Order.03 広がる配達と出会い
朝のしっとりとした空気の余韻をまとった村の小道に、軽快な足音が響く。
ぼく――レイは、肩から下げた布袋を押さえながら、ひた走る。舗装されていない道から巻き上がる砂ぼこりさえも、ぼくを応援して背中を押してくれていた。
袋には今日配達する干しりんごや乾燥野菜を弾けんとばかりにぎゅうぎゅうに詰め、手には配達先を書き留めた自分用の控えを落とさないように握りしめる。
(……これで、今朝分の注文は最後だな)
額に汗がにじむのを感じながら、小さく深呼吸する。
――村で、注文が増えた。
ハルマじいさんやナーシャが広めてくれたこともあり、干しりんごの注文がぽつぽつと入るようになった。始めこそ1日2件ほどだったが、今は違う。
使った人たちが「魔導掲示板の注文窓口みた?」「自分の好きな時間に注文が済むから助かる」と噂し、小さい村ではすぐに広まって注文が日に日に増えていった。干しりんごだけでなく、一緒に作っている乾燥野菜、干し肉などの商品も追加しほんの少し充実した。
注文内容は、魔導掲示板を確認しながら自分の手帳にメモしていく。ページが進むたび、小さな達成感が胸を躍らせた。まだ子どものぼくにとって、社会の一員になったようなそんな嬉しさがあった。
「レイくん、わざわざすまないねぇ」
配達に向かった家で、焼き立てパンのいい香りをまとったおばさんがにこにこと干しりんごの袋を受け取る。
「いえいえ、こちらこそです! またよろしくお願いします!」
ぺこりと頭を下げて、次の家へと駆け出す。玄関先で交わす、そんな何気ない言葉のやりとりが日常になった。
◇ ◇ ◇
リーファ村――。
ぼくたちが暮らすこの村は、王国南部の国境近く、山と森に囲まれた温暖な土地にある。広い農地と、ぽつぽつ点在する小さな集落。
人口は二百人ほどで、主な産業は農業と果樹栽培、家畜の飼育。外部との交易は少なく、自給自足が中心だ。
村の中央には、魔導掲示板を設置した広場があり週に一度開かれる小さな市や、寄り合いの場所にもなっている。
村の人たちは穏やかで、互いに助け合いながら暮らしている。
そんな生活に新しい風が吹いた。
魔導掲示板に商品を掲載して注文を受け、配達する仕組み。村人たち、ひいてはこの世界に「新しい便利さ」をもたらし始めていた。
広い畑と、長い道のりを歩かずに済む。店に着いたら人がいないなんて困りごともなく、時間を効率的に使える。村人たちの暮らしに、少しずつ変化の兆しが広がっていた。
でも、まだまだ始まったばかり。心の中で小さく拳を握りしめ、ぼくは次の家へと足を向けた。
◇ ◇ ◇
配達を終え、魔導掲示板前に戻り今日の注文を振り返る。じんわりとかいた汗を風が乾かして、温まった体を冷ましてくれる。
(やっぱり、全部ひとりで回るのは大変だな)
最近は配達件数が増えた影響で、朝から動きっぱなしの日も珍しくない。配達で喜んでくれる人たちを見ると、充実感こそ感じるが疲れは気にならない。
とはいえ、配達の負担を減らさないと、これから魔導掲示板をもっと便利にしていくための研究や、魔導学園の入学試験勉強の時間が取れなくなってしまう。
(ナーシャに頼んでみようかな)
畑の向こうから、赤黒いショートカットの髪を揺らして走ってくる影が見えた。ナーシャだ。元気いっぱいに、何かを振り回している。
「レイーっ!はい、これ。パン屋のおばちゃんがいつものお礼にレイに渡してくれってさ」
駆け寄ってきたナーシャが振り回していた袋を受け取り、中を確認する。
「わ!おいしそうなパンとクッキーだね。ありがとう!ちょっと相談があるんだけど、これ食べながら少し話さない?」
「ん? 何?いいよ!あそこのベンチで話そ」
木のベンチは、設置されてからの年月を思わせる白っぽい色褪せと、湿気と乾燥の繰り返しで僅かに歪んでいた。
ぼくは、注文状況と配達業務が増えて出てきた課題を説明した。肝心の手伝いの件を言い出す前に、せっかちなナーシャが立ち上がって口を開く。
「仕方ないなあ、あたしに配達を手伝ってほしいってわけね!家の手伝いもあるから、そればっかりとはいかないけど。やっぱりこの村の地理に詳しいナーシャ様がいなくちゃだよね、よく分かってるじゃんレイ!その代わりあたしにも報酬、ちょうだいね?」
「もちろん。配達分の利益、ちゃんと分けるつもりだよ。歩合制ってことで!」
「やったー! じゃ、配達最速記録、塗り替えちゃおー!」
ずっと手伝いたくて仕方なかったみたいだ。元気よく腕をまくり、細いけれど引き締まった腕でシュシュシュとパンチのようなものを繰り出している。前向きで明るい様子に、ぼくはふっと肩の力が抜けた。
「ありがとう。お願いね、ナーシャ」
「まかせときなって!」
ふたりでハイタッチを交わして、ぼくたちは新たな体制での配達をスタートさせた。
◇ ◇ ◇
ナーシャは地理に詳しい。
村のどこにどの家があるかを完璧に把握していて、効率のいい配達ルートを次々に提案してくれる。
「ここはこの道のほうが近いよ!こっちだと丘を回り込むことになるから!」
「ほんとだ、ありがとう。じゃあ、この地区はぼくが回るよ!」
「じゃ、あたしは東側いく!」
ぼくたちは、配達ルートを分担することにした。お互いに持ち場を決めて、それぞれのエリアを走り回る。こうすれば、二倍速とは言わないまでも、効率は飛躍的に良くなった。
◇ ◇ ◇
夕方、配達の合間に立ち寄ったハルマじいさんの家。 時間を見つけては魔法の指南をしてもらっている。庭先のベンチに座ったじいさんは、古びた教本を広げながら、ぼくに優しく語ってくれる。
「魔力というのは、命から生まれたエネルギーじゃ。使えば減り、休めば自然と回復する。使い方ひとつで、減り方も回復も全然違うんじゃ」
ハルマじいさんの言葉を聞きながら、ぼくは持ってきたノートに魔力の流れや構文の制御方法をまとめていく。プログラミングを覚え始めた頃の興奮を思い出す。
魔力は、魔導文字や魔法陣、呪文に流し込むことで「命令」として実行される。 雑に流せば効果は不安定になり、緻密に制御すれば少ない魔力で効率的に安定して発動できる。
「繊細な魔法ほど、息をするように扱えねばならん」
魔力のコントロールも鍛錬が必要そうだ。
帰り道。日が落ち始めた畑の小道を歩きながら、鍛錬の方法や予定をあれこれ考えて今の生活の充実を感じていた。
◇ ◇ ◇
配達名人ナーシャの協力で、ぼくたちの配達はぐんとスムーズになった。余裕ができたし、そろそろ次のステップを考え始めてもよさそうだ。
たしか隣村にも魔導掲示板がある。ハルマじいさんが言ってた通信機能を使って、隣村の魔導掲示板にも同じものを表示させたら受注範囲を広げられる!
隣村までは徒歩で半日ほど。余裕ができたといっても、当日中に届けるのは難しい。朝に注文を確認して、その日の午後に届ける形なら何とか回せそうだ。
でも、ぼくとナーシャでは手が足りない。となれば、人を増やすのみ。よく隣村に遊びに行っている友人、リクに声をかけることにしよう。
リクは短髪で、日焼けした少し色黒の肌をしている。焼きたてパンみたいにこんがり。無駄な肉のない細身の体は、ナーシャに負けず劣らず陸上選手のように身軽だ。
広場から西に少し行ったところにある水場で、火照った顔にバシャバシャと水をかけている。タンクトップの襟元が少し濡れる。キラキラと光る肌は涼し気だ。
「リク、ちょっとお願いがあるんだ」
「え? なになに、レイ、また何か面白いこと始めるの?」
魔導掲示板をいじったことを知ってから、リクはぼくのやることに興味を持ってくれていた。興味津々に駆け寄ってくるリクに、ぼくは魔導掲示板の隣村展開の話と配達協力のお願いを説明した。
「もちろん、配達してもらった分の手間賃は渡すから!どうかな?」
リクは目を輝かせて頷いた。
「いいよ! 俺、隣村には週に何回も遊びに行ってるし!それにレイの力になれるのは嬉しい!」
快く引き受けてくれたリクに、ぼくはほっと胸をなでおろす。これで隣村にも届けられる。
具体的なやり方を教えるために、リクを連れて広場の魔導掲示板前に向かう。
「リクは隣村にも友達がいるの?」
「うん!この村から引っ越しちゃったんだけど、近くだからしょっちゅう遊びに行ってるんだ。その友達と遊んでるうちに新しい友達もたくさんできたよ」
ぼくの前を歩きながら、くるっと回ってこちらを見る。両手を広げて楽しげに話してくれた。弾むような足音と静かで一定のテンポを刻む足音が愉快な雰囲気を演出している。
「さすがリク、すぐに仲良くなっちゃうんだね。隣村でも宣伝よろしく頼むよ!」
「大船に乗ったつもりでドンと任せてよ」
魔導掲示板前でコードエディタを起動する。
「すごい!これが噂のレイの固有スキルだね!なんだかかっこいいなあ」
「説明の前に隣村の魔導掲示板に表示できるように、設定を変えちゃおうと思う」
ハルマじいさんによると、魔導掲示板には親子関係を持たせているらしく、今目の前にあるリーファ村のものが親にあたるらしい。通信機能のオンオフは親側から子に対して強制的に実行可能で、オンの状態では親の機能や設定が子の魔導掲示板に引き継がれる作りになっている。
つまり、返信機能が隣村の魔導掲示板にも継承されるということだ。
早速、通信機能をオンに変更した。隣村の魔導掲示板にもこの村と同じ商品一覧と注文受付の案内が表示できるようになった。魔導掲示板に吸い込まれていくコードを、リクは腕を組んで興味津々に凝視していた。
「じゃあ早速、隣村――ベルナ村にも対応した掲示内容に書き換えよう」
鞄から新しく魔導紙を取り出して左手に持つ。右手はコードエディタの画面にそっと添える。このなんちゃってネットショップと一緒にぼくのスキルのことも広まって、人目のある場所で使っても気にならない程度になっていた。
「ベルナ村は返信いただいた翌日の午後にお届けで、返信一覧はリクも見られるように。"許可対象"を配列に。初期値:レイ 追加対象:ナーシャ、リク……っと。最後にベルナ村の掲示板にも表示する設定を書いて……完成!」
スキルの補助で構文が整えられ、光の粒が紙の上で編み込まれていく。
「うん、これで隣村の配達でも対応できる」
ぼく、ナーシャ、リクの3人で注文を確認できるようになった。
「注文はこの返信一覧を確認して、前日分の隣村からの返信をメモするんだ。そしたら、ぼくの家に商品を用意しておくからそれを持っていって各家に配達して欲しい」
「了解!家の手伝いでお金の計算もできるから任せてよ」
「ありがとう。じゃあ早速明日から、注文が入ったらよろしく!」
なんちゃってネットショップが少しずつ“仲間と使える仕組み”になっていくのは我が子の成長のようで感慨深い。今日は配達も休みだし、隣村まで行って魔導掲示板にちゃんと表示されてるか確認しに行こうかな。
◇ ◇ ◇
1週間後。
朝、ぼくは広場に設置された掲示板の前に立ち、注文をメモ帳に書き写していた。リクとナーシャも一緒だ。
隣村の魔導掲示板にもちゃんと表示されていたし、返信機能も動いていた。でもそうすぐには注文が入らず、リクは毎日確認するだけで終わっていた。でもこの日は――
「レイ、これ隣村のセリルさんからの注文だ!」
リクの指が示した先を、ぼくは確かめた。
《干しりんご1袋 届け先:ベルナ村・ファウロス家 受取希望日:午後》
「ついに隣村からも注文が来たんだ!リク、ようやく出番だよ!」
ぼくたちの小さな掲示板が、村を超えて誰かと誰かをつなぎ始めた。
「よーし!よくお菓子くれるおばちゃんなんだ、さっそく行ってくるー!」
「あっ、ちゃんとリンゴ持って!」
ナーシャがぐいと走り出すリクの襟元をつかむ。
「危ない、危ない」
「はい、今日は初仕事だし私が持ってきた分あげる。次は自分で準備しなよ!行ってらっしゃい!」
「ありがと、ナーシャちゃん。それじゃ!」
ガシッと両手で受け取ると、颯爽と駆け出しあっという間に背中が遠くなる。ぼくとナーシャは顔を見合わせてくすっと笑い自分たちの配達に向かった。
◇ ◇ ◇
配達を続けるうちに、段々とお得意様もできて彼らの生活の変化も見えてくるようになった。
無駄な移動や待ち時間がぐっと減ったことで、そのぶん畑仕事や家事に集中できるようになったのだ。結果的に彼らの作る作物や布製品などは品質が良くなり売り上げも増えてきているようだ。
「いやぁ、最近ほんと助かってるよ! 配達してもらえるだけで、こんなに楽になるなんてなぁ」
農具を修理していた若いお父さんが、ぼくにそう声をかけてくれた。
「朝から晩まで畑に張り付いてると、わざわざ買いに行くのも一苦労だったんだ。おかげで作業に集中できるし、助かった時間で子どもと遊ぶ余裕もできたんだぜ」
照れくさそうに笑うその顔を見て、胸があたたかくなった。
広場を通りかかったおばあさんも、にこにこしながら手を振ってくれる。
「このごろあんたたちが元気に走り回ってるのを見ると、こっちも元気が出るよ」
そんな言葉をかけてもらえるたびに、ぼくは自分がやっていることの意味を、改めて実感する。
ただの配達じゃない。誰かの一日を、少しでもよくできているんだ。
ナーシャも、東側地区を回る途中で農作業をしていた村人たちに呼び止められ、干しりんごを渡しては、うれしそうに笑っていた。
その日の夕方。
配達を終えて広場に戻ると、隣村担当のリクが注文メモを手に駆け寄ってきた。
「レイ、今日も無事配達してきたよ!」
「ありがとう、リク。隣村、どうだった?」
リクは汗をぬぐいながら、にっと笑った。
「なんかさ、最近あっちでも魔導掲示板注文の話が広がってきてるっぽいよ。『うちの村の商品も取り扱えないかな』って言ってたおっちゃんがいた」
「ほんとに?」
「うん。配達行くたびに、興味持って声かけられる。って言っても、俺、細かい仕組みはよくわかんないから『レイがやってるんだ』って宣伝しといた!」
「助かるよ、ありがとう」
ぼくは小さく笑って、リクの手から今日の配達メモと代金を受け取った。
隣村の注文も増えてきてるし、嬉しい声もかけてもらえる。ぼくたちの掲示板は、ちゃんと誰かに届いている。3人でルートを分担して走り回る毎日は、体力も時間も使うけれど、それ以上に人の役に立てるのは、嬉しいものだった。
リクが言っていたように、自分の家の商品だけでなく、注文と配達を請け負う形で商品を増やしていけばもっとこの便利さが広がるかも。後で検討しよう。
◇ ◇ ◇
配達を始めてから2ヶ月ほど経った頃、配達を終えた昼下がりの広場には、普段とは違う緊張した空気が流れていた。
植物をモチーフにした豪華な装飾が施された馬車、平和な村には似つかわしくない鍛えられた屈強な騎士が2人、そして――
「わぁ……なんか、すごいの来てる」
ナーシャが畑の道から顔を出し、目を見張った。
太陽を反射して白く光る金色の髪を持つ少女が、執事らしき人物に付き添われながら石柱の魔導掲示板へと歩み寄る。
身に纏った軽やかなクリーム色のドレスが、日を浴びてふわりと揺れる。まるで妖精が舞い降りたかのように可憐で美しい姿が、広場中の視線を一身に集めていた。
「ふむ……これが、噂の」
可憐な少女――エリシアは、興味深そうに石柱に浮かび上がる商品一覧や、コメント返信による注文のやり取りをじっと見つめた。
周囲の村人たちはそわそわしながらも、遠巻きにその様子を見守っている。高貴な身分の人が珍しいのとその美しさ故だ。
やがて、エリシアは優雅に顔を上げると、近くの村人に向かって問いかけた。
「この注文の仕組みを作った方は、どなたでしょう?」
ざわつく村人たちの中から、一人のおじさんがぼくの方を指差した。
「レイ坊だよ。まだ子どもだけど、たいしたもんでな!」
エリシアは興味深そうに目を細め、ぼくへと向かって歩き出した。その顔には、抑えきれない高揚の色が浮かんでいる。
「まあまあまあ!レイさん、あなたがこれを作ったんですのね!」
目を輝かせ、ぼくの顔を覗き込むようにして声を弾ませるエリシア。突然の距離の近さに、ぼくが戸惑ったそのとき――
「っちょっと、いきなり何!馴れ馴れしい!」
ナーシャがエリシアの前に割って入り、睨むように顔を突き合わせた。慌てた様子で、エリシアの執事がすっと前に出た。
「失礼いたしました。こちらはこの南方領一帯を統治されているアルトラーナ家のご令嬢、エリシア様でいらっしゃいます。本日は領主様の命により、この村の発展の様子を視察に参りました」
そのやりとりに気づいた村長が、あわてて駆け寄る。
「こ、これはこれは、ようこそリーファ村へ!何のお構いもできませんが、どうぞ……!」
恐縮しながらも歓迎しようとする村長に、エリシアはにこやかに頭を下げた。
「突然の訪問、大変失礼いたしました。すぐに戻る予定ですが……もし差し支えなければ、少しだけ場所をお借りして、レイさんとお話しできませんでしょうか?」
村長は恐縮しながらも快諾し、ぼくたちは村役場の応接室へと案内された。
応接室は最低限の設備として机と椅子、お茶用のポットやカップがあるだけだ。エリシア、ぼく、ナーシャ、それにエリシアの執事と村長の五人が向かい合う形で座った。
エリシアが、にこやかに微笑みながら話を切り出す。
「改めまして、この領地一帯を治めていますアルトラーナ家長女、エリシア・アルトラーナと申します。先ほどはいきなり失礼をいたしました。
お父様の命で視察に参りましたが、私は今年アストリア魔法学園の受験を控えており、こうした新しい取り組みへの理解を深めることにしていますの。
改めましてレイさん、あなたが作ったこの仕組みについて、もっと詳しく教えていただけますか?」
ぼくは頷き、これまでの経緯――干しりんごを届けたかったこと。魔導掲示板の活用を思いついたこと。魔導掲示板のコードを調整し返信を可能にしたこと――を、できるだけわかりやすく説明した。
話を聞きながら、エリシアは何度もうなずき、目を輝かせた。
「素晴らしいわ!あなたの工夫が、こんなにも村のみなさんを助けているなんて。ぜひお父様にご報告して、領内の他の村にも広めましょう!じいや、それと同じ魔導掲示板を作るよう手配をしてくださる?」
「承知しました。エリシアお嬢様」
エリシアの言葉に、ぼくは少しだけ照れながらも、しっかりと頭を下げた。
「ありがとうございます。ぜひ広めてください」
「準備には時間がかかるでしょうから、事務的なお話は手はずが整い次第ということで」
エリシアは満足そうに微笑み、隣の執事に向かって声をかけた。
「さあ、ご迷惑になる前に、失礼しましょう」
執事が立ち上がり、退出の準備を始めた。ぼくも立ち上がりかけたそのとき、ふと思い出して口を開いた。
「あの、エリシアさん。ぼく……アストリア魔法学園への進学を、考えていて。もしよければ、入学試験のことや、学校のことを教えてもらえませんか?」
その言葉に、エリシアはぱっと表情を明るくした。
「もちろんよ!喜んで教えるわ!」
横で話を聞いていたナーシャが、ぴくりと肩を震わせた。目を伏せたその横顔は、どこか寂しげに見えたけれど――今はまだ、誰もその感情に気づいていなかった。
◇ ◇ ◇
エリシアは、学園について知る限りの情報を惜しみなく教えてくれた。
アストリア魔法学園は本科4年制で、生活支援、応用魔導、感応精神、商業流通などさまざまな課程があること。試験は筆記と実技、面接の3段階で、魔力量の測定と制御技術の実技もあること。
また、学生寮生活は基本で、寮費は発生するがかなり安価であり、生活支援も整っていること。卒業後の進路は幅広く、研究機関やギルド、商業分野まで広がっていること――。
ぼくは夢中で話を聞いた。
最後に、エリシアは楽しげに笑って言った。
「お互い入学できたら、先輩後輩ですわね。楽しみですわ!」
軽やかにドレスの裾を翻し、エリシアは応接室を後にした。その背中を見送りながら、入学へのイメージをより具体的にしていった。
広場の視察が終わったあと、村には不思議な熱気が生まれていた。
「領主様がわざわざ視察に来るくらいだ、うちの村の良さをもっと知ってもらいたいよな」
「リーファ村って、こんなにいいもん作ってるって、もっと広めたいな!」
そんな声が、あちこちで聞こえた。
売上を伸ばしたいというよりも――「リーファ村を誇りに思い、みんなで力を合わせたい」そんな思いが、村中に自然と広がっていった。
それぞれが得意なものを持ち寄り、笑い合い、相談しながら、「これも魔導掲示板で紹介できるかな?」「村の名前をもっと誇れるようにしような!」と、みんなが前向きに動き出していた。
◇ ◇ ◇
ある日の夕方、配達を終えて魔導掲示板で明日分の注文を確認していたぼくのもとに、父さんがやってきた。仕事帰りで、作業服姿のままぼくの隣に立つ。
「村全体が、明るくなったな」
ぽつりとつぶやいた父さんの横顔を、ぼくはそっと見上げた。その顔は、どこか誇らしげで、嬉しそうだった。
ぼくも自然と、小さく笑みがこぼれた。
◇ ◇ ◇
夜、ナーシャが自宅の窓から外を眺めていると、隣の家の灯りがふわりと漏れていた。
カーテンの隙間から見えたのは、机に向かって熱心に勉強しているレイの姿。
顔を上げず、静かに集中しているその横顔をナーシャは黙って見つめた。
「レイ、すごいな」
憧れと、焦りと、取り残されるような不安。まだうまく言葉にできない感情が、胸の奥で静かに渦巻いていた。
そっとカーテンを閉じる。
ナーシャ自身、その感情の答えを出せずにいた。