だが、隠しきれなかった。
獣の勘が、わずかな乱れを嗅ぎ取っていた。
気配は、風上の尾根。
地形を利用した高度差。見通しも脱出経路も確保されている。
選び抜かれた“間者”の位置取り。
「……ほう」
愉快そうに、口元がわずかに歪んだ。
(なかなか、いい目をしている)
剣を振るいながら、気配のもとへ微かな意識を向ける。
無闇に視線は動かさない。
ただ、感じる。
視界の外縁、直感の深奥で、確かに“そこにいる”と確信する。
監視者――。
刺客ではない。あれは戦意や殺気の気配――斬気を持っていない。
“観察者”だ。
敵を斬り伏せる合間、気配の方向へ視線を滑らせる。
――刹那。
目が合った。
距離にして百メートル以上。
肉眼では識別できぬはずの位置に潜む誰かと、視線が交差した――と“感じた”。
錯覚ではない。
ルカイヤの中の“獣”が、確かにそれを感じ取った。
気配が、揺れた。
――呼吸が乱れる気配。空気の微かな震え。
わずかながら、気配の“質”が変わった。
(……動揺しているな。だが、逃げない)
さらに愉快だった。
訓練されている。
よほどの覚悟か、あるいは命令か。
どこの国の犬かは知らぬが、なかなか見どころのある間者だ。
「……おもしろい」
誰にも聞こえない声で、そう呟いた。
剣を振るいながら、心のどこかでその目を意識する。
斬るたびに――見られている。
それが、少しだけ興を乗せた。




