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モノクローム

第2話



 薄明かりが差し込む静かな朝、生徒会長の佐伯奏との約束がある私は、いつもより早起きをしていた。

 誰もいない静かな自宅で身支度を整え、いつものようにカバンを背負って扉を開けた先には、昇りたての朝日が照らす青空が広がっていた。

「行ってきます。」

 なんて、こんなことを言っても誰も聞いてないのに…。

 それでも、最寄りの駅へ向かう道中、私は自分の心が弾んでいることに気が付いた。

 いつもより早い時間に家を出るというだけで、どこか新鮮な気分になって、今にでも何かを口ずさみそうになる…。

 そんな気持ちを優しく留めながら駅に着くと、改札口付近で誰かの気配があった。

 誰だろうとよく見ると、そこには昨日一緒に下校した一条さんが立っていた。

「あっ、彩葉さん!おはよう!」 

「お、はよ…。誰か待ってるの?」

「彩葉さんのことを待ってたんだよ。」

「ええ!?」

 私のことを待っていた。

 一条さんは、はっきりとそう言った。

「どれくらい待ってたの?」

「んー、ほんの少しかな。」

 …。

 ほんの少し。

 ほんの、少し…と言われても…。

「…ありがとう、いこっか。」

「うんっ。」

 とても気になるし、申し訳ないことをしたかもしれない。

 それでも奏との約束があるから、とりあえず学校に行かないといけなかった。

 追々わかることだってある。

 そう思って歩き出したとき、一条さんが優しく私の手を握ってきた。

 「えっ…。」と驚いた私のことを見た一条さんいわく、「昨日の続きです。」だそうで…。

「何かあった?」

 こういう感情を素直に受け入れることが苦手な私は、つい余計な言葉を口にしてしまった。

「えっと……、実は、少し事情があって。」

 一瞬だけ複雑な表情を向けた一条さんは、それ以上は何も言おうとしなかった。

 …いや、言うことができないといった表情でうつむいてしまったという表現が、正しいかもしれない。

 だから少なくとも、今はこれ以上聞かないほうがいいと、そう思った。

 

「彩葉さんって、本当に優しいお姉ちゃんって感じがする。」

「え?」

 ホームで電車を待っている最中、繋がれた手の先から聞こえたその言葉に、思わず私はびっくりしてしまった。

「だって、転校してきたばかりの私を気にかけてくれて。私なんて、いつも悩みを抱えてばかりで…。」

 一条さんのその言葉は、私にいくつかの情報を投げかけてきた。

 確かに、私は日頃から頼りにされる側の人間なのかもしれない。

 でも、それは本当の自分なのか、それとも周りの人にそう思われたいがための仮面なのか。

 分らなくなる時もある。

「ありがとう。」

  私はそう言って、握る手の力を少しだけ強めた。

 それから私たちはしばらく言葉を交わさずに、ただ並んでいた。


 それから私たちは、ずっと手をつないだまま歩いていた。

「素敵な校舎だよね。」

「え、そうかな?」

 都心の中に建設された校舎は、開放的な外観と落ち着いた内装ではあるものの、都心という立地の制約上敷地が狭く、フロアの数を増やす必要があった。

 そのため、かろうじて校庭と体育館はあるものの、それ以外の施設はすべて校舎の中に組み込まれている。

 そんな環境の校舎を、私はあまり良く思っていない。

 それじゃあ何でここに入学したのかというと、また別の理由があったりするのだけども…。

 まあこの話に関しては、いつか語る機会があればその時にでも。

 

 教室に到着すると、そこには誰もいなく奏もまだ登校していなかった。

「毎日じゃないから別にいいけど。一条さん、明日はもう少し遅い時間で大丈夫だからね。」

 彩葉がそう言うと、一条さんは再びうつむき加減になった。

「うん…。」

 やっぱり何か理由がある。

 何か辛いことがあったのだろうか。

 でも、それをこの場で言葉にするのは、きっと彼女にとって辛いことだと思う。

 そんな時、教室の入り口から奏が駆け込んできた。

「あーちゃん!遅くなったよごめんね!」

  奏は明るい笑顔で二人に駆け寄る。

「大丈夫だよ。ちょうど今来たところ。」

  私がそう答えると、一条に視線を向けた。

「あれ、一条さんがいる!おっはよーう1」

 そう言って躊躇することなく、奏は一条さんに抱きついた。

「おはようございます。ちょっと…、い、痛い…。」

「ああ、ごめんごめん。強く抱きつきすぎちゃったね。」

 ………。

 予想よりも早く、奏のダメな部分が出てきそうな気がした私は、少し…いや、かなり心配になった。

「一条さんという戦力が追加された私は、無敵なのだっ。」

「調子に乗らない!一条さんを困らせないの。」

「ごめんよー。」

 こういう時の奏は、絶対に反省していない。

 でも、一条さんを見るととても楽しそうに笑っていたから、大丈夫なのかも…しれない。


 生徒会室に着くなり、奏は早速作業に取り掛かった。

 カタカタと軽快なタイピングで、何かの資料を作っている。

 そんな中、私と一条さんはというと、窓際の席に座り、静かに本を読んでいるだけ。

 いつもならすぐに「これやって!」とか「あーちゃん、たすけてー。」とか、そんなことを言ってくるのだけど…。

 不思議に思っていると、しばらくして奏が口を開いた。

「頼りになるなあ。」

「…何もしてないけど。」

「いやいや、本当に感謝してるよ。」

 生徒会室に来てからというものの、奏はずっと一人で作業をしている。

 一条さんも、キョトンとしたという表現がぴったり当てはまるような、そんな表情をしていた。

「ふふっ。」

「…なによ。」

 「何でもないよー。」と言って作業に戻る奏の表情は、心なしか綻んでいるように見えた。


「ふぅ、疲れた~…。」

 午前中の最後に体育の授業をするのは、お腹の虫が悲鳴を上げるから本当にやめてほしい。

 …なんていう愚痴は当然心の奥に留めて、喉の渇きを潤そうと、私は汗だくの顔で体育館から出た。

 そこではいつも通り、水飲み場に集まって今日の出来事を話しているクラスメイト達がいた。

「ねえねえ樫本さん。一条さんは?」

 そのうちの一人にそう言われ、そういえばと思って周囲に視線を向けた。

「樫本さんも大変だね。」

「え、何が?」

「だって先生、面倒くさいことは全部樫本さんに押し付けるから…。」

「あはは…。面倒くさいなんて、そんなことないよ。ありがとう。」

 なんて言いながら、つい頭の中では一条さんの姿を探そうとしてしまう。

 体育の授業の時、少し体の動きがぎこちなく、ほかのクラスメイト達とも距離を取っていたからだ。

「どうしたんだろ?」

 私は、「別にそこまで面倒を見る必要なんてないよ。」と言ってくれたクラスメイトにお礼を言って、足早に校舎内に戻ることにした。

 思い返してみれば、体操服に着替えるときも、一条さんは更衣室にいなかった。

 いつの間にか着替えを済ませて、私のことを待っていたのを覚えている。

 しかし校舎内に来たものの、そこからどこに向かえばいいのかサッパリわからない。

「えっと…、とりあえず、教室…?」

 違和感を感じたのは着替えている時だけじゃない。

 先ほど言ったような授業中の様子…。

 どうしても昨日の元気な姿と比べてしまうけど、今日はどこか元気がない。

 これが一条さんの普段の姿だというのなら、本当に余計なお世話な行動をしてしまっているけども。

「あ…。」

 そこで見た世界。

 まるで時が止まったかのように、息をのむような静けさに包まれていた教室。

 その中で、すでに制服に着替えた一条さんが、教室の端にある花瓶にさしている一凛の花を、憂うような表情で優しく撫でていた。

 その姿はあまりにも儚くて脆く、声をかけてしまったら折れてしまうような弱々しい羽根のような、そんな空気を纏っていた。

 どうしよう…。

 しばらく入り口で立ちすくんでいると、私に気が付き振り向いた一条さんの目は、少し赤く腫れていて涙の跡が見えた。

「ど、どうしたの?」

「…大丈夫だよ。」

 一条さんはそう言ったものの、その声は震えていた。

「何かあったの?嫌なこととかされた?」

 勇気を出して近づき、そっと一条さんの手を握った。

「そ、そんなことないよ。体育の授業が嫌いってだけだから…。」

 一条さんは、うつむきながらそう言った。

 体育が苦手、ではなくて体育の授業が嫌い…。

 別グループだったから、少しだけ離れたところから見ていたけど、決して運動神経は悪くなく、むしろ素直な性格で、体育教師も喜んでいた。

 唯一違和感があるとしたら…、でも…。

「そうだったんだ。気が利かなくてごめんね。」

 今は聞かないほうがいい。

 そう思った私は、一条さんの頭を優しく撫でた。

「ごめんね。心配をかけちゃって…。」

 一条さんは涙ぐんでしまった。

「ごめんなさい…。」

「一条さん。大丈夫だから。」

「うん…。ありがとう。」


「今日はありがとう、彩葉さん」

 そのあと時間が少し進んで、放課後の図書室で一時間ほど自習をしていた私たち。

「どういたしまして…。」

 私はそう答えるが、どうしてもぎこちない言い方になってしまう。

 「…あの時のこと、もう少し聞いてもいい?」

 少し躊躇しながらも、そう尋ねてみた。

 一条さんは一瞬驚いた表情をして、伏し目がちに話してくれた。

「身体に自信がなくて…。」

「体?」

 私は思わず聞き返した。

「ジャージ着ててもみんなと違って居心地悪いし、中学のころからみんなと一緒に着替えるのも嫌になっちゃって…。」

 一条さんは、そう言ってうつむいた。

 隣で悩んでいる人を、何とかして助けたい。

 それでも、少なくとも今は、一条さんの気持ちを尊重してあげたいと思った。

「できることがあったら言ってね。」

 そう言って頭を優しく撫でると、一条さんは、私の手を握りしめ、少しだけ顔を上げた。

 その手は冷たいようでほんのりと暖かい、不思議な感覚だった。

「ありがとう、彩葉さん。こんな気持ちになったのって初めて…。」

 その瞳には、感謝の気持ちが溢れていた。

「私もだよ。」

 そう言って、互いに感謝の気持ちを伝え合った。

 私たちの関係は、まだ芽を出したばかりの小さな花のように、繊細で美しいものだということを、身に染みた一日だった。


その後に続く要素を、すでにいくつも散りばめています。

静と動を繰り返す作品にしようと思っていますので、これからもどうぞよろしくお願いいたします。

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