第63話 初代族長の誘惑の言葉
「そうだよ。私は光族の初代族長だよ。君の遠い先祖でもあるかな」
初代族長はニコリと笑みを浮かべながら答える。
「本当に初代族長なのか……? もしそれが本当だとしても遥か昔にとっくに死んでるはずだろ?」
目の前の男が本当に初代族長であったとしても初代族長が生きて存在した時代は遥か昔のこの華天国が建国される前の時代だ。
とっくの昔に死んだ者が現れるというならここはやはり死後の世界なのではないかと光主は疑ってしまう。
「まあね。人間としての肉体は既に消えてしまったよ。人間は本来なら死んだら死後の世界に行く。だが私に流れていた半分の血のおかげで私は死後の世界ではなく神が存在する次元にいることを許された身なんだよ」
「半分の血って……雷神の子供だというのは本当の話だったのか」
初代族長が雷神の子供であり雷神の加護を受けてその絶大な力を行使することができた話は子供の頃から聞かされて育った光主だったが心のどこかで半分は作り話だったのではないかと思っていた。
特に雷神の血を引く子供だという部分は光族の誕生に箔をつけるものでしかないのではと疑ったのだ。
しかも光主は子供の頃、白い虎の姿をした雷神の姿を見ている。
だから余計に白い虎と人間の間に子供ができることを想像できなかった。
「もしかして雷神の白い虎の姿を見たからその雷神と人間の間に子供なんてできないと思った?」
「…っ!」
自分が考えていたことを的確に見抜かれて光主は言葉に詰まる。
そんな光主の様子を初代族長は「クスクス」と笑いながら可笑しそうに金の瞳を細めた。
「変な想像しなくても大丈夫だよ。白い虎の姿はあくまで雷神が人間界で存在するための姿だ。普段の自分の住む次元にいる時の雷神の姿は私たちと同じ人の姿をしている」
「……あの白い虎が普段は人と同じ姿をしていると言われてもそれを想像するのも難しいが……」
思わず光主は本音を漏らしてしまう。
「君がどう思ってもそれが真実なのだから信じてもらうしかないね。それよりも君に話があると言っただろ? 私の正体を明かしたのだから話を聞いてくれるよね?」
「……ああ。あんたが初代族長だというのを完全に信じた訳じゃないが話を聞かないと俺を元の世界に戻す気はないんだろうから話は聞いてやる」
この男が本当に初代族長であっても雷神の子供であっても今の光主には関係ないがこの暗闇の世界から元の世界に戻るためにはこの男の協力が無ければ無理だということを光主は感じ取っていた。
自分は言葉以外に自由にならない世界の中でこの初代族長を名乗る男は自由に身体を動かしている。
その事実こそがこの男が只者ではないことを語っていた。
下手に逆らうより用件を聞いてさっさとこの世界から解放してもらう方が得策だ。
(美雨のもとに帰れるならこの男の話を聞くぐらい辛抱できる)
すぐにでも美雨のもとに帰りたい焦る気持ちを抑えつつ光主は目の前の初代族長を見つめた。
「ありがとう。私がまず君に訊きたいのは君は美雨という女性の光の王配になりたいんだよね?」
「ああ、そうだ。それがどうした?」
「それは彼女が女王候補者だから? それとも美雨という個人の彼女を好きだから?」
「そんなのは決まっている。俺は女王候補者だから美雨を好きな訳じゃない。美雨だから好きなんだ」
なんで美雨を想う気持ちをこの男に話さないといけないのかと思うが光主は正直に答える。
「でも彼女はいずれ女王になる者だ。他の部族からも王配を迎える身だ。彼女が他の王配と愛し合う姿を見ても君は我慢できるのかい?」
「……美雨は女王になることを望んでいる。女王が六人の王配を持つのは当たり前だ。俺はそれを受け入れる覚悟はある」
この男に言われなくてもそのことは光主が悩んだことのひとつだ。
だが美雨を愛するということは他の王配と彼女が一緒にいることも受け入れなければならない。
すると初代族長の金色の双眸が妖しい光を放つ。
「私が言ってるのは一般論ではないのだよ。自分の愛する女が他の男と愛し合う姿を君は許せるのかい? もしその男が自分より力も能力も劣る男でも。君が雷神の加護を受けて力を手に入れたら彼女を独り占めできるかもしれないよ。彼女を閉じ込めて自分だけを見つめて自分だけ愛されたいとは思わないのかい?」
「……っ!」
その瞬間、光主の脳裏に美雨が自分だけを見つめて愛してくれる姿が浮かぶ。
「雷神の加護を得て雷神の力を手に入れる方法は私が教えてあげよう。だから君は彼女を閉じ込めて独り占めにするんだ。彼女が女王にならなければ彼女は君だけのモノだよ。それを君は望むだろう?」
初代族長の声を聞いていると頭の中に霧がかかってくるようで光主は思考がまとまらなくなっていく。
(……美雨を……俺だけのモノに…する……)
それはどれほど甘美なモノだろうか。
自分だけを愛する美雨の姿を見るのは。
『光主ーっ!!』
甘美な妄想に取り憑かれそうになった時光主の名前を呼ぶ美雨の声が暗闇の世界に響いた。
光主の頭の中の霧が消える。
初代族長が軽く舌打ちするのが聞こえた。
「俺が雷神の力を手に入れるのは美雨を独り占めするためじゃない! 美雨を愛してるから彼女を女王にするためだーっ!!」
腹の底から光主がそう叫ぶと目の前の初代族長の姿が薄くなっていく。
「……君はあの時と同じことを言うんだね。それなら自分の信じる愛を貫けばいい。君であれば雷神の力を自力で手に入れることができるだろう。……あの時と同じように……君と彼女の愛を祝して封印は解いてあげるよ」
初代族長の姿が消えたと同時に暗闇だけの世界に眩い光が満ちた。




