第50話 光延の消去法
「光延様を光の王配に選ぶことがこの国の為や光族の為になるというのはどういう意味ですか?」
浮かんだ疑問を尋ねると光延は何でもないかのように僅かに肩を竦める。
「単純な消去法ですよ」
「消去法?」
「ええ。光主兄さんは霊力も強く幼い頃から族長の長男として次期族長になる勉学を積んできています。それに光族の民からの信頼も厚く皆が光主兄さんが次期族長になることを願っているでしょう。だから光主兄さんは光の王配ではなく光族の族長となるべき人物なのです」
(光主様は光族の族長になるべき御方……皆から次期族長になることを願われている……)
光延の言葉は少なからず美雨を動揺させた。
この国には王配の存在が欠かせないがそれと同時に各部族の族長も有能な者がなることが好ましい。
政は女王と族長によって行われるのだから。
光主が有能なことは付き合いの浅い美雨でも分かることだ。
族長の長男として生を受けて教育をされた光主が次期族長になることを願う民の気持ちも納得できる。
(光主様は光の王配より族長になった方が民の為になるの……?)
自分の気持ちで光主を光の王配の第一候補にしているが果たしてそれが民の望むものと違うと言われたら美雨も光主を光の王配に選ぶことをためらってしまう。
美雨は民に寄りそう女王になりたいからだ。
光族の民が光主を族長にと望んでいるのにその民から自分が将来の族長を取り上げることになりはしないか。
そんな思いが美雨の心に芽生える。
動揺する美雨に気付かないのか光延はさらに言葉を続けた。
「光主兄さんが族長になれば次に霊力の強いのは月天さんでしょうが月天さんはあのような性格なので人望があるとは言えない。民も月天さんが光の王配に相応しいとは思ってないでしょう」
光延から見ても月天の性格が光の王配に不向きだと分かっているようだ。
その点だけは救いのようなものを美雨は感じる。
月天は散々自分が周囲から族長や光の王配に望まれていると話していたがやはりそれは月天だけの思い込みらしい。
「残りの王配候補者を見ると空月さんは一番霊力が弱いので光の王配になるのには力不足です。そして残るのは私か光拓ということになるけれど、ここだけの話ですがどうも光拓には他に想い人がいる気配があるんです」
気配も何もその光拓本人から想い人がいると聞かされている美雨は光拓を王配に選ぶつもりはない。
光拓は光延が自分に想い人がいることを知らないようなことを言っていたがどうやら光延はそのことに気付いていたようだ。
「というわけで私が次代の光の王配に選ばれればこの国の為にも光族の為にもなるのです。それに私は光の王配になって政に口を出す気はありませんし。美雨様の夫の役目はしっかり果たしますけどね」
チロリと光延が自分の舌で自分の唇を舐める。
美雨を見つめる視線に不快な欲情を感じて美雨はゾクリと背中に悪寒が走った。
女王と王配が身体の関係を持つのは当たり前だがこの目の前の光延とそういうことをするのだと思うだけで強い拒否感が美雨を襲う。
とても光延を夫に迎えることはできそうにない。たとえ消去法で光延を王配に選ぶことが国と光族の為になると言われても。
「と、とても、興味深い意見をありがとうございました」
「では私を光の王配に選んでくれますね?」
「…っ! ま、まだ、王配候補者の方全員とお話していませんのでこの場ではお返事できません」
押しの強い光延を牽制するように美雨はそう告げる。
実際にまだ空月とは話ができていないのだからこの言葉は嘘ではない。
すると光延は突然テーブル越しに身を乗り出して美雨の手を握ってきた。
突然のことで美雨は身体が硬直して動けなくなってしまう。
「消去法で私が光の王配に相応しいことを話してしまいましたが私は美雨様のことを愛しています。どうかこの場で私を光の王配に選んでください」
光主と同じく美雨に愛の言葉を伝えてきた光延だったが同じ「愛してる」と言われても美雨の心は嬉しさどころか恐怖を感じていた。
美雨の手を握る光延の手の力が強くなる。
(な、なんとかして、この場から逃げないと!)
危機感を抱いた美雨が光延の手を振り解こうとしても光延は手を離してくれない。
誰かに助けを求めたくてもこの中庭には滅多に人が来ないと光延は言っていたはずだ。
大声を上げれば太陽神殿の方まで聞こえるだろうかと考えたが手を握られただけで大騒ぎをしてもいいのだろうかという思いも頭を過ぎる。
だがこれ以上光延に手を握られ続けるのは苦痛だし怖い。
思わず美雨が恐怖で涙目になった時に低い声がその場に響いた。
「そこで何をしている? 光延」
その声にハッとして振り返るとそこには光主が立っていた。
(光主様!)
光主は鋭く光延を睨んでいる。視線だけで相手を殺せそうなくらい怒っている様子だ。
「光主兄さん! ど、どうして、ここに!?」
光延も光主が現れるのは予想外だったらしく酷く狼狽していた。
「この中庭は上位神官なら入れる場所だ。俺がいてもおかしくないだろう。それより光延。俺にはお前に手を握られて美雨様が怖くて涙目になっているように見えるのだが気のせいか?」
地獄の底から発せられるような冷たく凍えるような声で光主が指摘すると光延は慌てて美雨から手を離す。
「ち、違うよ、これは別に……」
「お前の言い訳はいい。美雨様、部屋にお送りしますので行きましょう」
「え、ええ……」
光主が動けなくなっていた美雨の手を取る。
すると美雨の中にドッと安心感が押し寄せてきた。
そのまま光主は美雨を連れて中庭を出て太陽神殿の廊下へと戻る。
「大丈夫か? 美雨。光延に乱暴されなかったか?」
心配そうに美雨の顔を覗き込む光主に美雨は首を横に振った。
「いえ、手を握られただけで……で、でも、どうしていいか分からなかったので助かりました。ありがとうございました、光主」
「……そうか。光延には二度と勝手に美雨の身体に触れないように注意しておくから安心してくれ」
「は、はい」
先程光延に握られていた手を今は光主が握っている。
しかし光主に対しては嫌悪感も恐怖も感じずむしろ安心感の方が大きい。
「美雨。明日は俺と外出しないか?」
「外出ですか?」
「ああ。光族の民の暮らしを見てもらいたいんだ。美雨も見たいだろう?」
(光族の民の話を聞けば民が光主様を次期族長に本当に望んでいることが分かるかもしれない……)
光延に言われたことで一番気になっているのは光主が族長になることが光族の民の為になるという部分だ。
光の王配だって光族の民の為になるという考えもあるが王配よりも族長の方が民に近い存在になる。
民から光主が族長になることを望まれているならそのことも踏まえて光の王配を選んだ方がいいのかもしれない。
「はい。民とお話したいです。よろしくお願いします」
美雨はそう返事をした。




