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怪物狩りの少女、異世界でも怪物を狩る!~何をすればいいのか分からないので一旦は怪物倒しておこうと思います~  作者: 村右衛門
第2章「予言者の国」

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27.『運命石』


「フェナリ嬢、こっちにも露店があるぞ」


 『バナ・ウナ』を一頻り堪能してから、一行はまた動き始めた。そろそろ、露店の店主からの視線が訝しげなものに変わりそうだった、と言うのもある。


 アロンが指し示した露店は、雑貨類が売っているようなところだった。文化の発展具合ではギルストを凌駕するホカリナなだけあって、その雑貨は種類から見た目、その用途まで様々だ。その中でも、特に目を引いたのは、露店の中心に置かれたアクセサリーだった。


「これは――『運命石』のネックレス……?」


「『運命石』か。聞いたことが無い名前だが……店主、少しいいか?」


「はいな、お客さん。『運命石』にご興味ありです?」


「――っ」


「ああ。我々は旅の者で『運命石』と言うものを知らないんだが――どういうものなんだ?」


 アロンが尋ねると、緑のローブを不格好に頭から首にかけて巻いている奇怪な見た目の店主は「ええ」と一言置いて口を開いた。


「『運命石』ってのは、名前の通りです。運命を共にしてくれる石ですよ」


「運命を共に……」


「そです。この石に魔力を少しばかり籠めますと、その魔力に従って色が変わりましてね。そこからはこの石は魔力の持ち主と一心同体! 魔力の持ち主が死ぬまで、絶対に割れません。けど、逆に持ち主が死ねばそこで、『運命石』はパキッといっちゃうです」


「だから『運命石』……」


「おひとつ、いかかです? 結構王都では人気なもんでね、売れるですよ」


「そうだな――では、二つもらっておこう」


「まいどありですぅ!」


 アロンは『運命石』という聞いたことも見たこともないものに惹かれたのか、『運命石』をはめ込んだネックレスを二つ買った。

 元の『運命石』は全て赤いらしい。これに魔力を籠めると、その魔力によって色が変わる、と。


「フェナリ嬢、一つもらってくれるか?」


「え――そんな、申し訳ないです」


「先ほども言ったが、甘んじてくれたらいいんだ。これまで贈り物をしたこともなかったのだからな」


「――。ありがとうございます、嬉しいです」


 フェナリは静かに微笑む。贈り物など、前世では勿論、今世でも受け取った記憶が殆どない。少女の人生で、初めて受け取った贈り物だ。その渡し手がアロンだったというのは、フェナリにとって幸運だったのだろう。

 アロンもまた、贈り物を送るのは初めてだ。王子と言う立場上、受け取ったことは何度もある。そして、その返礼として何らかのものを送り返していた――のだろう。推量でしかないのは、アロンが返礼品を考えていたわけではないからだ。王子として受け取るのは基本的に貴族や他国の王族からの贈り物である。それらに対しては、周りの人間が適切な返礼品を考えて送り返していた。

 だから、アロンは自分で贈り物を選び出し、送る、ということをしたことが無かった。


 お互い、初めてだったのだ。

 初めてで、新鮮な気持ちのまま――二人見つめ合って、少し気まずそうに笑って。


「ひゃぁ、お熱いもんです。私は恋人想い人の類がいたことないので分かりませんね」


「――。見なかったということで、頼む」


「お願いします……」


「ええ、ええ。本当、お熱かったです。旅っていうのは、つまりお二人で? いいですねぇ、ずっと二人きりじゃないです?」


「忘れてくれ……」


 王子として緘口令を敷くわけにもいかず、ただいたたまれない気持ちのまま、アロンはにやにやとした笑みの店主を背に露店から遠ざかっていく。それを引き留めることも、声を掛けたりもせず、店主はやはり笑みのままに店先に座っているばかりだった。



  ◇



「『運命石』だったな。魔力を籠めれば、色が変わると」


「そうでした。魔力を籠めてみますか?」


「そうだな。魔力によって色が変わるようだし、興味深いものだ」


 色恋沙汰に過敏なほどの興味を持っているらしい店主の元から離れて、アロンとフェナリは露店の並ぶ通りの外に来ていた。

 

 改めて『運命石』を掌の上にのせてみる。

 魔力を流し込む、ということを直接的には理解できないフェナリだが、自分の中に流れる力の存在は知覚している。

 その力を何らかの形に造形して、そして放出する。それが『魔術』なのだろう。しかし、フェナリにはその段階まで進めることは出来ない。それは恐らく、フェナリとしての体に魔術に対する適応がないからだ。

 とはいえ、魔力は間違いなく持っているわけで。前世でも妖力を扱っていた少女にとっては『持っている』と言う知覚さえできれば――、


「――本当に、色が……」


「む、本当だ。私のものも……」


 フェナリとアロンの掌の上で、『運命石』が光り輝いている。あまり煌々と輝いているわけでもない。淡く、手の皮膚をほんのりと色づける程度の光だ。

 神秘的に、幻惑的に。『運命石』は光って、少ししてその光を失った。


「どれ、『運命石』の色は――青、いや碧か」


「私は――これは……黄色と、白?」


「フェナリ嬢の『運命石』は二色なのだな」


「一色に染まるわけではないのですね」


 二色のマーブル状になったフェナリの『運命石』に、二人とも好奇心からその『運命石』を覗き込む。――と、その間から伸びてくる首があった。


「――これはこれは、なんか混ぜました? 奥さん」


「――――ッ」


「おっと、失礼です。少し、面白いことになる予感がしまして、ついて来ちゃいました」


 フェナリとアロンの間から伸びてきた頭は、緑のローブを巻かれた先程の奇怪な店主のものだった。

 後ろでシェイドや騎士たちが動揺しているのが分かる。フェナリだって動揺していた。


 ――店主の存在を、認識できていなかった


 そう、店主が近づいてきて、実際にその姿を見せるまで、フェナリもその存在を認識できていなかったのだ。

 確かに、露店で相対したときから何か不思議な空気を纏っている人間だとは思っていた。しかし、今のことで明らかになったのだ。


 ――この店主、一般人ではない


 フェナリやシェイドを一度とはいえ出し抜いた、その気配の消し方。まさか、少し影の薄いだけの一般人だなどとは、思えなかった。

 しかし、この店主は、果たして『予言者』の関係者なのか。それとも、一般人に溶け込んだ、何らかの達人なだけなのか。それが分からない間は、事を荒立てられない。


 アロンも、フェナリと同様のことにある程度は気づきながら、同じ結論を出したらしい。


「店主、店の方は良かったのか?」


「ええ、ええ。そう売れてる店でもないですし」


「先程は、『運命石』がよく売れている、と言っていたはずだが?」


「ええ、ええ。()()()()()()売れてますとも。と言っても、皆さんあそこみたいな不気味な露店からは買っていきませんけどもね」


「――――」


 何とも、店主がひらりふらりとアロンの問いかけから逃げて誤魔化しているように思える。しかし、店主の言葉は間違っていないのだからあまり追求できないのも事実だった。


「それで。――奥さん、何を混ぜたんです?」


「奥さん、じゃないです……それに、混ぜるって」


「この『運命石』ですって。色、一つになってませんけど、これおかしいんですよ。何か、魔力以外を混ぜたりでもしないと」


「そう、言われましても……」


 困惑したように、言葉に困る様子を見せたフェナリだが、正直言えば心当たり自体はあった。

 魔力以外に何かが混ざったのだとすれば、それは妖力に違いない。しかし、そうであれば当然、店主相手に軽く告げられるものでもなかった。


「――。ふむふむ、ええ、ええ。ではやめておきましょう」


「――え?」


「お客さんはお客さん。あんまり詰め寄っても不気味で人気の無い露店がもっと売れなくなるですからね。――ですが!」


 そこで一言、店主は言葉を切って勢いよくその顔をフェナリに近づける。声もそうだが、近くで顔を見てみればこそ、それぞれのパーツが綺麗で、中性的な美しさを孕んでいるのだと分かった。


「――ですが、ですが。奥さんの持つ『運命石』が面白いのは事実。是非とも、また私のところに来てくれません? ゆっくりその『運命石』を調べてみたいもんで」


「……で、では、機会があれば」


「ええ、ええ! 是非とも是非、よろしくお願いしますよぉ!」


 今度こそ別れだ、と言わんばかりに、店主は大きく手を振りながら去って行った。自ら去って行ったのだ。流石に、もう着いては来ないだろう。少なくとも、そう思いたかった。


「なんと、いうか……ホカリナの方からは不思議な対応をされがちですよね」


「――そうだな……笑えないものだ」


 今回の奇怪な店主、そして前回のホカリナ国王。フェナリに対して善し悪しを問わず不可解な対応を取ったのはやはりホカリナの人間だった。

 それだけを見れば面白い偶然だ、と言えるのだが、前例がどうしてもそうさせてくれない。


 ホカリナ国王からの不可解な対応を受けた、その事実は直接的・間接的に波及し、『予言者』に関する問題へと繋がった。

 そんな、悪い前例を見ればこそ、今回の奇怪な店主も最悪の事態に対する予兆なのではないかと思えて仕方が無い。


「備えておくにこしたことはない、か」


 ホカリナ王都に入ったときからアロンが感じている、嫌な予感。何の根拠もないそれは、考えないようにしていてもやはり膨れ続けていた。

 しかし、その懊悩は晴れることなく、一行はホカリナ王都の視察を切り上げ、宿へと向かった。


 そこから、夜までも、何もなかった。

 しかし、何もないならいいか、などと安穏な考えを持っていられるほど、アロンは軽薄ではない。

 騎士団の配置を寝る前最後に確認し、全て問題が起こっていないことを確かめてから、アロンは寝床に就いた。


 疑心暗鬼、虫の知らせ。

 そういったものが、アロンの心中を蝕み続ける。そうして、迎えた朝――



  ◇



 朝を迎えて、アロンの心配、その懊悩は最悪の形で正鵠を射ていたと認めざるを得なくなる。


 アロンが目覚めて、一番最初に聞いたのは、騎士たちの騒々しい声の数々だった。


「――王子殿下、起きていらっしゃいますか?!」


 シェイドの声が扉越しに聞こえてくる。その緊迫感が、アロンの嫌な予感を加速させた。何やら、良くないことが起こっているという事実は少なくとも認めなくてはならないのだろう。しかも、騎士団の中でも有数の実力者であるシェイドが焦るほどの、と考えればかなりの緊急事態だ。

 咄嗟にベッドから跳ね起き、上着を羽織ってアロンは部屋を出た。そこにはその声音からも想像がつくように切迫した表情をしたシェイドが立っている。

 騎士の隊服に身を包み、騎士剣を腰に掛けて――それは、有事の際の臨戦態勢だった。


「シェイド、何があった」


「王子殿下――フェナリ様が、失踪されました……!!」


「な、っ……?!」


 想像できていなかった報告を聞かされ、アロンの思考は一瞬だけ空白になる。しかし、流石は第二王子と言うべきか、彼の思考は停止には至らず。

 シェイドに詳しい状況を求める。シェイドの話によれば、フェナリ付きだった侍女が朝の支度のために彼女の部屋に入った時、フェナリがその場におらず、見張りの騎士たちにも確認したがその行方が分からなかった、とのこと。


「そんな……フェナリ嬢が」


「現状、フェナリ様の捜索のために、緊急で第一小隊を動かしていますが……彼らもホカリナの地理には慣れていません。捜索には時間を要するかと」


「そうだろうな……しかも、ホカリナ王家との会談も時間が迫っている」


 当然、ある程度の時間の余裕は持って行動している。しかし、それも一時間や二時間程度の話だ。土地勘のない異国の地でフェナリを捜索して余りある時間ではない。

 王子として、婚約者を心配しながらもホカリナ王家との会談を放置するようなことは決してできない。現状の打破、それも急速な打開が必要とされているのだ。


「……第一小隊だけでなく、第三小隊も捜索に動かせ。護衛はシェイドと第二小隊に任せる」


「承知いたしました」


 駆け足で去っていくシェイドを尻目に、アロンも焦燥感にさいなまれながら一度部屋の中へと戻る。最低限の身支度を済ませながら、彼の心は揺れていた。



 ――フェナリを、護れなかった



 護ることが出来ない。それどころか、護るべき時にその場にいることすら、出来なかったのだ。

 その事実はアロンの心を強く押さえつけていた。フェナリに守られることはあっても、それは彼女を守れていない、と言うだけであって彼女が傷つくことにはつながらない。しかし、今回の状況はどうだ。彼女は、今どうなっているのか分からない。傷ついていない可能性もなくはないが、確率としては低いだろう。


「――何もかもが、足りない……っ」


 それは、先日『黒の男』を相手取って敗北したフェナリ、彼女が抱えていたものと同じ、劣等感だった。フェナリは『黒の男』に対して、アロンは防げなかった今の状況に対して、強い劣等感と後悔を抱いている。


 せめてもの救いは、フェナリが何者の手によって失踪したのか、ある程度の推測がつく、という事だろうか。

 単なる襲撃だったのならその推測さえも難しかったのかもしれない。しかし、フェナリだけが狙われていることを考えれば下手人はほぼ一択だ。

 今回の事件、十中八九『予言者』とのかかわりがある。


「『予言者』……その目的は何なんだ」


 アロンの呟きは、無意識にも憎々し気なものになった。それも、当然と言えば当然のことだろう。保留になっているとはいえ、フェナリは自分の婚約者だ。その彼女を狙われて、良い気になるはずもない。

 『予言者』――その正体が何なのか、目的は、動機は何なのか。それは知らない。けれど、その存在がフェナリを脅かしたというのであれば、その人物はアロンにとっての敵となり、討滅対象に違いない。


「待っていてくれ、フェナリ嬢」


 そう一言、何処にいるのかも分からないフェナリに向けて呟いてから、アロンは表情を整え、もう一度部屋を出た。既に護衛であるシェイド、今回の会談のために同行した文官たちが準備を済ませて待機していた。騎士たちの人数が減っているのはアロンの指示通りにフェナリの捜索に向かったからだろう。


「それでは、ホカリナ王家との会談へ向かう」


 気丈にもそう言って皆を仕切るアロンは、徐々に焦燥感に心を蝕まれている。しかし、その不安要素を心の中だけに留め、彼は言葉を紡ぐのだ。一国の王子として、今は国王名代として。


「――行くぞ」



  ◇



 知らない天井、とはあまりに陳腐な表現だ。しかし、同時にそうとしか言えないような場所だった。

 フェナリは、この場所を知らない。天井に留まらず、この空間自体が分からない。

 

 壁の色は、白いような赤いような黄色なような、碧いような緑のような茶色のような、黒のような灰色のような、最早虹のようでもあり、何色でもないように見える。

 床はどうか。黒なのか白なのか、そもそも色と言う概念に当てはまるような色をしているのかも分からず、固いような柔らかいような感触がある。凸凹しているようにも思えるし、或いは平坦にも思える。

 自分は今立っているのか? それとも座っている? 寝転んでいる、飛び上がっている浮遊している揺蕩っている溺れている逆立って転がって頭から落下して眠りこけて空へと飛び出して――



 ――今、自分はどうなっている?



 白くて黒くて碧くて赤くて緑っぽく黄色っぽく茶色っぽく破壊的な世界で寝転んで飛び上がって仁王立ちして地に伏して倒れて飛び込んで落ち込んで落下して揺蕩って浮遊して溺れてバランスを崩して気持ち悪くなって目の前の敵を斃して倒されて手の感覚が分からなくなって体が熱い冷たい快感不快感焦燥感喜怒哀楽混ぜ合って嫌って好きになって飽和して――――何もかも分からなくなって。


『――今、自分はどうなっている?』


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