第102話 氷室の独自の霊力攻撃
氷室は美雨の部屋を退室すると急ぎ水連の部屋に向かう。
光主の言葉で水連と光主が遭遇し、その時に何らかの出来事があり水連にケガを負わせたかもしれないと匂わされたからだ。
(何があったかは知りませんが水連のケガの程度によっては許しませんよ)
水連の性格が野心家で性悪なことは氷室も分かっているがそれでも水連は自分の弟だ。
弟を傷つけられて何も報復しなかったら兄としての氷室の気持ちがおさまらない。
元々、光主に対して良い感情など持っていないのだから。
水連の部屋の前に来た氷室は扉をノックする。
「水連。私です。氷室です。少し話がしたいのですが入ってもいいですか?」
そう声をかけるが部屋の中から応答がない。
一瞬だけ部屋の中に水連はいないのかと思ったがそっと扉越しに部屋の気配を伺うと人のいる気配がする。
水連が部屋にいるのは間違いなさそうだ。
(もしかして返事もできないほどのケガを負わされたのか……?)
水連は氷室や海人に比べれば霊力は劣るがそれでも水族の族長の息子として認められるだけの霊力も力も持っている男だ。
その辺の奴らでは水連に深手を負わせるのは困難なはず。
けれど光主にはあの得体の知れない霊力がある。
もしその霊力の力を使われたら水連では太刀打ちできなかったに違いない。
その場合、水連が大ケガした可能性は高い。
たとえ光主が手加減したからかすり傷程度しか傷つけていないと言っていたとしてもその言葉を鵜呑みにする氷室ではなかった。
「水連。入りますよ」
一声かけて氷室は水連の部屋の扉を開ける。
部屋の中は窓のカーテンがピッチリ閉められている上に明かりがついていないので暗かった。
その暗闇を目を凝らして見るとベッドの上に布を頭から被った水連の姿を確認できた。
「水連。無事でしたか」
「ひ、氷室兄貴……」
返事をする水連の言葉はとても小さく声が震えている。
「とりあえず明かりをつけますからね」
「……っ! ま、待ってくれ! 明るくしたらあの化け物が来るかもしれないからつけないでくれ!」
必死に訴える水連の言葉に氷室は眉をひそめる。
(水連の言う化け物とはあの男のことでしょうか……?)
氷室の脳裏に浮かぶのは光主の顔だ。
もし水連が光主の中の霊力の塊の存在を認識したなら光主のことを化け物と表現してもおかしくはない。
「大丈夫です、水連。あの男が来ても私が水連を護りますから。だから明かりをつけますよ」
水連を安心させるように優しい声でそう言うと氷室は部屋の明かりをつけた。
改めてベッドに近付き水連を見ると布を被ってベッドの上に縮こまるように座っている水連の顔は蒼ざめその瞳には涙が浮かんでいる。
その様子を見れば水連が余程怖い思いをしたことは明白だ。
「ひ、氷室兄貴ぃ……」
「とりあえず何があったか教えてくれますか? 場合によっては相手が美雨様の光の王配であっても水族の王配候補者を傷つけた者として正式に抗議しますから」
水連と光主の間にどんな出来事が起こったのかまずは事実確認が必要だ。
見る限り水連の身体にケガらしいものはないようだがこの怯えようは尋常ではない。
少なくとも水連の精神が傷つけられる何かをあの男はしたのだ。
「う、うん……俺があの光の王配の男に廊下であったからあの男に俺を美雨様の水の王配に推薦してくれないかって言ったんだ」
「……美雨様の水の王配に自分を推薦しろと……?」
「だって俺は水の王配になりたいからさ! 水の王配になれば政なんて難しいことしないでいい上に女を囲って楽しく暮らせるだろうと思って…あの男にもそういう話をしたら急に怒って俺の首を絞めたんだ。その力が化け物みたいに強いし理解できないぐらい強い霊力を向けられて俺があの男に「化け物」って言ったら自分は「神」だとか訳の分からないこと言ってたけど今度会ったら殺すって脅されて怖くて部屋に逃げ帰ったんだ」
「……今、何と言いましたか? 美雨様の水の王配になって美雨様以外の女を囲って生活したいと……本気で思ったのですか?」
氷室の声は先ほどまでの水連を労わるような優しい声ではなく冷たい氷の刃のような声に変化した。
その声に水連はビクッと身体を震わせて氷室の顔を見る。
「い、いや、だって、王配なんて複数いるんだから女王ひとりで満足するわけないじゃん! だから王配には愛人がいるはずだし女王だって王配以外の愛人がいる可能性だって……ひっ!!」
その瞬間、氷室が腰から抜いた半月刀の切っ先が水連の喉元に突きつけられた。
「それ以上、女王を、いえ、美雨を侮辱するなら、たとえ貴方が私の弟でも許しません。美雨が自分の王配たちを裏切るなどこの国が滅亡することよりありえないことです」
氷室の空色の瞳には水連がこれまで見たことがないほどの剣呑な光が宿っていた。
その光は殺意と言っても過言ではない。
本気でこれ以上水連が美雨を侮辱する言葉を一言でも発したら自分の命が消えることになると水連は本能的に感じ取り恐怖で身体をガタガタを震わせる。
「貴方のことを心配して様子を見に来たのですが心配をするだけ無駄だったようですね。あの男が貴方に制裁を与えたのは当然です。この世に美雨を侮辱してよい者など必要ありませんから」
すると突然ベッドの近くにあった花瓶が割れてその中にあった水が氷室の首に紐のような形状になり巻き付いてくる。
命の危険を感じた水連が自分の霊力を使い氷室に抵抗しようとしたのだ。
水族の霊力は主に液体に影響を与えられる特徴を持つ。
花瓶の中の水を霊力で操り水連は氷室に攻撃を仕掛けてきたようだ。
喉元に半月刀の切っ先を突き付けられて身動きができない水連ができる精一杯の反撃だろう。
「あの男に攻撃された時は動揺して反撃できなかったけど氷室兄貴も俺の力をバカにし過ぎじゃないのか!」
水連の声に呼応するように氷室の首に巻き付いた水の紐が氷室の首を絞めつけてくる。
だが氷室が僅かに唇を動かして呪文を呟くとその水の紐が霧散して消えた。
「なっ!?」
驚く水連に氷室は冷たい笑みを浮かべる。
酷薄な表情の氷室は壮絶なまでに美しい。
まるでこれから死にゆく者に最後の餞を与えるように。
「水連。この程度の霊力で私に敵うわけないでしょう。水族の霊力とはこのように使うのですよ」
氷室の言葉が終わると同時に水連の身体が燃えているかのようにカッと熱くなった。
身体が燃えているのではない。身体の内側を流れる体内の血が異常な熱を持ちその熱さで身体が燃えている感覚になったのだ。
「ぐわああぁーっ!」
水連はベッドの上で悶え苦しむ。
当然、水連の体内の血を発熱させているのは氷室の霊力だ。
この力を氷室は敵以外に使ったことはないしあまりに苦しんで相手を殺す方法なのでこういう力が使えることを氷室は身内に黙っていた。
族長すら知らない霊力の使い方だ。
水族の液体に影響を与える霊力の特徴を活かして編み出した氷室の独自の霊力攻撃のひとつ。
まさか氷室も自分の弟にその方法を使う日が来るとは思わなかった。
この攻撃の最大の特徴はあとで死体を検分しても見た目は突然の心臓関係の病死として判断される点だ。
これを悪用すれば痕跡を残さず相手を暗殺できてしまう。
ただこれの欠点は自分より霊力の弱い者にしか通じないというところだ。
しかし現状氷室の霊力を越える水族の者はいないと思われるが。
(ですがここで水連が死んでしまったら何かと厄介なことにもなりかねないですし命だけは取らないでおきましょうか)
美雨を侮辱する者など弟であっても許すつもりはないがここで死人が出てしまっては美雨の水の王配選びに悪影響が出てしまうことも考えられる。
自分が無事に水の王配に選ばれるまではどんな些細なことでも気をつけて行動するべきだ。
(それにしても私が弟を害する人間だとは自分でも思いませんでした。でも美雨を手に入れるためなら私はどんなことでもすると誓ったのですから仕方ないですね)
妹を亡くしそのために自分が幸せになることを諦めていた自分自身が今では遠い過去のように思える。
今は自分と美雨とが幸せになる未来を思い描いている氷室だ。
愛する女ができた途端に実の弟の命を奪うことも辞さなくなるなど非道な人間としか呼べないだろう。
でも氷室の心は美雨に恋をしてから変わってしまった。
彼女を得るためなら自分は非道にも鬼にも悪魔にもなれる。
美雨の愛はそれほどまでに尊いモノなのだから。
彼女の愛が女王の愛が氷室を狂わせる。
だがその愛に狂う自分に氷室は喜びしか感じないのだ。
(我ながら破滅的な考えですね……私を制御できる者がいるとすればきっと美雨だけでしょう)
氷室が霊力攻撃をやめると悶え苦しんでいた水連はベッドの上に倒れ込んだまま激しく呼吸を繰り返す。
このまま死ぬことはないがしばらくは休養しなければ回復しない程度のダメージは与えたはずだ。
「貴方は美雨の水の王配選びが終わるまで急病だということにしてこの部屋から出ないようにしてくださいね。私も妹に続いて弟も失いたくないですから」
「……ば……ばけ……もの……」
それだけ呟くと水連は気を失った。
あとで使用人に水連が急病で倒れたことにして世話をさせれば問題ないだろう。
見た目は誰から見ても病人にしか見えないのだから。
「そういえば水連はひとつ気になることも言っていましたね。光主が自分のことを「神」と言ったとか。もしかしたらそこからあの霊力の秘密が分かるかもしれません」
氷室はそう考えながら水連の介抱をさせるための使用人を呼びに行った。




