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穏やかな陽だまり

臨時投稿です。

9話まで書けているので、今週中にあと2話ほど投稿します。

今回は、穏やかなお話しです。

第3話



「え、あの小説って彩葉さんが書いてるの?」

一条さんの言葉に、私の心臓がバクバクと音を立てた。

 まさか、こんなに早く知られてしまうなんて。

 昨日の駅での偶然の出会いといい、いったい私の生活になんの変化が起こっているのだろう?

 今日の一条さんは何というか…、少し大げさに言うと、芸能人を目の前にしたファンのような、そんな純粋で無邪気な表情になっている。

「私、この小説大好き!」

「え、そ、そうなんだ…。」

 早朝の生徒会室での出来事。

 とある理由があって私が書いている小説を、一条さんは転校前から見ていてくれていたらしい。

「あれ、でもあのアカウントは生徒会が運営してるんじゃ…。」

「表向きは、ね。…ここだけの話ね?」

 決して褒められた行動ではないけど、一条さんは「凄い凄い!」と目を輝かせていた。

 なんだか、とても恥ずかしいし、申し訳なくなってくる。

 それに、奏以外の人とこんなに打ち解けた会話をしたのが久しぶりだったから、なんだかくすぐったかった。

「凄いなー。私なんて、こんなに素敵な物語なんて書けないよ。」

 一条さんの言葉に、私はハッと我に返った。

「いやー…、そんなことないよ。うん。」

 私の書く物語は、日常に根ざした世界観で、誰か特定の人の心に響くような、そんな物語を目指している。

 だから、決して万人受けする作品ではないのだ。

 それではなぜそのような物語を書くことになったのか。

 それはまた追々語ることにさせてほしい。

「学校のSNSを活用してほしいなんて先生から言われちゃって、私たちも頭痛くなっちゃってて。だから、私が小説書くよ!って彩葉が言ってくれた時は、天使様!?って思ったもん。」

「違うでしょ…。私が内緒で書いてたのを奏が盗み見して、学校のSNSに投稿してくれって、足にしがみ付いてお願いしてきたんじゃない。」

「あははっ。お恥ずかしい限りですなあ。」

 そう言って作業に戻る奏。

 ちなみにほかの生徒会役員は、奏の意向で放課後だけの活動と決めているようだ。

 きっとそれは、奏の中でのちょっとしたプライドのようなものだと思う。

「ねえねえ、一条さん。」

「は、はいっ。」

「あーちゃんの小説、見てくれてるなら知ってると思うんだけど、毎週金曜日更新なのね?もう一作品、投稿しても面白そうだなって思うんだけど…。」

 一連の話を聞いていて嫌な予感がしていたことが、見事に的中してしまった。

「ちょっと奏…。」 

 一条さんが困ってしまうと思い止めようとした私の言葉を、一条さんの元気な声が遮った。

「面白そうです!書きたいです!」

「おー!さすが私が見込んだ逸材。」

 なんとまさかの快諾…。

 私は頭の中が真っ白になり、まるで深海の底に沈んでいくような感覚に襲われた。


「楽しみだなあ。」

「そ、そっか。結構大変だよ…?」

 教室に戻った私たちは、隣り合ってこんなことを話していた。

「大丈夫だよ。昔は絵本とか書いてたりしたから。」

「え、凄いね。」

 詳しく聞くと、その絵本も一冊や二冊というレベルではないらしい。

 絵を描くことが大好きだと、ニコニコした表情で語っていた。

「お互い文学少女だね!」

 そんな一条さんの笑顔は、ずっと見ていたいと心の底から思いたくなるような、そんな輝きを放っていて、私は自分の頬が綻んだ瞬間を初めて自覚したかもしれない。

 その時、少し離れたところに座っていた奏からチャットが来た。

(頑張れ、あーちゃん!)

 送信してきた本人を見ると、ニヤニヤと笑っていた。

(はいはい、ありがとう。)

 そう短い文章で返すと、間髪入れずにメッセージがきた。


(それじゃあ今度から、毎週水曜日は放課後にみんなで意見を出し合おう!)


 放課後の教室。

 薄明かりが差し込む窓際で、私はパソコンに向き合っていた。

 カタカタとキーボードを叩く音だけが響く静かな空間で書いている、SNSの運用をするために始めた小説執筆。

 正直、まだ手探り状態だけど、不思議と没頭できる。

「彩葉さーん、ジュース買ってきたよ。」

 後ろから声がして振り向くと、一条さんが立っていた。その表情は好奇心に満ち溢れていて、まるで小学生のように無邪気な笑顔だった。

「え!?ごめんね、ありがとう。」

 差し出されたジュースに手を伸ばしながら、私はパソコンの画面から視線を離す。

「書き始めた理由、もっと詳しく知りたいなー。」

 私の横に座って、興味津々の様子でパソコンを覗き込む一条さん。

「えーっとね…、放置気味だった生徒会アカウントの運用に、いい案はないかって奏に相談されたのがきっかけ…かな。それで物書きに興味があるって私が口を滑らせちゃったから、本当は全部私の自業自得なんだけどね…。」

 ググっと体を伸ばしながら、私は窓の外を眺めた。

 夕焼けが広がり、街並みがオレンジ色に染まっている。

「いいなー。打ち込めるものがあるのって。」

 それはとっても嬉しい言葉だけど、少し照れ臭かった。

「そんなことないよ。書けなくなった時とか辛いし…。」

「確かにそうかも…。でも、それでも前向きで書き続けられるのってすごいと思う!」

 一条さんの真っ直ぐな視線と言葉に、私の心は温かくなった。

 前向きか…。

 実際は、全くそんなことない。

 私の場合は、クラス内の交友関係ですら、そのほとんどが広く浅い。

 だから、仲良くしているというより、あたり障りなく過ごして衝突しないように気を付けているのが、心の内だったりする。

 それでも、こうして言ってくれる人は奏以外では初めてだったから、素直に嬉しい。

「ありがとう。」

 かみしめるように発したその言葉に、一条さんも少しだけ恥ずかしそうにしていた。


 その後しばらく二人で会話をしていると、あっという間に時間が過ぎた。

「あれ、今何時?」

「えっとー…、もう少しで19時?」

「え!?ごめんねこんなに遅くまで。」

 「全然大丈夫だよ。」と一条さんは言っているけど、ご両親が心配するしそもそもこんな時間まで学校に残っていてはいけない。

 続きを家で書くことにした私は、ノートパソコンを鞄にしまって、一条さんと一緒に学校をあとにした。

 今日は、星空の見えない暗闇にくすんだ夜空。

 もともと星が少ない都会の中心にいるのも相まって、なんだか少しだけ寂しくも感じるけど、私の手を包み込んでいる暖かさに勝るものなんてない。

 普通の人はどう思うかな。

 私と一条さんのような関係の深め方は…、どのように見えるのかな。

 そんなことを考えながら電車に揺られていると、肩に心地よい温もりがあることに気が付いた。

 あれ?と思って見ると、一条さんはスヤスヤと寝息を立てながら夢の中に誘われていた。

 その姿は小動物のような愛らしさがあって、気を散らそうと取り出したスマホを見ていても、チラチラと瞳を奪われてしまうのは、最早必然のようだった。


次回は12月11日水曜日22時ごろに投稿します。

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