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怪物狩りの少女、異世界でも怪物を狩る!~何をすればいいのか分からないので一旦は怪物倒しておこうと思います~  作者: 村右衛門
第2章「予言者の国」

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53.厳然たる籠獄


 ――幻術を現実に固定している。


 そう、アロンは黒の男の正体について推測していた。そして、その推論は正鵠を射ている。

 偶然か否か、彼の言葉はまさに『厳籠』の手札を読み切っていたのだ。隠されていた、もう一枚の札を。もう一つ、秘された最終札を。


「作戦変更と行こうか――」


 ムアが『津波』の特殊魔術を以て『厳籠』の体を地面に叩きつけ、その腹に釣り下がった骨の籠を打ち砕いたのは、グラルド卿が黒の男を打ち倒す五秒ほど前のことだった。その直後、無敵の装甲を失った『厳籠』に対して集中砲火を浴びせるムアの攻撃をかいくぐり、『厳籠』は遙か上空へと飛び上がった。

 更に上空を目指し、その翼をはためかせる『厳籠』は、空途にて地上のグラルド卿を視界に捉える。その手に握る大剣の切っ先を、凄まじい速度で移動しているはずの自分に向けている、彼の姿を。


「最悪だ。面倒なことが起こりすぎだろうよ、本当に。花樹だけが脅威かと思っていたのに――」


 恨み言を漏らしながらも、しかし『厳籠』の瞳は闘争心を失くしていなかった。人の拳以上もあるその瞳には、遥か広い世界が映っている。未だこの世界の人間の到達したことのないであろう、この上空、この高度。その位置からの世界を下に見て、しかし『厳籠』が見据えているのはただ、自分の敵たちだけだった。


「現世の重愛――。厳格なる牢獄――。絞縛の妖籠――」


 今回の作戦で、二度目となる完全詠唱。しかしその呪詛は、一度目、フェナリに対して詠んだものとは異なっていた。『厳籠』の持つ能力が幻術一つだと、誰が断言しただろうか。誰が、それを証明していただろうか。


 ――『厳籠』の持つ固有の『妖術』は、二つ。


 一つは幻術であり、ここまでフェナリらを苦しめてきた強力な秘技である。しかし、『厳籠』の持つ能力はもう一つあった。その字を考えれば、こちらの能力の方がしっくりくるのかもしれない。

 その字を、意味通りに捉える――『厳しい籠』なのだと。



「魂魄――『厳然たる籠獄』」



『厳籠』の腹、先程までは籠の吊り下がっていた部分から、骨が伸びる。それは空気を切って進み、巨大な骨の籠となった。最初に吊り下げていたものとは比べ物にならない大きさである。そして、それを腹に吊り下げたままに、『厳籠』は上空から地上へと突貫を始める。

 

「使いにくいから、この術は苦手なんだけどね。けどまぁ、こういう使い方なら少しは役に立つでしょ」


 そう呟いた『厳籠』の声は、凄まじい速度で減少するその高度に追いつけず消えていった。

 そして、『厳籠』の体躯は地上へと近づき、その骨の籠は――いや、骨の籠獄は、地面に突き刺さっていとも簡単に大規模な拘束具としての役目を果たし始めた。


「この術、本当にこれしかできないんだよね。ただただ『壊せない』籠獄を作り出す、っていうそれだけ。使いにくいったらありゃしない。まあ、幻術そのものを籠獄に入れる、っていう拡大解釈で黒の男とかが生まれたわけだから、本当の無能ってわけじゃないんだけれど」


 引き上げるにも、狙った場所に落とすにも一苦労な極大籠獄を腹から外し、ふぅとわざとらしく息をついて、『厳籠』は改めて周りを見回した。

 ムアに自らの無敵装甲の絡繰りに気づかれ、しかも打破される――それは正直予想外だったと言わざるを得ない。というより、『厳籠』の作戦はいつも行き当たりばったりだ。予想外でなかったことなんて、起こっていない。ただそのたび、作戦を変更し続けているだけ、そして『厳籠』には咄嗟に繰り出せる、嫌な作戦が幾らでもあるだけなのだ。


「ひとまず、念には念をってことであの場にいた全員分巻き込んだはず。この籠獄は時間制限付きだし、時間稼ぎにしかならない代わりに誰にも破壊できないようにできているからね。あの化け物も、今だけは無力化できたってことだ」


 どんな化け物であっても、どんなグラルド卿であっても、この籠獄だけは壊せない、と『厳籠』は明確な自負を持っている。ここまで予想外のことが重なっていることは認めなければならないが、しかしこの技については圧倒的な使えなさの代わりにその絶対性だけはあると思っている。


「逆に、その絶対性すらないんだったら本当に無能でしょ、これ」


 怪物の頂点たる『三大華邪』と言えど、その『妖術』は授かりもののようなものである。実際、各々の意思によって特定の『妖術』を得ることは基本的に出来ない。そして『厳籠』はその例外になることなど、到底できなかったのだ。

『厳籠』の持つ二つの秘技。『幻術』と『籠獄』は、それぞれその名の通りに受け取ったものであるが、『厳籠』はその内で幻術ばかりを愛用していた。そして今回も、そのスタンスを護り続けるつもりだったのだ。時間稼ぎなど、必要ないと考えていたから。しかし、それでは上手くいかなくなった。


「時間稼ぎ、と言っても……何のための、なのかは決まってないんだけど」


 敗北を認め、逃げ去るための時間稼ぎなのか、それとも次の作戦を考えるための時間稼ぎなのか。『厳籠』の中で、その答えは出ていない。

 籠獄の制限時間を考え、まだ時間はあるか、と思いながら『厳籠』は静かになってしまった騎士団演習場をその巨躯で歩く。戦闘能力のある人間は、この場にはいない。恐らく、籠獄から逃れえたのは遠くから指揮をしていた指揮官位の者だろうが、その戦闘力は『厳籠』を脅かすことが無い。ゆえに、ゆったりと緩慢な動きで歩いていようとも何ら問題はない。


 ――その油断は大敵であった。


「――そういえば、花樹は……戦場に間違いなくいると思ったんだけれど、見かけなかったな」


 そう呟く『厳籠』は、怪物の第六感的なもので気づいていたのかもしれない。彼女の歩みに。その、花刀の生命に。

 

「――蒼花一閃・朝顔」



  ◇



 渋々ながらに部屋での待機を続けていたフェナリは、しかし常に外の状況を確認していた。アロンの言っていた条件がいつ成立するか分からないからだ。そして、その条件――「グラルド卿以外の継戦不可」が成立したのなら、すぐにでも自分が出陣し、戦線を維持しなければならないからでもあった。

 そうやって、常に戦場へと意識を向けていたからこそ、フェナリは戦況の変化にすぐに気づくことが出来た。


「――よし、来た」


 遠くから見ている限りでは戦況の片鱗しか分からない。『厳籠』の展開している妖力を辿ってみても、その具体的な状況は把握しきれない。しかし、今ちょうど戦況が大きく変化したことは分かった。だから、フェナリは出撃する。

 条件が成立していればそのまま戦場へ。成立していないのであればすごすごと戻るだけだ。


  ◇◆◇◆◇


 アロンとディアムもまた、戦況の変化の報告を受けていた。と言っても、伝令の騎士たちも同時に『厳籠』の籠獄に囚われたため、その報告を上げてきたのは騎士ではなく伝令のみの役目を持つ者たちだ。彼らは咄嗟の状況に対応するため、戦場からは少し離れたところで状況を観察していた。

 報告を受けて、アロンは判断する。覚悟を決めないといけないのだと。


「どうしても、やらなければならないことが出来ました。一度、離席します」


 そう言って、アロンは指揮本部となっている部屋を出た。後ろからはディアムの困惑の声も聞こえてきたが、それを半ば無視してアロンの歩みは進む。目指すのは当然、フェナリの部屋だ。

 アロンは、どうしてもフェナリを危ない目に遭わせたくない。どうしても、戦線投入はしたくない。しかし、それだけの我儘を貫き通すには、状況が悪いのも知っている。


 ――アロンはフェナリを赦しているのだと。


 そのことを、グラルド卿はフェナリに信じさせた。そして、アロンは彼女に信じられている立場なのだ。ならば、今度は彼女を、自分が、信じてやらなければならない。

 フェナリを、戦線投下する覚悟を。フェナリが帰ってくるという、信頼を。


「アロン殿下、出陣という事で間違いありませんか」


「――っ!?」


 覚悟を決めた瞬間、目の前にフェナリが現れた。丁度フェナリの部屋がある棟に向かう最中だった。アロンは困惑しながらも頷きを返す。それだけで、フェナリは満足したようにそのままの勢いで戦場の方向へと走っていった。


「フェナリ嬢――っ! ……何があろうと、帰ってきてくれ」


「はい――!!」


 返ってきた声の勢いに圧されてか、その威勢を信頼してか、何にせよアロンは、フェナリを送り出すこととなった。その背中が遠ざかっていくのを、アロンは刹那の間見つめていた。しかし、その刹那ののちにはフェナリの姿は見えなくなる。

 改めて、彼女が規格外であることを思い知らされ、アロンはその軌跡の遠いことを知った。恐らく、戦闘力という面で彼女に追いつくことは、これから一切不可能なのだろう。しかし、であれば何もしないかと言えばそうではない。

 

 ――ある一点に劣るなら、別で。


 そう思えるようになったのも、フェナリのお蔭だ。ならば、その恩人が生きて帰ってこれるように、自分が支えなければならない。

 アロンは、指揮本部へと、戻っていった。



  ◇



 ――朝顔。アナタに絡みつく。


「地味に……っ、痛いねぇこれ」


 骨の籠を失った『厳籠』は、久しぶりの痛みというものを感じる。言葉通り、絡みつくような斬撃は決定打にはならずとも、ようやく会えたその怒り(よろこび)を表現するには最適だった。

 フェナリに、そして花樹(フアシュ)に、『厳籠』や『三大華邪』に対する私怨だとか、仇だとかそう言ったものは存在しない。ただ、『雅羅』に述べた通り、その生き方に対する根源的な怒りは存在する。恐らく、『三大華邪』はこの世界で言う悪魔と同じようなものなのだ。生きるものを蔑み、弱きものを食らう。しかも、はっきりとした意識を持って、である。

 一切の意思なく、思考せず、野生の本能に従って弱肉強食の理に則す、というのであれば理解できる。それは本来の在り方だ。それを否定するのは傲慢である。しかし、そうではないのだ。


「意思を持ったタダ飯喰らいの怪物――『三大華邪』」


「酷い言われようだなぁ。そう言った歪んだ教育が歪持ちの人間を生み出す……恐ろしい話だよ。そもそも、君のような年端も行かない少女を戦場へと送り込んでいる時点で――」


「御託はいい。死に失せろ――花刀の養分として」


「――本当に、酷い言われようだ」


『厳籠』の口は良く回る。『雅羅』の推測に、前世の世界の人間は『三大華邪』に唆されたのではないかというものがあった。聞いたときにはそんなことがあろうものかと疑っていたフェナリだが、目の前の怪物が饒舌に言葉を吐きだすところを見るに、その推論もあながち間違いではないのかもしれないと思えてくる。

 言葉というのは、嫌に力を持つ。思考できる生物にとって、それは薬であり刃であり毒となる。だから、フェナリは今だけ耳を閉ざすのだ。『厳籠』の言葉に耳を傾ける意味はない。その身に辛い過去だとかどうしようもない理由があるのだとすれば、こんな軽薄で嘲笑的な瞳はしていない。


「お前は、化け物だ――」


「光栄だね、化け物にそう評されるというのは」


 フェナリが、花刀を構える。『厳籠』討滅作戦――最終局面である。


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