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8.王子の矜持

 

 岩落鳥(フォーゲル)による第二王子と伯爵令嬢の襲撃事件が起きてから、二日。

 状況は、好転していなかった。と言っても、状況の変化がなかったわけではない。状況は確かに変化した。それも、悪い方向に、だ。


『王子殿下、お呼びの結界術師ですが、数時間前から姿が見えず……城全体に通達を出しましたが、現在見つかっておりません』


 その返事が返ってきたのは、執事であるカルデンを使いにやってから、数十分経ってからのことだった。その言葉が何を意味しているのか、王子にとってそれは簡単すぎる謎掛けだ。

 


 ―――明らかに、謀略


 それが、結界術師の主犯によって計画されたものなのか、はたまた組織犯か、ということは未だ分からない。しかし、あのタイミングで不自然に結界が無効化されていたのは、偶然でも、結界術師の失態でもなんでもなかった。確実に、故意に起こされた事件なのだ。


「一気に、紐がほつれた……――結界術師は厄介だな」


 嘆息するとともに、一人になった執務室で王子は呟く。

 結界術師、それも王城勤めの、ともなれば国内でも最上級の技量を持っている人間ということになる。それだけの技術を持った人間が、事実隠蔽のために動いたり、姿をくらますなどすれば、それは本当に厄介なことになる。存在を捕捉するだけでも至難の業だ。


「――少し、出掛けるか」


 結界術師が厄介なのは、その存在を捕捉するのが難しくなり、追跡が出来ないことだけではない。その存在の透明性を暗殺などの方向性に活かされれば、それは存在を捕捉することのできない透明人間が暗殺者になっているも同然だ。そんな情報が城下に広まれば、国民はパニックになる。

 だからこそ、結界術師には特に待遇を良くし、王国、ひいては王族への忠誠を誓わせていたはずだ。それなのに、何故――。


 王子は黒いフードを掴み執務室から出る。護衛のためについて来ようとする衛兵を手で制し、足音を吸い込むカーペットを踏みしめながら、王城の外へと出向いた。と言っても、王城という一つの建造物から出ただけで、敷地としての王城の中ではある。

 

 遠くから馬の嘶き、蹄の鳴らされる音、騒々しい雄叫びが聞こえてくる。

 何度か、王子としての公務でも関わったことのある場所である。圧倒的な透明性を持つ結界術師に唯一対応できる猛者たちの集まる場所――騎士団演習場。

 騎士団の中でも一握りの人間である『紫隊長』であれば、王城勤めの結界術師に対応できる。



「『紫隊長』グラルド卿を、お呼びいただけますか」


 フードを深くかぶり、声を低くして、騎士団の門番に告げる。

 しかし、紫隊長レベルの人間を呼ぶのがこれだけ怪しい人物であれば、門番としても警戒するというものだ。訝しげな視線を向けながら、門番が断ろうと前に踏み出して――止まった。


「『紫隊長』グラルド卿を、お呼びいただけますか」


 繰り返される要求。差し出された、『絶対服従の印』。

 門番は口を噤み、小さく礼をすると一人がグラルド卿を呼びに中へと入っていった。

 

 絶対服従の印。

 それは、王族からの秘密の命を司った人間のみに与えられる一種の許可証であった。王子である彼も、当然持っている。その印は全ての要求を絶対のものとし、同時にその印を見た者に絶対的な緘口令を敷く。今、このフードの男は『怪しい不審者』から『全ての力を持つ絶対主人』となった。


 王子は絶対服従の印を懐へとしまい、更にフードを深くして門番から数歩離れる。

 王子としても、これは秘密裏に行われなければならない捜査だ。紫隊長との接触も、王子が行ったものとして認識されてはならない。全ては緘口令によって口止めされた、秘密の事実として葬り去られなければならない。


「――グラルド卿を、お呼びいたしました」


 先程中へと入っていった門番が帰還する。

 同時に、彼の後ろから鎧のぶつかる金属音が連なって聞こえてきた。そして、『紫隊長』グラルド卿が姿を現す。こげ茶の髪をオールバックにして固め、巨躯を張って現れた彫りの深い顔の男。この男こそ、王国における最高戦力の一人だった。


「『紫隊長』グラルド、参上しました――ご用件は」


 巨躯を大きく揺らし、鎧の金属音を五月蠅く鳴らしながら、フードの男に対して跪く。

 そんなグラルド卿を一瞥してから、王子はついてくるよう合図を見せ、その場から離れた。グラルド卿も何の疑問を抱く様子もなく、王子についていく。

 王子は、フードを深めたままに歩みを進め、騎士団演習場から少し離れた物陰へと入っていった。王城の中では限りなく人気と縁のない場所だ。周りを確認して、王子はフードをとった。目の前のフードの男が王子であることを理解して――グラルド卿は何ら驚くことはなかった。


「久しぶりだな、グラルド卿」


「ええ、お久しぶりです、王子殿下」


 丁寧にお辞儀して見せるグラルド卿に、王子は睨めるような視線を向け、はぁ、と小さく息を吐いてから拳を握った。そして、自らの持つ最大限の力を以て、グラルド卿の鎧に包まれた腹を――正拳突き。


「何とも、型に嵌った話し方が出来るようになったようだな」


「……そうでもねェぜ? さっきだって面倒でしょうがなかったしな――。騎士団はいいぜ? どんだけ乱暴に叫んだッて、ソレも訓練の内だっつって適当解釈だ」


 先程の丁寧な仕草とは一転して、姿勢を崩しガハハハと笑うグラルド卿に、王子は納得したような瞳を向ける。

 グラルド卿は、今でこそ貴族の階級を貰い受け、騎士団の最高位かつ王国の最高戦力の一人に数えられている。しかし、元は裏家業の人間だった。その男を矯正し、騎士団に入れた少年こそ、誰あろう、グラルド卿の前で壁に寄りかかって腕を組んでいる、第二王子なのだ。

 グラルド卿の出自を知るのは王子を含むごく少数の人間ばかり。そして、王国に対する忠義などないようなこの男が騎士団の統率者として手綱を握られているのは王子の存在ありきだ。


「んで? 王子がわざわざってのも珍しい。しかもあれだろ? 『絶対服従の印』を出したらしいじゃねェか――緊急事態か?」


「間違いなく、な。詳しいことは話せないが、結界術師が姿をくらました。王族の暗殺計画が進行している可能性がある」


「結界術師、しかも王城勤めだろ? なるほどな……そりゃ『紫隊長』案件ッてわけだ」


「これは秘密裏の命令だ。騎士団員相手、そして私以外の王族にも、詳細を話すことは許可しない。但し、危急の事態が起こり、私の許可を取ることのできない状況に限って同じ『紫隊長』には事情を明かすことを許可しよう」


「俺一人で全部やれってのか? ハァ……王族ってのはコレだから」


 口ではそうやって文句を漏らしながらも、グラルド卿は鎧をガチャガチャと鳴らし、王子の前に跪く。

 騎士として。それは裏家業の時には絶対に使うことのなかった姿勢。身を低くし、誰かに服従するなど、自分の人生であると思っていなかったグラルド卿にとって、今ではそれも慣れたものとなった。

 

「王子殿下の御威光が向かう道こそ、我が道。貴方の御意志が儘に――どうだ、完璧だろ?」


「最後の一言以外は、な」


 王子は一言冷たく言い捨てて、もう一度フードを被った。そのまま、王城へと戻っていく。

 久しぶりの悪友との再会だというのに、王子は長く居座ろうとはしない。口調だって、性格だって、グラルド卿の影響は意外に大きかった。これ以上の影響が現れれば、流石に社交の問題が生じる。

 グラルド卿との接触、会話はある程度に抑えておかねば、と王子は自らに枷をかけていた。


『ほんとに、難儀な性格だなァ』


 そんなグラルド卿の声が聞こえてきそうな気がしてくる。

 しかし、王子は王子でなければならない。彼は、自分である前に王子なのだから。

 生まれて自らの名を授かるより先に、母の胎内にいた頃から、彼は王子だ。それは、絶対に覆らない事実だった。

 だから――、彼は王子としての矜持を絶対に見失わない。

 

 フェナリとの婚約然り、グラルド卿との関わり然り。

 すべては王子としての矜持を抱き、守るため。ただ、それがために。




 そんな王子が、自分よりか弱いはずの少女に護られた。それは、彼の王子としての矜持を傷つけられることと同義だ。

 フェナリは、本来魔術を使うことが出来ないはずだった。あの状況で、前に出て本来戦うべきは自分だった。フェナリが強かったから、ではない。自分が戦うことが出来なかったから、彼は自らの矜持を傷つけられたのだ。否、自らで傷つけたのだ。



 ――次は、自分が守らねばならない



 それは一つの決意であり、誓いであり、彼が自らに課した課題でもあった。

 全ては、自らの矜持のために。自らを束縛し、自らの背を押す、自らの矜持のために。

 自分の身も、フェナリの存在も、その他大勢の国民も家族である王族誰一人をも、犠牲にしない。全てを護りきる。それが、自らの矜持の行きつく先なのだと信じて。



  ◇



「――カルデン、近日中にメイフェアス伯爵家に向かう。メイフェアス伯爵へと通達を頼む」


「王子殿下自ら、ですか……?」


「そうだ、フェナリ嬢と話さねばならない」


「……分かりました、準備をいたします」


 書状をしたためるため、カルデンが執務室を後にする。

 その背中を見送ってから、王子は小さく息を吐いた。全ては、自分の過ちを正すためだ。そのために、改めて、フェナリと言葉を交わさねばならない。

 自らの力不足と、努力不足。それらを少しでも償う必要がある。


「フェナリ嬢、そなたは……何者なのだろうな」


 王子の小さな呟きは、月夜へと呑み込まれていった。

 それは無常に。そして同時に必定だった。

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