Order.02 魔導ネットショップ誕生
石の柱は魔導紙をすっかり飲み込み、ずっしりとした全身を闇の中で淡く輝かせた。紙を差し込んだ面の丁度大人の目線ほどにぼうっと文字らしきものが見え始め輪郭がハッキリしてくる。
が、数秒後。
「ええっ」
文字は二重になったり、書いてもいない記号が混ざったりしている。“文字化け”のような現象が発生していた。
「うわあ。古いインクのせいかな?魔力量も足りなかったとか?」
紙に載せた淡い期待は見事に裏切られた。暗闇で力なくだらんと腕が垂れた。
これは悔しい。「手順1」は簡単にいくと思っていたのに。
前途多難の文字が頭をよぎった。
こういう場合、思い当たる原因を潰していくしかない。インクは替えがないし、魔力量が少なくてうまく読み取れなかった可能性から当たってみるか。
少し乱暴に魔導紙を抜き取って家に戻った。クシャッとした紙がぼくを笑っているようだった。
「あ、レイどこに行ってたの!お夕飯冷めちゃったわよ。」
「ごめん母さん!ちょっと今忙しくて後でちゃんと食べるからー!」
返事もそこそこに自分の部屋へ走るぼくに、きっと母さんは「もうっ」と言いながらプリプリしているだろう。こんなことめったにしないけど、今日はごめんなさい。
ガタガタと普段は出さない音をさせながら机に向かう。今度はさっきよりも魔力を増やす。段階的に魔力量を変えて書き込んだ魔導紙を何枚か用意する。
村の人が使えるのだから教えてもらえば簡単だけど、自分の力で、一人で成し遂げてみたかった。男としての成長というかなんというか。ぼくならできると信じていた。
騒々しい夜は更けていき、気づくともう皆寝静まっていた。書き終えた魔導紙たちがぼんやりとぼくの顔を照らす。
「続きは明日にしよう。あ、夕飯だけつまんじゃおう」
◇ ◇ ◇
朝露が蔦を滴りながら周りの水滴を巻き込んで大きくなる。少しうずうずと落ち着きない表情が逆さまに映る。日課をこなし、朝ごはんもそこそこに広場へ向かった。
広場は朝仕事に向かう人で行き交い、鳥の声が少し忙しなかった。日が昇りきっておらず、ひんやりした空気が目を覚ましてくれる。ツルツルとした魔導掲示板にうっすら反射する自分を見ながら、一つ息を吐く。
昨晩用意した紙の束から1枚ずつ差し込んでいく。
1枚目、失敗。2枚目、失敗。3枚目、失敗―――。
全滅。
「やっぱダメかあ」
地面に散らばった失敗の痕跡の上に、どっと座り込む。大きなため息で紙が1枚吹き飛んだ。
「レイ?こんな朝からなにしてんの?」
ふいに後ろから声がして、振り返るとナーシャがいた。
手には空になった配達袋。家の手伝いの届けものをしたあと、うなだれるぼくを見つけて声をかけたらしい。
「ちょっとね。やってみたいことがあって」
「やってみたいこと?掲示板が使えないなんてレイって意外とおバカさん!」
地面から書き損じの魔導紙をひょいと拾う。鼻が一瞬ひくっと動いた。
「これ、古いインク使ったでしょ。ダメじゃん、それじゃ」
ぼくは「ですよねー」と死んだような目で視線を落とす。
ナーシャは書かれた内容を読んで、何か納得したように小さく頷いて、くすっと笑った。
「もしかして、ハルマじいさんのため?」
「……うん」
「そっか、新しいインクはうちにはないしなあ。掲示板使わないし。どうしても使わないといけない?持ってる人探す?魔導インクじゃなくても動けばいいのにね。」
長期の掲示物だから、魔力を安定供給するための方法なんだろうけど面倒な仕組みだ。普段のメモで使う魔力文字は、時間がたつと魔力が空気に溶けて消えてしまう。魔導インクのような魔力ごとしっかり紙に定着できるものがあればいいんだけど。
「あっ」
ぼくのスキルって魔導紙に書くときにも使えるだろうか?
既存のものを書き換えられるくらいだ、ちゃんと魔力を定着できるんじゃないか。
「何か思いついたの?」
期待のこもったキラキラした瞳で覗き込んでくる。
なんで気づかなかったんだろう。持ってきていた予備の魔導紙を鞄から取り出す。
「ここでは目立つな」
広場の端に木陰がある。そこなら人目を遮れそうだ。ナーシャが散らばった紙を集めて面白がってついてきた。
心地良い木漏れ日が所々土の見える地面とまっさらな魔導紙を照らしている。
そういえば、記入済みの魔導紙を手に持っても昨日みたいに目の前にスキル名が表示されない。編集できるものに制限があるのだろうか。白紙でも反応しない。魔力を流したらスキルが発動できるのか?
ものは試しだ。地面で足を組み、白紙の魔導紙を手に持つ。
「《固有スキル:コードエディタ》起動」
手元が光り、昨晩と同じように緑色の魔法陣が魔導紙の下ととぼくの組んだ足元でゆっくりと回る。周囲が明るいからか、昨晩ほど眩しくない。魔導紙の表面を光が幾度も走っている。
散った光が、宙に黒い四角のウインドウを描き出す。今回の中身は空白だ。
「うまくいった!」
「えええ!レイ、なにそれ!」
ほっとするぼくの肩を、ウインドウを見て目を丸くしながら横からグイグイと揺する。
「いたたた。え、ナーシャ、これ見えるの?」
「見えるよ!いいから、これが何なのか早く教えてよ!」
てっきり、ウインドウはぼくだけに見えるんだとばかり。いつもながら興奮すると要求の仕方が乱暴になる。素直でいいけど、もう少し愛嬌も欲しいところだ。
ナーシャにこれまでの経緯を話すと、自分のことのように嬉しそうだ。
「これがレイの固有スキルかあ、なんか難しそうだけどかっこいいね!ちゃんと使えるの?」
「実際にコードを書くのは初めてなんだ。うまくいくか分からないけど、これで書いてみよう!」
肩を回して息を吐く。気持ちを切り替えるときのクセだ。
ウインドウに指先を当てる。内容を思念しながら、1行ずつ左から右へウインドウをなぞっていく。指が通ったあとには文字が表示され、自動的に半角スペースや改行処理が行われていった。読みやすさやルールに合わせて補助してくれるようだ。
ナーシャが横で「おおおおお!」と雄たけびを上げながら興奮して飛び回り始めた。ここまで大げさに反応されると悪い気はしないものだ。
最後まで書き終わり一息つく。腕を組みウインドウとにらめっこする。内容はこれまでと同じだ。自動的に保存されてるようだけど、魔導紙は白紙のままだ。
前世の通り行くなら、マスターファイルに"マージ"する流れ―――
突然、ウインドウと魔導紙の魔法陣が明滅し始めた。
「なんだっ」
「わお!」
今しがた書き終えたコードが、ふわっとウインドウから浮き上がる。それは言葉を編む光の網――ひとつひとつが、かつてぼくが書いたコードの残響のように、やさしく、鋭く、紙の上に配置されていく。
青白い光の薄膜が波紋のように文字全体を包み込み、すぐに音もなく吸い込まれるように消える。魔導紙がやわらかな光を一度放ちコードが刻み込まれた。
「できた、のかな?」
「すごい!すごいよレイ!インクを使ったみたいに安定した魔力が定着してる」
どうやら、"マージ"という思考にスキルが反応したようだ。編集した内容を、元のデータに反映させる処理といったところだ。このスキルはやりたい処理を口に出すか頭でイメージすれば動いてくれるわけだ。
「レイ、掲示板に差し込んでみようよ!」
「そうだね、やってみよう」
ぼく達は足早に広場の中央に向かい、早速差し込んでみる。
商品情報
干しりんご
価格:12ルク
・ご希望の方は届け先と必要な数を返信欄に、魔導文字で記入してください。
・朝・昼の2回、返信を確認してその日のうちに配達します。
・代金は商品と引き換えです。
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担当:レイ
「うまくいった!」
ぼくは柄にもなくナーシャとハイタッチをした。
想像より手こずったけど「手順1:掲示板への掲示を試す」はクリアできた。スキルも試せたし結果オーライだ。
次は「手順2:コメント機能の追加」と「手順3:動作テスト」だけど、広場の真ん中で昼間から掲示板をいじくり回してたら目立つし壊したら大変だな。このスキルがどこまでのことができるのか調べて、対策を練るか。
石柱に手を触れ、"固有スキル:コードエディタ"を起動する。
魔導紙にコードを書いたときの処理から考えると、書いたコードはリアルタイムに反映されるものではなく、編集後に対象物へ反映する処理が必要だった。つまり、コード編集自体は別の環境で行われているということだ。前世でいう"ブランチ"に該当するものだろう。元のコードから枝葉を伸ばすようにコピーを作成しそのコピー環境で実装を進めるのが一般的だった。そうすれば、元のデータを壊すことなく安全に編集ができるからだ。どの部分を変更したかの差分も確認できる。
同じようにブランチを作れるかと、対象を離れても編集中のデータを保持できるか知りたいな。
じっと考え込んでいると、ナーシャが下から覗き込んでくる。
「次は何するの?」
「ちょっと機能を追加してみようと思っているんだけど、考え事があるから今夜試そうかな」
「見にいってもいい?」
ワクワクした顔で聞いてくる。
「もちろんだよ。夕飯のあとここに集合しよう」
「イエッサー!じゃあまた夜ね、お腹すいたあ」
かろやかに魔導掲示板の上を飛び越えて去っていった。
さて、まずは"ブランチ"を作れるかどうかだ。
「《マスターブランチ》から《作業ブランチ》を作成」
ブランチの関係性を表すブランチツリーが、新しく表示された小さなウインドウに映し出された。1本の線から、もう1本の線が分岐し下から上へと伸びていき、光っている。2つの環境の親子関係と今編集している環境を表したものだ。分岐した時点の環境が子の環境に複製されている。やはり前世の知識がベースになっているようだ。
データの保持はどうだろうか。魔導掲示板から離れても編集できるといいのだけど。
試しに広場の端まで行ってみる。文字は消えることなく表示され続けている。再起動はどうだろう。ウインドウが小さくなり消える。
再度開いたウインドウには過去に編集したことのあるコードがファイルとして一覧化されていた。魔導紙と魔導掲示板の2つが並んでいる。
何も触れずに起動すると一覧が表示され、対象物に触れているとその物のコードを表示してくれるということらしい。これならどこでも書けるぞ。人気のないところで集中して書くことにしよう。
「お昼ご飯にサンドイッチ作ってもらおう」
◇ ◇ ◇
崖にぶつかった風が吹き上げ、揺れた木々の葉擦れの音が賑やかになってきた村の声をかき消す。青々としたのどかな景色に似つかわしくない黒い画面が重なる。
「魔導触入力、許可……返信欄を《使用》の場合魔導触パネルを 描画エリアの下に表示……」
腰ほどまである岩に腰掛け、片手で母さん特製ハムチーズサンドイッチを食べ、もう片方をコードにかざし、口は忙しなくぶつぶつともぐもぐを交互に繰り返す。母さんに見つかったら叱られちゃうな。
「魔導触パネルの《入力値》を返信一覧のリストに格納……魔力照合の値が《掲示板の投稿者》の場合、返信一覧を表示……」
今回のコメント機能の核となるのは入力方法だ。実は前にコードを見たときに、"魔導触入力機能"が実装されていることに気づいていた。なぜか使えないように処理がされていたが。これを使えるようにしてコメント機能を実装する。
"魔導触入力機能"は、コードを読む限り、入力用のパネルに指先をかざし魔力を流すと、思念した文字を読み取り可視化するもののようだった。ぼくのコードエディタや普段メモ書きで使う魔導文字とやり方は同じ。入力完了かどうかは思考から読み取られる作りになっていた。
「これで一通り必要な処理は書けたかな」
"プレビュー機能"があれば実物で何度も試さずに動作テストができるんだけど、もしかしてその機能もあったりして。
ヴンッともう一つ新しいウインドウが現れる。青白い光がクルクルと回りながら徐々に形を成していく。魔導掲示板が再現されているようだ。触れると上下左右、360度回転した。よく見ると角がこぼれや表面の傷まで再現されている。
「すごい再現度だ。便利だなあこのスキル!」
これで動作テストをしてみよう。保存されていた魔導紙のコードに、返信機能の使用設定を追加して読み込ませる。
ホログラムは今朝見た本物と同じように情報を映し出し、その下に新しく四角いパネルが登場した。
「うまくいってそうだ」
プレビューを実寸に調整し、出現したパネル部分が見えるように位置を調整する。パネルに手をかざし魔力を流しながら入力してみる。入力した内容がパネルに小さく表示され吸い込まれるように消え、《投稿完了》と表示され、すぐにパネル下のスペースに今入力したサンプル投稿が表示された。
「こっちの方が簡単だったな。今夜実物に反映して、ぼくがいないときは返信一覧が非表示になるか確認しよう」
コードエディタを終了したところで、今朝書いた魔導紙の内容も調整する必要があることに気付いた。記入済みの魔導紙に触れて再度コードエディタを起動する。作業ブランチを作成しようとすると、ビビッと音がなったあと中央に小さなウインドウとともにメッセージが表示される。
「《素材の耐久力不足により編集不可》」
なるほど。再編集には素材への負荷がかかるらしい。この紙は古いから編集できないのかな。触ってもスキル名が表示されなかったのは編集できないからだったのか。
魔導紙を新しく書き直して、くううと身体を伸ばす。
「このスキル結構疲れるなあ」
前回と違い今回はコードの量も多く、コード整形や補完、プレビューなどの機能を使ったことで魔力をかなり消費した。恐らく処理能力は魔力量に比例する。枯渇すればメモリの頼りないPCのようになるのだろう。
夜まで一眠りして回復しよう。
◇ ◇ ◇
魔導掲示板の前。鼻に残っている夕飯の刺激的なスパイスの香りを楽しんでいると、ナーシャが弾んだ足取りでこちらへ来る。
「今日はスパイスのスープ?レイのお母さんは料理上手だね」
「うん。ナーシャはクリームシチュー?口についてるよ」
拭いてあげようと手を伸ばすと、早くしてとばかりに顔を寄せてきた。ちゃっと親指で口元をぬぐってやる。
「さて、もうコードは書いておいたんだ。遅くならないうちに始めよう!」
「オー!待ってました!」
両手を挙げてピコピコさせた耳が愛らしい。
ぼくは魔導掲示板に触れてコードエディタを表示させ、ウインドウに手をかざす。
「《マスターブランチ》に《作業ブランチ》をマージ」
ふわっとウインドウからコードが浮き上がり、魔導掲示板に吸い込まれていった。最後の一文字が吸い込まれると、魔導掲示板全体が淡く光を放つ。
「よし。ナーシャ、この魔導紙を差し込んでみて」
「なーにが起っきるっかなー」
うきうきと魔導紙を差し込む。
「わあ!何か四角いのが出たよ!《返信欄》って書いてある。えっまさかここで書けるの!?」
「やってみて!」
「了解!」
ナーシャの細い指が触れ淡く光る。
パネルには"やっほー!ナーシャ参上!"と表示され、吸い込まれるように消えた。
「あれ?消えちゃったよ」
「いいんだ。みてて」
ナーシャと場所を入れ替わる。
返信欄の下に消えたはずの"やっほー!ナーシャ参上!"が表示され、ナーシャは目を丸くする。
「すごいすごい!こんなの見たことも聞いたこともないよ!今、レイが作ったんだよね、世紀の大発明だよ!こんな場面を見られるなんてあたしは天に愛されてる!」
「しーっ、少し声を抑えて。でもうまくいったみたいだ」
これですべての手順が完了した。手順2、3が案外すんなりいってちょっと拍子抜けするくらい。
「ナーシャ、ありがとう。早速明日から受付開始してみるよ。よかったらみんなにも広めてくれると嬉しいな」
「もちろん!レイの勇姿もバッチリ広めておく!うまくいくといいね」
「うん、頑張るよ」
◇ ◇ ◇
翌朝。朝露が残る道を、ぼくは一人で歩いていた。小さな干しりんごの袋をひとつ、肩にかけた布袋の中に入れて。
目的地は、村の北側にある小さな家。昨日掲示板に書き込んだ“初めての注文募集”のことをハルマじいさんに伝えに行くところ。あの時の無力感をようやく解消できる。
家の前に着くと、古い木の戸が半分開いていて、中からは煮物の香りが流れている。ひと息ついて、ぼくは戸口に立った。
「ハルマじいさん、おはようございます。レイです!」
しばらくして、奥からあの優しい顔が覗いた。
「おやまあ。どうしたんだい、こんな朝早くに」
「あの、今日から魔導掲示板で干しりんごの注文を受けようと思うんです。よかったら、使ってみてください。」
手に持った小さい袋を手渡しながら勇気を出す。
おじいさんは目を細めて、しばらく黙っていた。それから、ゆっくりとうなずく。
「魔導掲示板か……ふふ、この間は紙をたくさん散らしてたねえ。ありがとう、見に行ってみるよ」
「見られてたんですか、恥ずかしいです。前に来てもらったのにちゃんと対応できなかったのがずっと気になってて」
「レイくんの気持ち、ありがたく受け取るよ」
ぼくは思わず笑って、深く頭を下げた。
◇ ◇ ◇
短い2つの影が地面に落ちる。1つはおかっぱ、1つはしっぽがついている。ギラギラとした日差しを舗装された地面が照り返して眩しい。細めた目で魔導掲示板を確認すると――そこには、ひとつの返信が。
「《北の端の家 ハルマ 干しりんご1袋 明日お願いします》」
「やった!」
「レイ、初注文!」
思わず、ナーシャとハイタッチをした。
情報を表示するだけの一方通行の道具。それが、村にある魔導掲示板の“普通”だった。
ぼくはもともとあった機能を活用しただけ。仕組みは単純。"どう使うか"、そのアイディア1つで魔導掲示板は“注文”の受付窓口に変わり価値を生み出した。双方向のコミュニケーションが取れること、たったそれだけがとても大きな可能性を秘めている。
ぼくは干しりんごを袋に入れ、届けに向かう。老人は笑顔で出迎えてくれた。
「レイくん、ありがとうね」
「こちらこそ、注文ありがとうございました!ハルマじいさん、また使ってね!」
干しりんごを受け取ったおじいさんが、哀愁を浮かべながらぼくの顔を見つめる。
「ふしぎなもんじゃのう。若いころのわしを思い出してな」
ぼくが不思議そうに首をかしげると、ハルマじいさんは静かに語りはじめた。
「わしはな、王都の研究所で、通信魔法の研究をしていた。まだ“情報を飛ばす”という考え方が珍しかった時代じゃなあ」
その言葉に、ぼくは思わず息をのんだ。
「魔導掲示板も、最初はわしが試作した一つじゃよ。あれはな、研究員仲間と夜通しで組んだ魔法式でな」
ハルマじいさんは、ぼくを家に招き入れながら話を続ける。
「レイくんが今回使った魔導触入力の技術も、ずっと昔に作ったものじゃった。他にも短距離であれば通信もできる。もっとも今は使っておらんがの」
静かに笑った。
「でもな。誰もそれを『何に使うか』、考えなかった。戦争ばっかり考えて、便利な暮らしのことなんか……誰も」
「そんな!この技術があれば暮らしだけじゃなく、自衛だってなんだってもっと便利になる可能性を秘めているのに!」
「時代の流れじゃよ。研究は打ち切りになり、それらの機能はいつか役立つ日を夢見て封じていたんじゃ。わしの手の届くところに置いておきたくて、この村と隣村に持ってきたというわけじゃ」
今しがた持ってきた干しりんごがいつもより酸っぱく感じた。
「そういえば、わしの夢がどうなったか聞かれていたね。今、レイくんが叶えてくれたんじゃよ」
レイは、拳をぎゅっと握った。
「君には応用魔術の技術と、技術を『何に使うか』を考える才能があるんだねえ」
目を細めたハルマじいさんの瞳の奥に、一瞬だけ、若い青年の姿がよぎった気がした。
無数の魔法陣に囲まれた研究室。光と符号が飛び交い、試作機の石板が起動するその瞬間。
魔導掲示板の前に立つぼくの姿と、重なる。
「わしにも見守らせておくれ。夢の続きを見てみたいのさ。このハルマでよければ、いつでも力になるからの」
心の奥に、何かが灯ったような気がした。
「ハルマじいさん、迷惑じゃなかったら、ぼくに応用魔術のことを教えてくれませんか。素材のこととか基本だって知らないことばかりなんだ」
想定していなかったのだろう。いつもの優しい目に驚きとうれしさが混ざったように見えた。
「ああ、もちろんだとも。毎日でもおいで」
「ありがとうございます!これからよろしくお願いします!」
思わぬ師を得て、ぼくの最初の“取引”が終わった。
◇ ◇ ◇
その夜。
食後、家族でのんびりしていると、父さんがにやっと笑って言った。今日のことを母さんから聞いたらしい。
「レイ、お前が稼いだ利益は、お前にやる。がんばったぶんは好きに使え」
「えっ、ほんとに?」
「本当よ。貯金してもいいし、欲しいものに使ってもいい。自分で考えてごらん」
母さんも笑顔でそういった。
父さんがふと真面目な声で話す。
「そこでだ、魔法学園、考えてみるか?お前はそこでちゃんと学んで才能を伸ばすべきだと思うんだ。どうだ」
ぼくは、すぐには答えなかった。
魔法学園――それは、誰でも入れる場所じゃない。 この村でそこへ進んだのは10年前に1人いたくらいだという。ほとんどが、進学せずに農家や職人として家業を継いで暮らす。
ぼくは本当に行くべきか?
ハルマじいさんは研究を打ち切りにされてしまったし、現にこの世界ではまだその分野の発展が乏しい。当時の考えがあまり変わっていないんだろう。この道に進む意味はあるのか?
―――違う。
だから行くんだ。きっと壁にぶつかることも多いだろうけど、誰かの助けになるのなら。 研究一本ではなく、ぼく自身も影響力をつけるんだ。前世の知識を活かしてネットショップを大きくしながら暮らしを良くしていきたい。
それに、歴史ある学園であればもしかしたら過去の歴史や他国の情報からここが本当に異世界かどうかを知れるかもしれない。
(……行こう。知識を、力に変えるために)
父さんの目を見ながら、ぼくは頷いた。
こうして世界最初の“魔導ネットショップ”は動き出した。