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梅雨空の話し合い

今回は、梅雨空のシトシト・ジメっとした感じを表現してみました。


第5話



「…他に提案できる人、いないですの?」


 時は進んで6月の某日。

 疲れとため息が渦巻いている梅雨空の教室で、私たちは途方に暮れるような話し合いをしていた。

 来月に行われる体育祭で、新しい種目を取り入れようという話になったらしく、各クラスで話し合って何か一つ提案をするようにという、職員からのお達しがあったからだ。

「ていうかさー。なんで桜井さんが議長やってるの?」

 頭の中が空っぽです、といった表情で、クラスメイトの男子が口にした。

「仕方ないじゃないですの。委員長は学級委員会で不在。その委員長がわたくしに引き継いできたのですから。」

 今の桜井さんは、委員長という立場に押し上げられ、振り回されていて可哀そうになってくる。

 普通に考えたら、体育祭は単なる学校行事の一つ。

 だからここまで本気になって会議をしなくてもいいのかもしれないが、生徒会長の奏がいるこのクラスは、必然的に他のクラスよりも目立つことになる。

「学校外からも大勢の来賓が来る行事で、失敗した姿を見せたくないってことか…。」

「だ、誰に言ったのか分かりかねますが、樫本彩葉、その通りですわよ。」

「あ…。」

 しまった、声に出ていた。

 話し合いを傍から呑気に見ていた私は、つい他人行儀なことを言ってしまった。

「それじゃあ貴方は何かいい案をお持ちですの?」

「…いい案というよりも、新しく種目を考えるより、今ある種目を面白いものに変えていくほうが現実的なんじゃない?」

「具体的によろしく頼みますわ。」

 自分で口走ってしまったことであっても、後悔はしていない。

 むしろ、みんなの顔色が変わって尚且つ注目の的になっている今は、絶対にチャンスと言える。

「プリンセスの落とし物探しってどう?」


………………。


 心臓の音だけが大きく響き、まるで時が止まったようだ。

 クラス中が私の提案に驚き、言葉を失っていた。

「えっと、樫本彩葉。わたくしの聞き間違いかもしれないですけど…。も、もう一度聞いてもよろしくて?」

「プリンセスの落とし物探し。プリンセスがお題を出して、王子様役の人はそれから連想されるものを探し出す。ってこと。」

「…な、なるほど。どうしてこういう案を思いついたのですの?」

 別に特別な理由なんてない。

 ただ、現実の世界で彷徨っているくらいなら、せめて名前だけでもファンタジーな世界観を想像できるものがいいと思っただけだ。

 それに、体育祭を単なる行事ではなく、クラスの絆を深める機会にしたいと思ったからという理由もあったりする。

 しかし、如何せん先ほどから教室が騒がしい。

 きっと私からこういう案が出るとは思ってもいなかったのだと思う。

「樫本さーん、質問いい?」

 そう言ってきたのは、クラスで中心人物となっている男子生徒だった。

「プリンセスってことは、女子が主役になるってこと?」

「そこはどっちでもいいんじゃないかな。男子がやっても、それはそれで面白いだろうし。」

 身も蓋もない言い方をすると、この体育祭という行事は、二学期最初に行われる学園祭へ向けての前夜祭のようなもの。

 だったらそこに向けて今から注目を集めるのは、学校としても悪いことではないと思う。

「らしくないですわね。あなた、普段はあまり持論を述べませんのに。」

 それは多くのクラスメイトが同じように思っていたらしく、チラチラと私を見る生徒やガッツリ見て頷いている生徒もいる。

「とりあえず他に案が出ないようですので、これで解散といたしますわ…。」

 てっきりみんな嫌がると思ったけど、既にあーでもないこーでもないと話し合うことは話し合ったので、みんなへとへとだったようだ。

 時計を見ると、ちょうど二時間くらい話し合っていたみたいで…。

「時間的にもちょうどいいのかな。」

 そんなことを呟きながら帰り支度を始めた。


「あーちゃん。思い切った提案だったねえ。」

「だって、あれくらいインパクトがあるものじゃないと、終わるものも終わらないじゃない…。」

 放課後の教室。

 今日は金曜日で、小説を投稿する日。

 その最終作業をしようと教室に残っていたら、生徒会の会議を終えた奏が、生徒会室から戻ってきた。

「あーあ、これって私が主導権握らされるのかな…。」

「どうだろう?委員長も桜井さんに負けず劣らずな性格してるから、主導権争いの仲裁役みたいなことさせられるんじゃない?」

「ええー…。」

 そんな感じで打ちひしがれている私の横で、一条さんは心配そうに見つめていた。

「彩葉さん、大丈夫?」

 「なんとかねー。」と言いながら、体を思いっきり預けて天井を見つめる。

「その時は私もしっかりサポートするから安心して。あーちゃん。」

「わ、私もっ。」

「…ありがと。」

 困ったときにこうして手を差し伸べてくれる友人がいることは、とっても心強い。

「あ、でも…。体育祭って外部の人たちとも話し合いがあるから、その時は同席してもらうかもしれない…。」

「あー…。」

 そういえばそうだった。

 この学校の行事は、その全てが近隣の高校を含む様々な人たちが見に来る、いわば地域の一大イベントだったりする。

「どんな人たちとお話しするんですか?」

 隣で聞いていた一条さんが、よく分からないといった表情で奏を見ていた。

 チラッと外を見ると、しとしとという表現なんて過去のものとなった梅雨空と、足早に土に還ろうとしている雨粒の音が、まるでまだ私たちのことを下校させないように、引き留めている気がする。

「いろんな人たちが来るよー。区議会の議員さんとか自治会の会長とか、他の高校の生徒会役員の人とか、PTAの人とか。」

「へ、へえ…。」

 まあ、その人たちの目的は、奏だったりするのだが。

 親が国会議員だからという理由で、一年生の頃から生徒会長に選ばれた奏は、仕事内容を詳しく知らない私から見ても、がむしゃらになって頑張っていたと思う。

 なぜそこまで学校のために尽くすのか。

 こんなことを聞いた先生がいた。

 どうやら先生方から見ても、奏のような生徒は昨今では希な存在に見えているようだ。

 ただでさえ激務な教師という職業と学校、そして生徒をしっかりと支えている、縁の下の力持ちという言葉がぴったりと合うような性格と行動力を、奏は持っている。

「なーに陰気くさい話をしてるんですの。」

 学級委員長に会議の結果を伝えに行っていた桜井さんが、いつの間にか教室の入り口に立っていた。

「あれ、みこっちじゃん。お疲れっ。」

「そ、その呼び方はやめなさいと何度も申し上げているでしょう!」

 なんだかこの間よりも更に、二人は仲良くなっているみたいだ。

 この高校は、生徒主体の原則という考え方が存在していて、生徒がアドバイスを求めない限り基本的に先生たちは口を挟むことはできない。

 校則に反したことをしていなければという条件付きだけど、もし二人が本当に仲がいいのであれば、黄金コンビなんて言われたり…。

「考えすぎか。」

「ん、どしたのあーちゃん。」

「ううん、何でもない。」

 私はそう言って、奏が生徒会室から持ってきた紅茶を一口飲んで心を落ち着かせようとした。

「夏海ちゃんにとっては、あんまり楽しい行事じゃないかな?」

「えっ…。」

 それは私も思っていることだった。

 今日の一条さんは、まるで小雨の中路頭に置き去りにされた子犬のような、そんな表情をしていたからだ。

 元気がないというよりも、必死に自分の中で何かを隠しているといった、そんな感じで。

「私…。」

 何かを絞り出すように本心を語ろうとする一条さんは、硝子の心を突き破ろうとしているような、そんな危ない雰囲気を醸し出していた。

「中学生の頃に事故に遭って、体に大きな痣があるんです。」

「そうなんですの?」

「…はい。それで着替えるときとかに見られるのが嫌で、体操着も心もとないから怖いんです。」

 なるほど。

 だからみんなと別の場所で着替えていたんだ。

 …本当かな?

 なんてことを考えてしまうのは、私のいつもの癖。

 幼少期の頃、憧れていた両親に少しでも近づきたくて、その真似事のようなことをしていた頃が懐かしい。

「先生は知ってるの?」

 奏の問いに、私はそういえばと思った。

 担任といい体育教師といい、一条さんの行動をおかしい目で見ていることはなかった、と思う。

 だから大丈夫なのだろうと思っていたけど…。

「この学校の人たちには誰にも言ってないです。今初めて言いました。」

「え、そうなの!?」

 思わず私は大きな声を出してしまった。

「言い辛かったら、今度私も一緒に先生のところ行くよ?」

 私は、一条さんの孤独を少しでも和らげたい一心で、手を差し伸べた。

 しかし、一条さんは首を横に振り、答えは否定的だった。

「夏海さん。」

「は、はい。」

 少し離れた場所にある椅子に腰を掛けていた桜井さんが、一条さんのことをじっと見ていた。

 …………。

 暫くの沈黙。

 何だろうと思っていると、桜井さんがこんなことを言った。

「それは本当のことですの?」

 私と奏は、「どういうことだろう?」と互いに見合って首をかしげていた。

「ほ、本当です!」

 その時の表情を見た瞬間、私は昔父親に言われたことを思い出した。

 しかし今となっては、あの人との思い出なんて消し去りたい過去だと思っているから、この場で詳しく聞くことはやめておくことにした。

 これからも一緒にいれば、いつかきっと、本当のことが分かる。

 そう思った放課後だった。



「ふう…。」

 相変わらず広々とした孤独空間に一人でソファに座り、テレビでネット動画を見ようと電源を入れる。

 何を見ようかと思ったけど、その前に今日の24時までに小説を投稿する作業が残っていたのを忘れていた。

 しかしもう書き終えているから、後はコピペして投稿するだけ…。

「でもなあ…。」

 なんだか煮え切らない心が、私の心の中を支配している。

「………。」

 とりあえず自分の部屋からタブレット端末を持ってきて、何も具体的な案が浮かんでいない状態のまま膝の上に置いた。

 今書いてる小説は、戦時中の国で身分の違う女性同士が禁断の恋に落ちる、というもの。

 考えている結末としては、どんな苦難に直面しても最後二人は結ばれる、ハッピーエンド。

「安直かな…。」

 いや、決してそんなことはないと思う。

 しかし、ハッピーエンドというのは、果たしてみんなが納得する結末だけが全てなのだろうか…。


 みんなだったらどう思う?

 ハッピーエンドの在り方って、果たして普遍的なそれでいいと思う?


 …なんて、私はいったい誰と会話をしようとしているのだろうか。

 こういう時に話ができる人がいるのって、とても羨ましいことだと、身にしみて感じている。

 共働き家庭で育った一人っ子の私にとって、それは世の中の何よりも嬉しいことだ。

 そんなことを肌で感じる、梅雨空の侘しい夜。

 寂しさに支配される夜って、みんなにもあるのかな…。





次回は、明日12月13日金曜日の22時ごろに投稿します。番外編となります。

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