第73話 王配選びの旅への同行
「はぁ……」
「どうされましたか? 美雨様」
夜もふけ寝る準備を始めていた美雨が深い溜め息を吐くと野乃が心配そうに尋ねてくる。
「いえ、もうすぐ光主様ともお別れだなと思って……」
光族に滞在して光の王配が決まった以上、美雨は次の部族に行き新たな王配を選ばなければならない。
それが王配選びの旅であり美雨が女王になるためにしなければならないことだ。
だが光主と両想いになった美雨はここで光主と離れることに寂しさを感じてしまう。
できれば光主も一緒に旅について来て欲しいが女王教育の時に習った王配選びの慣例としてひとつの部族の王配を決めたらその王配とは一度別れて美雨が王宮に戻る時期にその王配は王宮に来るというのがあった。
それは慣例であって絶対的な決まりではないが美雨の我儘で光主に旅について来てもらう訳にもいかないだろう。
美雨は桃色の花のネックレスを触る。
(また私が我儘を言ったらどんなことが起こるか分からないし……)
自分の我儘が原因で闇のお父様を亡くしてしまってから美雨はなるべく我儘を言わないようにしている。
もしまた自分の我儘が原因で誰かを不幸になどしたくないからだ。
「そうですねえ。王配選びの旅の慣例では王配選びの時に別の部族の王配が一緒にいることはないんですよね。でも光主様の美雨様への溺愛ぶりを見ているとご自分も王配選びの旅について行くと言い出しかねない気がしますが」
「まさか光主様も慣例を破ることはないと思うわ」
確かにここ数日の光主が見せる美雨への愛情は恋愛ごとに疎い美雨でも時々「度が過ぎるのでは」と思うこともある状態だ。
その中でも困った美雨に食事を自分の手で食べさせようとする行為は昨日美雨がさすがにこれではまずいと考えて「自分で食事させてくれないなら光主とは口を利きません」と宣言してようやく光主にその行為をやめさせることに成功したぐらいである。
光主にそれだけ愛されているのだとも自覚できるがそれでも美雨が女王を目指すためには他の部族の王配たちとも婚約しなければならない。
光主と別れるだけでなく果たして他の部族でも光主と同じぐらいに愛する王配と出会うことができるのかということも美雨の懸念のひとつだ。
「でも慣例は慣例であって絶対的な決まりではありませんし。光主様は美雨様を溺愛されてはいますが美雨様が女王になることを願ってもいますから、たとえ光主様が美雨様の旅について来ても他の部族の王配を選ぶことを邪魔することはないと思いますよ。美雨様が光主様と一緒にいたいなら光主様に一度ご相談されてはいかがですか?」
(光主様に相談か……光主様とは一緒にいたいし、私が女王になるために他の部族の王配を選ぶことに反対する気はないって言ってくださったけど……)
美雨自身も光主以外の人物を愛せるかという不安があるが自分の愛する女性が他の男性を愛することに光主は本当に不満を持つことはないのだろうか。
そんな疑問が頭に浮かんだ時に思い出したのは美雨の母と父たちの姿だ。
(お父様たちはお母様を取り合うことはなかったけど、それはなぜなのかしら……)
自分の父親たちが争うことなくひとりの女性を共有しているのはなぜなのか。
それがこの国の決まりだからと言えばそれまでだがそれだけが理由ではない気がする。
なぜなら父親たちはお互いの存在を認めて信頼していたように思えるのだ。
できるなら美雨が選んだ王配たちにも自分の父親たちのような良好な関係を築いて欲しい。
そのためには王配たちもお互いを知り合う機会を増やした方がいいのではないだろうか。
それなら敢えて光主に旅について来てもらうのもありなのかもしれない。
(だけど王女の私が慣例を破ってついて来て欲しいって言うのもなあ……)
美雨は再び深い溜め息を吐いた。
光主は澄光の部屋にいた。
澄光に光主の決意を話すためだ。
「夜分、時間を作っていただきありがとうございます、族長」
「いや、私もお前に話があったからちょうど良かった」
「そうですか。では族長の話を先にどうぞ」
光主が先に澄光の話を聞くと言うと澄光は静かな声で話し出す。
「火事の原因のことは光拓から聞いているか? 光主」
「はい。だいたいの話は。あの火事は放火ですよね?」
「表向きはあくまで事故だ。この太陽神殿内で王女の命が狙われることなどあってはならないからな。お前も余計なことを言いふらすなと伝えたかったのだ」
澄光の言葉に光主は苦笑する。
確かに光族の総本山とも言える太陽神殿で王女の命が狙われたと発表したら王家から光族に対して制裁がないとは言い切れない。
光族の族長の判断としては正しい判断だ。
しかしそれは表向きの話であり光主にはもう光族の体裁など考えるつもりはない。
美雨の命が狙われたという真実だけが重要な部分だ。
「この際、表向きの話はどうでもいいですよ。俺は真実だけを知りたい」
「お前の立場であればそうであろうな。だが犯人は捕まっていないし今のところ犯人に繋がるモノも見つかっていない。相手は一筋縄ではいかない相手だと推測できる」
「光拓とも話ましたが実行犯はともかく黒幕について族長に心当たりはありませんか?」
族長の澄光の方が王宮に出入りする機会が多いし王族関係者の情報に詳しいだろうと光主は尋ねる。
美雨が女王になることを阻むような人物がいるのかどうか。
「ないこともないが証拠があるわけではないから決めつけることはできない」
「それでもかまいません。その人物は誰ですか?」
「王弟の砕波殿下だ。砕波殿下が自分の娘を女王にしたがっていることは有名だからな」
「王弟か……」
王族の中でも女王に近い存在の王弟の罪を暴くのはかなり決定的な証拠がないと無理だ。
「だがたとえ砕波殿下が黒幕だったとしても多少の違和感はある」
「それはどういうことですか? 族長」
「砕波殿下は王弟だからそれなりに権力もあるがそれでも他の部族の地で何かを起こすことは容易なことではない。私は砕波殿下が黒幕だったとしても強力な協力者がいるのではないかと考えている」
「強力な協力者……」
(ありえない話ではないな。蜂蜜酒の作業所の時に見つけた武器は闇族が使用する武器のひとつだったし……)
この案件に闇族が関わってるかどうかは分からない。
闇族は暗殺などを請け負う部族だがそれでも華天国を形成する部族のひとつ。
余程のことがない限り女王候補者の暗殺を請け負うことはないはずだ。
闇族以外の他の部族が関わっている可能性もある。
しかし各部族を巻き込んだ争いになると華天国内で内乱が起きるかもしれない。
それは美雨がもっとも悲しむことだ。彼女を悲しませるなどあってはならない。
この案件は慎重に対応するしかないようだ。
「その可能性はありますね。王弟が黒幕かどうかもまだ分からないですが今後美雨を護るための参考にはなります。教えてくれてありがとうございます、族長」
「それでお前の話とは何だ? 光主」
美雨の命を狙う黒幕の話がひと段落したところで澄光が今度は光主に話を振ってきた。
「ああ、俺の話はですね。美雨の王配選びの旅に俺も同行することに決めたのでそのご報告をと思いまして」
「は?」
自分の息子の口からあまりに予想外の言葉を聞いた澄光は一瞬何を言われたか理解できなかった。




