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4.王子殿下とのお茶会

小説本文では明言しておりませんので、ここで投稿時間や頻度について改めて記載します。

投稿時間は20時00分で固定(今後変更する可能性もアリ)です。

投稿頻度は1章完結までは毎週日曜日・水曜日となります。その後についてはまた改めて公開します。

今後とも村右衛門の小説をお願いします。

 

 この世界は、脆い。

 人も、動物も、虫も、少女にとっては怪物の殆どすらも、脆い存在だった。

 

 そして、脆い存在は強い存在を疎み、自分たちの天敵だと断じて敵視する。

 その末に、少女は命を落としたのだ。そして、烏の予想が正しければもう少しでこの世界に適応し、自分は妖術を使うことが出来るようになる。

 それは、少女にとって自らの身を護り、自らの本来の敵たる怪物たちを討滅するための力だ。

 

 しかし『力を得る』=『周りから虐げられる』というのが前世の少女の意識に植え付けられた方程式である。これは、今まで彼女にとっての絶対的価値基準だった。と言っても、彼女自身の中に生まれたものではない。周りの環境故に少女の心に刻まれてしまったものだ。


 そんなことをハンデにしてしまわなければ、誰も少女に相対できない。

 だから、やはり世界は、人は、周りの存在は脆いのだ。自分が守らなければならないほど弱いと同時に、自分を守ってくれはしない、何とも不条理な存在なのだ。



 ――と、厭世思考を巡らせてみても、残念ながら王子とのお茶会は無くならない。


 確かに器である伯爵令嬢フェナリならば王子との位の違いは大きくないのかもしれないし、その器に宿った自分がその王子と婚約者という関係にあることもおかしい話ではないのかもしれない。

 しかし、どうしても王子とお茶会などと考えれば憂鬱な気分になる。



「――見えてきました。王城です」


 馬車に揺られて数里ほど。

 フェナリは王子とのお茶会を避けることが出来ぬままに王城へ到着した。

 伯爵領を出立するときにもその街並みと寂華(じゃくか)の国の街並みを比べ、その差異に驚いたものだが、王都に入り、実際に王城を前にしてみれば何とも恐ろしさすら込み上げてくる。

 それが人間によって建てられたものであるなどと、彼女には信じられなかった。フェナリの記憶から王城の見た目とその規模は理解していたが、実際に実物を見てみればその記憶すら曖昧なものに過ぎなかったのだ、ということを理解させられるのだ。

 

 最早一つの山のようにも見える王城との距離が近づけば、その全体像は視界からはみ出すようになっていった。


 門に到着すれば、門兵による検問があるが、伯爵家の家紋をつけた馬車に乗ったフェナリは質疑を受けることなく歓迎を受けた。

 一つ一つの馬車にわざわざ複雑な文様を刻ませている理由が一つ、分かった気がする。しかし、これは諸刃の剣なのではなかろうか。


「私なら、馬車にはどこかの貴族の文様を刻むわ。そうすれば王城に侵入するのも簡単だもの」


 ふと、フェナリが呟く。

 物騒な発言だが、王城の警備の隙を突いた考えではある。文様を見ただけで伯爵家であることを判断し、その馬車を素通りさせるのであれば、伯爵家なりそれ以上でも、貴族の文様を馬車に刻ませておくだけで王城の警備はすり抜けられるのではないか。


「いえ、そういうわけではないのですよ、お嬢様。貴族の文様には複雑な魔術式が組み込まれているのです。それは完全に口伝で一つ一つの貴族家に伝わっており、真似することは出来ないのですよ」


 成程、それはまた素晴らしい警備だ。

 フェナリは少しだけ空いていた時間で可能な限りフェナリという少女の記憶を探った。大体の記憶は意図的に探ってみなければ思い出せなかった。

 その中で最も興味深い、と思ったのはフェナリにとっては魔術、という概念だった。

 前世では妖術が、この世界では魔術が市民権を得ている。


 そして、フェナリはその魔術を扱えなかった。

 それは、伯爵令嬢としては異質なこと。確かに貴族でも魔術を扱えないということがあり得ないわけではないが、私の生まれた当時こそ、拾い子ではないのか、との醜聞もあったらしい。

 同時に、そんな娘が王子殿下の婚約者となった時にだって、それはそれは醜聞がささやかれ続けた。

 確かに、こうやって門兵ですら魔術を理解していなければならないこの国で、王子の婚約者が魔術を扱えないなどとは、周りの貴族からすれば理解の及ばないことだったのだろう。



  ◇


 王城に入れば、馬車を出迎えてくれたのは一人の男性だった。

 少し年上で、ふんわりと整えられた髪型や少し垂れた目尻が穏やかそうな印象を醸し出す。


「――フェナリ伯爵令嬢、お待ちしていました。第二王子殿下の庭へとご案内します」


「本日は、よろしくお願いいたします――カルデン子爵」


 小さくカーテシー。

 こんなお辞儀の作法も寂華(じゃくか)の国にはなかったものだ、と思いながら先を進むカルデン子爵について歩く。

 記憶を漁れば、彼が第二王子の執事であるということが分かった。

 王子という存在はその公務などの手伝いのためにと執事が与えられているのか。それはまた、やはり自分とは比べ物にならないほどの高い位にいるのだろう。



 王城の中を進み、その廊下の長さに驚く。

 しかし、同時に壁に施された装飾や端に置かれた調度品の数々の豪奢な様にも驚いた。

 これほどの建造物を建築するのに、どれほどの技術が必要なのか。少なくとも、木を組み草をかけて作った家を連ねて集落としていた寂華(じゃくか)の国とは比べようもないような技術力なのだろう。やはり、こういうところにも魔術が活用されているのか。


 フェナリの記憶を受け継いだとはいえ、その記憶は意識して取り出そうとしなければ思い出すことは無い。同時に、その感覚の記憶は存在していないのだ。好きな食べ物が何かについては理解しているが、実際に今、その食べ物が好きなのかと問われれば首を傾げざるを得ないだろう。

 自分は、魂だけがここに移された。そして、フェナリはその器となったのだ、ということが改めて理解できる。


 ――そんなことを考えていれば、第二王子の庭、というところに到着した。

 窓越しに見えた庭は、整頓された緑に覆われ、ところどころに赤や黄色のアクセントを含む自然の宝庫だった。その端には花壇や噴水があり、その場所だけで一つ人々の憩いの場として成り立っていた。

 しかも、これが『第二王子の』庭であるというのなら、一人でこの庭を所有しているということだ。他にも王子ごとにこのような庭が用意されているのであれば、恐ろしいものだと思う。


 庭に出るための扉の前に立って、一旦立ち止まる。


「では、私はここまでで失礼します。フェナリ伯爵令嬢、どうかお気を確かに保たれますよう」


「――? ええ、ありがとうございました」


 カルデン子爵が小さく礼をして、その場を去った。

 何とも、最後の言葉が気にかかったが、自分は頭を使うのは苦手だ、と割り切って気にしないままに庭へと繋がる扉を開ける。

 鼻腔に集まる緑の香りに、懐かしいものを思い出して落ち着いた気分になった。


「――ご機嫌麗しゅう、王子殿下。お待たせいたしました」


「ああ、フェナリ嬢――来たか」


 腰を掛けるように、と指し示された椅子に座るため足を折りながら、第二王子を観察してみる。

 高位の人間というものは何故かその見目すらも麗しくあるものなのか。それはそれは整った容姿だった。

 冬の雪を思わせる色白の肌と連なり揃った小麦を思わせる黄金色(こがねいろ)の髪。整えられた眉とその聡明さを思わせる鋭い眼。どれをとっても、一級品なのだ、ということがフェナリにも分かった。


 ――これでは、確かに醜聞も囁かれるだろう。

 


「今日は東方からの隊商が持ってきた茶葉がある。落ち着いていながら香ばしく余韻の残る良い味だ。是非、味わっていってくれ。菓子も用意させよう」


 そう言って、王子が侍従に指示を出せば、二つのティーカップが用意され、煎れられた茶葉の香りが鼻をくすぐってきた。確かに、奥ゆかしい香りが鼻に残る感覚がある。

 茶葉の良しあしなど分かるほどに茶を飲んだことのないフェナリだが、それでもその香ばしさは感じることが出来る。


 寂華(じゃくか)の国では茶葉など高級品であった。当然のように、軟禁状態にあった花樹(フアシュ)に茶葉が与えられるわけもなく、物好きな貴族が浴びせかけてきた茶の滴るを舐めてみた程度である。

 その一滴ですら確かに香ばしさがあったのを、彼女は確かに覚えている。


「本当に――美味しいですね」


 一口、茶を口に含んで嚥下する。

 確かに、貴族が好むわけだ。この香ばしさは、そして独特な苦みは、純粋な飲み物とは一線を画すだけの価値がある。

 感覚を記憶していなくてよかった、と少しばかり思った。この味を初めて楽しめた、という事実だけで価値はある。


「味わってもらえたようで何よりだ――では、本題に入ろう」


 茶会を催すには、確かに理由があった。

 侍従が場を退き二人だけの空間になるこの茶会という状況。その状況だからこそできる話がある。これは、第二王子からのせめてもの気遣いであった。



「この日、この時を以て、貴殿との婚約は破棄させてもらう」


 突然のその言葉を告げられて――。


 フェナリは心の中で歓喜の声を上げた。


「お互い、この婚約は邪魔なものであったに違いない。政略結婚であり、それぞれの気持ちなど考慮されぬままに決められた縁談だ。しかし、これからは好き合うものと縁談を結べばよい。すぐに、とはいかないかもしれないが、王子として政略結婚を廃止する風潮を作ることが出来れば、と考えている」


 王子が婚約破棄についての考えを述べていく中、フェナリはただただ王子との婚約がなくなったことを喜んでいた。そもそも、自分と立場の違いすぎる人間と関わること自体、フェナリは避けたい性分だ。

 それが王子であれば当然のこと。

 と言っても、こちらから婚約破棄などを申し入れることが出来るわけもない。伯爵というのはかなり高位な爵位のようだが、どれだけ爵位が高いとしても、王家に並ぶことが出来るわけもないのだ。

 下の者から上の者に唾を吐き、泥を被せるなど、無理な話だ。

 だからこそ、王子が婚約破棄を提案することに意味があった。


「絶え間なき醜聞についても耳に入っている。こちらとしても憂慮を避けられぬ思いだ。その憂慮を断つため、このような方法でしか行動できないのが心苦しいが……少しでも醜聞がなくなることを、勝手ながら願うこととしよう」


 ああ、見目麗しい人間というのは心までもが澄み渡っているのか。

 もしも、自分が目の前の王子と本当の意味で位が近ければ、自分は王子を好いていたのだろうか。婚約破棄を申し入れられて、驚愕し、困惑し、狼狽していたのだろうか。

 破棄しないでくれ、と懇願しただろうか。


 自分が返事をしなければならないのだ、と気づいたのは少しばかり王子と見つめ合ってからのことだった。王子も述べなければならぬことは述べ切ったらしく、それ以上口を開くことなく、ただ静かにフェナリの口が開くのを待っていた。

 成程、このことを知っていたからこそ、カルデン子爵は『お気を確かに』と言葉をかけたのか。


「分かりました――、では……」


 婚約破棄を受け入れ、承諾する意を示そうとして、口を開いた瞬間のことだった。



 羽音が、空間を揺らした――。


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