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精霊は水飛沫の中から

 森を抜け馬車が中央学園へ続く道を進んでいくと、遠くに町並みが見えてきた。


「もうすぐ町に着きます。中央学園までは距離があるので休憩していきましょう」

カインが手綱を引きながら言う。


「結構栄えてるっぽい? なんかキラキラしてるし!」

レナが嬉しそうに身を乗り出した。


 だが、その「キラキラ」の正体が何なのかは、すぐにわかった。


 街全体が水浸しだった。


「……え?」


「え、ちょっと待って? なんかヤバくない?」


 馬車が近づくにつれ、街の異様な光景がはっきりしてきた。

建物の屋根や看板から水が滴り、道はほとんど水たまりになっている。

 街の人々も服が濡れて困り果てた様子で、屋根の下や店先に避難していた。


「な、何が起こってるのですか?」

エリシアが驚いた声をあげ町の人に問いかける。


「ここ数日ずっとこうなんだ……」

近くにいた店主がため息をつく。


「雨が降り続いたわけじゃないんですよね?」

真央が尋ねると、店主は首を横に振った。


「いや、雨なんて一滴も降っちゃいないさ。でも、あいつらがな……」


 店主が指さした先には無数の青い蝶がふわふわと飛び交っていた。


「……なるほど、これは水の精霊の仕業ね」

フィオナが羽ばたきながら説明を始めた。


「水の精霊はいたずら好きなものが多いからね。本人はただ遊んでるつもりだと思うけどいい迷惑ね」


「どういうこと……?」

真央はフィオナの説明だけでは状況が飲み込めない。


「青い蝶なんて幻想的で見惚れてしまいますわ!」


 エリシアが蝶に触れようと手を伸ばす。


ポンッ!


「きゃっ!?」


 エリシアが指先で蝶に触れた瞬間、蝶が破裂し、勢いよく水が弾け飛んだ。


「うわっ!!」

真央とレナも巻き込まれ、一瞬でびしょ濡れになった。


「ちょ、最悪なんだけど!!」

レナが顔をしかめ顔に掛かった水を拭う。


「そういうことね…フィオナ、これどうしたらいい?」

真央が尋ねるが、フィオナは眉をひそめた。


「飛んでる蝶は水の精霊の分身、あの中のどれかが本体だと思うけど…この数だと、魔力の反応が拡散しててどれが本物かわかんない」


「え、じゃあ 一匹一匹捕まえてみないとダメってこと?」


「そういうことね!」


「えぇ……なんて面倒な……」

真央が顔をしかめる。


「あの…僕は荷物が濡れると困るので…町の外で待機してますね…」

カインはあからさまに関わりたくない様子である。


「こんなびしょ濡れにされて黙ってらんない!絶対に本体捕まえてやる!」


 レナが勢いよく蝶に飛びついた。


 ポンッ!


「ぶはっ!」


 勢いよく破裂した水がレナの顔面を直撃。


「うわああ、も~~~! 服ベチャベチャ!」


「ちょっとレナ、もう少し慎重に――きゃあっ!」


 真央の肩に止まった蝶が破裂し大量の水が降りかかる。


「きっと優しく触れれば大丈夫ですわ……うわぁあ!」

エリシアも慎重に手を伸ばしたはずだったが、蝶に触れた瞬間に水の塊が弾け飛びずぶ濡れに。


 蝶は街中を飛んでおり逃げ場は無さそうである。


「避けることすらできませんわ……!」


「も、もう…やるしかないか!町の人も困ってるし!」


 真央も覚悟を決め、飛び交う蝶を次々と捕まえにかかるが――


ポンッ! ポンッ! ポンッ!


「わあああああ! どんどん増えてない!?」


「そんなことはないと思うけどさぁ、数が多すぎ!」


「そろそろ本体を見つけないと風邪を引いてしまいますわ……!」


 三人とも全身びしょ濡れで、髪は滴るし、服は肌に張り付いて冷たい。



「ったく、どこにいるのよ、本体!」


 レナはぐっしょり濡れた髪を払いながら、街の広場を駆け抜けた。青い蝶たちはあちこちに舞い、少しでも触れれば破裂して水を撒き散らす。まるで彼ら自身がこの混乱を楽しんでいるかのようだった。


「ま、待ってレナ! 手当たり次第に追いかけても無駄だって!」


 真央も息を切らしながら走る。服はすでに水浸しで、靴の中までぐしょぐしょだった。


「わかってるけど、じっとしてても蝶が飛んできて濡れるだけじゃん!」


「もう十分濡れてますわ……これ以上濡れても変わりません……」


 エリシアもドレスの裾を持ち上げながら、懸命に後を追った。


「フィオナ、もう少しだけ探知範囲を広げられませんか?」


 エリシアが頼るように呼びかけると、フィオナは不機嫌そうにふわりと宙を舞った。


「無理! 全然わかんない!」


「ならもう片っ端から捕まえるしかないね!」


 レナはそう言うや否や、目の前をふわりと舞う蝶に飛びついた。


「よーし! 逃がさないぞ!」


 彼女の手の中で蝶が弾け、バシャッと冷水が降りかかる。


「ぎゃっ!? 冷たっ!」


「レナ大丈夫……?」


 真央が心配しながらも、別の蝶を捕まえようと手を伸ばす。しかし、その蝶もすぐに破裂して、容赦なく真央の顔を水浸しにした。


「ぶっ……!? もー!どうしたらいいの!?」


「よし、総力戦だ! みんな全力で捕まえていくよ!」


 レナの掛け声とともに、一行は街中を駆け巡る。屋根の上、広場の噴水の周り、商店の軒先……

蝶は至るところに舞い、次々と弾けては水を撒き散らした。


「ひゃっ! またやられた……!」


「うぅ……寒い……」


 エリシアがぶるっと震え、真央も髪から水が滴るのを気にしながらも蝶を追いかける。


「あっちにまとまってる! どれかが本体な気がする!」


 レナが指差した方向には、ひときわ大きな群れがあった。


 三人は群れに駆け寄る。


「……くっそ~~~!本体が居そうなのに数多すぎ!」

レナが濡れた髪をかき上げながら悔しそうに叫ぶ。


「もう……いい加減にしなさい!」


 ついに我慢の限界が来た真央が、蝶の群れの中に飛び込み思い切り手を伸ばす。


ガシッ!


 真央の手が一匹の青い蝶をしっかりと包み込んだ。捕まえられた蝶はバタバタと羽を動かし、ぷるぷると震えている。周囲に飛んでいた蝶たちは、まるで合図を受けたかのようにふわりと舞い上がり、大きな水飛沫となって消えていった。


「や、やだなぁ……ちょっとした悪戯だったのにぃ……そんな怖い顔しないでよぉ……」


 真央の手の中で、蝶はぼやけるように輝きながら小さな少女の声で呟いた。その声はふざけた調子ではあったが、どこか諦めの色も滲んでいる。


「ちょっとした悪戯? こんなに街の人を困らせておいて?」


 真央がじとっと睨むと、蝶は気まずそうに羽をぱたつかせた。


「だってぇ、水遊び楽しいし……みんなにも楽しんでほしかったんだもん……」


「それを"迷惑"って言うのよ!」


 フィオナがぷんぷんと怒りながら飛び回る。


「こんな水びたしにされて、真央が風邪引いたらどうするの!」


「うぅ……そんなに怒らなくてもいいじゃん……」


 蝶の輝きが少ししょんぼりとしたものに変わる。


「じゃあ、どうすれば許してくれるの……?」


 真央は一瞬考えたあと、すっと手を差し出した。


「契約して、ちゃんと私の言うことを聞きなさい。」


「えぇー……契約ぅ? めんどくさーい……」


「めんどくさくない!」


 レナがずぶ濡れの髪を払いながら言う。


「真央と契約すれば、もっと楽しく遊べるかもしれないじゃん? それに、真央ならきっと面白いことに巻き込まれるよ?」


「……ん? 面白いこと?」


 蝶はピクッと反応した。


「楽しいならそうしようかな!」


 蝶はくるっと宙を舞い、真央の前に浮かび上がった。


「わかったよぉ、契約するよ! でも楽しくなかったらすぐいなくなるからね!」


「また勝手に悪戯したら承知しないからね。」


 真央がきっぱり言うと、蝶は小さく笑い、ふわりと羽を広げた。すると、青白い魔法陣が二人の間に浮かび上がる。蝶が光に包まれ、輝く水滴が弾けるように宙に舞う。


「私はアクアリス。いたずら好きで水遊びが大好きな精霊! これからよろしくね!」


「よろしくねアクアリス!」


 真央は微笑ながら水の精霊を手のひらに乗せる。

 

 契約の証となる青い光が真央のローブに吸い込まれていく。


「ふふーん! これから楽しくなるといいなぁ!」


「楽しいかどうかは、君の行い次第だよ。」


 フィオナがじと目で睨むが、アクアリスは気にした様子もなく、真央の肩にふわりと乗った。


「やっと終わりましたわね……」


 エリシアがほっと胸を撫でおろす。


「よ~~し! これで解決っしょ!」


 三人はようやく落ち着いて、びしょ濡れの服を絞り始めた。


「てかさ、真央……びしょ濡れもセクシーでいいね~?」


「……は?」


「服がちょっと透けてるし、いい感じじゃない? ほら、こう、色気あるっていうか!」


「レナ……少し黙ってくれない?」


「でも私も同感ですわ。濡れた髪が肩に張り付いて、なんというか……儚げな美しさが際立っていますわね」


「え、エリシアまで!?」


「ふふっ、真央は自覚がないみたいですけど、本当に魅力的ですわよ?」


「……ほんとにもう!」


 呆れつつも、真央の頬はほんのり赤く染まっていた。



 水の精霊との契約を終え、街を悩ませていた水浸しの事態も収束した。元凶である精霊も真央の肩にちょこんと止まっている。


「ありがとう!おかげで助かったよ!」

「もうずっとこのままかと思ってたんだ!」


 街の人々が次々と感謝の言葉をかけてくる。ずぶ濡れのまま立っている真央たちは少し気恥ずかしくもあったが、ここまで感謝されると悪い気はしない。


「お礼に何かできることがあれば言ってくれ」


「それならさ、お風呂借りれたりする?」

レナがずぶ濡れの服をつまみながら言うと、宿屋の主人が大きく頷いた。


「もちろん!ちょうど大浴場を掃除したばかりだから、好きに使ってくれ!」


 そこへ、カインが勢いよく駆けつけた。


「やりましたね!これで街も元通りです!」


「おっ、カインもびしょ濡れだね」


 レナが笑いながら言うと、カインは肩をすくめた。


「ええ、最後の最後にあの蝶め、頭上で弾けやがりました……とんでもない精霊ですね」


「まぁまぁ、無事解決したんだからいいじゃん」


「そうですね。皆さん、本当にお疲れ様でした」


 四人は水を滴らせながら宿屋に向った。



「ふぅ〜、極楽〜!」


 浴場には湯気が立ち込め、心地よい温かさが体に染み渡る。レナは大きく伸びをしながら湯に浸かり、満面の笑みを浮かべた。


「やっぱりお風呂って最高〜!」


「本当に……さっぱりする……」


 真央も隣で肩までお湯に浸かり、深いため息をつく。精霊探しでさんざん水を被りまくったせいで体は冷え切っていたし、服も髪もぐっしょりだった。こうして温まれるのは何よりのご褒美だった。


「ふふ、ずぶ濡れの真央も可愛かったけど、こうしてお風呂でぽかぽかしてるのも最高だね」


「だからその微妙な褒め方やめてよ……」


 真央が頬を膨らませると、レナは楽しそうにくすくす笑った。


「でもさすが真央だよね。新しい精霊と契約までしちゃって!」


「……まぁ、私もこうなるとは思ってなかったけどね」


 真央は湯の中で足をゆるく動かしながら、少し照れくさそうに呟く。その様子を見て、レナがふと思いついたように笑みを浮かべた。


「ねぇ真央、髪洗ってあげよっか?」


「えっ?」


「前に約束してたし、真央もお疲れだしいいじゃん?」


 レナはすでに湯から上がり、桶を手に持っている。真央は一瞬迷ったが、レナの期待に満ちた瞳を見てため息をついた。


「……まぁ、いいけど変なことしないでよ?」


「やった♪」


 真央がモジモジしながらお湯から上がる。


「じゃあ、座って座って!」


レナは湯桶を片手に、もう片方で真央の肩をぽんぽんと叩いた。


「ねぇ、ほんとに洗うの……?」


「もちろん!」


 真央は少し戸惑いながらも椅子に座る。レナはすぐに後ろに回り込み、真央の髪を手に取った。


「わぁ……やっぱり真央の髪、サラサラで綺麗だね〜」


「……そんなことないでしょ」


「あるって! いつもツヤツヤしてるし、触り心地もいいし……うん、やっぱり私のお気に入りに認定しよう!」


「何それ……」


 恥ずかしそうにしながらも、真央はされるがままにしていた。


 レナは桶でお湯をすくい、ゆっくりと真央の髪にかける。温かいお湯が髪を伝い、背中をつたって流れていく感覚に真央はふっと息をついた。


「気持ちいい?」


「……まぁ、悪くない」


「よしよし、それなら遠慮なく洗っちゃお〜♪」


 レナは手のひらにたっぷりと泡立てたシャンプーをとり、真央の髪に馴染ませる。指先が優しく頭皮をなぞるようにマッサージし、細かく泡を立てていく。


「おぉ〜、いい感じに泡立つね!」


「そんな実況しなくていいから……」


「でも、ほんとに綺麗な髪だよね。お手入れちゃんとしてるの?」


「……まぁ、一応」


「ふーん。やっぱり真央って女子力高いよね」


「そうかなぁ…?」


「まぁ、私ほどじゃないけどね!!」


「……どこが?」


「ちょっと!? そこは褒めるとこでしょ!」


 わいわいとやり取りしながら、レナは丁寧に指を動かし続ける。力を入れすぎず、かといって弱すぎず、ちょうどいい加減のマッサージに、真央は次第に力が抜けていった。


「……なんか、気持ちよくなってきた」


「えへへ、よかった♪ もっと気持ちよくしてあげるね〜」


 レナはくすくす笑いながら、もう少しだけ指先に力を込めた。円を描くように、根元から優しく揉みほぐしながら洗っていく。


「ん……」


 思わず真央の口から小さく息が漏れる。それを聞いたレナは、ちょっと楽しそうに微笑んだ。


「ねぇねぇ、真央って意外と素直だよね?」


「うるさい……」


「ふふ、照れなくていいのに〜」


 真央の髪を丹念に洗ったレナは、泡を流すためにまた桶の水をすくい、慎重に真央の頭にかける。


「よし、終わり! どう? さっぱりした?」


「……うん。ありがと」


「やった〜! じゃあ、今度は私の髪もお願いしよっかな♪」


「えっ、私が?」


「もちろん! 私もお疲れなんだから!」


「……仕方ないな」


 こうして、今度は真央がレナの髪を洗うことになり、二人の距離はまた一歩縮まるのだった。


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