第81話 水族が所有する戦艦
「ねぇ、野乃。あそこの港に見える大きな船で漁をするの?」
美雨が質問をすると野乃は美雨の視線の先を辿り港の方に目を向ける。
「あの大きな船は漁をするためのものではありませんわ。あれは水の族長様たちが所有している戦艦です」
「戦艦?」
「戦艦は戦いに使用する船です。華天国が他国に海から攻められた場合は必ず水族の土地が戦場になります。そういう時に他国の戦艦と戦う船です」
華天国は過去に他国と争った歴史がある。
歴史上、華天国側から他国に侵略戦争を仕掛けたことはないが守護結界が弱まったと言われる時代に他国が攻めてきたのだ。
野乃の言う通り華天国を海から侵略しようとしたら必ず水族の土地から上陸しなければならなくなる。
海に面している華天国の土地は水族の土地だけなのだから。
戦の時に戦う船があるとは美雨も書物で知った。
しかし本物の戦艦を見たのは初めてだ。
こんなに離れていても目視できるということは間近で見たらどれほど大きな船なのだろうと興味を引かれる部分がある。
「戦艦の存在は習っていたけれどここから見えるぐらいだからかなり大きい船よね?」
「そうですね。水族の男は船の操縦ができて一人前と言われるのですが、あの大きな戦艦を動かす操舵技術を持つ方々は族長様とその身内の方ぐらいです」
「水族の男性は船が操縦できて一人前なの?」
「はい。水族は海で漁をして魚を獲ることが主な収入源ですから船で漁ができない者は未熟者とされてしまうのです」
(水族は魚を獲ることで生計を立てている者が多いのね。だから船を操縦できることが当たり前とされるのも納得できるわ)
「でも戦をしていない時はあの戦艦は使わないのでしょ? ずっと港に置いておくの?」
現在、華天国は他国と戦をしている訳ではない。
守護結界が弱まっているとされているが他国が攻めてくるという情報はまだ聞いた覚えがない。
戦は突然のように始まるものだから戦が始まってから戦艦を作るのは遅すぎる。
それは美雨も理解できるが立派な戦艦をずっと港に停泊させておくだけというのももったいない気がするのだ。
もちろん戦艦は戦いのための船である以上、戦艦で魚を獲ることはできないはず。
野乃も戦艦は戦い用の船だ言っていたし。
だが戦艦の整備にはそれなりに費用もかかるだろうと推測すると水族にとってその費用が負担になっているのではないかとも考えてしまう。
水族にとって戦艦を所有していることが負担となっているのならその問題も女王になったら考えなければならない案件だ。
費用がかかるからと気軽に戦艦の数を減らすことはできないだろうが戦艦を有効活用することはできないだろうかという思いが美雨の頭に浮かぶ。
「他国との戦をしていない時には戦艦は海賊討伐に使用されるんです。最近は海賊の被害が多くなったと水族の知り合いからもらった手紙に書いてありました」
「まあ、海賊の被害が多いの? それは知らなかったわ」
実際に政を行っている美雨の母の女王ならそのことを知っていた可能性は高いが政の情報が王女の美雨に報らされることはない。
美雨はあくまでまだ女王候補の身だから仕方ないとはいえ自分が王宮で平和に生活している時に民が海賊の脅威に晒されていることもあったと知り胸が苦しくなる。
「海賊の被害は酷いのかしら。民の命や生活が脅かされているのであれば早急に手を打たないとよね。お母様に手紙で報せた方がいいかしら?」
「やめておけ、美雨。海賊被害はこの国の政に関することだ。王女の美雨が口を出していい問題ではないし余程のことがない限り女王陛下には水の族長から報告がされているはずだからな」
心配のあまり自分から女王である母に現状を報せた方がいいのではと思った美雨に光主の冷静な声が響く。
(そうだわ。今の私はまだ女王じゃない。政に関することに口を出してはいけない立場だったわ)
冷静に考えれば光主の指摘した通り水の族長がこの現状を報告していない訳はないのだ。
きっと女王の氷雨なりに対応を取っているはずだ。下手に口を出して女王の政策を否定することになったら王女の美雨でも処罰対象になってしまう。
美雨は唇を噛み締める。
この国は良くも悪くも女王にならなければ国を動かす権力は与えられない。
美雨が自分自身でこの国をもっと繁栄させたいと思ったら女王になる以外に道はないのだ。
熱くなり過ぎていた己を鎮めるために美雨は深呼吸をひとつして冷静になる。
「己の立場を忘れるところでした。注意してくれてありがとうございます、光主」
「いや、美雨が女王になれば美雨の思っている方法で民を救うことができるようになる。だから美雨が自分の信念を貫きたいと考えているならまずは女王になることに集中した方がいい」
(私の信念……そうよ、私は自分自身でこの国を良くしたいという信念があるわ。もちろん闇のお父様との約束も果たすということもあるし)
自分の首にある桃色の花のネックレスを手で触り美雨は改めて女王になることを決意する。
(それにしても光主様は本当に私の心を理解してくれているわ。水の王配になる方も光主様のように私のことを理解してくれる方がいいな)
まだ見ぬ水の王配候補者たちのことが頭に浮かぶ。
美雨が光主と同じぐらいに好きになれる人物が果たしているのか。
その人物はこの国の水の王配として適任なのか。
期待と不安が美雨を襲う。それでも自分が女王になるためには水の王配は必要不可欠だ。
すると先頭にいた当麻が声をかけてきた。
「美雨様。ここが水族の族長様の家のようです」
目の前に現れたのは大きな門がある屋敷だ。
門の内側に建つ家らしき建物は複数確認できる。
同じ敷地内にいくつかの建物が建てられた屋敷のようだ。
「門番に美雨様が到着したことを伝えて来ます」
当麻がそう言って大きな門の前に立つ者に声をかけに向かった。
(太陽神殿ほどじゃないけど水の族長様の屋敷も大きいわね。迷子にならないように気を付けないと)
そんなことを思っていると当麻と屋敷の使用人らしき人間が美雨たちのところにやって来る。
「族長様よりお話は伺っております。お部屋にご案内するのでこちらにどうぞ。馬と荷物は預かりますので」
「はい。お願いします」
美雨は馬を降り使用人と共に水の族長の屋敷の門の前に立つ。
使用人の指示で美雨の前の門がゆっくりと動き出す。
(さあ、これからが水の王配選びの本番よ。どうか良い水の王配と出会えますように)
心の中で祈る美雨の前で新しい運命の門が開かれた。




