18.炎を堕とす
ギルストの誇る音楽団の演奏が、闇夜に響く。
同時に、剣と剣がぶつかり合い、耳を劈くような金属音が鳴った。
『伝統的な王城舞踏会で剣舞とは……』
そんな言葉が、恐らくは舞踏会場で囁かれていたのだろう。
カイウス子爵の末路を見届けた若い貴族たちではなく、伝統を重んじる老年の貴族たちが、そんなことを重々しく呟いていたに違いない。しかし、そんな言葉はすぐに掻き消されることとなる。
剣を一振り、二振り。弧を描く足運びでお互いの位置を入れ替え、足跡で描かれた円の中心点にて正面衝突。剣を横に、縦に、盾に。金属音を高く響かせながら、アロンとフェナリは剣を交わす。
それは、闇夜の中で松明に照らされ、幻想的に浮かび上がる――まるで絵画のような光景だった。
そんな光景を見て、苦言を呈していた老年貴族たちの囁きは感嘆の声へと変わっていく。
誰もが、この剣舞を否定できない。
それは、美しすぎるからだ。それは、静かで神聖に見えるからだ。
アロンとフェナリが魅せる剣舞には、老年貴族たちを黙らせるだけの凄みがあった。
フェナリも、この剣舞のための習練をする中で普段の剣戟だけでは身につかない足運び、剣の振り方を身に着けた。殆どが観客に見せて魅せるための技だ。しかし、中には実際の戦闘でも使えそうなものもあった。そういったものを急激に吸収し、フェナリはさらに強くなる。
まだ、届かない存在がいるから、フェナリはまだまだ強くなっていかなければならないのだ。
「フェナリ嬢、ここからテンポが上がる。行けるか?」
「勿論です、王子殿下っ!!」
剣のぶつかり合いが激化する。
金属音が激しく鳴り響き、時に火花が散った。
フェナリの振るう剣は、時に速く、時にゆっくり振るわれる。それが緩急となり、観客を飽きさせることなく剣舞に視線を釘付けにする。
アロンの足運びは、時に直線的で、時には立体的になる。正面から、真横から、斜めから、死角から、上からと剣を打ち込み、これもまた剣舞を単調でない、複雑な芸目として昇華させている。
剣がぶつかる。剣がぶつかる。剣がぶつかる。
そして、遂にクライマックスとなり、曲調も更に激しくなって、剣戟は白熱して――
「アロン! 嬢ちゃん! 来るぞ――!!!」
護衛に徹していたはずのグラルド卿が舞踏会場には聞こえない程度に、その範疇での最大音量で叫ぶ。同時に、剣舞を続けながらもアロンとフェナリが視線を周りへと移した。
そして、その姿を捉える。
そこにいたのは、輪郭のはっきりしない、炎を纏う龍だった。
炎堕龍だ、とフェナリの記憶は正しく引き出される。
舞踏会場の方でも少し喧騒が広がっているのが、遠目からでも分かった。明らかに、異常事態だからだ。しかし、音楽は鳴りやまない。
「フェナリ嬢、私は剣舞を提案したことが、今回の作戦に利を齎すと、そう言った」
「そう、でしたが……ッ、なるほど」
「音楽団には何があろうと演奏を止めないように、と言ってある。フェナリ嬢……第二部〝炎堕龍討滅戦〟でも、一緒に踊ってもらえないか?」
フェナリが隠そうとしている事実。それは、アロンやグラルド卿にとってはほぼ分かりきっている事実だ。アロンは最初の茶会の時に大立ち回りを見せたフェナリを見ているし、グラルド卿だってフェナリとの初対面時から彼女の強さは見抜いていた。だから、二人とも知っている。
しかし、それはその事実を当然のものとして扱ってよい、という事を意味しない。フェナリが自らの口から語るその時までは、アロンもグラルド卿も極力触れないようにしよう、と考えていた。
だから、この舞台だ。
今から始まるのは、炎堕龍との戦闘なんかではない。剣舞の延長戦であり第二部――〝炎堕龍討滅戦〟なのだ。
今だけは、フェナリは怪物を堂々と屠ることが出来る。
「ありがとうございます、王子殿下……ご期待には沿わせていただきます」
気遣ってもらってばかりだ。
そう思いながらも、フェナリは用意された舞台に感謝を告げて、登板する。
これは、剣舞だ。演出の一つだ。
剣の切っ先をアロンから炎堕龍へと向けなおし、身体でそう語る。
騒めいていた会場も、段々と状況が分かってきたのか、静かになっていく。誰もが、これを緊急事態だとは思わなくなる。これは、剣舞の一部なのだと――アロンの思惑通りに人々の意識は操作された。
「嬢ちゃん! 俺は結界術師を捜す! コイツを……任せて大丈夫なんだろォな!!?」
「――ええ、勿論です!! グラルド卿、結界術師は頼みます!!」
グラルド卿も、事前にアロンから「フェナリが怪物を屠る」という可能性を聞かされていた。しかし、実際にフェナリの強さには気づいていたグラルド卿と言えど、どうしても信じられない、というのが本音だった。だから、フェナリに尋ねてみた。
そして、返ってきたのは当然だ、と言わんばかりの返事。
(やッぱ……強ェんだな)
塔から飛び降りて、森の中を感覚を研ぎ澄ましながら駆けるグラルド卿は、そう思う。
気づいていたはずのフェナリの強さを、実際の戦闘を見るよりもフェナリの言葉の勢いから実感させられた。本当なら、フェナリの戦闘を見て見たかったところだが……今はほかに大事な役割がある。
結界術師を捜さねば、とグラルド卿はさらに感覚を鋭く研いだ。
「――フェナリ嬢、勝算は?!」
「炎堕龍相手であれば、十割です」
「ん、なッ……」
確かに、アロンはフェナリの強さを信じてこの作戦の根幹をそこに託した。
しかし、フェナリから告げられた勝算を聞いて、アロンも流石に驚嘆の声を漏らさずにはいられない。岩落鳥とはわけが違う。目の前で空中に佇む炎堕龍は、騎士団の新兵五人でやっと相手取れる程度のはずだ。それを、少女一人で勝算十割を取れるなど――化け物と言っても、過言ではない。
「――では、参りますッ!!」
「私も可能なら加勢しよう!!」
フェナリは、改めて目の前の炎堕龍を見据える。
そう、目の前にいるのは怪物だ。屠るべき相手だ。
故に、感覚を切り替え。
「――魂魄・花刀」
顕現した魂魄刀。フェナリの――花樹の愛刀だ。
フェナリは既に馴染んだその刀の柄を二度、三度握り、その感触に少しの懐かしさを覚える。以前は毎日のように握っていたそれを、最近はあまり触っていなかった。触る機会が、無かった。しかし今は違う。その刀が必要だ。
目の前の炎堕龍を、屠る。そのために――魂魄刀を振るおう。
「参るぞ――荒ぶる龍を、花の儚さが屠る!!」
これは、剣舞だ。音楽団の演奏に合わせてリズムを合わせて動かなければならない。
相対する怪物は、そんなことを気にして動いてくれたりは当然しない。しかし、その程度ではフェナリにとってのハンデにもならなかった。その程度、足枷にすらならない。
なぜなら――剣舞として、演出の内であれば何をしても良いのだから。
「炎が厄介、か……されど、問題は無し!」
フェナリは叫ぶと、構える。アロンも、戦闘に直接関与するつもりはなくとも剣舞をしているように見せるため、同じように構えた。
息を吐いて、気持ちを落ち着ける。本当なら、こんな怪物を相手取れるはずもない。アロンの力量では、不可能なことだった。しかし、今は隣にフェナリがいる。フェナリが、怪物を屠る――そして自分はその横で踊るのだ。
この状況は、王子の矜持を傷つけているのか? ――否だ。
フェナリと共に踊ることが出来ている。それだけで、今だけは王子としての矜持だとか、そんなものがどうでも良くなった。自分を縛っている鎖が、今だけは解かれていると分かる。それ故に、アロンの体は身軽だった。
「先ずは、炎を掻き消す――白花一閃・牡丹一花!」
フェナリの宣言と共に、フェナリの姿が消えた。
フェナリの初動を検知し、フェナリと睨み合いを繰り広げていた炎堕龍もまた、目の前の脅威を撃滅するべく炎の翼をはためかせて迫る。
塔の壁や、周りの丈の高い木々に足をかけ、飛び上がる。また、別の足場に着地して、更に飛び上がって――その繰り返し。その間、フェナリは剣を縦横無尽に駆けさせる。しかし、それらすべては流れの保たれた一振りだ。そして、炎堕龍を包み込む周囲の空間を切り刻んで、フェナリが初期位置に戻ってきたそのタイミングで、花刀に絡みついていた花が一つ、朽ちた。
「真の純粋無垢とは、何の不純物も存在しえぬ、無。空気すら、無の前には不純物と成り果てる。そして――空気が無ければそなたも体を燃やすことは出来ぬであろう」
それは、世の摂理だ。火は酸素のないところで燃ゆることが無い。
だからこそ、炎堕龍の周辺の空間を切り、一瞬だけそこを真空にすれば、炎堕龍はその身体を燃やし続けることが出来なくなる。
空間を切り真空を作り出すなど、普通の剣戟ではない。魂魄刀と言う、妖刀が為す技だ。
フェナリの思惑通り、炎堕龍の炎は打ち消える。同時に、その体躯の輪郭がはっきりした。ぼんやりした存在感が削がれ、威厳を湛えるその体躯が残る。
これが、炎堕龍の本来の姿なのだと、フェナリは直感的に覚った。身に纏う炎など、添え付けの服飾だ。炎を堕としてこそ、その元来の姿は見える。
「ここから、という事じゃな――」
花刀に残る花はあと七つ。あと、七撃だ。
あと七手で仕留めなければならない。目の前の怪物を相手に。
ある程度まで熟達していなければ絶望でもしそうなその状況で、フェナリは――
「裏を這う本命が果たされるまでの余興に――花刀の養分となってもらおう!!」
豪胆に、そう笑った。
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