異世界での生活は同じ部屋から
リヴィアの小屋の中、真央とレナは粗末ながらも清潔な椅子に座っていた。目の前には暖かいハーブティーが置かれているが、真央の手は震えたままだった。
「さて、これからの話をしましょうか」
リヴィアが優雅にティーカップを持ちながら口を開く。
「この世界には東の国ダクシアと西の国アルディアス、二つの大国があってね。ここは西のアルディアス――比較的穏やかで、魔物の脅威もまだ少ない場所よ。でもね、東の国では状況が悪化しているわ」
「悪化?」
真央が眉をひそめる。
「ええ、魔物が増えてきているの。特に東のダクシアではその勢いが顕著でね。おそらく、魔王の復活がその原因じゃないかと考えられているわ」
「魔王かぁ~!テンション上がるね!」
レナが興奮気味に身を乗り出す。
「上がってる場合じゃないでしょ!」
真央が即座にツッコむが、リヴィアは微笑を浮かべたまま続けた。
「確かにあなたたちは、精霊術師のローブと勇者の剣を持つ特別な存在。でも――」
そこでリヴィアは、二人をじっと見つめる。
「正直、今のあなたたちはただの雑魚よ」
「ざ、雑魚……」
真央はショックを受けたように声を上げた。
「え、マジで?でもあたし剣で狼倒したじゃん!」
レナは反論する。
「それは剣自体の力が強いからよ。あなた自身の実力じゃない」
レナは「むっ」と不満そうだが、リヴィアは容赦なく続ける。
「あなたたちが本当に魔王に立ち向かうには、もっと強くなる必要があるわ。そのためにアルディアス中央学園に行きなさい。そこでは精霊術や剣術を学べるわ」
「学園…?」
真央は少し興味を示す。
「そう、アルディアス中央学園。あそこならあなたたちに適した指導者や環境があるわ」
リヴィアはそう言いながらも、少し険しい顔を見せる。
「ただし、今のままではそこに辿り着く前に魔物にやられてしまうでしょうね」
「さっきは狼が一匹だったから倒せたけど…もしあれが群れだったら太刀打ちできなかった…」
真央が顔を青ざめさせる。
「だから、ここで最低限の訓練をしてもらうわ」
リヴィアがそう宣言した瞬間、真央は真剣な表情で頷いた。
「分かりました…!できる限り頑張ります!」
しかし、隣のレナは既に飽きたようで、椅子に寄りかかりながら
「あー、長い話疲れるわー」
と呟いていた。
「桜井さん、ちゃんと聞いて!」
「いやいや、訓練とかさ、ノリで何とかなるって!」
リヴィアは呆れたように額を押さえた。
「まあ、今日は疲れているだろうから、シャワーを浴びてスッキリしてらっしゃい。着替えはあなた達のシャワーが終るまでに用意しておくわ」
「シャワー!?」
レナが目を輝かせた。
「行こう行こう、白井ちゃん!一緒に入ろうぜ!」
「え、ええええ!? 一緒に!?」
真央は顔を真っ赤にして慌てたが、レナは構わず腕を引っ張る。
「別にいいじゃん!あたしたち女子だし!」
「いやいや、だからって…!」
ほとんど無理やり引きずられながら、真央はシャワールームに連れて行かれた。
蒸気の立ち込めるシャワールーム。真央は恥ずかしそうに体を縮こませながらレナに背を向ける。
「本当、桜井さんって大胆すぎるよ…」
「いいじゃん別に~。てかさ、白井ちゃんもそろそろ『桜井さん』って呼ぶのやめたら?」
「え…?」
「固くね?ここ異世界なんだし、もっとフランクにいこうぜ。下の名前で呼び合おう!」
「 そ、それは…ちょっと…ていうか異世界は関係ないと思う…」
「いいじゃん、ほら。あたしはレナだから!白井ちゃんは?」
「…真央、だけど…」
「おっけー!じゃあ真央ね!これからよろしく!」
「……は、はい…」真央は恥ずかしそうに小さく頷いた。
シャワーを浴び終えた二人は、リヴィアが用意した暖かい夕食を囲んだ。
「明日から本格的に訓練を始めるから、今日はしっかり休みなさい」
「あざっす!マジでこのご飯うまい!」
レナは勢いよく食べ進める。真央はそんなレナを見て少しだけ笑った。
食事を終えた後、リヴィアに案内された部屋には、一つのベッドしかなかった。
「ねえリヴィアさん、この部屋…ベッド一つしかないんですけど?」
真央が困惑気味に尋ねる。
「あら、悪いけど他に用意できる場所はないの。狭い小屋だから我慢してね」
リヴィアはあっさりと言い放った。
「マジ!? まあいっか!一緒に寝ようぜ、真央!」
「え、いや、私は床で寝るとか…」
「だーめ!せっかくベッドあるんだし、二人で使えばいいじゃん!」
レナは強引に真央の肩を叩いて、ベッドへ促した。
ベッドに横になった二人。狭いベッドのせいで、自然と距離が近くなる。
「うわ、狭っ!これ普通に抱きついちゃいそうなんだけど?」
「そんなこと言わないで!気まずいじゃん!」
真央は顔を赤くして少し身を縮めた。
レナは真央の反応を面白そうに眺めながら、ふと真剣な表情になる。
「でもさ、真央…正直言うと、明日からどうなるかちょっと怖いよね」
真央はその言葉に驚いてレナの顔を見た。普段は能天気に振る舞っているレナが、珍しく弱気な発言をしたのだ。
「うん…私も不安だよ。魔物と戦うとか、そんなこと…普通の学生だった私たちには無理だよね」
部屋の中はしんと静まり返り、どこか冷たい空気が漂っているように感じた。
「でもさ…」
レナが小さく呟きながら、真央の手を握った。
「一緒に頑張ろう。二人なら、きっと大丈夫だって」
真央は驚きながらも、少しずつ手を握り返した。
「レナ…ありがとう。私に何ができるかわからないけど、元の世界に帰るために頑張る」
二人は自然と身を寄せ合い、お互いの温もりを感じながら静かに目を閉じた。
「…なんか、こうやって手を繋いで寝るのって、子どものみたいだね」
レナが微笑む。
「そうだね…少し安心するかも」
小さなベッドの上、二人は寄り添いながら、やがて眠りについた。
翌朝、リヴィアが部屋に入ってきて2人を叩き起こす。
「2人ともおはよう。早速だけど、今朝から訓練を始めるわよ。さあ、さっさと起きて朝食を食べてちょうだい」
リヴィアの朗らかな笑顔が部屋を満たす。
「え、えぇ…そんなに急に?」
真央はまだ眠気が抜けないまま布団にくるまる。
「いやいや、朝くらいゆっくりさせてよ~!」
レナも文句を言いながら布団を引き寄せる。
しかし、リヴィアが優雅な微笑みを浮かべながら一歩近づいてくると、二人は本能的に危険を察知した。
「わがままな子達ね…」
パチンと指を鳴らすリヴィア。その瞬間、布団が二人から強制的に引き剥がされ、二人は冷たい朝の空気に晒された。
「ぎゃあ!冷たい!」
「リヴィアさん、何するんですか!」
「ほらほら、時間がもったいないわ。すぐにご飯食べて外へ出てきなさい」
小屋の外に出ると、広がるのは朝露に濡れた美しい森の景色だった。リヴィアは二人を小さな広場へと連れて行き、そこで訓練の内容を告げた。
「まず、真央はあの花と会話すること。レナは剣の素振りをしてもらうわ」
「花と会話!?」
真央が目を丸くして驚く。
「そうよ。精霊術師として自然と心を通わせられなければ、精霊なんて扱えないわ」
真央は頭を抱えたが、リヴィアの穏やかな笑顔の奥に隠された圧を感じ、大人しく頷いた。
「そしてレナ、あなたはこの剣で素振りをしてもらうわね。ちゃんと力を込めて丁寧にね」
「おっけーおっけー、素振りくらい楽勝じゃん!」
レナは勇者の剣を構える。
リヴィアは微笑みながら、さらりと衝撃的な一言を告げた。
「ちなみに、このあなたには呪いをかけておいたわ。」
「……は?」
レナが不安そうにリヴィアを見つめる。
「適当に振ったり、力を込めないで振ると――顔に小じわができるわよ」
「えっ!?」
真央は驚き、レナは叫び声をあげた。
「ちょっと待って!それマジで嫌なんだけど!? なんでそんな呪いなの!?」
「この剣には勇者の誇りが宿っているの。それを軽んじて適当に扱えば、自分も適当な見た目になっていくというわけよ。自業自得ね」
「いやいやいや!それ冗談でしょ!?」
レナは慌てているがリヴィアは穏やかな微笑みのままだ。
「ふふ、どうかしらね。試してみれば分かるんじゃない?」
レナは剣を握りしめ、完全に表情を引きつらせた。
「わ、分かったよ!ちゃんとやる!絶対に手を抜かないから!」
一方、真央は小さな白い花の前に座り込み、そっと花びらに触れてみる。
「えっと…お話、できますか?」
当然、返事はない。ただ風に揺れる花を見て、真央は溜息をついた。
「これ、絶対無理でしょ…。何話せばいいのよ」
「ほら、花の気持ちになって。もっと優しく心を開いて」
リヴィアの声が後ろから飛んでくる。
「優しくって言われても、どうやって…」
真央は困り果てながらも、もう一度目を閉じて集中し始めた。
「よし、まずは真剣に振ってみるか…!」
レナは剣を握り直し、意識を集中して構える。
一振り、二振りと力を込めて剣を振ると、剣から小さな光が放たれた。
「おっ、これならいけそう!」
調子に乗ったレナは、次第に力を抜いて適当に振り始めた――その瞬間、顔にチクリとした違和感が走る。
「えっ!? ちょっと待って!」
慌てて近くの水たまりに顔を映すと、目尻にうっすらと小じわが…。
「いやーーーっ!! 小じわできてるじゃん!!」
リヴィアは遠くから穏やかに声をかける。
「だから言ったでしょう?力を込めずに振ったら、そうなるのよ」
「冗談じゃない!これ元に戻るよね!?」
「さあどうかしら?一応、ちゃんと気を抜かずに訓練を続ければ消える可能性はあるわ。」
「可能性って何よ!絶対戻してよ!」
レナは叫びながら、必死に力を込めて剣を振り始めた。
そんな二人の奮闘を見守りながら、リヴィアは小さく溜息をついた。
「ふう、これで彼女たちが少しでも戦えるようになればいいけど…。まだまだ道のりは長そうね」
リヴィアの指導の下、真央とレナの訓練の日々が始まったのだった。