第42話 女王の愛の鎖
美雨を太陽神殿の客室に送り届けた光主は自分の部屋に帰り息を吐き出す。
棚に置いてあった酒の瓶とグラスを取り出しソファに座るとその酒をグラスに注ぎ口に含んだ。
少し甘みのある光族の特産品でもある「蜂蜜酒」が光主の乾いた喉を潤してくれる。
酒を飲みながら光主の脳裏に浮かぶのは愛しい美雨の姿だ。
「美雨が女王を目指す理由か……」
雷神の塔で彼女から闇の王配の事件を聞いた。
闇の王配が何者かに襲撃されて亡くなったことは知っていたがまさかその現場にまだ幼い美雨がいたとは思わなかった。
自分の我儘で闇のお父様を亡くしてしまったと語る美雨の身体は僅かに震えていて話の途中で何度も「これ以上話さなくていい」と言おうとしたか分からない。
彼女にとって闇の王配の事件は辛く悲しいことだったと伝わってきたからだ。
しかし光主は美雨が話すことを止められなかった。
彼女は確かに辛く悲しい表情ではあったがそれと同時に何者も侵すことができない決意に満ちた瞳をしていたから。
雷神の塔の階段を上るだけで体力が尽きるような華奢な身体なのに美雨の心はその身体とは反対に強くて揺るがないもののようだ。
闇の王配との約束だけでなく自分自身がこの華天国の民を救うために女王になりたいのだとも言った。
その民の中に悪しき心を持つ民がいてもその民が華天国の民ならその民も護るという彼女の言葉は現実を知る光主からすれば世間知らずのお姫様としか思えない。
この世の中にはどうしようもないクズ共が存在する。
光主自身も今までに何人もそういう者たちを自分の手で葬り去ってきた。
そのことを後悔などしてはいない。そうしなければ他の民が傷つくことになっただろうから。
「はぁ、美雨はとんでもない甘ちゃんだよなぁ」
そう呟きながらも光主は美雨のことを馬鹿にする気はなかった。
彼女の甘すぎるほどの心の優しさにも惹かれたからだ。
美雨が己の信念でこの国の全ての民を救いたいと女王を目指すなら自分はそれを光の王配として手助けするだけ。
もし彼女が女王になることに邪魔になる者がいれば自分が彼女に気付かれないように排除すればいい。
「それにしても光の王配に相応しい男になるにはあの方法しかないか…」
雷神の塔で美雨にも告げたが光主は己の霊力が光の王配としてまだ不十分だと思っている。
王配は女王と共に華天国に守護結界を張らなければならない。
守護結界を張るのにどれだけの霊力が必要か分からないが王配の持つ霊力が強ければ強いほど良いに決まっているはずだ。
今の自分自身の霊力が光族の中でも上位に位置していることは光主も自覚していたがそれではまだ納得できるものではない。
光族の最強の霊力を持つ男になって美雨の光の王配になるのだ。
そのためには神の加護を受けて自分の霊力を高めるしかない。
「美雨とのことがなかったら雷神と再び関係を持つなんて考えなかったが仕方ないか」
光主が考えているのは雷神の加護を受けて雷神の力を得ることだ。
美雨には月天と同じ月神の加護を受けると言ったがそれは雷神の加護を受けると話したら美雨が心配すると思ったからに過ぎない。
月神の加護を受けても光族の最強の男にはなれない。
月神より格上の雷神の加護こそが必要だ。
しかし雷神の加護を受けるための「雷神降ろしの儀式」には準備と適切な時期を選ぶ必要がある。
昔、月天が儀式に失敗したのは十分な準備と適切な時期を選ばなかった上に雷神を宿すには霊力が低かったことが原因だ。
「美雨と過ごす時間も作らなければならないが儀式に必要な準備もするか」
今の光主が「雷神降ろしの儀式」を成功させられるかは光主自身も分からない。
場合によっては今度こそ雷神に殺される可能性もある。
なので自分が儀式を行うことは誰にも悟られてはならない
特に族長の澄光に知られれば絶対に反対されるだろう。妨害される恐れもある。
雷神に傷つけられた背中の傷跡が疼く気がした。
あの雷神に襲われた恐怖は光主の心にも根深く残っているがそれでも光主の瞳には固い決意が浮かぶ。
「絶対に雷神の力を手に入れて美雨の光の王配になってやる。美雨、お前だけが俺を狂わせるようだ。俺を狂わせた責任を取ってくれよ」
自ら力を欲することのなかった自分が今はどんな手を使っても力が欲しいと思う。
美雨の側にいることを許されるだけの力が。
力を欲することは諸刃の剣。
手に入れた強大過ぎる力に溺れてしまえばこの国を護るどころかこの国を破壊しかねない。
(ああ、そうか。だからこの国には「女王」が必要なのか)
各部族の六人の王配はその時代で最強の力を持つ者が選ばれるのかもしれない。
そしてその強大な力を持つ「六人の王配」が自分勝手に力を振るうことがないように「女王」が存在し「六人の王配」の力を制御する役割を担っているのだろう。
守護結界を張れるだけの強大な力を持つ「六人の王配」たち。
その「六人の王配」を愛情でまとめる「女王」。
初代女王が強い霊力を持っていたのは事実だったかもしれないがその時に選ばれた初代の六人の王配も強大な力を持った者たちだったのではないか。
その六人の王配を争わせないように初代女王は彼らを「愛」という鎖で己に繋いだ。
だが愛の鎖に繋がれても六人の王配たちが幸せを感じていたことは間違いない。
彼らは嬉々として女王に従ったはずだ。自分の愛する女と共にいられる以上の幸福などないのだから。
そう考えると光主は自分の気持ちに納得できる気がする。
たとえ守護結界のためだと言われて自分の力を美雨に利用されても光主が怒ることはない。
美雨の愛さえ受けられれば光主にとって他のことなどどうでもいいとさえ思えるからだ。
族長の長男として民のためにあるべきと教えられたことも美雨に出逢った今では光主を縛る鎖にはならない。
今の光主を縛れるものがあるとすれば美雨の愛情だけだ。
美雨が望むのであれば民が理想だとする王配として振る舞うことも苦ではない。
美雨の愛さえ得られるならば自分はどんなことでもする。
「雷神降ろしの儀式」で命を懸けることさえ厭わない。美雨の愛は命を懸ける価値がある。
「我ながら破滅的な思考だな…」
光主は自嘲的な笑みを浮かべる。
それでも美雨を愛する気持ちは抑えられない。抑えるつもりもない。
それほどまでに光主の心は美雨に囚われていた。




