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2.涙を流して名を捨てる

 

 ――ふと目を上げれば、知らぬ天井がそこにあった



 そのことを覚った瞬間、少女は体を跳ねさせ、臨戦態勢をとる。



 ――知らぬ天井は、敵の天井


 それは、自らの生家での教えだった。

 知らぬ天井で起こされたということはそこは敵陣営。ならばこそ、その場にいるものを全て滅ぼして帰還するか、それが出来ぬならば自らの命を絶たねばならぬ。

 その教えを、少女は遵守する。


「――魂魄・花が……っぐ」


 起き上がりと同時に敵の掃討を果たさんとして妖術を差し向ければ、この世のものとは思えぬ痛みが、少女を襲った。

 痛みに耐える訓練を幼少期より積んできた彼女だからこそ、発狂には至らず。されど、彼女はそのまま、その場に倒れた。


 先程少女を起こしに来た侍従長らしき女性が悲鳴を上げて駆け寄り、声を上げる。

 何が起こっているかの確認など、後回しだ。何よりも先に、目の前の主人を助けなければなるまい。自らが先程主人であるはずの少女に狙われていた、などとは全く考えていない。

 今日、いつも通りに少女を起こしに来て、少女が跳ね起きたと同時に何やら呟いて倒れたのだ。

 侍従長である彼女にとって、それ以外の事実などない。


「――お嬢様、お気を確かに!!」


 明滅する視界で、最後に見たのは明らかに自らの知る世界の服装とは違う洋装を身に纏った女性。

 少女は、ふと思い出した。



 ――そう言えば、私は、死んだのだった


 であれば、ここは何なのか。


 死後の世界――にしては花もないし、かといって地獄の業火などもない。

 三途の川、も辺りにはなかった。


 ――どこだ、ここは……


 崩れ行く視界の中で、少女は、それだけを考えている。

 そして、そういえば、と思い出したことがあった。


 ――人里では、『転生』を描く物語が主流であったと聞く


 前世では人ならざる強大な力を抱え、仲間であるはずの同じ集落の人間たちからも恐れられた少女は、一定区間の中に軟禁される形で過ごし、必要のある場合のみに指示に従って区間外を移動した。

 そのために、少女は人里での状況をあまり深くは理解していない。知る術もなかった。


 しかし、少女には烏がいた。

 人里に烏がいて、何を疑うことがあろうか。人里でも、山奥でも、烏がどこにいようと何も怪しさなどない。だからこそ、少女の烏は人里に溶け込み、人里の情報を少女に伝えることが出来た。

 その烏から聞いたことだ。『転生』という、死んだ人間が別の世界で生を繰り返す、という物語がある、と。それが今人里で広まっているのだと。しかし、そんなものはいわゆる架空小説なのだと、少女は思っていた。

 しかし、今の状況が、まさしくそれなのだろう、と――少女は確信めいた何かを持っている。



『――さぁ、お飲み』


 いつだったか、両親という名の人間から薬と湯呑を渡されたことがある。

 湯を一滴たりとも零さぬように、少女は飲んだ。薬だって粉の一欠片さえ残さぬように口に運んだ。それが、何の薬なのか、何のために飲まねばならぬのかなど、少女は尋ねなかった。

 ただ、自分が従うべきだと教わってきた〝両親〟という人間から言われたことだから、従ったのみだ。物心がつくかつかぬかという頃だった。その頃から、少女の前に来る人間は足を震わせ続けていた。


 薬を、飲めと言われて飲んだ。それと、同じだ。

 これは、『転生』と呼ばれるものなのだ。そうなのだ。その事実を、此度も同様に、ただ飲み込めばいい。そうすれば、自分は何も考えずに済む。

 そういえば、烏が死ぬ間際、『謀った』と口にしていたが、それは何だったのだろう。

 人間が? 少女を? 人間にとって必要不可欠であるはずの、少女を?


 ――信じられない


 それが、ただ少女の想うところであった。

 まさか、自分を排除したいと考える人間がいたなどとは、思えない。


 ただ、軟禁されていただけだ。

 ただ、自分の持つ限りなく莫大な力が人間の恐怖の対象になっていて、人間の命令で洞窟へと向かわされて、その最深部で地震に遭っただけだ。

 ただ、毎日食事を運んでくる人間の瞳が、敵意か恐怖のどちらかに塗れていただけだ。


 ただ、それだけだ――。そのどこに、謀る理由など存在するのだろうか。



「はぁ、もう何もかもが分からぬ。疲れた」


 少女は、小さく呟く。

 言葉が紡げるということは、意識が覚醒したのか。自分は体を動かせるのか。

 そして、体を動かして、自分で考えて動けるならば、自分はこれから何をすればいいのだろうか。


 自分に命令する人間は、自分が本当に『転生』してしまったのなら存在しないのだろう。

 ならば、これまで命令によって生まれ、命令によって生かされ、命令によって殺された少女は、何をもとにして生活を続けていけばいいのだろうか。

 もう一度死ねば、良いのか? ――否、そうだとしても、もう、死にたくない。



「――やっと、起きたか」


 ふと、声が聞こえた。野太い、男性の声。しかし、何故か人の声には聞こえない何かの声だ。

 声のする方へと顔を向ければ、そこには一羽の烏が佇んでいた。それは大きさこそ自らの腕で容易く抱えられるほど。黒い羽根に覆われたその肢体は、まさしく烏だ。だというのに、その烏からはただならぬ威圧感が放たれる。

 それは、ただの烏ではなかった。

 もとより、ただの烏が嘴を開いて言葉を紡ぐわけもないのだ。


「状況をいくつか、整理せねばならぬな」


 そう言って、烏が小さな首を傾ける。

 少女も、体を起こしてその烏と面を向かい合わせる。そうすれば、何から何まで理解できない不可解な状況に置かれているというのに、少し安心できる気がした。


「一つ――お主は、『転生』を果たしたのだ」


 最初に述べられたその事実に、少女は大して驚きもしなかった。

 『転生』の可能性に先程思い至り、それによって少しばかり心を落ち着かせることが出来ていたからか、大きく困惑するような醜態をさらすことはなかった。


「ここは――、元の寂華(じゃくか)の国とは異様の国。名をギルストと言う。そして、お主の魂の器は、フェナリ・メイフェアスという名の少女だ」


 滔々とただ伝えられる、自らの転生の事実。

 それが、何故か簡単に鵜吞み出来てしまって、少女は自分が信じられないような気分になる。しかし、同時にそれが当然だと思ってもいた。


 薬と、同じだ。

 そう思ってしまえば、信じられない事実の一つや二つ、簡単に鵜呑みに出来てしまう。


「それで、私は、何をすれば――良いのだ」


「……何も考えず、生きよ。何か行動を欲するならば機会を作ろう。何を欲するにせよ、生きておらねば何も成せぬ」


 自らの存在意義は、何かの命令によって構成されている。

 少女の前世、寂華(じゃくか)の国では、少なくともそうだった。自分に命令を下す人間がいて、その命令に従って、それ故に自分の存在意義が確定されていくことを実感できた。


「何も、することが無いのか――?」


「今は、何もない。強いて言うなれば、()()()()()()()


 そうは言われても、と少女は逡巡する。

 これまで、自分の望みなどを考えたことがあっただろうか。

 自らの望みを話す機会など、これまでになかったし、()しも話せば、その望みも願いも、全てどぶに捨てられたに違いない。


「――望みを、見つける……か」


 そうして、舌の上でその言葉を転がしてみる。


 魔の言葉だ。

 そう思った。この世の中に、これほど恐ろしい言葉があるだろうか、とさえ思った。 

 今の自分に、それが求められている。であれば、命令に従うのが筋だ。当然だ。

 しかし、これまでに下されてきた命令とは違い、この命令に対して、自分には成功するための能力がない。


「そういえば、私の妖術は……どうなったのだ」


 少しでも、『望み』から目を逸らさんとして、少女は話題を逸らす。

 少女は、この世界に来てからすぐのことを思い出していた。敵の排除のため、妖術を用いようとして、何かに反発されるかのように体を激痛が襲った。

 死をも彷彿とさせるような、激痛であった。


「ふむ、この世界に適応しきれていないのだろうな。しかし、お主は適応の力が強い。暫くすれば元の力を取り戻すだろう。儂はまだまだ、元の力は出せそうにないが」


 元の力――――

 それを取り戻して、少女は何か得をするのだろうか。

 その力のせいで自分は前世、殺されたのだろう。実感は湧かないが、実際にそうなのだ。自分の力が強大過ぎた故に、人間に恐怖心を与え、結果として排除の対象として目をつけられた。

 『三大華邪』よりも、その存在が凶悪として認められたのだ。

 それは、人間にとっての仇敵であり、少女にとっても仇敵であり――、人間が唯一協調して討滅せんとする目標であったはずなのに。


「私は――、死んだのか」


 ふと、そんな言葉が少女から漏れた。

 同時に、少しばりの涙が、眼から流れてくる。これがどういう感情から来るのか、少女は知らなかった。しかし、何とも自分が情けないような気分になった。そんな心持だった。


「……放っておけば何時しか朽ちる花を手折(たお)るなど、まさしく愚に違いない」


 烏の表情は、どう変化しているのかが分かりづらい。それでも、どこか悔しさを含んだ声音であることは、少女にも分かった。

 自分が人間に殺されたことを、目の前の烏は悔しく思っているのだ。それが、どことなく嬉しくて、自分にとっての助けになっているのだと、実感する。



「――――っふぅ、嗚呼、私は死んだのだな」


 少女の言葉は、冷たく、それでいて優しく零れた。目元に溜まる涙を適当に拭い、少女の視線は烏を捉える。この世界に来たばかりの時とは違う。やっと初めて、視界がはっきりした。

 自分の征くべき道を見据える。そして、少女は決意した。


「私は、これから泣かない。『望み』を見つけるまでは」


 それは、必要な誓いなのか分からない。

 泣かないことが、少女にどんな影響を与えるのか、彼女自身理解していない。けれど、ふと思った。自分が泣いている状況は、自分の思考停止と同義。そんな状況は、そうあってはならない。少なくとも、自分に課された命令を遂行している間は。

 だから、彼女は誓う。烏にではない。自分に対してだ。


「私はもう、花樹(フアシュ)ではない。フェナリ・メイフェアス――それが、私の名だ。私が誓いを立てる、相手だ」


 そう断言して、少女は花樹(フアシュ)と言う名を捨てた。

 彼女は、フェナリ・メイフェアス。転生した先の伯爵令嬢であり、怪物を狩るもの。



 彼女と糸で繋がれた運命が、この世界でも――――

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