精霊術師の第一歩は森の花から
訓練初日の夜、真央とレナは布団の中でまた隣り合いながら横たわっていた。
「なんかさ、今日一日、めっちゃ疲れたね…」
真央がぼそっと呟く。
「わかる~。あの呪いのせいで全然手抜きできないしさ」
レナは横を向きながら、手鏡を取り出して顔を確認している。
「でも、ちゃんとやれば呪いは解けるんでしょ?」
「うん、リヴィアさんが言ってたし、多分ね」
二人は一瞬沈黙し、静かな森の音に耳を澄ませた。
「…明日もまた訓練だよね」
「うん。でもさ、今日だってなんとかなったんだから、きっと大丈夫だよ」
レナがそっと真央の手を握る。
「ほら、こうやって手を繋いで寝れば怖くないでしょ?」
「別に怖くないけど…でも、ありがとう」
真央も恥ずかしそうにレナの手を握り返す。二人はそのまま穏やかに眠りについた。
翌朝、リヴィアの朝食の催促で目を覚ました二人は、眠い目をこすりながら食事を済ませ訓練を再開した。
真央は再び花に向き合い、問いかけを続ける。
「…私の声、聞こえますか?」
じっと花を見つめていると、微かに揺れたような気がして、真央は驚く。
「えっ、今…返事した?」
「気のせいじゃない?風じゃね?」
レナが剣を構えながら茶化す。
「そんなことないよ!ちゃんと、返事してくれた気がする!」
一方、レナは剣を振り続けていたが、鏡で自分の顔をチェックするたびに小さな変化に気付く。
「ねえ真央、私ってさ、目尻のシワちょっと増えてない?」
「うーん…ちょっとだけ。でも気のせいかも」
「気のせいじゃないって絶対!ほうれい線まで出てる気がする!…リヴィアさん、これ本当になんとかなるんだよね!?」
「丁寧にやり続ければね。焦らず続けることよ」
リヴィアは穏やかに答えるが、その笑みが逆にプレッシャーをかける。
そして気がつけば1週間が過ぎていた──
7日目の朝。森の中は爽やかな風が吹き、日差しが木々の間から差し込んでいた。真央とレナはすっかり訓練の日課に慣れ、リヴィアに叩き起こされることもなくなっていた。
真央はリヴィアの小屋から少し離れた場所にある花畑で目を閉じて集中する。毎日続けてきた問いかけが、頭の中で自然に流れ出す。
「…どうか、私の声に耳を傾けてください。あなたの力が必要です」
すると、花が微かに揺れた。真央はハッと目を開ける。
「今…動いた?」
真央は再び集中する。手のひらから優しい温かさが広がり、まるで花と心が通じ合うような感覚がした。
優しい風が周囲を包み込み、花びらの隙間から淡い光が漏れ出してくる。その光は次第に強さを増し、やがて真央の目の前で一筋の光の柱となった。
「えっ…で、出てきた…!」
真央が目を見開いていると、光の中から小さな人影が現れた。それは、掌ほどのサイズの美しい精霊だった。
精霊は透き通るような肌を持ち、肩甲骨あたりから薄いガラスのような翅が広がっている。その翅は光を浴びるたびに虹色に輝き、繊細で儚い美しさを放っていた。長くふわりと揺れる淡いピンク色の髪が風になびき、頭には小さな花冠が飾られている。
彼女は柔らかな声で微笑みながら言った。
「ようやく会えた!」
その声は、耳で聞くというよりも心に直接響くような心地よさがあった。
「私を呼んだはあなたよね?」
精霊は小さな手を胸に当て、真央を見上げた。
真央は驚きと感動で息を呑む。
「そ、そう!私が呼びました!でも…本当に呼び出せるなんて…」
妖精はふんわりと浮き上がり、真央の周りをゆっくりと舞い始めた。その翅が空気を切るたび、柔らかな光の粒が散り、辺りはまるで夢の中のように幻想的な光景に包まれる。
「私はこの花に宿る精霊。あなたの心を感じたわ!」
「え…私の心…?」
真央はまだ信じられない様子で妖精を見つめていた。
「あなたの優しさに溢れた心が私を実体化させてくれたの。これからよろしくね!」
精霊が小さな手を差し伸べると、真央は躊躇いながらもその手に自分の指先を触れさせた。ほんの一瞬だったが、不思議な温かさが真央の体を包み込む。
「ありがとう…!」
真央の目には感動の涙が浮かんでいた。
「またいつでも呼んでね!」
そして妖精は再び光の粒になり姿を消した。
後ろで見守っていたリヴィアもその光景に目を細める。
「やったわね、真央。本物の精霊術師の第一歩よ」
一方、広場ではレナが勇者の剣を手に、軽やかに剣を振り回していた。
「ふっ!やっ!ほら、どうだ!私、かっこよくなってない!?」
剣を振るたびに風が切れる音が響き、周囲の草が揺れる。以前のぎこちない動きとは違い、まるでダンスを踊ているような流れる動きだ。
「よし、いっちょ必殺技いってみよう!」
レナは剣を構え、大きく振りかぶった。
「いけっ!"ソード・ファイナル・ドリーム・インフィニティ・フラッシュ"!」
剣から光の刃が放たれ、前方の木をなぎ倒す。
「…おお!これなら魔物なんか一瞬で倒せそう!」
しかし、ちょうどそこに現れたリヴィアは呆れたようにため息をつく。
「レナ、もう少し技の名前をどうにかできないの?」
「えー?かっこいいじゃん!」レナは満面の笑みで剣を掲げる。
「そういえば、なんかお肌が前よりつるつるになった気がする…!これって呪いが解けたってこと!?」
リヴィアはクスリと笑った。
「そうね。呪いを解いただけじゃなく、運動不足解消にもなって体にいい影響が出ているのかもね」
「やった!最強の美少女剣士ってやつじゃん!」
リヴィアのあとから、精霊を呼び出た喜びを隠しきれていない様子の真央が現れ、レナを見つめながら微笑む。
「レナすごいよ!なんだか前より剣が馴染んでる気がする!」
「でしょ!もしかして真央もついに精霊呼び出せるようになった!?」
「うん!!」
真央は首を縦に大きく振る
「精霊呼び出せるってなんか魔法少女っぽいじゃんすごい!」
「魔法少女って…こどもっぽいな…。でも…うん、ありがとう」
訓練の成果を実感する二人を前にして、リヴィアは感慨深げに言葉を紡いだ。
「二人とも、本当に驚いたわ。この短期間でここまで成長するなんて」
「え?そんなに?」
真央が首を傾げる。
「うん!私たち、結構頑張ったもんね!」
レナは胸を張る。
リヴィアは心の中で思う。
(普通は何ヶ月もかかるはずなのに…精霊を呼び出すのも、剣を自在に扱うのも、一週間でできるなんて。もしかして、この二人は本当に伝説の存在…?)
だが、それを口にはせず、いつもの穏やかな笑顔で言った。
「近い内に中央学園に向かいましょう。もっと高いレベルの学びが二人を待っているわ」
「分かりました!」
真央とレナは声を揃えて元気に答えた。
その夜、静けさに包まれた小屋で、真央とレナは花を机の上に置き、もう一度精霊を呼び出すことにした。
「ほんとにまた出てくるのかな?」
レナがワクワクした表情で隣に座る。
「きっと来てくれると思う。昼間も応えてくれたし…」
真央は少し緊張しながら花に語りかけた。
真央が花に優しく語りかけると、ふわりと風が吹き、花が淡く光り始める。光の中から小さな影が現れると、真央はその様子に思わず目を輝かせた。
「わぁ、やっぱり!」
「やっほー!私のこと呼んだ?」
現れたのは、手のひらに乗るほど小さな精霊だった。薄緑色の透明なドレスをまとい、ふわふわと宙に浮かぶその姿は、まるでおとぎ話の妖精そのものだった。
「出てきた!めっちゃ可愛いじゃん!」
レナが驚きながら大きな声を上げると、精霊は腰に手を当て、胸を張る。
真央はその様子から少し呆気に取られながらも精霊に尋ねた。
「そういえば自己紹介してなかったね、私は真央。ねえ、君の名前は?」
精霊は困ったような顔をしている。
「名前?そんなのないよ?…そうだ、真央さんがつけてよ!絶対に可愛い名前ね!」
「え、私が決めるの?急に言われても…」
真央が戸惑うと、レナが勢いよく割り込んだ。
「ちょっと待った!私も考えたい!勝負だ!」
「勝負って…」
真央は苦笑いしながらも名前を考える。
しばらく考えたあとレナが自信満々に提案した。
「よし!『プリズマティック・ゴージャス』!これでどうだ!カッコいいだろ?」
精霊は即座に顔をしかめて首を横に振った。
「やだ!ダサいし意味分かんない!」
「ええー!?なんで!」
レナが悔しそうに叫ぶと、真央は微笑みながら代わりの名前を提案した。
「じゃあ…『フィオナ』ってどうかな?響きが可愛いし、君に似合ってると思う」
精霊は一瞬黙り込むと、大きな瞳を輝かせて叫んだ。
「それにする!フィオナがいい!真央さん、センスあるね!」
「ほんと?気に入ってくれてよかった」
真央は嬉しそうに微笑む。
一方、レナは不満げに口を尖らせた。
「なんだよ~、私のも良かったのに」
フィオナは真央の肩にちょこんと座り、得意げにレナを見下ろす。
「だって、真央さんがつけた名前が一番だもん!真央さん最高!真央さん好き!」
レナは見下されていることが気になった。
「いやいや、真央は私の相棒なんだぞ。私のほうが真央のこと知ってるし、好きだし!」
「そんなの関係ないもん!私のほうが真央さんのこと大好きだもん!」
「はあ!?一番大好きなのは私だし、一番近くで真央を支えてるのも私だし!」
「私は真央さんのために生まれたようなもんなんだから、私のほうが特別だもん!」
二人が言い争いを始めると、真央は顔を真っ赤にしながら慌てて止めようとする。
「ちょ、ちょっと二人とも!なんで私を巡って喧嘩してるの!?」
「だって真央さんのことが一番好きなんだもん!」
フィオナが子どもっぽく主張する。
「いやいや、私のほうが真央に一緒にいてほしいし、大事にしてるから!一緒にシャワーだって入るし!」
レナも負けじと声を張り上げる。
真央はさらに恥ずかしそうに頬を赤く染めながら、手をバタバタさせる。
「やめて!そんな大声で好きとか言わないで!シャワーのことも言わないで恥ずかしい!」
しかし、二人は全く耳を貸さない。
「私のほうが真央さんともっと一緒にいるんだから!」
「いや、私だし!」
真央は顔を隠しながら、心の中で
「なんでこんなことになっちゃったの…」
と嘆く。
その夜、レナは真央の手をいつもより強く握りしめて眠りについたのだった。