表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
怪物狩りの少女、異世界でも怪物を狩る!~何をすればいいのか分からないので一旦は怪物倒しておこうと思います~  作者: 村右衛門
第3章「テレセフの悪魔」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

110/117

100.そして、勝利へ


 ――劣勢は、一挙に優勢へと変わった。


「ッォォォオオオンン!!」


「鈍重極まりないな、悪魔の獣よ――『雅羅』より鈍間で膂力も『厳籠』のそれにすら遠く及ばぬ」


 長い鼻を鞭のように振り回し、周囲の木々を余波に吹き飛ばしながら、ラミルはフェナリとシェイドを圧壊させようとしていた。当然のことながら、縦横無尽に空を切る鼻の鞭が衝突すれば、その瞬間に内蔵が破裂するだろう。

 しかし、フェナリはその即死級の攻撃をものともせず、同じように縦横無尽に駆け巡りながら間合いを詰めていた。


「蒼花一閃・朝顔――」


「ッグ、ォォォッ」


 木々を足場に、フェナリは四方八方へと跳ぶ。そのたびに彼女の脚力で幹や枝には亀裂が入り、直後には彼女を狙って放たれた鞭の一撃がそれらを粉々にしていった。

 そして、乱れ打ちの朝顔の一閃は、ついに獣となったラミルの鼻筋に狙いを定める。一刀両断、ラミルが鞭の如く振り回し続けた鼻は、根本から切断されて地に落ちた。溢れ出る赤黒い液体の雨から身を逸らし、フェナリはまた別の木々の枝やら幹やらを伝って地上へと帰ってきた。しかし、それは終わりを示す行動では、決してない。


「図体が大きくなったというのは、ただその的が大きくなったというだけのことではないか?」


「本当に。最後の切り札かのようにして出してきたのがこんな愚策とは――こちらとしては楽で良いですけれどね」


 ――しかも。ラミルは自らが劣勢とみてもなお、獣の姿を棄てて人間の姿に戻ろうとはしない。そのことから推測するに、彼女の『万変』の能力だって何ら制限なしにその姿を変容させ続けられる、と言うわけでもないのだろう。

 悪魔との類似性がある人間の姿はさながら着る服を選ぶかの如く変身できるが、大きさも性質も、多くが異なる獣のような存在になるためには労力もいるし、逆も然りなのだ。一度獣になれば、その圧倒的な膂力と本能的な生存力を手に入れられる代わりに、元の姿に戻るのには時間か、または労力かを必要とする。現状を考えれば、元来の悪魔と言う皮に自らを押し戻すために必要なのは時間、という事で間違いないだろう。


「そう考えればこそ、本当に失策・愚策極まりないもんじゃなあ。折角我らの弱点を抑えていたところを、それすら放棄して成り下がるなどとは」


 フェナリがそう言って嘲弄する。その言葉通りにフェナリは今、絶好調だった。『厳籠』と戦っていた時以来の感覚だ。あの時から、フェナリは人間の形をした悪魔しか相手にしてこなかった。そのせいで、ずっと力の半分も揮えなかったわけだが――今はもう、違う。

 獣だ、怪物だ、そして化け物だ。ラミルはそう言ったものに姿を変えた。それが、フェナリの枷を外したのだ。


 花刀の一閃が、剛なる体毛に守られた体をその表皮ごと切裂いていく。シェイドの騎士剣の斬撃は重々しく、巨躯を支えている足元を寸断した。その瞬間、ラミルはその巨体を支える力を失い、その場に縺れるようにして横倒れになる。

 木々を押し倒して、土煙をこれでもかと上げて、ラミルの巨体は地面に伏せられた。その手足は少し動くだけで周囲の柔いものを人間も含めて蹂躙できるだろうが、倒れて地から離れてしまったそれらが出来るのは藻掻くように動いてせめてもの抗いを見せることだけだ。


「ッ、ォォォ、オオオオンンッ」


「鳴き声も短調でつまらんな。せめてもう少し種類があれば飽きも来ないものだが。――これでは、人間の口をしていた頃のようにシェイドへの殺意を叫んでいた時の方がまだマシじゃろうな」


「皮肉と言うのは理解していますが、それでも言わせてください!! 殺意を叫ばれている側の私としては獣の雄叫びしか上げない今の方が嬉しいですから!!」


 皮肉とそれに対する突っ込みを交わしながら、フェナリとシェイドは半分は無力化されたラミルの身体に刀剣をそれぞれ突き立てに行く。その身体が大きいだけあって、致命傷を与えるにはより深い傷を負わせなければならない。それだけは、せめてその身体を無駄に大きくした意味になったのだろうか。

 フェナリにせよ、シェイドにせよ、ラミルが姿を借りている獣に関しては知識がない。恐らくは首か心臓が一番の急所になるのだろうが、その位置に関しても何とも判然としない。それ故に、二人は巨躯の上を縦横無尽に駆け巡り、その体毛を踏みつけにして、身体を斬りつけ続けた。


 苦鳴を咆哮に変えて叫びながら、ラミルは生来の悪魔としての再生能力をただひたすらに一か所に集中させていた。ただ、今は再生に徹する。

 そして、傷は塞がり、長さは足りないまでも、攻撃が出来るようになった。


「ッゥォォォォォオオオオオンンッ!!!」


「――ふむ、ようやくですか」


「やっとじゃな」


 どうにか再生させた長い鼻を思いっきりに振り回す。不意打ちの攻撃だったはずだが、想定していたフェナリとシェイドはその攻撃に掠ることすらしない。ただ冷静に距離を取り、それぞれの得物を構えるだけだった。

 獣と相対し、やっと戦うべき相手を見つけた気分の二人。彼らは今、現在進行形で戦いの感覚と言うものを呼び起こし続けている。忘れるはずの無い感覚を、しかし一時的に眠ってしまっていた感覚を、戦いの中で、闘争の中で取り戻す。瞬間、刹那、一秒一秒の間に、彼女らは戦闘のボルテージを上げている。


「さぁ!! まさか長いだけの鼻を振り回してそれで終わりと言うわけではなかろう。そんなようでは花にも成れぬお笑い種よ!!」


「明らかにテンションが変わっていませんか、フェナリ様?!!」


「折角、屠りやすい身体に変わってくれたのじゃ、そりゃ当然気分も良く――……ちょっと待った、シェイド、今何と呼んだ?」


「あ――いえ、忘れて……いただいて構いませんよ」


「まさか、気づいて……!! いつからじゃ!!」


 自身もどこか気分が昂揚していたところがあるのか、シェイドはほんの少しの失言を犯した。我武者羅に振り回される長鼻は一瞥もせずに躱し、斬り落としながらシェイドは苦々しく乾いた笑いを漏らしていた。


「少なくとも、フェナリ様が付き添いに来てくださったときは未だ、気づいていませんでした」


「であれば、戦闘が始まってからか?」


「はい……『騎士術』の極点について、私の過去に思い当った辺り、でしょうか」


 つまり、過去に『騎士術』の極点にその足跡をつけてきたという事実に記憶が追い付いたとき、彼の中の感覚の枷が一つ外された、という事なのだろう。確かにグラルド卿は卓越した『騎士術』の扱いによって当然のようにフェナリの正体を見破っていたわけだし、『騎士術』が正体を隠すチョーカーの天敵であることは疑いようも無いわけなのだが。


「まあ良い。詳しいことは、そうじゃな……私がアロン殿下に説教を食らった後――祝勝会の後あたりにでも話をしよう。それまで、他言は無用で頼む」


「他言無用は承知しました。しかし――いえ、そうですね。では()()()()()で詳しく、お話し願いましょう」


 最早、確定事項なのだと――フェナリは『祝勝会』と言う言葉を出した。その物言いが、言葉選びが、シェイドにフェナリと言う人物を知らしめる。そもそもから、シェイドにとってのフェナリの印象としてはホカリナ王城でのアレがあった。その戦女神かと錯覚するような姿と普段の大人しい、貴族令嬢然とした姿、そのギャップによってシェイドは印象の上書きに難航していたのだが……まさか、幻術の作用だと考えていた戦女神としてのフェナリの姿こそが素であるなどとは。


「アロン殿下のお叱りも長くなろう。さっさと終わらせんと、今日中に終わるかも怪しい」


「そう言う事でしたら、早々と終わらせましょう。幸いなことに、今の我々ならそれが出来るような気がします」


 距離を取らされ、無理やりに状況は仕切り直しだ。だからこそ、彼らはその間隙を――利用する。

 シェイドが一度騎士剣を鞘に戻し、フェナリも同様に。そして、二人がそれぞれ口上を述べるべく、唇を震わせた。



「――花の芳香。生命の簒奪。八花の拘束。」


「騎士が、騎士たる定めなら――国を民草を、護らんと欲する超常を――」


 それぞれが持つ、それぞれの武器を再度――この場に生み出す。見えざる力である『騎士術』はその漏れだす覇気によって、そして『花刀』はそのまま、花の蔓を纏った刀の姿で、今ここにその存在を誇示する。これらが、これらこそが……シェイドの『騎士』としての象徴たる騎士剣と、そして――、


 ――フェナリが『怪物狩りの少女』であるが為の、破魔の刃だ。


「――覇者が見る世界(クロノスヴェルド)ッ!!!」


「――魂魄・『花刀』」


 そして、一閃――。正面から二人を迎え撃つラミルとの距離、およそ大股ニ十歩分。それが瞬きの内に消え去り、埋められ、地面も空気も蹂躙され、ラミルの眼前に現れたのは、刃と刃。

 

 逃げ場は、どこにもない。巨躯は膂力を与えながら、しかし機動力は奪っていった。それは何ら等価交換になっていなかったのだと、ラミルは今更ながらに気づく。

 獣の姿は、当然ながら人間のそれを基準として大きく逸脱したものとして存在することがほとんどだ。だからこそ、フェナリやシェイドの推測通り、獣に変身するのも、獣から姿を戻すのにも、時間がかかる。

 無意味な時間だった。本当に。この時間は、ただ足蹴にされ続けただけの、本当に無駄で惨めな時間だった。殺してやると、そう息巻いてこの様だなんて――『悪魔の娘』として許容できない。


「――時間が、経過した」


 獣への変身、それによって無為に費やされた時間は今終わった。屈辱の時間は終わり、しかし今更何か出来ることなんてあろうはずもない。刃が迫っている。それも二つ。走馬灯の代わりだろうか、世界の動きはあまりに緩慢で、しかし思考だけが素早く巡る。

 だとして、次の一瞬で何かをするだけの余力はラミルにない。獣から人間へ――姿を刹那の内に変化させ、それによって二人に生まれる隙は本当に一瞬だろう。その一瞬で状況を打開するだけの能力を、ラミルは持っていない。つまり、どういうことなのか、ラミルは悟っていた。


 ――私は、ここで死ぬ。


 だけれど、自分の放った言葉を、置き去りになんてしない。『殺してやる』とそう言ったのならば、『悪魔の娘』として、『お母様』の子として、その言葉を無かったことにはできない。しない。

 

 ラミルは姿を変化させる。『万変』の能力は、発動できる状態であればそれに時間を食わない。世界が瞬きをする間に、彼女の姿は既に変容している。輪郭がぼやけたかと思えば、目の前にいるのは先程の獣ではなく、少女だ。ここで、フェナリとシェイドに一瞬だけの隙が生まれる。けれど、その隙はラミルにとって短すぎる。だから――、

 ラミルは傷ついた――別の姿で受けた傷は当然、次の姿でも引き継がれる――体を前のめりに倒した。迫ってくるシェイドの耳元に、顔を、唇を寄せる。そして、彼にしか聞こえないであろうか細い声が、シェイドの耳朶を打った。




「――大好きです、騎士様っ」



 刹那、シェイドの表情が凍りついた。ラミルは、勝利を確信した。


 ――隙が足りないなら、もう一つ作ればいい。

 どうせシェイドに隙を生み出せたとして、フェナリの方には明確なものは生じないだろう。それでも、狙う相手が仲間であるシェイドのすぐ近くとあれば、ほんの少しの躊躇いが生まれる。勿論、その一瞬で二人を打倒することはやはりラミルには出来ないだろうけれど、フェナリがラミルの首を落とすよりも、ラミルが背後から寄せた爪がシェイドの首を搔き切る方が、ほんの少し早い。

 せめて、せめてだ。殺害を宣言した相手だけは、本当に殺さなくては。その運命を『悪魔の娘』たる自分が定めたのであれば、それを現実のものとしなくては。だから、せめて、地獄へ行く道連れに――シェイドを。



「ほんの少し靡いてしまった自分を、悔いなければ」



 ラミルの思惑は、潰えた。それを彼女が悟ったのは、目を見開き動揺して騎士剣を取り落とすかと想定されたシェイドが、自らの肩を押し飛ばした瞬間だった。明らかな、拒絶――。

 そのまま、断末魔さえ上げることは許されず、ラミルの胸にはシェイドの騎士剣が突き立てられる。理解できないままに、彼女は自らの胸元に視線を落とした。貧しさを過剰に演出できるようにと選んだ薄汚れた衣服、布切れ程度のそれが赤く、染まっていく。鮮血の赤なのだと、遅れて気づかされた。


「本当に、さよならだ――『悪魔の娘』」


 シェイドは、ラミルを『悪魔の娘』としか認識していない。もう、過去の少女は過去になってしまったから。今この場にいるのは、ただ討滅するべき敵なのだ。辛く苦しい選択、思考でありながら、シェイドは『悪魔の娘』ラミルと過去の少女とを切り離して考えることを決断した。


「――なん、で……おかしいだろ!! 私が、わたし、がッ、お前を――好きでもないお前を、好きだと……ッ、違うだろ!! 私の言葉は、お前の動揺を、誘って……違う!! お前の反応は、それじゃない!! 間違っている!! 私が、わたしが――お前を殺すと、そうだ、なんでお前が生きて、私が……っ」


「――聞かずとも良い。こんな戯言、命の灯が掻き消えるまでの雑音に過ぎん」


 思惑が外れ、自分の死が確定したことを信じられず、ラミルが意味も散り散りな叫びを上げる。それを見かねて、フェナリはその口を封じるべく花刀を構えた。しかし、シェイドがそれを制止する。


「いえ、いいんです。何もかもが過去の少女と重ならなくとも、その声を聴くことが出来るのはもう――これで最後ですから。いいんです」


 シェイドは騎士剣を鞘に納め、ラミルとの距離を近づけた。心臓を突かれたラミルは、もう消滅するだけの存在だ。ヴァミルに施されていたような小細工がない分、暴走だとか最後の足掻きだとか、そんなものも一切なく、ただこのまま灰かのようにして、風でその存在ごと掻き消されていく。

 ただ、口だけが回る。シェイドに対する殺意を、敵意を、ただ叫ぶ。シェイドは、その声をただ静かに聞いていた。それで、良かった。


「お前は、私が、どうにかして――ころ……」


「――。さようなら、あの時の少女」


 最期が訪れるまでの数秒間、シェイドはその場で少女を見下ろしていた。その身体が完全に消滅する寸前、最後まで残っていたのが彼女の口元だったのは皮肉だろうか。

 小さく、もう一度だけ別れの言葉を呟いて、シェイドは瞑目した。そして次に瞼を開けた時、視界に飛び込んできたのは、やはり少女で――、


「お主の勝ちじゃな、シェイド」


「――いえ。私たちの、ですよ」


 この日、シェイドは過去を踏破し、現状を打破し――そして、彼の初恋は終わった。



ついに『怪物狩りの少女』連載も100話に到達いたしました!!

これもいつも読んでくださっている読者の方々のお蔭です、心より御礼申し上げます。ありがとうございます!! 

第3章もようやく終わりに近づいてまいりました。是非とも3章完結、そしてその後も、よろしくお願いいたします!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ