異世界バイトは酒場から
宿屋で少し休憩した後、真央とレナは受付の女性に役場の場所を尋ねた。
「役場ですか? この通りをまっすぐ進んで、大きな噴水のある広場の向こう側にございますよ」
「ありがとうございます!」
礼を言い、二人は役場へと向かう。街はにぎやかで、道端では商人たちが果物や雑貨を売り、子どもたちが楽しそうに駆け回っている。異世界という実感はまだ薄いが、現代の世界とは明らかに違う雰囲気だ。
通りの一角に小さなアクセサリー屋があった。店の前には色とりどりのガラス細工や、きらびやかな装飾が施された指輪やネックレスが並べられている。
「おっ、見て見て真央!」
レナが足を止め、ショーケースに張り付くようにしてアクセサリーを眺める。
「わぁ、きれい……」
真央も思わず見入ってしまう。繊細な細工が施されたネックレスやブレスレットが、日の光を浴びてキラキラと輝いていた。
「ねえねえ、これとかどう?」
レナが指差したのは、シンプルながらも華やかなピンクの宝石がついたブレスレット。
「確かにレナっぽいね」
「でしょ? でもね、こっちの色違いもあるんだよ」
レナは隣に並んでいた、同じデザインで淡いブルーの宝石がついたブレスレットを指差した。
「これ、二つ合わせるとペアアクセみたいになってるんだよね。ね、真央とおそろいでつけたい!」
「えっ、お揃い!?」
真央は思わず顔を赤らめた。
「だってさ、せっかく異世界に一緒に来たんだから、こういうのあってもよくない?」
「う……まぁ、気持ちは嬉しいけど……」
真央は財布事情を思い出し、現実に引き戻される。
「でもダメ! お金がない!」
「え~~!?」
レナは大げさに肩を落とす。
「お金稼いだら絶対買うから! そしたら真央も一緒につけてね!」
「そ、その時考える……」
真央は悩みながら、どこか嬉しい気持ちになり、レナと一緒にまた歩き出した。
やがて大きな噴水のある広場に出て、その向こうに立派な石造りの建物が見えた。
「きっとあれが役場だね。」
「よーし、お仕事探すぞー!」
レナはやる気満々で役場の扉を押し開けると、中は思ったよりもシンプルな作りだった。壁に大きな掲示板があり、そこにたくさんの依頼書が貼られている。
「こういうのって、やっぱりモンスター討伐とか多いのかな…?」
真央は慎重に張り紙を眺める。なるべく安全そうな仕事を探したかった。
「お、これとかいいんじゃない?」
レナが指差した依頼書を見ると、そこには――
「えっと……『夜中に鳴き続ける幽霊の正体を突き止めてください』……いや、それはちょっと……。」
「えー? なんか面白そうじゃん?」
「面白くないから! 普通に怖いし、幽霊とか絶対危ないって!」
「もしかして真央って幽霊とか無理なタイプ?なんか意外、あーじゃあこっちは?」
レナが次に指差したのは――
「『100匹のスライムを踏み潰してくれる人募集』……」
「……なんで潰すの……?」
「知らないけど、なんか楽しそうじゃない?」
「いやいやいや、なんか嫌な予感しかしないんだけど、こんな依頼出す人は絶対変人だって!」
突拍子もない仕事ばかり持ってくるレナに真央は頭を抱えた。
「そういえば私、バイトしたことないから、どんな仕事がいいのかよくわからないんだよね……」
「えっ、マジ? 真央ってバイト経験ゼロ?」
「うん。ずっと実家から仕送りしてもらってたし……」
「じゃあ、無難に飲食店とかどう?」
レナが依頼書を見渡すと酒場の臨時スタッフの募集を見つけた。
「おお、これなら簡単そう!」
「うーん……確かに飲食店なら、接客とか皿洗いとかだよね……。」
「それにさ、異世界といえば酒場で情報収集が基本じゃん!」
レナが得意げに言う。
「まあ……確かに……」
真央も納得し、二人は酒場の臨時スタッフの仕事を受けることに決めた。
真央とレナは依頼主の酒場に向かった。建物は木造で、扉を開けると開店前の綺麗に清掃された店内が広がっていた。カウンターの奥でグラスを磨いていたマスターが、2人を見るなりにこりと笑う。
「おや、仕事の依頼を見てきたのかい?」
「はい、よろしくお願いします!」
レナが元気よく挨拶する。
「よ、よろしくお願いします……!」
真央は少し緊張しながら頭を下げた。
マスターは目を細めて笑った。
「こんな若い子が2人も来てくれるとはありがたいね。面接ってほどじゃないけど、簡単に自己紹介してもらおうか」
レナは堂々と自分の名前を名乗り
「居酒屋さんでバイトしてたことあります!接客は得意!」
と自信満々にアピール。
対して真央は少し戸惑いながら
「えっと……接客は未経験ですが、頑張ります……!」
とぎこちなく答えた。
「やる気があれば十分さ! それじゃ、早速今夜から頼むよ!」
こうして2人は無事採用され、夜の営業から働くことになった。
レナはまるで昔から働いていたかのような手際の良さで、客と軽快に会話しながら注文を取る。一方の真央は緊張で手が震えつつも、一生懸命動き回る。
「お、お待たせしました!」
真央が必死に料理を運ぶ姿と、余裕たっぷりのレナの対比が面白かったのか、店の客たちはすぐに2人に注目し、店内は一層盛り上がっていた。
「お姉ちゃん、頑張れー!」
「こっちの子はしっかりしてるな!」
「いやいや、ぎこちない方も応援したくなるぞ!」
そんな声が飛び交い、酒場は大繁盛。
閉店後、マスターは満足げに2人に声をかけた。
「お前たちのおかげで、今日はいつも以上に客が楽しんでくれたよ。本当に助かった!」
そして、今日の給料とともに賄いとして晩ご飯を出してくれた。
「やった! アクセサリー購入への第一歩!」
レナは嬉しそうに給料袋を受け取り、料理に手をつける。そして、テーブルに置かれた酒瓶をじっと見つめた。
「せっかくだし、ちょっと飲んでみようかな~」
「ダメ!レナまだ19歳でしょ!」
真央が即座に止める。
「え~、異世界にお酒は20歳から!みたいな法律ないでしょ」
「法律とかじゃなくて! レナはまだ未成年なの!」
「異世界では成人扱いかもしれないよ?」
「ダメなものはダメ!」
拗ねたレナは仕方なく諦め、2人はおいしく食事を終えた。
宿屋に戻ると、レナはすぐにベッドに倒れ込んだ。
「もう無理、寝る……」
「ちょっと! ちゃんとお風呂入ってから寝なさい!」
「むーりー……」
レナは布団にくるまりながら、ちらりと真央を見て言った。
「じゃあさ、真央がお風呂に入れてくれるなら、入る……」
「なっ!? ば、馬鹿なこと言わないで!」
「だって疲れたもん~」
「だからって……!」
レナは甘えるように真央にしがみついてくる。
「ねぇ、一緒に入ろ? そしたらちゃんと入るから!」
「……はぁ、もう……しょうがないな……」
真央は顔を赤らめながらも、レナを起こし、一緒に浴場へ向かった。
浴場には湯気が立ち込め、ほんのりとした温かさが心地よい。真央は桶にお湯を汲んでレナの背中にかけた。
「ほら、ちゃんと座って。まずは髪から洗うよ」
「ん~、よろしく~」
レナはだらんとした姿勢のまま、完全に真央に甘えきっている。
「もう……自分で洗う元気もないの?」
「うん、今日は頑張ったもん。だから真央が全部やって?」
「はぁ……仕方ないな」
真央は呆れつつも、桶にたっぷりのお湯をくみ、レナの長い髪を濡らす。指を通しながら優しく洗っていくと、レナが気持ちよさそうに目を閉じた。
「ん~、気持ちいい……真央、上手じゃん」
「そうかな…人の髪なんて洗ったことないからよくわかんない…」
泡立ったレナの髪を丁寧に洗い流し、続けて身体を洗う。
「はい、腕上げて」
「ん~……」
「しっかり上げて!」
「だって気持ちいいし~」
「……まったくもう」
真央はスポンジでレナの腕を洗い、背中も優しくこする。くすぐったそうに体を揺らすレナを押さえながら、しっかり洗い終えた。
「よし、流すよ」
再びお湯をすくい、泡を洗い流す。
そして湯船につかるとレナは満足そうにのんびりしていた。
真央も手早く身体を洗うと湯船に浸かり1日の疲れを癒した。
「ほら、湯冷めしちゃうから拭くよ!」
風呂上がり、真央はタオルを手に取り、レナの髪をぽんぽんと優しく拭き始めた。
「髪の毛長いから大変だね」
「ん~、でも真央に拭いてもらえるなら大変じゃないよ~」
「……はいはい」
髪をしっかり拭き終えると、続いて身体も丁寧に拭いていく。レナがやたらとリラックスした表情をしているのが気になったが、何も言わずに仕上げた。
「はい、これで完了。もう自分で着替えてね」
「え~、最後までやってくれてもいいのに~」
「自分でやって!!」
レナのわがままに赤くなりながら反論する真央。
レナはにんまりと笑いながら真央を見つめた。
「ねぇねぇ、明日は私が真央をお風呂に入れてあげるね!」
「……え?」
真央はタオルを畳んでいた手を止め、顔をピクリと引きつらせる。
「だって、今日真央が私を洗ってくれたでしょ? だから明日は私の番!」
「いや、いいよ。自分でちゃんと洗えるし……」
「ダメダメ! 今日は洗ってもらったんだから、お返ししなきゃ!」
レナはやる気満々で拳を握りしめている。真央は一瞬、その言葉に心が揺らぎかけた。
(レナが……私を洗ってくれる……?)
ふと想像してしまい、思わず耳まで赤くなる。
「……っ、い、いいから! 自分でできる!!」
「えー? なんで? ちゃんとゴシゴシ洗ってあげるし、髪の毛もぐしゃぐしゃにして――」
「ほら! 絶対遊びだす気でしょ!! もう信用できない!! 絶対に任せない!!」
真央は勢いよく断る。
「えぇ~、じゃあ一緒に入るのは?」
「……うっ……」
レナが無邪気に覗き込むように言うと、真央はぎゅっとタオルを握りしめた。
(さすがに、さすがに毎日一緒に入るのは……でも……)
「……し、仕方ないから、それは許す……」
真央は顔をそらしながら、小さな声で答えた。
「おっ! いいの!? やった!」
「でも、洗うのは自分でやるからね!! 変なことしたら即退場だから!!」
「はいはい、わかってますよ~♪」
レナは軽く手を振りながら、上機嫌でベッドの方へ向かっていく。
(なんでこんなことになったんだろう……)
真央はため息をつきながらも、ほんの少しだけくすぐったい気持ちになっていた。