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停電と月夜

前回に引き続き暗めのお話しです。

比喩表現多めで少し浮世離れした物語にしてみました。

 第7話



 体育館に響き渡る、けたたましい雷鳴。

 まるで、体育祭のリレーのスターティングガンのような音だった。

 鉛色の雲が体育館を覆い、雨粒が容赦なく窓ガラスを叩きつける。

 体育祭に向けて練習に励んできた体育館で、湿った体操服の匂いが体育館中に漂い、空気を一層重くしていた。

 停電で真っ暗になった体育館に、わずかに残る外の光が、薄暗い影を落としている…。

 一条さんの顔が、その影の中にぼんやりと浮かび上がった。

「怖いよぉ…。」

 一条さんの声が、私の心に響いた。

「大丈夫だよ、ただの停電だから。」

 まるで迷子の子犬のように、私の腕にしがみついてくる一条さんの小さな体を、私はぎゅっと抱き寄せた。

 さっきまで体育館中に響き渡っていた生徒たちの賑やかな声も、今は静まりかえっている。

 まるで、時間が止まってしまったかのようだ。

「なんか、一気に寒くなった気がする…。」

 窓の外には、誰もいない遊園地の観覧車のように、ゆっくりと回っている雲が見えた。

「彩葉さん…」

 一条さんの声が、私の耳元で震えている。

 私は、一条さんの顔を覗き込んだ。

 雨に溺れたアスファルトのように、光を失っている瞳…。

「大丈夫だよ。もう少しすれば明かりがつくから。」  

 私は、一条さんの頭を優しく撫でながら、そう言った。

 停電と言っても、学校の中の出来事。

 きっと今、先生たちが必死になって復旧作業をしているに違いない。

 しかし、一条さんの震えは、停電の暗闇よりもずっと深い何かから来ているように感じる。

 まるで、過去の出来事がフラッシュバックでもしているかのように。  

 それから間もなくして、蛍光灯がパッと点いた、

 体育館はいつもの明るさを取り戻し、ホッとしたため息が漏れた。

 しかし、一条さんの震えは止まらない。

「一条さん、何かあったの?」  

 私は、勇気を出して尋ねてみたけど、一条さんは、うつむいたまま何も言わなかった。

「一条さん大丈夫?立てそう?」

 先生が来てもまだ、私の腕にしがみついたままのその表情は、憔悴しきっていてとてもじゃないけどこの後の授業が頭の中に入るとは思えない。

「あの、先生。」

 私は先生に断って、一条さんと一緒に保健室に行くことにした。


 保健室のドアを開けると、薄暗い空間に桜井さんが座っていた。

 付き添いで来てくれた桜井さんは、どこか影のある表情をしている。

 ベッドには、まだ震えが止まらない一条さんが横たわっていた。

「一条さん、ごめんね席を外しちゃって。担任の先生には、ちゃんと説明してきたから。」

 私がそう言うと、一条さんはゆっくりと目を開けた。

 瞳には、まだ不安の色が残っていた。

「…ちょっと疲れた。」

 いつもの明るい笑顔とは対照的な、そんな表情をしていた。  

「もう少しかかりそうですわね。」

 桜井さんが、冷静な口調でそう言った。

「理由があることは明白かしら…。」

 一条さんは、うつむいたまま何も言わない。

「…私だったら大丈夫。」

 しばらく沈黙が続いた後、一条さんはそう呟いたけど、その声には、どこか諦めのようなものが感じられた。

「…そう。」

 誰にだって、秘密にしたいことの一つや二つはある。

 それでも、体調を崩すほどの秘密は、どうしても心配になってしまう。

「この間言ってた事故のこと?」

「う、うん…。」

 一条さんは、ぎこちなく答えた。

「そうですの…。」

 桜井さんは、複雑な表情を浮かべた。

「一条さん、本当に、事故の後遺症みたいなものなの?」  

 意を決して聞いてみた私。  

 一条さんは、ゆっくりと顔を上げ、私の目を見つめた。

 彼女の瞳には、複雑な感情が渦巻いていた。

 まるで、深い海の底に沈んだ船のように、様々なものが入り混じっているようだった。

「…今はまだ、言えない。」

 そう言うと、再び目を閉じ、ベッドに顔をうずめた。

 

 保健室を後にする私たちの足取りは重かった。

 窓の外には、いつの間にか顔を出していた夕焼けで、茜色に染まる空が広がっていた。

 そんな美しいはずの夕焼けも、一条さんの影に覆われて、どこか薄暗い色に見えてしまう。


 自宅に着き、ソファに深く腰掛けた。

 気分転換をしようと思って取り出した、本を開こうとした手が途中で止まる。

 ぺらぺらとページをめくる音すら、部屋に響き渡るように感じられた。

 一体、一条さんはどれほどの苦しみを抱えているのだろう。

 私は、その答えを探し求めて何となくベランダに出てみた。

 先ほどまでの茜空は、今の私の心のようにどんよりと曇っていた。

 辛うじて吹いている生暖かい風が頬を撫で、梅雨の湿気が肌にまとわりつく。

 一条さんのことを考えると、どうしても頭の中がぐるぐるする。

 体育館での出来事、そして保健室で彼女が打ち明けようとした過去。

 そのエピソードのどれもが、私の心を重くする。

 事故でできた痣って言っていたけど、彼女の瞳に映っていたのは、ただそれだけじゃなかったような気がした。

 もっと深い、暗いものが隠されているような…。

 私は、ただ彼女のそばにいてあげればいいのだろうか?

 でも、安易に手を出すのは、もしかしたら余計なお世話なのかもしれない。

 私みたいな高校生には、到底力になれることじゃないかもしれない。

 ふと仰いだ瞳に移ったのは、少しだけ晴れやかになっていた空に、ぽっかりと浮かんだ月が、雲に隠れては現れるを繰り返していた。

 まるで、私の心と同じように…。

「綺麗だな…」

 思わず呟いてしまう。

 その姿を見ていると、心が少しだけ軽くなる気がした。

 でも、その光は同時に、私自身の心の闇を照らしているようにも感じた。

 私は、いつも誰かの役に立ちたい、誰かのために何かをしたいと思っている。

 でも、いざという時に、何もできない自分がもどかしい。

「私も、誰かに支えてもらいたいな…」

 そう呟きながら、私は何かを堪えるように夜空を見上げ続けた。


次回は12月18日水曜日22時ごろに投稿します。

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