まずは呪いの解除から
ひとしきり枕投を楽しんだあとエリシアが不安げな表情で言った。
「早く学園に戻らないといけませんわ…」
しかし、レナは首をかしげる。
「でも、魔法の馬車が来るまであと3日あるよ?」
エリシアはため息をついて、申し訳なさそうに言った。
「それを待つ時間がありませんわ……誰かに馬車を出してもらうしか……」
真央は腕を組んで考える。
「カインがまだ街にいるなら、出してくれないかな……?」
すると、レナが不満そうに頬を膨らませた。
「えぇー! せっかく魔法の馬車に乗れると思ったのに!」
真央も実はレナと魔法の馬車に乗るのが楽しみではあったが、エリシアの状況を考えて諭す。
「エリシアさんを退学にさせるわけにはいかないでしょ」
「うぅ……」
レナは納得できない様子で唸ったが、すぐに真央が優しく微笑む。
「また今度、二人で乗りに行こう?」
レナはしばらく考えたあと
「……絶対だからね!」
と念を押して、しぶしぶ納得した。
エリシアはそんな二人を見て、小さく微笑むとぺこりと頭を下げた。
「ご迷惑をおかけします……ありがとうございます」
翌朝、三人はカインを探すために市場へと向かった。市場は活気に満ち、色とりどりの屋台が立ち並び、行商人たちの威勢のいい声が響いていた。
「この人混みの中からカインを探すのって、けっこう大変そうだね」
真央が周囲を見渡しながら言う。
「手分けしたほうが早いかも!」
レナが腕を組んで得意げに言うと、エリシアも頷いた。
「では、私もお手伝いしますわ」
三人は市場を三方向に分かれて探すことにした。
レナは比較的落ち着いた雰囲気の食材市場のエリアを歩きながら、カインらしき人物を探していた。
「すみません、このあたりで金髪で緑の帽子をかぶった旅商人を見なかった?」
周囲の商人たちに尋ねるも『さぁなぁ』と首をかしげられるばかりだった。
「帽子ならいろんな人がかぶってるしなぁ…うーん、困ったな」
立ち止まり考えていると、果物屋のおばちゃんが声をかけてきた。
「あんた、さっきの話してるのカインのことじゃないかい? なら、あの通りを奥に行ったとこで見たよ」
「ほんと? おばちゃん、ありがと!」
レナはその情報を持って、急いで集合場所へと戻った。
一方の真央は、革製品や衣類を売る屋台が並ぶエリアでカインを探していた。
「金髪で緑の帽子の行商人のこと知しりません?」
「あぁ、あの若い行商人か? たまに見かけるが、今日はどうだったかなぁ」
「そうですか…ありがとうございます」
わずかに手がかりを得たものの、はっきりした情報は掴めない。
「うーん…やっぱり市場は広いし、簡単には見つからないか」
エリシアも市場の別のエリアでカインを探し始めた。しかし、彼女にはカインの顔はおろか、どんな話し方をするのかも分からない。
(ええと…確か金髪で緑の帽子をかぶっている行商人を探すのでしたわね)
周囲を見渡しながら、それらしい人物を探すが、帽子をかぶっている商人は多く、金髪の人もちらほらいる。しかし、どれがカインなのか判断がつかない。
「すみません、この市場に金髪で…ええと、緑の帽子をかぶった行商人は…」
通りすがりの商人に尋ねるが、『さぁ、そんなやついたかな?』と適当に流されてしまう。
(うぅ…やはり、もっと特徴を聞いておけばよかったですわ…)
焦れば焦るほど、何をどう探せばいいのか分からなくなり、結局、何の情報も得られぬまま集合場所へと戻った。
ちょうど同じタイミングで真央とレナも戻ってきた。
「エリシアさん、カインさんの情報何か掴めました?」
真央が尋ねる。
「それが…私、カインさんのお顔を知りませんでしたので…」
レナが苦笑しながら
「そりゃそうだよね」
と肩をすくめた。
「でも大丈夫! レナがちゃんと手がかりを見つけてくれたみたいです!」
「さすがでしょ!!」
レナは満足げに胸を張る。
「では、さっそく向かいましょう!」
エリシアも気を取り直し、三人は市場の奥へと向かうのだった。
市場の奥、人通りの少ない路地で、ついに真央たちはカインを見つけた。
「カイン!」
真央が声をかけると、壁際にしゃがみ込んでいたカインが ピクッ と反応する。
カインはフードを深くかぶり、何かを隠すように うずくまっていた。
「……あ、あの……ぼくはカインではないニャ……」
「いや、カインでしょ」
真央がツッコむと、カインはビクッ!!と肩を震わせた。
「どうしたの? てか、なんか様子おかしくない?」
レナが近づこうとすると——
「ひゃっ!?」
カインは 四つん這い になり、猛スピードで駆け出した。
「えっ!? なにあれ!??」
真央が驚くのも無理はない。
カインの走り方が、まるで猫そのものだったのだ。
手足を交互に動かし、地面を蹴って高いところもひょいひょいと登っていく。
「ちょ、待て待て待て!!」
レナがダッシュで追いかける。
カインは市場の雑踏の間を器用にすり抜けながら逃げ回り、レナは必死に後を追った。
「ちょ、カインってこんなんだっけ!? あの走り方どうなってんの!?」
「やめてくださいニャー!! 、ついて来ないでくださいですニャ!!!」
「ニャ?なにそれ!気になるじゃん!!」
市場のあちこちで商品を並べていた店主たちが、突然の猫走りにざわめく。
「な、なんだあれ!?」
「猫!? ……いや、人!?」
「カイン!! 観念しろってー!!」
レナは道の角でカインが飛び越えた木箱を踏み台にし、勢いよく カインにダイブ!!
「にゃーっ!??」
「つっかまえたー!!」
レナはカインの腰にしがみつき、そのまま二人して市場の地面に転がった。
すぐに真央とエリシアも追いつく。
「あの動きについて行けるレナさんもすごいですわね…」
エリシアは息も絶え絶えである。
レナはカインのフードを引っ張り、隠していた顔を露わにした。
「本当にカイン……なの?」
カインは観念したように、ぴょこっと生えた猫耳を伏せて小さく頷いた。
そして、恥ずかしそうに 顔を赤らめながらこう言った——
「……見ないでくださいニャ……」
「にゃ……?」
真央とレナは目を見開く。
エリシアはそれを見てやっぱり、というように頷いた。
「これは……呪いの装備ですわね。」
『呪いの装備』と聞いて、レナはキラキラと目を輝かせた。
「えっ、何それ!異世界っぽい! カイン、見せて見せて!」
「やめてくださいニャ!!」
カインは耳をぴょこぴょこ動かしながら、身を縮こませる。
どうやら、完全に猫になったわけではないものの、耳と尻尾が生えて、体の動きまで猫っぽくなってしまっているようだ。
真央は心配そうにカインに聞く。
「……それ、どうしたの?」
カインはしょんぼりしながら答える。
「市場の入り口付近にいたダクシアの行商人から、『俊足の靴』 っていうのを買ったんですニャ……試しに履いてみたら呪いが発動して靴も脱げなくなってこの有様ニャ…」
エリシアが頷く。
「やはり……。最近ダクシアでは、呪われた装備が多く流通しているという話を聞いたことがあります。」
「じゃあ、この猫っぽくなるのも呪いなの?」
と真央が聞くと、エリシアは真剣な表情で続けた。
「ええ。『俊足の靴』と言うだけあって多少早くなっているみたいですが、その代償に猫っぽくなるみたいですわね」
「猫っぽくなる……なんでそんな呪いを……」
真央には理解が及ばなかった。
その瞬間、カインがビクッと震え、 じっと一点を見つめた。
次の瞬間—— ぴょんっ!!
「えっ!? ちょっ、どこ行くの!?」
カインは全速力で近くに落ちていた紙くず を追いかけていった。
「あぁ……これじゃ行商人の仕事どころじゃないよね……」
真央が呆れたように言う。
「可愛い〜!」
レナは大喜びしながら、ひょいっと紙くずを投げた。
カインは無意識にそれを追いかけ、両手でキャッチ。
「……ハッ!? 何をやってるんですニャ!!?」
カインは耳を伏せて、しっぽを丸めてうずくまった。
「えっと、それで、この呪いってどうすれば解けるの?」
とレナが聞くと、エリシアは少し考えてから答える。
「呪いの装備は、通常聖水や高位の解除魔法で解呪できますが、 ダクシア製の呪いの装備は 普通の手段では解除が難しいことで有名ですわ。」
「そのとおりですニャ…自分の仕入れた品で呪いにかかるなんて行商人失格ニャ…」
カインが悲しそうに呟く。
「ですが、呪いをかけた本人が解除の方法を知っていることが多いので……その行商人を探せば、解き方がわかるかもしれませんわね」
「カインを助けるにはそうするしかないのかな…」
「そ、そうしてくれると助かりますニャ……」
カインは情けない声を出しながら、自分の ピクピク動くしっぽ を押さえ込んでいた。
「でも、その偽物を売りつけた人がまだ近くにいるとは考えづらいですわね。」
エリシアが冷静に推測する。
「確かに……こんな呪いの装備、売れたら文句を言われる前にすぐに逃げるよね。」
真央も納得した。
「ってことは、呪いを解く方法も自分たちで見つけるしかなくない?」
レナは腕を組みながら考え、ふと手にしていた 勇者の剣をじっと見つめた。
そしてハッとひらめいたように顔を上げる。
「てかさ、この剣なら呪いくらい解けるんじゃね!?リヴィアはんが私にかけた呪いも解けたくらいだし!」
そう言うや否や、レナは勢いよく剣を構えた。
「ちょ、ちょっと待ってくださいニャ!? なにをするんですニャ!?」
カインが 四つん這いのまま後ずさる。
「大丈夫大丈夫~! ちょっと当てるだけだから☆」
レナは剣を振り上げ、 思いきり振り下ろした……かと思いきや、刀身をちょんっとカインの靴に当てた。
すると、靴がピカッと光り、次の瞬間 スポンッ!とカインの足から外れる。
呪いが解け、猫耳と尻尾も消えた。
「おぉ~! レナすごい!神業!」
「レナさんさすがです!今の力は一体なんなんですか!?」
「いや〜私にかかれば呪いなんてこんなもんよ!」
レナはやっと褒めてもらえて満足げである。
「はぁ……助かりましたニャ……じゃなくて、助かりました……!」
カインは感謝しながらホッと胸をなでおろした。
しかし、ここでレナが悪い顔をする。
「……ねぇ、せっかくだし真央も装備してみない?」
「は!? なんで!?」
真央が全力で拒否する。
「だって~? 絶対可愛くなる じゃん?」
レナはニヤニヤしながら呪われた装備を手に取った。
「ちょ、ちょっと待って!? なんでそうなるの!? いやいやいや、やめ――!」
真央は慌ててエリシアに助けを求める視線を送る。
しかし、エリシアは 微笑みながら首を傾げた。
「まぁ、猫っぽくなるだけですし、解除方法もわかってるのでいいんじゃないかしら?」
「いやいやいや、 よくないよくない!!」
「最近、真央ってば私のお願いあんまり聞いてくれなくない…?」
レナが わざとらしく拗ねる。
「そう言われたらそんな気もするけど…」
真央はなんとなくレナに申し訳なくなった。
「……わかった、ほんのちょっとだけだからね?」
観念した真央は呪いの装備を履いた。
呪いの装備が光り真央を包む。
光が消えると髪がふわっと逆立ち、頭には猫耳、腰からはふさふさの尻尾が生えた真央がいた。
「~~~~っ!!!?」
真央は耳を伏せて尻尾をくるっと巻き込み、顔を真っ赤にして震える。
「思ったより恥ずかしいニャこれ!!」
「 うっっっわ!! めっちゃ可愛い!!」
レナが 感動したような声を上げる。
「わぁ……これは確かに……」
エリシアも 感心したようにうっとりと眺める。
「……あ、あんまり見ニャいで……っ!!」
真央は涙目で耳をぺたんと伏せ、顔を覆った。
レナがついニヤニヤしながら真央に近づく。
「あ〜、やばい!真央、可愛すぎる!!」
レナは真央のネコ耳にそっと触れてみる。
「ふわっふわだ〜!めっちゃ気持ちいい!」
真央は顔を赤らめ、耳をぴくっと動かし後ずさる。
「ちょ、ちょっとやめてニャ…!すっごい恥ずかしいニャ!」
しかし、そんな真央をレナが放っておくはずもなく次は尻尾に手を伸ばす。
「うわっ、尻尾も可愛い〜!触っていいよね?」
レナが尻尾の先に軽く触れる。
「にゃんっ!?」
「何その反応…!まじで可愛すぎるわ…!」
真央は恥ずかしさに耐えかねて尻尾を振りながらレナから逃げようとする。
「ぼ、僕はちょっと席を外してますね…」
カインは何かを察してその場を離れた。
「やっぱりお二人は……!!」
エリシアは見ているだけなのにドキドキし始めていた。
「もうそろそろやめてくれニャい…?」
「こんなに可愛いんだからもっと見せてよ〜!」
レナはさらに手を伸ばし耳や背中や顎の下を撫でる。
真央はレナに撫でられるたびビクッと反応してしまいさらに顔を赤らめる。
「もー!しっかりしてニャ!レナ!!」
「うふふ〜、ほんと真央可愛い。今日は1日猫で過ごしてみない?いっぱい可愛がってあげるよ?」
「無理ニャ!!」
興味が湧いてきたエリシアが言う。
「あの、わたくしも少しだけ触らせてもらっていいですか…?」
「 はやく解いてニャァァァア!!」
真央の 必死な訴え に、レナは名残惜しそうにしながら剣を取り出した。