第51話 光延への忠告
美雨を部屋に送り届けた光主は踵を返し光延の部屋に向かう。
先ほど美雨と約束した通り光延に忠告するためだ。
美雨が今日の午後、光延とお茶会をすること自体は情報として掴んでいたが光主はそれを邪魔するつもりはなかった。
他の王配候補者と話してから自分との婚約を考えていいと言ったのは自分自身なのだから。
だが偶然光延が上位神官しか入れない中庭に美雨を案内する姿を目撃して何か嫌な予感が胸を過ぎった。
お茶会ができる中庭は他にもいくつもある。なのになぜ光延は人の出入りがもっとも制限されているあの中庭を選んだのか。
あの中庭が上位神官しか入れないことになっているのはあの場所で秘密裏に上位神官同士が情報交換する場所だからだ。
それ故に使用人の立ち入りも認められていない。通常お茶会にはお茶を淹れる使用人が付くのが普通だ。
それを無視してあの中庭でお茶会を行う光延に抱いた違和感は拭えない。
そして光主はあることを思い出す。光延が女好きであるということだ。
まさか女王候補者に対して不埒な行為をしようと考えるとは思えなかったがやはり気になる。
だから様子を見るだけと自分を言い聞かせて二人の後を追った。
中庭には光延が用意したのかお茶会の準備がされていたがやはり使用人の姿はない。
光主が身を隠している場所からは二人の会話の声は聞こえないが見ている分には普通にお茶会をしているように見える。
自分の気の回し過ぎかと思い始めた時、突然光延が美雨の手を握ったのだ。
しかも美雨はそれを嫌がっている様子なのが伝わって来たので慌てて光主は二人の前に姿を現した。
近付いてみると美雨はその美しい瞳に涙を溜めていた。
あの瞬間、光延を殴り飛ばさなかった自分を褒めて欲しい。
美雨を泣かす人間など許せるはずもない。あの場で光延を殴らなかった理由は美雨の前だったからだ。
彼女は優しいから目の前で暴力を見たらきっと心を痛めるだろう。
自分を魅了するあの美しい瞳にはなるべく世の中の闇の部分を映したくない。
それが自分勝手な思いであることは重々承知だ。
美雨は女王になる存在。この世の闇の部分も知ってなければ政はできない。
それでも光主は彼女から少しでも悲しさや苦しさを遠ざけたいと思っている。
光延の部屋に辿り着き光主は乱暴に扉を叩いた。
「はい。誰だ…って、こ、光主兄さん!?」
「光延。話があるから中に入るぞ」
光主の登場に光延は怯えた表情を見せたがそれを無視して光延の部屋へと乗り込む。
扉が閉まり二人きりになると光主は先ほどの中庭の件を光延に問い詰める。
「光延。なぜ美雨様の身体に許可なく触れたのだ?」
「ふ、触れたって言っても手を握っただけじゃないか。単なる親愛の証だよ」
「親愛の証だと? それならば美雨様が嫌がっているにも関わらず手を離さなかった理由は?」
「そ、それは、その…別に手を握っただけで大騒ぎすることないだろ」
開き直ったかのような光延の態度に光主の怒りが爆発する。
光主は光延の首にガッと右手をかけた。そのまま力をかけて首を絞める。
「ぐはっ! ぐ、ぐるじい…」
苦しむ光延は自分の首を絞める光主の手を振り解こうとするが力も体格も光延より光主の方が上なのでどうにもならない。
「いいか。お前は俺の弟だから一度目は忠告だけで終わらせてやる。二度と美雨様に許可なく身体に触れるな」
「わ、分かった…から…ぐうぅ!」
絞り出すような声で返事をした光延の首から光主は手を離した。
その反動で光延は床に倒れ込み「ゴホゴホ」と咳き込む。
「分かればいい。話はそれだけだ」
言いたいことは言ったとばかりに部屋を出て行こうとする光主に光延が声をかけてくる。
「ゴホッ……こ、光主兄さん、待って」
「なんだ?」
「光主兄さんがそこまで怒るなんてもしかして光主兄さんは族長ではなく光の王配になりたいの?」
床に座り込んだままの光延の問いかけに光主は僅かに目を細める。
光延が疑問に思うのは当然だ。美雨と出会う前には自分が次代の族長になると確信してたのは光主自身なのだから。
周囲もそれが当たり前のように思っていたはずだ。
まあ、月天のような何も分かっていない馬鹿な奴は別だが。
「ああ。俺は美雨様の光の王配になる。どんな手を使ってもな」
そう断言する光主に光延は驚いたようだ。
「じゃあ、族長には誰がなるんだよ」
「そうだな。順当に行けば光拓がなるだろうな。お前が族長になるには人望が無さすぎる」
自分が光の王配になれば父親の澄光はおそらく光拓を次期族長にするはずだ。
光拓は光延と違い周囲の者たちとも波風を立てずに付き合っていくことのできる人物だ。
まだ若い為に経験は必要だがそれは年月が解決してくれる。
少なくとも光延の性格では族長向きとは言えないのだから。
「族長の座は譲っても惜しくもなんともないが美雨様の光の王配の座は誰にも譲る気はない。ましてや美雨様を泣かせるような奴は全て俺の敵だ。たとえそれが実の弟だったとしてもな。よく覚えておけよ」
再び剣呑な視線で睨まれた光延はビクリと身体を震わせた。
光主の表情はその言葉がただの脅しだけではないことを明確に物語っている。
「わ、分かったよ。もう美雨様には手を出さない。それでいいだろ?」
「賢明な判断だな。お前が月天のような馬鹿じゃなくて助かる」
「そう言われても全然嬉しくないけどね。俺も長生きしたいし」
呟くように言う光延を残し光主は部屋を出た。
(あれだけ脅しておけば光延は美雨の光の王配になることを諦めるだろう。雷神降ろしの儀式の準備はできたから後は時期が来るのを待つだけだな。それまでは美雨と過ごす時間を大切にするか)
雷神降ろしの儀式は命のかかった儀式だ。
自分の力が足りない場合は命を落とす危険性もある。
しかし光主に儀式をやめる選択肢はない。
美雨の側にいるためには力が必要なのだ。
(美雨が知ったら絶対反対されるだろうから美雨にも秘密にしておかないとな)
そう決心した光主は明日の美雨との外出の準備をするべく足早に廊下を歩いて行った。




