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怪物狩りの少女、異世界でも怪物を狩る!~何をすればいいのか分からないので一旦は怪物倒しておこうと思います~  作者: 村右衛門
第1章「逃亡した結界術師」

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22.後日、お茶会にて


 結界術師捕縛を最終目標とした王城舞踏会、そして捕縛した結界術師の尋問を終えて――


 フェナリは、アロンからお茶会に招待されていた。


「フェナリ伯爵令嬢、お待ちしておりました。第二王子の庭へと、ご案内します」


 そう言ってフェナリを迎えてくれたのはカルデン子爵である。何度もアロンとの茶会は経験しているが、最近はあまりカルデン子爵の顔を見ることはなかった。

 カルデン子爵はアロンの執事の役割を持っていると同時に王城に勤める侍従たちを取り仕切る立場にもいるらしい。何かと苦労の絶えない立場なのだと思う。最近顔を見なかったのも、そのせいなのだろう。


「フェナリ伯爵令嬢……アロン殿下とは、どうでしょう」


 ふと、王城の廊下を進むカルデン子爵がフェナリに話しかける。執事という立場に徹する彼がこうやって話しかけてくるのは珍しい。それだけ、思うところもあるのだろうか。


「どう、と言いましても……」


「失礼しました。質問が抽象的でしたね。最近、アロン殿下の様子が以前と違い……今までと比べ明るく、活気的に見えるので、何かあったのでは、と」


「そうでしたか。残念ながら、私はその理由などを存じ上げておりませんが……」


 フェナリに自覚はない。自分の小さな言葉一つが、アロンを呪縛から解き放ったなどとは、思ってもいない。

 しかし、カルデン子爵は恐らくフェナリがアロンを変えたのだと、小さな確信を持っていた。そこに根拠はない。ただ、アロンとフェナリの二人を最も長く見てきた彼だからこそ分かることがあるだけだ。


「ありがとうございます、フェナリ伯爵令嬢。貴女に自覚はなくとも、アロン殿下は貴女のお蔭で変われている。……あ、これは殿下には内密に、お願いします」


 そう言って微笑むカルデン子爵の表情は、とても穏やかで温かった。

 カルデン子爵にとって、アロンは弟のようだ。弟同然のアロンが、以前から良い方向へと変われているのなら、喜ぶのが兄心であろう。

 フェナリは、自分の功績を理解できない。しかし、カルデン子爵はそれでもいいと思っている。自分に自覚はなくとも人を変えられる。それは、フェナリの美徳なのだろうから。だから、もうこれきりにする。何事もなかったかのような表情で、何もなかったことにして――


「では、私はここまで。ごゆっくりなさってください」


 カルデン子爵は、第二王子の庭へと繋がる扉を開けた。



  ◇



「フェナリ嬢、よく来てくれた」


「王子殿下。こちらこそ、招待ありがとうございます」


 フェナリがアロンに指し示された椅子に腰かければ、周りに控えていた侍従が紅茶と菓子を準備してくれる。それに小さく頭を下げながら、フェナリはアロンの続く言葉を待った。

 アロンは侍従たちに視線を飛ばし、軽く人払いを済ませてから、紅茶を一口。ゆったりと口を開いた。


「事の顛末を、話しておきたい」


 結界術師の尋問が中断され、アロンとフェナリは尋問をしていた地下室からは出た。その後のことはフェナリも知らない。結界術師の述べていた予言者について、そしてホカリナとの関係性。その多くは、アロンとグラルド卿の二人のみが知ることだ。そもそも、結界術師が情報を吐いたのかは分からないが。


「先ず、結界術師の処刑が決定した。王族の暗殺未遂とあって、厳罰は避けられない。しかし、彼の持つ情報の有用性を考えて、執行猶予がついている」


「やはり、尋問は……」


「ああ。カーン・キルティはあれ以上の情報を話さなかった。と言うより、予言者について述べるだけで、それ以外を口にすることもなかった。しかし、彼がそれ以外の情報を持っていないわけでもあるまい。今のところ、予言者については別で事実確認を進めつつ、それ以外の情報を引き出すことを目的としている」


 アロンの言葉は、静かだったが疲れが滲んでいた。

 結界術師の尋問は基本的にアロンが担当した。グラルド卿に任せれば癇癪を起してカーンを傷つける可能性があったこともある。他にも、国王に報告した際、この件をアロンに一任する、との明言を受けたのだ。この件は、名実ともにアロンの管轄下となった。

 そのため、カーンの尋問はアロンが行わなければならない。結果として、最近はあまりに忙しい日々が続いていた。


「王子殿下、お疲れではありませんか?」


「ああ……確かに、少し、な。だからこそ茶会を開いたともいえる」


(疲れているなら、茶会も開かずに寝てればよいだろうに……)


 フェナリは、アロンの言葉を理解できていなかった。

 鈍感と言うのか、理解しようとしていないというか。フェナリにそう言った言葉の裏側を理解するのはまだまだ難しいことであるらしい。


「それから、結界術師がホカリナの刺客であった、と言う事実だが……あれは国王陛下の名の下で隠蔽されることとなった」


「――――!」


「現状、ホカリナとの関係を悪化させるわけにはいかない。少なくとも、今すぐにホカリナを糾弾することは出来ないのだ。ホカリナと戦争をするようなことになれば、ギルストの勝率は五分だからな」


 ギルストとホカリナの間で、軍事力は恐らくギルストに軍配が上がる。しかし、実際に戦争となればギルストの勝率はアロンの言う通り、五分だ。それは主にホカリナの地形にある。

 カーンの言っていた予言者の功績の一つに、大山脈の雪崩の予見があった。ギルストが全体的に平野で構成されていることに対し、ホカリナは北側を大小さまざまな山脈や湖に囲まれ、国内も起伏の激しい地形を含んでいる。ギルストとの国境付近は特に、大山脈を越えるか、大きな湖を渡るかの二択を迫られるという、いかにも閉鎖的な地形をしているのだ。


「そして、ここからが本題だ」


 そこで言葉を切り、アロンは一度紅茶を含む。

 姿勢を整え、少し躊躇うように瞳を揺らしながら、アロンは――




「フェナリ嬢には、私と共にホカリナ潜入に同行してもらいたい」



  ◇



 時は遡って、アロンが国王に報告をしに行った時まで――


「――と、いう事です、国王陛下」


「ふむ、報告ご苦労であった。それにしても……結界術師がホカリナの刺客、と」


「はっ、本人の口からも確認が取れました。状況証拠も併せ、間違いはないかと」


 アロンの言葉に、国王の表情も曇る。ホカリナとの関係悪化を進めるような事実だ。そんな表情になるのも頷ける。正直言って、何事もなかったかのように放っておきたい話だ。


「結界術師の処刑については、情報を引き出し次第執行することとする。しかし、結界術師がホカリナの刺客であるという事実は伏せよ。この事実を知るものについても緘口令を敷け」


「はっ、承知しました」


 妥当な判断だと思った。

 ここでホカリナとの関係をわざわざ悪化させる理由はない。出来るならば一旦はこの事実を保留にして置き、何らかのタイミングでホカリナ相手の切り札として使うのが最善だ。


「そして――アロン、お前をホカリナへと遣わす」


「ホカリナへ……? どういうことです、国王陛下」


「ホカリナとの貿易開始のための会合がある。ホカリナ開催のそれを、お前に一任する。交渉を成功させることは、前提条件。そして、ホカリナの思惑を探れ」


「……承知しました」


 無意識に、下げた顔の表情が引き攣るのが分かった。

 ギルストとホカリナの二国間貿易が成り立つかどうか、その大部分がアロンに大いなる責任として降りかかったのだ。アロンが交渉を成功させるか否かによってギルストとホカリナの関係は変化する。

 そして、同時に刺客を送り込んできたホカリナの思惑を探れ、と。それはアロンがこれまで任されてきた公務とは比べ物にならない大仕事だった。


「それから……メイフェアスのところの娘を連れていけ」


「フェナリを……? それは――」


「あの娘には、力がある。そうであろう?」


 国王の言葉に、アロンは口を閉ざし、黙した。

 国王は、気づいている。アロンが行った隠蔽工作――フェナリと炎堕龍(バルガントライト)の戦いを剣舞の演出とするという作戦を、見抜いているのだ。しかしまあ、それは当然のことともいえた。ここまで報告した内容から、炎堕龍(バルガントライト)が敵の手によって導き入れられたことなどは容易に想像できるからだ。


「拒否権はお前にない。メイフェアス伯爵にも、だ」


 国王の言葉は、絶対だった。

 全てを見透かしたうえで、拒否権を奪う。もしここで拒否すれば、アロンが行った隠蔽工作が水の泡になる可能性があった。それは、国王だけでなく多くの貴族にフェナリの力が露呈することを意味する。


「承知、いたしました」



  ◇



「――フェナリ嬢、私はまだ納得していない。ホカリナへの潜入には大きなリスクが伴う。当然、護衛は連れていくが……それでも、だ。フェナリ嬢が拒否するなら、私はもう一度父上にその旨を具申し――」


「いえ、お心遣いありがとうございます、王子殿下。ですが、私は拒否いたしません」


「っしかし、敵地に乗り込んでいくようなものだ。多大なるリスク、爆弾を抱えるようなもの……」


「国王陛下の、命であるなら。それに……私はあの『黒の男』を諦めきれません」


 フェナリが惨敗した、黒の男。彼はほぼ間違いなく、ホカリナの人間だ。

 まさか、ホカリナに潜入すれば黒の男と接敵するとまでは思わない。しかし、可能性は潰したくない。黒の男に追い縋るためには、ホカリナと言う敵地に踏み込むことなど、些事だ。

 それに、これは元々フェナリの思惑通りだった。



『平穏か、怪物か――――』


 雅羅から選ばされたその二択。

 フェナリは、迷うこともなく後者を選んだ。そして、結界術師の情報、加えてフェナリがとるべき行動と作戦を告げられた。しかし、雅羅の話はそこで終わらなかった。


『これは、怪物に至るまでの、手段にすぎぬ』


 雅羅は言った。結界術師の捕縛に協力する。それは確かに怪物と戦う可能性を高める。しかし、この作戦はそこを最終目標とはしないのだと。この作戦は、一つの手段に過ぎないのだと。


『この作戦を成功させれば、少なからずお前の実力が周りに漏れる。それは、前世のお主と、同じ扱い方をされる可能性を示唆する。怪物を狩る、という事に対して、人間がお主を使うことを考え始めるのだ。お主に、前世と違って――使い潰されない覚悟はあるか』


 雅羅の言葉を思い出す。結界術師捕縛を成功させ、その過程でフェナリが怪物を狩れば、周りの人間はフェナリを怪物を狩ることのできる実力者、として見る。そうすれば、それ以降も怪物をあてがわれる。

 それは、諸刃の剣だ。雅羅も、そのことを理解していた。前世の少女は、その扱いを受けた末に殺されたのだから。

 しかし、フェナリは雅羅の問いかけに、重々しくも頷いた。

 

 フェナリには、覚悟がある。

 自分を使い潰さんとする人間は、必ず現れる。そんな中でも、自分を使い潰させない。その、覚悟がある。



「王子殿下、私を――ホカリナへと連れて行ってください」



 覚悟を、無下にすることは――アロンに出来なかった。

お読みいただきありがとうございました!

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本話を持ちまして第1章「逃亡した結界術師」は完結となります。

翌日11月25日にはここまでの内容を含む登場人物紹介を20時に投稿します。

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