第66話 思い出せない光主の過去
「美雨様がいなくなってどれほど心配したと思ってるのですか!」
「ごめんなさい、野乃。でもこれは光主様を光の王配として選ぶために必要なことだったのよ。野乃には心配かけて申し訳なかったけれどその辺は理解してちょうだい」
「はあ…それは分かりますが……」
太陽神殿に戻った後、美雨は当然のように光主が目覚めるまで光主の側にいると言ったのだが族長の澄光に「従者の方も心配していますし今夜は遅いので今夜だけでも美雨様もご自分の部屋でお休みください」とやんわりと断られてしまったのだ。
野乃たちが心配しているのは分かっていたし雷神から「自然に回復する」という言葉ももらっていたので美雨は光主のことが心配だったが自分の部屋に戻ることにした。
美雨が自分の部屋に戻ると野乃は涙を流して美雨の無事を喜んだ。
そしてお風呂に入れられて今は野乃に髪を乾かしてもらいながら野乃のお小言を聞いていたのである。
「美雨様が女王になるために王配を選ぶことは必要なことですからね。今回は大目に見ますが次回からはちゃんと私に相談してください。なるべく美雨様にご協力しますから」
「ありがとう、野乃」
なんだかんだ言っても美雨の味方でいてくれる野乃には感謝の気持ちしかない。
「それで美雨様はご自分の光の王配には光主様を選ぶことに決めたのですか?」
「ええ、そうよ。私のために雷神の加護を受ける危険な儀式をして雷神を宿してくれたのだもの。雷神を宿すほどの人物だったら光の王配として相応しいし」
「まあ、雷神を? 確かにそれなら光主様が光の王配になることに反対する者などいないでしょうね」
「うん、そうなんだけど……でも一番は私の気持ちが理由かな」
「美雨様の気持ちですか?」
「私……こ、光主様のこと、す、好きだから……」
自分の気持ちを野乃に伝えると恥ずかしさで美雨の頬は朱く染まる。
その様子を見て野乃は優しく微笑んだ。
「美雨様も恋をされたのですね。好きな方ができたことは喜ばしいことです。光主様も美雨様に好意を抱いておられるのですか?」
「う、うん。私のこと、あ、愛してるって言ってくれたわ……」
「相思相愛ではないですか。それなら光の王配に光主様を指名しても断られることはありませんね。おめでとうございます、美雨様」
「ま、まだ正式に澄光様にご報告してないのよ。それに光主様が回復していただけないと婚約の話は先に勧められないわ」
意識を失ったまま運ばれて行った光主の姿を思い出し美雨の表情は曇る。
本当は今すぐにでも光主の側についていてあげたい。
「大丈夫ですよ。すぐに回復して目覚められますわ。光主様が目覚められた時に美雨様の素敵な笑顔を見せてあげられるように今夜はゆっくりお休みください。さあ、髪も乾きましたし」
「ありがとう、野乃。そうね、光主様ならきっと大丈夫よね。明日になったら光主様に会いに行くから」
「そうしてください、美雨様」
美雨は野乃に促されて寝室に入ると自分のベッドに横になる。
光主のことが脳裏に浮かんで眠れそうにないと思っていたが「雷神降ろしの儀式」でいろんなことがあり美雨の身体は自分が思っていたよりも疲弊していたらしい。
(光主様……どうか早く目を覚ましてください……)
美雨は睡魔に襲われて光主のことを想いながら眠りについた。
「う~ん……」
光主は眠りから覚める。
最初に目に飛び込んできたのは見慣れた自分の部屋の天井だった。
(ここは太陽神殿の俺の部屋か……?)
自分がいる部屋を見渡すと確かに太陽神殿の自分の部屋だと確認できた。
ベッドから身を起こし軽く頭を振って自分に起きた出来事を思い出す。
(そうだ。雷神が俺の身体の中に宿った時に激しい痛みに襲われて俺は気を失ったんだ)
雷神を宿した時に感じた身体の痛みは消えている。
だが強い倦怠感のようなモノは残っていた。
光主が意識を集中して己の中にいる雷神の存在を確認しようとすると自分の身体の奥に霊力の塊のようなモノをあるのを感じた。
自分の霊力とは明らかに違うその霊力の塊こそが雷神そのものだと自覚する。
(雷神よ。俺の声が聞こえるか)
その霊力の塊に話しかけるようにしてみるが雷神からの返答はない。
光主の言葉を無視しているのかそれとも今は話せない理由があるのかは分からない。
光主は溜め息を吐くと己の右手を見つめる。
雷神と意思疎通ができていない状態でも自分の霊力がこれまでとは比べようもないほど格段に強くなっているのが感じられた。
僅かに右手に霊力を集中させるだけで右手にパチパチと白い光が生じる。
それは白い虎の姿をした雷神の身体に帯電していた雷のようだ。
(力と言えば雷神を宿す前に俺の中に溢れた強大な霊力があったな。あれは何だったんだ?)
今のこの力が雷神を宿したから得た力だと言われれば納得できるが宿す前に自分の中に存在した強大な力の正体が気になる。
あの時の力は雷神さえ倒せると思えるような力だった。実際、美雨が止めてくれなかったら自分は雷神を倒していたかもしれない。
(そういえば初代族長が消える時に「封印を解く」とか言ってなかったか?)
光主には自分になんらかの封印がかけられているという自覚はなかったし封印をかけられた記憶もない。
だが初代族長のいた世界から元の世界に戻った瞬間にあの強大な力が己から溢れ出したのは事実だ。
それに雷神も何か意味深な言葉を言っていたような気もする。
「力は復活しても記憶はないのか」とか。
「俺はいったい何者なんだ……?」
自分の記憶のない過去に何かがあったのだろうか。
そう思うがその記憶を思い出したくても思い出せない。
すると部屋の扉が開いて人が入って来た。
部屋に入って来たのは澄光だった。
「目覚めたか、光主。だが雷神の力はむやみに放出するんじゃない」
澄光に指摘されて光主は自分の右手に宿らせていた霊力の放出を慌ててやめる。
「父上。すみません。父上が俺をここまで運んでくれたのですか?」
「ああ。雷神降ろしの儀式の気配を感じて光拓と一緒に駆け付けたんだ」
「そうでしたか。ご迷惑をおかけしました。あの、美雨は無事ですか?」
「自分が雷神を宿してぶっ倒れたのに己よりも美雨様のことを気にかけるとはお前は余程美雨様のことが好きなのだな」
「ええ、美雨以外に俺の関心を引くモノはありませんから」
光主が笑みを浮かべると澄光は深い溜め息を吐く。
「己の考えが危険なことだという自覚はあるか? 光主」
「ありますよ。美雨以外はどうでもいいという思考が脅威になることくらい。でもそれが真実なので仕方ありません」
雷神の加護を得た強大な力を持つ人物がたったひとりの女性にしか興味を持てないということが危険な思考であることは光主も分かっている。
なぜなら自分は美雨が望むことをなんでも叶えようとするだろうから。
美雨がこの国の繁栄と幸福を願うなら光主もその願いを叶えるために己の強大な力を使う。
そしてもし美雨がこの国を破壊し滅ぼしたいと願ったら自分はためらうことなくその願いを叶えるために力を使うだろう。
「でも父上の心配するようなことは起こりませんよ。美雨が美雨である限りね」
「……美雨様には必ず女王になってもらわねばならないようだな。暴走したお前を止めることはもう私の力ではできぬだろうから」
「大丈夫ですよ。美雨は女王になります。いえ、俺が美雨を女王にします」
光主にはもう迷いなどない。
自分は美雨のもとで生涯美雨のために己の全てを捧げて生きるのだ。
そこへ慌ただしく廊下を走る足音が聞こえ部屋の扉が激しく叩かれた。
「大神官長様! 大変です! 東棟で火事が起きています!」
「なんだと!?」
神官の言葉に光主は息を呑む。
東棟には美雨たちが滞在している。
光主は慌ててベッドから飛び出す。
「光主! 急に動いて大丈夫か!?」
「大丈夫も何も言ってる場合ではないでしょ、父上! 東棟には美雨がいるんだ!」
(美雨! 無事でいてくれ!)
光主は部屋を飛び出すと東棟に向けて走り出した。




